表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/185

第9話 王都へ

「おはようございます」

「あぁ、おはようございます」


 朝が来たのか、俺を起こしたのはラテラだ。

 元来早起きは苦手ではない。自分で決めた時間に起きれないことはあまりなかった。


 そもそも時間を決めていないからか、それとも単純に朝早いからか、ラテラが起こしてくれるまで自分で起きる気配はなかったようだ。


 ラテラに声をかけられた時はすぐに返事が出来たので、意識は覚醒し始めていたのかもしれない。


「今は何時くらいですか?」

「んー、大体6時くらいですね」


 テントから顔を出しながら俺は問う。


───10時間近く寝てたのか。


 意外と自分に疲れが溜まっていたことに驚きつつ、外気の寒さに震えも覚えていた。

 流石冬の朝というだけあって、外は肌寒いし、まだまだあたりは明るいとは言えない。


 だが、起こしたということは───


「そろそろ出発しますか?」

「そうですね、8時から通常の入国は出来ますので」

「通常?」

「一応、24時間入国は行っているんですよ。緊急事態に限ったりしますけど」


 なるほど。


 あくまで急ぎでなければ8時からの通常の方で来てほしいが、どうしてもという事情がある場合──例えば盗賊に追われているなどの場合は、緊急でいつでも入れてくれるというわけか。


───命の価値が軽い世界、か。


 日本とはまるで正反対だ。人を容赦なく殺す獣が跋扈し、人々すら簡単に裏切り合う世界など、生き辛いにも程がある。


「特に用事がなければすぐに向かいますが、どうしますか?」


 俺はテントから出ていた。持ち物もなければ目的もない俺としては、むしろ早く街に行ける方がありがたい。


「すぐに向かって大丈夫です」


 俺はテントを片付けているラテラに言う。すると、「分かりました」とだけ返事が返ってきた。


 というより、テントがすごい。

 脇についているボタンのようなものを押すと、先程までの大きさはどこへ行ったのか、一辺15センチほどの立方体に簡単に形を変えた。

 魔法様々か。地球にあったら繁盛間違いなしだろう。


 ラテラはその立方体を掴むと、空中に投げた。

 それは一瞬でどこかに吸い込まれるように消え去る。


───空中に消え去るこれは……収納系の魔法?


