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第85話 内乱の始まり

「ただ、勇者が召喚されたこのタイミングで内乱を起こすのか?」

「兄さん、そもそも勇者を召喚すること自体、おかしいと思いませんか?」

「……おかしい……?」


 疑問を覚える俺に、雫は丁寧に説明を始める。


「魔王は本来、異世界人ではありません。強い力を持つ魔族が魔王に選ばれます。しかし、それに対して強力な固有スキルを持つ異世界人を8人も召喚するんですよ」


 確かに、不平等か。

 不平等というより、女神という割には人間側に傾き過ぎている気がする。


 しかし、それでも人と魔族は良い勝負が出来ているはずだ。


「そもそも、魔族の方が強いのか」

「はい、そういうことです」


 だから内乱を起こしても平気だと考えている、と。

 しかしまあ、間違いではないのか。

 実際、人々が魔族の内乱に首を突っ込んでくることはなさそうだ。懸念があるとすれば、内乱後の戦力の低下だが。


「勇者が2人死したことも、既に魔族の間には広まっていますので」

「今ならば内乱を起こしても問題ないと、高を括っていると」

「はい」


 そこまで愚かな考えでは無い。

 魔族が結託するのに越したことはないが、それが出来ない以上、いつかは不満が爆発する。

 内乱を起こした後に纏まった魔族の方が良いと、そういう考えなのだろう。


 実際、人族と魔族ではそもそもの強さに大きな違いがあるようだし。

 しかし、そうすると疑問が生じる。


「聞く限り、人族と魔族の総力戦なんだよな?」

「そうですね」

「いくら勇者が居ようと、人では魔族に勝てなくないか?」


 突出した個がいるのは人族も魔族も同じだ。

 総力戦になれば、勝敗を決するのは兵の力。

 そもそもの力が魔族に傾いているとなると、人族は圧倒的に不利である。


「人族の繁殖力は魔族の5倍なんです」

「なるほどな」


 数をもって魔族を制すわけだ。

 それに、女神の口ぶりから魔王を倒せばチェックメイトである可能性は高い。

 兵の数と兵術。後は土地の豊かさからくる食糧か。それらがあれば暫しの耐久は適うだろう。


「……ところで、そろそろ離して貰っても」

「……ああ、分かった」


 恥ずかしさからか、僅かに頬を朱に染めていた雫が、俺を見上げながら言う。


 背に回した手を解放すると、そそくさと対面のソファに戻って行った。温もりが消えたのは寂しいが、今は内乱の話が先だ。


「実際、女神が内乱に手出しをしてこないなんてこと、あるか?」


 あの女神のことだから、魔族の隙を見逃すようには思えない。勇者を失っているからこそ、魔族の綻びにつけ入ってきそうだ。


「いえ、ないですね。確実に戦力を送ってくるでしょう」

「だよな」


 内乱を起こそうとしている魔族はそこまで頭が回っていないのか、それとも勇者に手出しをされようと問題ないと思っているのか。

 どちらにせよ、そんな余裕があるようには思えない。俺が女神を知っているからこその考えかもしれないが、魔族は何を考えているのだろうか。


「それってまずくないか?」

「ですが、ベールもそこまで深入りはしてこないでしょう。既に勇者を2人失っていますから」


 これ以上勇者を失うのは痛手、か。

 意外と勇者の暗殺は役立っていたというわけだ。

 おかげで女神も迂闊な手は取れない。


「じゃあ、内乱は問題ないのか?」

「概ね、問題はないです。ただ、私の総べる地は魔族領域の中でもそこまで多くないんです」

「つまり?」

「内乱軍の領域にあるダンジョンから、思いがけない魔道具が発掘されている可能性があります」

「それはまずいのか?」


 思いがけない魔道具、と言われても所詮道具という印象しか受けない。

 確かに様々な効果を持つ便利な魔道具を見てきたが、そこまで脅威か?


「強力な魔道具は一軍にも匹敵する力を持つ、と言われるほどです。甘く見ていると危険なんですよ」

「うーん」


 一軍に匹敵する魔道具、と言われても中々想像が出来ないが。

 確実に強者の足止めをできるとか、相手軍全体のステータスを大幅に下げるとか、そんな感じか?


