第83話 妹のお話
投稿するお話のミスです。見なかったことにして頂ければと思います。
勇者を殺し。
またもや勇者を殺し。
逃げた先で様々なことに巻き込まれながら、なんやかんやでやってきた魔王城。
傍には始まりの獣と呼ばれる最強格の魔獣を共にして、その最奥──玉座の間へと到達した。
当然、そこに待つのは魔王である。
敷かれたレッドカーペットの脇には屈強な魔族──もちろん、全てが屈強ではないが──が立っており、玉座付近には側近と思われる魔族が4人。
そして、その中には見知った顔の魔族も居た。
───エリスさん…………
イケオジといった印象の魔族──高身長で髭のよく似合う初老の男の側に、エリスは立っていた。
彼女が魔王の側近とは考えにくいので、何かしら事情があるのだろう。
ここまで長らく語ったが、今はそんなことはどうでも良い。
間違えはしない、魔王の正体についてだ。
彼女は、3年前に行方不明になった俺の妹だった。
どういう経緯かなど、言う必要はないだろう。つまり、行方不明になったのではなく転移していたのだ。
久しぶりに見る妹だったが、やはり成長を感じられた。
黒髪黒目はこの世界では珍しく、まさに日本人という感じ。
実の妹の容姿の評価は控えるが、身長が伸びたとはいえ幼さは残っていた。
椅子に座っているから分からないが、160くらいはあるかもしれない。童顔でさえなければ、女子の中ではそこそこのお姉さんな印象になるはずだ。
「くく、やはり面白い。二人とも、固まっているではないか……」
その沈黙を引き裂いたのは、エリスの側にいた初老の男だ。
その声に聞き覚えがあったのは──彼が赤龍であるからに違いない。
ちゃんとエリスを保護して、俺の元に連れてきてくれたということだ。
───それはありがたいが……
口ぶりから、知っていてあえて隠していたのだろう。
とやかく言ってもしょうがないが、文句を言ってやりたい気持ちは抑えられなかった。
「兄さん、ですよね?」
「ああ……」
控えめながらも問い掛けてくる妹、雫に、俺もゆっくりと返事をする。
兄妹仲が悪いわけではなかったので、感動の再会なのだ。
しかし、そんな雰囲気でないのは、やはり現実感のなさであろう。
雫からすれば、魔王としての威厳なんかもあるのかもしれない。
「……魔王様と……葵が……兄妹…………?」
ちなみに、一番困惑しているのはルリだった。
いや、周りにいる魔族たちも困惑はしているのだろうが、それを最も表に出しているのがルリだった。
「赤龍、これはどういうこと?」
「どういうことも何も、言ったとおりだ。面白い勇者が来るので、1人のみ呼ぶと良い、とな」
「中々引き下がらないのでその願いを聞けば──これが見たかったわけか……」
「悪くはないだろう?」
「どうだか……」
赤龍が企んでいたのは隠しようがない。
しかし悪びれている様子がないのは、それで彼女の機嫌を損ねることはないと確信していたからか。
兄妹の不仲を疑わないような阿呆には見えないが、どこで確信を得たのだろうか。
尤も、こんなことは考えてもどうしようもないわけだが。
赤龍の態度に困ったような表情を見せる雫だが、正直その心の内は測り知れなかった。
「一旦、二人きりになる。別室に移動するので各自持ち場に戻るように」
「魔王様、護衛はどうなされますか?」
雫が指示を出すと、その近くにいた魔族の一人が反応する。
高身長、キリッとした顔立ちの女性だ。仕事が出来る、ザ・キャリアウーマンという印象を受ける。
だがしかし、彼女の言葉は雫を苛立たせただけのようだ。
「不要だ。実の兄だぞ?」
「しかし、変装という可能性も捨てきれないのでは? 一応、護衛を付けるべきかと」
「それは────」
変装を見抜けないはずがない、と言おうとしてその言葉を飲み込んだのだろう。
雫自身がどう思うか、ではない。彼女が王である以上、配下への気遣いは必要なのだ。
「そうだな。では、始まりの獣を護衛につけよう」
「ですが、彼女は懐柔されているのでは?」
「あなたは、魔王様のご判断に異を唱えるのですか?」
後ろから、冷たい空気が流れる。
ゆっくりと振り返れば、いつの間に居たのか、1人の魔族が入り口に立っていた。
見覚えがある。彼は、あの時の代表の男だ。
「紫怨……」