 ラテラの一連の動作を見て、やはり何かの魔法なのだろうと推測する。

 だが、俺の知っている法則とはかけ離れている魔法を推し量ることは当然できない。図書館のような場所があれば、一度勉強をしに行ってみるのも良いと思っている。


 そんな俺の視線に気づいたのか、ラテラと目があった。


 見つめていたのがバレたかと焦ったが、ラテラは俺の方を見て微笑むだけで、咎めるつもりはないようだ。


「あ、これが珍しいですか?」

「え? あ、はい」


 そう言いながら、テントになる立方体を空中から出し入れするラテラ。


 何というか、マジックを見ている気分だ。


 ラテラが立方体を上に投げるとある程度の高さでそれは消え、またしばらくすると急に現れラテラの手まで落下する。

 精錬されたその動作は、彼女の行為が付け焼き刃ではないことを示している。


「空間魔法の使い手はあまりいないですから、よく言われます」


 やはり魔法の類。それも、空間に干渉するような魔法だ。


 異空間のような場所にものを一定量仕舞えるような魔法か。

 だとすれば、難易度はかなり高そうだ。そもそも空間に干渉するような魔法が簡単に扱えるはずがないので、ラテラの才能と努力が伺える。


「ラテラさんはすごいですね」

「──そんなことはないですよ。空間魔法もこれくらいしか使えませんし……この程度の魔法だったら魔道具にもなってますから」


 魔道具は魔法が込められている道具の事か。そしてその道具に込められている魔法は一般人でも簡単に使うことができると。


 ただ、込められる魔法には限りがあることも分かった。”この程度の魔法だったら”という発言は、そういう意図だろう。


「さて、じゃあ行きますよ!」


 やや下がり気味のトーンを無理に明るく転調させ言うラテラ。


 俺はそれに頷くことしか出来ず、俺たちは出発した。





・     ・     ・





 どちらも荷物が手軽なことがあり、出発はすぐに出来た。尤も、俺は荷物を何も持っていないのだが。


 ラテラは迷わずに街の方へ向かっているようだ。同じような風景が続く森でよく方向を見失わないと思うが、それは流石に経験の差だろう。


 道中は獣のようなやつが出ることはなかった。というより、森全体から生物の気配を感じ取れなかった。


 まるで森自体が死んでいるかのような、そんな雰囲気だ。


 そこで、


「この森には獣とかは出ないんですか?」


 と聞いたところ、ラテラの答えは、


「この森にはアンデッドが多く出るんですよ。確か獣も一匹住んでいるようですが……あれは規格外の強さなので好き好んで会うべきものではありません」


 という予想外なものだった。


 アンデッドというのは、ゾンビやスケルトンなど、死してなおその怨念から現世に留まり続けている存在のことだ。


「アンデットに出会わないのは何故ですか?」

「それは……私が聖女だからですかね?」


 と、やはり聖女のオーラはアンデッドたちにはよく分かるのか、この森の危険性はラテラ的にはないという。

 でなければ、あんな夜遅くに危険だと言われる森に来たりはしないだろう。


 そこからさらに景色の変わらない森をぐんぐんと進みながら、ラテラには様々なことを聞いた。


 まずは、聖魔法について。これは、予想したとおりというか、聖なる力を使った魔法だった。

 綺羅びやかな光で攻撃したり、死者を蘇生したり、対象を回復したり、病気を直したり、そういった魔法だそうだ。

 他に魔法にも同じような効果のものはあるが、聖魔法は魔力とは他に、神への信仰によって魔法の威力が変わるという要素があるらしい。


 その信仰の対象があの女神なら、俺には聖魔法の才能はないが、もしそれ以外の上位の神がいるという事であれば使えるかもしれない。


 というか、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)は固有スキルで初めから聖魔法に適正があった。この世界に来てから間もなく、信仰心など欠片もないはずなのに、だ。


───つまり、神への信仰ではない? 信仰と見せかけた別の”何か”?


 詳しくは分からないが、本当に信仰が関係している可能性は低そうだ。


 次に、勇者について質問をした。

 「まあ、この大陸に来たら勇者の話は気になりますよね」とはラテラの言葉だ。つまり、他の大陸では勇者の召喚は行われていない、もしくは行っていても公表はされていないのだろう。


 加えて、「女神様を見れる大陸はここしかありませんからね」とも言っていた。つまり、女神がこの大陸に女神として君臨しているのは特別なことで、他の大陸ではそういったことはないと取れそうだ。


 勇者の召喚という行為は女神しか行えないと信じたいから、他の大陸に女神がいない以上、流石に勇者はあの8人だけかと考える。


「勇者は何人いるのか分かりますか?」

「いつも通りなら8人でしょうか?」


───勇者召喚は複数回目か。


 あまりにも異世界人の扱いに慣れていたからそうではないかと思っていた。やはりか、と思いつつも驚きはある。


「魔王討伐って成されたことあるんですか?」

「ありますよ。前回は確か、300年前ですね」

「女神が戦いに行ったりはしないんですか?」

「女神様は直接戦えないんです」


 そういう決まり的なのが科せられているのか。およそ、地上に過度な影響を与える行為がNGなのだろう。


 過去の勇者や魔王について質問していると、先に明かりが見え始めた。木ばかりで暗い森の出口にあたったのだ。


「そろそろ出ます。森を出てからは30分もかかりません」


 目指している街は、目と鼻の先だった。





・     ・     ・





 俺はラテラに付いて街の近くまで来ていた。ちなみにここは、タラス王国と言うらしい。


 近くにいる理由は単純で、入国審査の順番待ちだからだ。話に聞いていたとおりだが、実際異世界でもこういうことをするのかと感心はしていた。それと同時に、ただただ長い待ち時間にイライラもしていた。


 王国を外から見てはじめに連想した言葉は”要塞”だ。街全体が重厚な石の壁で囲まれており、魔獣はおろか、人一人さえ忍び込む隙はない。魔獣を恐れているのか、それとも戦争を恐れているのかは定かでないが、どちらにせよここまでの壁を作ることのできる”力”は大国のものであった。


 対外関係には慎重なのか、入国審査はほとんどの人が受けていた。一部、何か身分証のようなものを提示するだけで中に入っていく人も見受けられたが、彼らは仕事のために一時的に国を出ていた人たちなのだろう。

 国民ではない人たちの列は異常に長い。某夢の国のような行列と言えば伝わるだろうか。ただ、進む速度はスムーズなもので、この行列をテキパキと捌いていく手際は天晴なものである。


 並んでいて思ったのは、人間といえど、(ひとえ)に俺の想像していた”人間”だけではないということだ。

 例えば、色白でスラリとしたスタイルを持つ耳の長い人間。いわゆる”エルフ”と呼ばれる者たちだろう。

 人とは思えないほど深い毛と、獣のような耳尻尾、そして獰猛な歯を持つ、まるで獣をそのまま人にしたような姿をしているのは”獣人”か。

 低い身長とそれにしては盛り上がった筋肉。黒い肌でその身をより逞しく見せているのは”ドワーフ”。


 同じ人間であるのは慨形から明らかなものの、細かな違いを挙げればキリがない。


 そんな人種も複数人、列に並んでいる。皆がそれを普通だと流していることから、この世界では”亜人”もまた人と同じ扱いなのか、もしくはこの国では亜人差別がないのだろう。


