第91話 ガリア(1)
「結局、ルリを護衛に付けちゃって悪いな」
「……気にしなくていい」
「でも、本戦に参加したほうが良かっただろ?」
俺が問い掛けると、ルリはキョトンとした顔で答える。
「ん、そうでもない。私は戦争は好きではない」
「ま、そりゃそうか」
戦争にルリ──始まりの獣を使うのは力の利用みたいなもんだ。
彼女がそれを好ましく思う道理はなかった。
俺たちは今、ガリアを目指している。
会議から5日が経ってから出発したのだ。
5日後に戦の準備の為に魔王城を出るということは、アルテリオ平原に遠いガリアから本戦に向かう兵はもっと前に出発する必要がある。
ガリアを統べる魔族──ヒュトールがもし、本戦に参加するようであれば、今出向くのは遅いのではないかと疑問を持ったのだが、
「ガリアを目指す途中で兵とすれ違う方が問題です。それに、ヒュトールが居ないようであれば、そのままコリンへ向かってください」
と言われた。
今更ガリアに向かってももぬけの殻、そこまで魔族が残っていないと考えているのは俺だったらしい。
「内乱軍は保険としてガルヘイアに攻められる戦力を用意しています。ヒュトールが本戦に参加することはないと言っても過言ではないでしょう」
魔王様曰く、そういうことらしい。
なので、安心してガリアに向かっていいそうだ。
どちらにせよ他にすることもないし、ガリアに居なければコリンを目指すだけ。
俺のやることは変わらなかった。
だからゆっくり──でもないが、駆け足程度の速度でガリアへと向かっていた。
今の俺のステータスから考えれば常にこれくらいの速度で走り続けられる体力はあった。
道中は森のため、木々しかない。魔獣は出なかった。ルリが隣に居るからだろう。
そんな暇なガリアへの道だったわけで、俺とルリは歓談に時間を費やしていた。
駆け足くらいならば話しながらでも息が上がらないのは、やはり成長を感じる部分だった。
俺とルリの共通の話題といえば、雫のことだ。
話していて知ったことなのだが、どうやら雫はかなりカッコつけているらしい。
まず、ルリと雫の出会いについて聞いてみた。
雫は女神に転移させられた後、邪神の元に飛ばされたらしい。
このままでは獣──俺が殺したあの獣に殺されるということで、魔族領域まで転移したそうだ。
なんの因果か、転移した先にルリが居たらしい。これにはルリも驚いたようで、急に目の前に人が転移してきて警戒したと言っていた。
「……私の目の前に転移、それもその前兆を感じさせずに転移をしてきた。そんなことができるのは、限られている」
転移する際には魔力の痕跡ができるらしく、実力者であれば分かってしまうらしい。
それなのにルリが気付かなかったということは、その転移を施した存在はルリと同格以上、または隠蔽に特化しているということだ。
「魔王様も驚いてた」
とはいえ、雫も意図的にルリの前に転移したわけではない。そもそも、転移の魔法を使ったのは邪神だ。
だから、目の前に少女がいたことに驚き、逆に心配されたのだとか。
───まあ、真面目だからな……。
真面目で、相手の心配から入ってしまう優しさがあるところは昔から変わっていない。自分も大変な目に遭っているだろうに、それ以上に相手を心配してしまう悪癖──もちろん良いところでもあった。
「それで?」
「……一緒に行こうって……」
雫なら言いそうなことだ。
自分にも力はないだろうに、その上で少女を守ろうとした。なんとも、できた人間ということだ。
「……まだ警戒してたけど、とりあえず付いていくことにした」
結局、警戒するようなことは何もされなかったらしい。
ただ、ルリが見た目からは想像できない力を持っていたと知った時には酷く驚いていたらしい。
「……魔王様は基本的にいつも優しい。でも、怒ると怖い」
俺の中で雫が怒っているイメージはなかった。
優等生というイメージで、いつもニコニコしている。兄に特別優しくするわけでもなかったが、”それなりに仲の良い兄妹”という距離感ではあったはずだ。
その態度が演技なのか素なのかは分からなかったが、それでも怒るような人物ではないことは確かだ。
「どういう時に怒るんだ?」
「仲間……? 配下……? の魔族が、傷つけられた時、とか」
「ああ……」
怒る理由も優しいものだった。
優しい人ほど怒ると怖いと言うし、たしかに怖そうだ。
その時のことを思い出しているのか、わざとらしく身震いするルリ。
彼女は付け足すように、更に続けた。
「ちなみに魔王様はめちゃくちゃ強い」
「じゃなきゃ魔王になんてなれないよな」
雫が優しさだけで魔王として持ち上げられてるとは思っていない。
「どれくらい強いんだ?」
「んー、私と同じくらい……?」
───それがどのくらいか分からないんだが……。
そもそも良い比較対象も知らないし、説明するのも難しいか、と。
これ以上掘り下げるのは辞めておいた。
そんなこんなで雫の話で盛り上がっていると、ガリアへはすぐ着いた。
ルリは静かな方だが、意外とノリが良いということも知れた。話してて楽しい。
俺の知らなかった雫についても知れたし、良い時間だったとおもう。
───この世界に来てから談笑したのって初めてだよなぁ……。
女神に「無能」と言われてから、殺伐とした日々を送っていたものだと思う。
「……葵? どうしたの?」
「ああ、いや。何でもない」
遠い目をしていたことだろう。
そんな俺の思考も、ルリの声によって現実へと戻されていた。
「ん、ガリアが見え始めてる。あれ」
ルリが小さい手で指を指した先では、木々の間から石の壁が見えていた。
想像した通りの、要塞の街。それが目前に迫っていた。
「どうやって街に入るんだ?」
「強行突破!」
「いやいや、それは無いだろ……」
あの要塞を前にして、正面突破は流石に無理がある。
それに、ガリアの兵士がアルテリオ平原に向かっていない可能性もあるのだ。騒ぎを起こせばすぐに駆けつけてくるだろう。
「ん……?」
しかし、騒ぎを起こしてはならない理由があっただろうか?