「はい、そういったものもありえます」

「マジか」


 そう聞くと確かに恐ろしい。

 油断できるものではないということだろう。


「勝てるのか?」

「確実とは言えませんが、勝算は十分にあります」

「それなら良いんだが」


 俺よりも長くこの世界にいる雫だし、彼女は魔王だ。彼女が勝てるというのだから、なんとかなるのだろう。

 それに、魔王軍だって強力な魔道具を幾つも持っているはず。予想外のことでも起きない限り、勝てるということだ。


「俺に手伝って欲しいことは?」

「実は、特にないんです。もう小競り合いは始まっているんですよ」

「小競り合い?」

「はい。私の側近の1人に、魔王軍参謀の男が居るのですが──彼は既に戦に向かっています」


 私の側近、という言葉を聞き、改めて妹が魔王なのだと実感する。

 先輩後輩といった温い関係でなく、もっと殺伐とした上下関係。

 俺の<支配(ドミネイト)>による上下関係とは違って、あらゆる思惑の詰まった上下関係だったりするんだろうか。


「内乱と言えども戦争ですから、まずは小競り合いから入るんです。いきなり総力戦というのも美学に欠ける、と参謀は言っていました」

「美学、ねぇ……」


 戦争に美などあるか、と思うが。

 それを感じられるからこその参謀なのかもしれない。

 魔王軍参謀、字面だけ見ればかなり物騒な役職だ。憶測で申し訳ないが、変人っぽい。


「魔王軍の総数は五千ほどです。既に戦の準備は出来ているので、後は出陣するだけですね」

「そんな時期に、俺たちを迎えて良かったのか?」


 魔王城の前にいた100人の兵士に、玉座の間にいた屈強な魔族たち。

 それらは十分な戦力になるだろう。


「開戦は1週間後ですので、余裕があるんです」

「そういうものか」

「そういうものです」


 テーブルに置かれたティーカップに手を伸ばし、そのまま口につける。

 甘さが控えめな紅茶だった。あまり甘いのは得意ではないので、これくらいが丁度よい。

 熱いということもなく、飲みやすい適温だった。


───紅茶の適温は60度、だったか?


 そんなどうでも良いことを思い出しながら、半分ほど飲んでしまう。


 それを待っていたのか、俺がカップをテーブルに置くと、雫は話を再開した。


「兄さんはステータスとスキルの強化が目的ですよね。でしたら、適当に魔族を支配して回ってください」

「それで良いのか?」

「はい。後ほど地図を渡させますので、内乱軍側の魔族が居るところは好きに荒らして頂いて結構です。ですが、支配した後は徹底して殺してくださいね。不和の原因になりますので」

「分かった」


 表では総力戦を行い、俺は裏で有力な魔族を殺して回ると。

 思いっきり内乱に利用されている気がするが、俺の為にもなるし良しとしよう。


「護衛に始まりの獣(ラストビースト)を付けます」

「……ルリを?」

「有力な魔族であっても、ルリならば負けないでしょう」


 雫が扉の方を向くのに釣られて、俺も振り返る。

 ルリはサムズアップしていた。


 ……そういうキャラじゃないだろうに。


「それじゃあ、任せます。後ほど詳しい話をするので、2時間後にまた呼びに行きます。それまで、部屋を用意するのでそちらで。フローラ」


 コンコン


 雫が名前を呼ぶと、扉が2度ノックされ、外から黒いメイド服を着た女性が入ってきた。魔族仕様である。

 頭には2本の小さい角。山羊の角のような見た目だが、魔族としての特徴だろう。

 身長は俺よりも少し高いくらい。美しい翡翠色の髪をしていた。お姉さんといったイメージが強いのは、着痩せしそうなメイド服を着ていてもなお強調されている彼女の胸部ゆえか。


