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第89話 小競り合い

「いやはや、圧巻ではないか」


 カハハ、と奇妙な笑い声を漏らしながら、大袈裟に両腕を広げている男がいた。


 明るい茶色の短髪、中肉中背の魔族だが、その格好は目を引くものがある。竜の素材がふんだんに使われた黒のフロックコートを着用しているからだ。

 竜の素材は加工が難しく、服にすることができるのは大陸でも有数の職人のみ。人であれ魔族であれ、その価値の大きさは想像を遥かに凌ぐほどだ。


「参謀、笑っている場合ではありません」


 そして、参謀の傍らには女魔族が一人。

 美しい青の長い髪を一つに束ねており、腰には短い剣──刃渡り50センチほどのものを2本帯びている。服装は、動くのに楽そうな軽装だった。しかし、露出は少なく、顔と手以外の全身をキッチリと覆っている。


 目元はキリッと、誰が見ても”真面目”という印象を持つ彼女は、その実も真面目である。

 戦闘能力も魔王軍の中で上位の存在である。

 そんな彼女が邪魔な髪を切らないのは、かつて魔王にその髪の美しさを褒められたからだとか。


「いやいや、しかしこれを笑わずにどうすると言うのだね? 前哨戦で千の軍隊だぞ? まるで人族のようではないか」


 これは参謀の言うとおりで、前哨戦は本当に小競り合いレベル。死者も普通は出ないし、ゆったりと進行するのが定石なのだ。

 そう思い連れてきた二百の魔王軍は見た目を重視しているので全て前衛で戦う騎士。対して向こうは弓兵まで連れてきている。


「私の知らぬ間に戦争のルールでも変わったのかね?」

「いえ、そんなはずはございません」

「そうかそうか。ならば目の前のコレは、どんな冗談だ?」


 そんなものは彼女に分かるはずがない。

 しかし、珍しく威圧を込めて言う参謀の言葉には、彼女にも有無を言わせぬ何かがある。「分かりません」素直にそう言えるわけもなく、彼女は言葉を詰まらせた。


「──茶番が過ぎた。なに、許してくれたまえ」

「……いえ、お気になさらず」


 普段は飄々としている参謀が、こんな態度を見せる。それは彼が少し怒っていることを示していた。


 彼にとって、戦とは芸術である。美の道理があり、それを根っから否定され、破壊されているわけだ。

 戦に対する冒涜を、彼がタダでおくわけがなかった。


「さてさて、中々に骨が折れる前哨戦になりそうだ」

「私が出ましょうか?」


 彼女が言えば、参謀は「おいおい」とそれを否定する。


「ロザリアくんともあろう者が直接出向くと? 前哨戦にも関わらず?」

「しかし、相手方は前哨戦の範疇を超えています」

「それがどうしたのかね?」


 参謀の予想外の返事に、ロザリアは一瞬呆けた顔になってしまう。


「美も分からない愚かな魔族共に、美というものを教えてやろうではないか。それともロザリアくんは、魔王軍の精鋭騎士たちが有象無象の魔族に敗れると思っているのかね?」

「いえ」


 ロザリアは理解した。というよりは、確信したという方が正しいだろう。

 参謀は怒っている。この戦のあり方──美しさのない戦場に対する怒りを抱いているのだ。

 そして、そうなった以上、相手を徹底的に潰してやろうと思っている。ロザリアを前衛に投入しない理由もそれだ。


 ロザリアに負ける心配はない。なぜならば、目の前の男は、天才だからだ。

 世にはあらゆる天才がいるが、その中で最も物騒なものと言えるだろう。

 戦争の天才。軍を手足のように操り、戦場の情報をいち早く手に入れ、正確に、確実に処理する。そういった才能に恵まれた、歴とした天才なのだ。