今からガリアのトップを殺しに行こうと言うのだ。騒ぎを起こすのはもはや前提ではないか?
むしろ、騒ぎを聞きつけてやってきてくれるならば願ったり叶ったりかもしれない。
───案外正面から突入するのもアリか?
そんな気がしてきた。
騒ぎを起こしても何も出てこないのであれば、ここはもぬけの殻というわけだ。
「よし、ルリ。それでいこう」
「……え? 本気……?」
「大丈夫だ。俺が保証する」
ルリは冗談で言っていたらしい。
まさか俺が納得するとは思っていなかったようで、まさかといった顔で聞き返してきた。
「王都を襲撃した時に壁を壊したあれ、使えるか?」
「……使える。再使用時間が長いスキルだけど」
「じゃあお願い出来るか?」
「ん」
森から抜け、ガリアは目の前だった。
あるのは、巨大な壁。石レンガで出来たそれは、タラスのものよりも強固に見えた。
入口は、門があった。壁の一部が門のような形状だった。が、閉まっていた。こんな時期ということもあり、外から入ってくることを許してはいないようだ。
そして、見張りらしき兵は居た。
街を囲む石壁の上に魔族が数人立っている。街に侵入しようとする者や、魔獣の襲撃がないか見張っているのだろう。
「それじゃ、頼んだ」
「……了解」
ただ、そんなものは気にしない。
未だにこちらに気付いていない見張りを無視しながら、ルリはガリアの石壁へと近付いていった。
◆ ◆ ◆
「なぁ、ホントに来ると思うか?」
「ん? あー、襲撃者のことか?」
要塞と言われる魔族の街、ガリア。
その云われたる石壁の上で、周りを観察している魔族たちがいた。
とはいえ、彼らが真面目に仕事をしていたのも2日前までの話。
5日前に彼らの主たるヒュトールに襲撃者が来ると言われはしたものの、3日間現れることはなかった。
ゆえに、それからは気を抜いていたのだ。
こんな会話を交わすのも、彼らが暇なことを裏付けている。
来れるものなら来てほしいと言わんばかりに、彼らは内心リラックスしていた。
「ヒュトール様も用心深いことだ。たしか3日後には魔都を攻めるとか?」
「ガリアの兵は皆、滾っているぞ。今日なんて昼間から酒を盛っている奴らも居るくらいだ」
「俺らも夜にでも飲みに行くか?」
「そうするか! ────て、なんかいるぞ?」
そんな話をしている最中、男の1人が壁の外に何かを見つけた。
それは小さい子供のようにも見えるし、小動物のように見えなくもない。
釣られて、もう一人の男も壁の外を見る。
そして、同じものを見つけた。壁が高いこともあり、ここからは米粒程度の大きさにしか見えないが、それでも確かに生物はいた。
「森から魔獣が出てきたか?」
「ああ、確かに。そうかもしれな────ッ!?」
それは森から歩いてきた。
逸れた魔獣がガリアに辿り着いたのならば、申し訳ないが殺そうと、男たちはそう考えた。
そう思って再度それを凝視する。
すると、それと目が合った。確かに人型をした──少女の見た目をしたソレと、目が合ってしまった。
瞬間、全身を走る寒気と、恐怖。
まるで、強大な龍に睨まれているかのような──いや、それ以上の重圧感が彼らを襲う。
「なぁっ!? あれ、なんだよ!!」
「し、知らねえよ!! 俺に聞くなよッ!!」
誰かに伝えなければ。
そんなことを思い立った時、彼らは既に死んでいた。
◆ ◆ ◆
ズガドォオオーーーンッ!!
要塞が崩れ落ちるのが俺の目に写った。
王都の時も思ったが、凄まじい威力だ。
ルリが右手を前に向けたかと思えば、壁は崩れ、街は露出していた。
響くのは、泣き声と怒号。
ガリアに住む魔族たちは動揺しているようで、待機していたであろう兵士たちはワラワラとこちらへ集まってくる。
俺はそれを見て、走ってルリの元へと向かう。
ルリはそれを待っていたようで、
「……じゃ、行こうか」
と、マイペースにガリアへと進み始めた。