「”亜人”がいるのですね」


 この世界には亜人がいる、という事実を述べた何気ない一言だったが、ラテラはそうは取らなかったらしい。


「────。あぁ、”亜人”とはこの国では呼ばないんですよ」


 亜人への嫌悪意識に見えたのか、少しの空白の後にラテラは答えた。


 たしかに「”亜人”がいる」という言葉は、亜人がいることが異常であるかのような言い回しだったと反省する。


「そうなんですか?」

「はい。他の国だと亜人に対して差別を行う国も聞きますが、この国では平等に扱われます。なので、生物学的には亜人と分類されていようと、社会的には差別を無くすため、エルフ、ブルート、ドワーフ等と種族名で呼びます」


 ラテラは視線をそれぞれの種族に向けながら説明した。ブルートは獣人のことだ。


 中にはラテラと俺の視線に気づいた者もいるようだが、特に気にした様子はない。


「そして私たちのことは、ヒューマンと呼ぶのですよ」

「なるほど」


 たしかに亜人とは差別的な言葉だ。全ての種族を種族と尊重して扱い、自分たちもその対象とする。


 他国では亜人差別もあるというから、必然的にこの国には多くの亜人が集まる。

 人種ごとの身体的特徴から、それぞれ得手不得手がある亜人。彼らが数多く集まれば、文化・技術の交流や適材適所の産業が発達し、国は豊かになる。

 おかげで、タラス王国はこんな重厚な壁が作れるほどに成長したのだろう。


「アオイさん、そろそろですよ」


 そんなことを考えていると、横から声がかかる。


 どうやら、そろそろ俺たちの番のようだ。


 俺はラテラに案内され、審査所まで歩いていった。





・     ・     ・





「おぉ……」


 予想を遥かに上回る街の発展ように、つい声が漏れる。


 石造りで四角い家が並んでいるだけの様子を想像していたが、現実は反対、レンガ造りの洒落た家が規則的に道沿いに並べられていた。同じような家といえど、個々人の趣味趣向が施されている家は、亜人を受け入れる文化ゆえか。


「すごいものでしょう?」


 自分が築き上げたものではないだろうに、なぜか自慢げに言うラテラ。


 実際すごいことは確かなので、「そうですね」と頷いておく。


「一応街までは案内したのですが……アオイさんは行く宛とかがあったり────しませんよね?」

「あ、はい。ないですね」

「でしたら宿まで案内します」

「ありがとうございます」


 最低限住めるところまでは案内してくれるというので、それに甘えてラテラに着いていくことにする。


 「では行きますよ」と言って歩き出すラテラの後ろにいながら俺は街を観察していた。


 街には店のようなものが数多くあるが、その殆どは家を拠点とするもの。つまり、大型ショッピングモールのような施設は見受けられない。


 ただし、所々で大きな建物があった。建物にはそれぞれ”冒険者ギルド”やら”魔術師ギルド”やら書いてあったので、ギルドと呼ばれる何かは、大きな施設を持てるだけの財力を持っているのだろう。


 そしてこれは予想通りというか、街ゆく人の数は多かった。道が混んでいて歩けないというほどではないが、大繁盛していることに変わりはない。休日の都会をイメージしてもらうと分かりやすい。


 亜人も分け隔てなく人々と関わっている。”亜人お断り”といった雰囲気もないし、本当に、平和な国なのだろう。


 広さは想像もつかない街だったが、真っ直ぐと前を見ると巨大な城が300メートル程先に見受けられた。もちろん、国王が居座る場所なのだろうが、その豪華さは群を抜いていて、レンガや石造り故に黒・白・茶色しかない町並みと比べ、城にところどころ装飾されている青は目立っていた。


 治安も悪くはない。衛兵のような甲冑を着た人たちがパトロールをしているようで、犯罪が起きる気配はなかった。起きたところで彼らがすぐに取り締まるだろう。


 ラテラが自慢するのも頷けるくらい、街は発展していた。中世くらいと予想していたから、そのインパクトは大きい。


───科学が発展している雰囲気はないけど。


 魔法中心で進んできた文化・技術だからだろう、科学の力を利用している形跡は見られなかった。


「アオイさん、そろそろ着きますよ」

「はい」


 ラテラが案内してくれたのは大きめの館のような場所。


 俺を貴族だと思っているからか、粗末な宿に案内するわけには行かないという気遣いをしてくれたのだろう。


───お金、ないんだけどな。


 宿に案内してもらえるのは良いが、俺は今一文無しだ。


 どうやって言い訳をしようかと考えながら、俺はラテラに続いて宿に入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