「魔王軍は不敗です」

「その通り! その通りではないかっ!!! さあ、ロザリアくん。私が魔王様に捧げる美しい勝利、見届けてくれるかね?」


 ただ命令すればロザリアの立場上、押し通して前衛に行くことはできない。

 それでも、この参謀は敢えて自分に確認するのだ。


 ロザリアには彼の美学は分からない。

 それでも、彼の美学が魔王軍に敗北をもたらすことも、他人に迷惑をかけることも、ない。


 ならば、信じるのが彼女の役目だ。

 彼の才能を、ひいては彼に参謀を命じた魔王を信じる。


「是非に。魔王様に勝利を」


 互いの軍が足踏みをやめ、進軍を開始するのはそれから丁度1日後のことだった。





・     ・     ・





「動き始めるのがやはり早いなぁ」

「そうですね。前哨戦とは思えません」

「では、こちらも応えようではないか。全軍を前に出すように。ああ、しかし、とてもゆっくり進ませなさい」

「はっ」


 伝令用の魔道具を使い、ロザリアは二百の魔王軍に参謀の命令を伝える。

 そうすれば、それを心得た魔王軍はゆっくりと進軍を開始した。


 アルテリオ平原は広いこともあり、こちらの拠点の相手の拠点は離れている。

 進軍を開始したところで、彼らが出会うのはおよそ30分後だろう。


 しかしこれはゆっくりとした足並みの話であり、相手が騎馬兵等を先行させていた場合はその限りではない。

 そんなことがないとも言えないのが、今回の戦いのおかしな点であった。


「それにしても、相手の狙いが読めません。この戦力を投入するメリットがあるのでしょうか?」

「カハハ。さすがのロザリアくんにも分からないかね?」

「ええ。参謀は何か分かるのですか?」


 流石は参謀。戦争の天才というだけあり、相手の読みまでも理解しているのだ。

 そんな考えをロザリアが持った瞬間、参謀の返事によってそれは崩壊した。


「いや? 分からないとも」

「はい……?」

「おいおい、私が美を弁えない愚者の考えを理解するとでも?」


 分からないなら無駄に溜めるな、とツッコみたいところだが、参謀はロザリアにとっては上司。生意気な口を聞くわけにはいかない。


「──というのは冗談だ。真の賢者とは、愚者の考えまで読み取るもの」

「…………流石は参謀。狙いは何なのでしょうか?」


 ロザリアが問うと、参謀は右手の指を1本立てて話し始めた。


「1つ目、これは単純に魔王軍に警戒させる為。前哨戦に千の戦力を投入できる程、軍事力があるんだぞ、というイメージを持たせたい、というわけだ」


 続いて、2本目の指も立てる。


「2つ目、魔王軍の兵士たちに全力を出させることで、魔王の支配によるステータス上昇の効果を調べたい」


 更に、指を追加で立てた。


「3つ目、寄せ集めの内乱軍の統率力を調べるため。前哨戦くらいでしか調べることはできない上、前哨戦では殺しにかかってこないと踏んでいるのだろうとも」


 左手で3本の指を包み込むようにして、更に続けた。


「最後に、これらを通して魔王軍の戦力をアルテリオ平原に集中させること、だろうなぁ」

「……それに何の意味が?」

「少し考えてみてくれたまえ。彼らの勝利条件は、本当に魔王軍を打倒することだけかね?」


 参謀に言われて、考え込む。

 内乱軍の目的は、魔王の交代。魔王さえ倒せれば問題ない。


 魔王になるために初めに手に入れなくてはならないものは、魔王城。魔王を殺せば自動的に魔王は交代されるが、魔王の隠居を許さないために、民が認めれば魔王の交代は容易にできる。


 では、その民とはどこの民か?