「どうされましたか、魔王様」

「兄さん──そこの男性を客間に案内するように」

「はい、畏まりました」


 フローラと呼ばれたメイドは雫に頭を下げると、俺の方に向き直る。


「付いてきて頂けますか?」


 フローラが俺に目配せをするので、俺は合わせて立ち上がる。

 お偉いさんだし、ティーカップは出しっぱなしでも誰かしらが片付けてくれるはずだ。

 正直、出しっぱなしで退室するのはソワソワするが。


「兄さん、また後ほど」

「ああ」


 控えめに手を振る雫を後に、俺は部屋を退室した。


 フローラに連れられて行くのは、1つの部屋だ。

 慣れた動作で扉を開いたフローラに言われて部屋の中に入ると、やはり魔王城というだけあって広い部屋だった。

 久しぶりのベッドまであり、感動する。

 しかし、人生で見たことのないレベルの豪華さなので、気が引けてしまうのも確かだった。


「どうぞ、こちらにあるものはご自由にお使い下さい。何かありましたら、こちらに置いてあるベルを鳴らしていただければ駆け付けます」


 フローラが指で示したところには、拳大のベルが置いてあった。

 呼び鈴の役割を果たすらしい。


「それでは、ごゆっくりお寛ぎください」


 長く邪魔するのも悪いと思ったか、最低限のことだけを述べてフローラは退室していく。

 その動作も優雅なもので、板についたメイド業が見て取れた。


 フローラが出て行って、俺はようやく久しぶりのベッドをゆっくり堪能できる──はずだったのだが、


「なんで、ルリが居るの……」

「ん、護衛」


 なぜか部屋までついてきたルリは、扉の付近で俺を見守っている。

 ちゃんと護衛のつもりなのだろうが……、


───寝れないよなぁ……。


 異性に視察されながら寝るのは、少し俺にはハードルが高かった。





◆     ◆     ◆





 葵が退室した応接室には、雫が一人取り残されていた。

 彼女は置かれたティーカップに口を付け、残りの紅茶を飲み干していく。ついでに、何度か躊躇った後に、兄が残して行ったそれにも口を付けた。

 不用心なことではあったが、王が護衛も使用人もなしに、本当にただ一人でソファに座っていた。


「……姿を現しなさい」


「なに、随分機嫌が悪そうじゃのう?」


 雫が声を掛けると同時、虚空から1人の女性が現れた。

 サラリとした黒髪に、美しいスタイル。身長も高く、誰が見てもれっきとした大人の女性に見える。

 何よりその美貌はこの世のものとは思えないほどで、見るあらゆるものを虜にする魅力を有していた。


「あなたが関わっているの?」

「そう見えるかの? しかし、妾はそちの支配下にある身じゃ。易々と異世界人の召喚などできまいよ」


 嘘か、真か。

 彼女──邪神のこの態度は、初めて雫と会ったときから変わっていない。

 彼女は雫に支配された時でさえ、この態度を崩すことはなかった。


 能力的な意味もあって、雫には邪神を完全に御すことはできなかった。

 ある程度の自由を与えざるを得なかったのだ。


 しかし、邪神が身勝手な行動で雫を困らせることはなかった。

 むしろ、自主的に雫のことを考えて行動までしていたからこそ、ある程度の信頼は置いていたのだ。

 ゆえに、少し監視の目を緩めていた。勝手なことはしないだろうと思っていたのだ。


 なので、彼女が勇者召喚に干渉したとしても、雫はそれを見逃している。

 彼女が干渉したのかどうか、真実は闇の中なのだ。


「のう、雫よ」

「なに?」

「そちは、おかしいと思わないのかえ?」

「おかしい……?」


 偶然にも、2回の勇者召喚で連続して兄妹が召喚されたこと、とか。

 おかしいことと言われれば、思いつくことはなくもない、が。


 多分、邪神の言いたいことはそうではないと、雫は考えていた。


「此度、召喚された勇者はどれも強力なもの。固有スキルのランクが高いわけじゃな。だが、女神ベール如きにそんな力はありはせん。なぜ強力な勇者が召喚できたのかの?」


 雫は思案する。

 難しいことのように思えたが、一瞬である最悪の可能性に辿り着いた。


「…………まさか……」


「そう、そのまさかじゃ。他の神──それも神域に引き籠もる上位神が干渉しておるのう。ふふ、生憎と女神ベールは気が付いていないようじゃが」


「兄さんが召喚されたのも……?」


 邪神は、心底面白そうに微笑む。

 この笑みを見ていると、支配しているとはいえ、味方なのか怪しく感じるレベルだ。

 今こうして知識をひけらかしてくれてるのだから、有益な存在であることは事実なのが、また悔しい。


「それは別件じゃ。そちは気付いておらぬかもしれんが、異世界から召喚された勇者が魔王になる異例の事態で、この大陸の秩序が乱れておる」


「それが原因だと?」


「勇者の召喚は、その時の魔王に効果を良く発揮する者が選ばれやすい。さて、支配の最大の敵は、なんじゃったか?」


「……支配」


 答えだった。

 本来、支配系統の固有スキルは中々発現しない。

 正確に言えば、特別な存在を除き、発現することはない。

 それが、異世界人である雫が勇者になったことで覆された。本来、支配系統の魔王は生まれないはずなのに、生まれてしまった。


 それによって、支配に対抗できる支配系統の勇者がまた召喚されてしまったということだ。


「そちの兄に関しては、全く干渉はしておらぬ。言いがかりじゃ」

「そう……。それは、ごめんなさいね」

「まぁただ、安心せい。見たところ、そちの兄もそちに会えたことを喜んでいる様子じゃったぞ」


 顔を伏せていた雫だったが、邪神のその言葉にバッと顔をあげる。

 「おお」と、その勢いに邪神が声を上げるも、それすら気にしないと言わんばかりにまくし立てた。


「それは本当!?」

「嘘をついてどうする。こんなくだらん嘘、妾がつくはずがなかろう」

「そうよね」


───これほどまでとは……。


 邪神であるにも関わらず、自分を従える主が若干ブラコン気味であることに、彼女は頭を悩ませるのだった。

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