「──まさか」

「そう、そう、そうだ! ガルヘイアの陥落!! 彼らが目指すのはそれでも良いわけだ!」

「至急、魔王様にお伝えする必要があるのでは?」


 その質問には、必要はないと即答された。


「魔王様がそれに気付かないとでも? 第一、向こうにはあの男も居るのだ。まさか全戦力をここに集結させるほど、愚かではない」


 あの男、とは宰相のことである。

 宰相と参謀は、魔王の配下の中でトップレベルの頭の良さだ。それ故の信頼であった。


「しかし、これが狙いかもしれんなぁ。警戒させることで、全戦力を本戦に割かせない。中々策士だとは思わないかね?」

「読まれてる時点で、参謀ほどではないでしょう」

「いや、いや。読めたところでどうしようもない。つまり相手は私の賢さまで理解しているわけだ! 下手な知恵比べでは勝てないと自認している、無知の知ではないか」


 カハハ、とまたもや嬉しそうに笑う参謀。

 ロザリアには何がそこまで嬉しいのかは分からなかったが、彼が笑っている限りは勝機はあるのだろう。


───いや、負けるときほど笑っていそうですね……。


 そんな不吉な考えも浮かぶが、彼が魔王に敗北を贈る姿は想像できなかった。


「それで、どうされるのですか?」

「まずは相手の出方を見なければどうしようもない。なに、後手に回ったところで問題はあるまい」

「そういうもの、ですかね……?」

「まあまあ、見ていたまえ」


 それから20分が経った頃、早くも内乱軍の兵士が見え始めた。

 数は報告にあった通り、千。見立てでは、左翼二百、右翼二百、本隊が六百という比率だろう。


「早いですね」

「いやはや、しかしせっかちな内乱軍にしては、随分と我慢ができていたものだ。褒めてやらねば悪いだろう」


 対して、ゆっくりと歩を進める魔王軍の数は、変わらず二百。兵の数では、圧倒的に負けていた。


「それで、どのようにして崩すのですか?」

「さて、相手が前衛だけとも限らないのが懸念だが──まずは左右に大きく分かれようじゃないか」

「左右に、ですか? それでは中央から拠点に攻め込まれますが……」

「内乱軍は前哨戦の掟をそこまで破ってこない、信じてみたまえ」


 軍を3つに分けた内乱軍の目的は、魔王軍と正面から戦うのを嫌ったためだ。

 完璧ではないが、擬似的な挟撃の形を取ることで、同様を誘いつつ勝利を収めたかったということだろう。


 であれば、こちらは軍を左右に大きく広げ、逆に挟撃してやるような形を取る。

 挟撃は人数が多いほど有利なのは事実だが、相手の右左翼には各二百の兵しかいない。

 左右に展開した魔王軍に相手の中央戦力が手出しをするのには時間がかかるので、まずは颯爽と右左翼を潰してしまうというのが参謀の狙いだった。


 ロザリアが命令を伝えると、先程までのゆったりとした動きが嘘であるかのように、魔王軍は素早く左右に展開した。数は百、百ずつ。完璧な統率力をもって、こんな作戦でもスムーズに執り行えた。


「所詮寄せ集めの内乱軍が、急激な魔王軍の展開に対応できるかね?」

「いえ、それは不可能でしょう」


 実際、着実に前に進んでいた内乱軍本隊は、その場で足踏みを始めていた。

 挟撃し返すように動き始める魔王軍に、内乱軍は左翼も右翼も足踏みしている。

 瞬く間に、内乱軍は魔王軍によって挟み込まれていた。


「では、動揺している今のうちに、壊滅させたまえ」

「はっ」


 ロザリアの命令はすぐに伝わり、魔王軍は内乱軍に押入るように攻め込んでいく。

 内乱軍もそれに気づいてか、反撃を試みるが、根本的な兵の強さが段違いだ。

 それに、伝令能力の不足のせいか、本隊からは左翼と右翼の様子は見えず、何が起こっているのか分からない。足踏みを強要されていた。


 連れてきていた弓兵や魔術師などの遠距離攻撃手段も、挟み込まれているせいで後衛に位置できていない。

 左翼と右翼が壊滅するのには、それほどの時間は掛からなかった。


「参謀、右左翼の壊滅に成功したようです」

「損害は?」

「はっ。魔王軍の損害はほぼゼロとのことです!」


 報告を聞き、参謀はニヤリと笑みを浮かべる。


「ではそのまま、本隊まで叩き潰したまえ」

「はっ」


 動揺する六百の内乱軍に、二百の魔王軍による挟撃。

 それから内乱軍が壊滅するのに、それほど時間は掛からなかった。


「それにしても、良かったのですか?」

「掟を先に破ったのはあちらではないか。これくらいのしっぺ返し、当然ではないかね?」


 意地の悪い笑みを浮かべる参謀に、ロザリアもまた、「そうですね」と笑みを浮かべたのだった。

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