彼はその右手に紫怨を持っていた。
戦いの結末は、紫怨の敗北で終わったのだろう。
「ご安心を。生きております」
俺が心配していたからか、紫怨の安否を短く伝えた。
俺が感謝を述べるよりも早く、先程の女魔族が口を開く。
「総帥……。しかし」
「魔王様がご決定なされたこと。そもそも、始まりの獣を懐柔できる相手に、有象無象の魔族でどう対応するのですか?」
「それは──」
「分かったら、無駄な話は辞めなさい」
「……はっ」
総帥、と呼ばれていることもあり、彼らの間には明確な上下関係があった。強く言われては言い返せないようで、話は纏まった。
「では、各自頼む。その勇者は適当な部屋で寝かしておくように。兄さんは着いてきてください」
玉座の間に居た魔族が動き出す気配はない。
王が退出する前に自分たちが退出することなど出来るわけがないのだから、当然か。
雫が手招きをしているので、俺は遠慮なく玉座へと歩いていく。
レッドカーペットの上を、階段まで登るのには勇気が必要だったが、隣にルリも居たので堂々と出来た。
俺にはよく分からないが、王は玉座の裏から退場するらしい。
そういうものなのだと言われればそれまでなのだが。
そんなこんなで、静止する魔族たちを傍目に、雫について玉座の間から退室した。
エリスと目が合ったが、後ほど話す機会はあるだろう。
俺の中では愉快犯な印象もある赤龍でさえ、魔王の退室時には静かにしていた。
退室した後に向かったのは応接室のような場所だ。座り心地の良さそうなソファが、高価であろうテーブルを挟んで2つ。
ただ、魔王城というだけあって色合いが邪悪なのは──目を瞑ろう。
ソファに座れば、やはりフカフカとしていた。
しばらくまともに椅子に座ってすらなかったので、安心感を覚える。久方ぶりの椅子に感動だった。
ちなみに、ルリは座っていない。
護衛というだけあって、入口付近に立っていた。
「兄さん、お久しぶりです」
移動中、痛いくらいの沈黙に耐えていた俺だったが、部屋に入れば雫はそれを壊してくれた。
正直、話す内容があるはずなのに中々思いつかないのは、俺の人間としての駄目なところなのだろう。
反面、優秀な妹はこんな場面でも俺を気遣う余裕を見せてくれている。
優秀な妹を持つ兄は大変だ。
「久しぶりだな、雫」
「兄さんからすれば、3年ぶりですか」
「ああ。雫からすれば──そうか、300年ぶりか」
魔王が変わったのは300年前。
つまり、彼女は300年前には少なくともこの世界にいたわけだ。もっといた可能性もあったのだが、3年と300年、共通点を感じただけだ。こっちの100年が向こうで1年と、時間がズレているのだろう。
「はい」
こうして、また沈黙に戻ってしまう。
どこから取り出したのか、俺たちに挟まれているテーブルに、ルリはティーカップを置いていく。
もちろん、中には紅茶──と思われる液体が入っていた。
雫はそれを手に取り、優雅に口をつける。
同じことをしようとしても俺には真似できないだろう。
「雫」
「はい」
「異世界に召喚された時の話を聞かせてほしい」
ありとあらゆる歴史が結び付いていくようだった。
それを確信に近付けるために、俺は雫に説明を求める。
雫も「分かりました」とだけいい、話し始めた。
「300年前、女神ベールに勇者として召喚されました。薄々勘付いてるかもしれませんが、私の固有スキルは兄さんと同じ、支配系統。ベールは私を無能として処理しましたが、命からがら逃げ出した私は勇者と魔王の戦いに乱入しました。どっちも殺したので、相打ちとなったわけです」
タクトとの関係性やら、今の配下やら、色々と省かれているところはあるが、概ね俺と同じような感じか。
ただ、女神が妹まで殺そうとしていたことには、腹が立つ。
「詳細は省きますが、力を付けて、成り上がってきたんです。色々ありましたが、元気です」
話したくないことも多くあるのだろう。
無理に話せとも、思い出せとも思わない。
ただ、生きていてくれたことには感謝だ。
「雫」
「どうしましたか、兄さん」
「よく、生きててくれた。ありがとう。本当に良かった」
「あぁ……」
雫は顔を伏せた。
今は魔王とて、元は少女だったのだ。
それが、女神に裏切られて、よく生き延びたと思う。
死にたいと思ったことも少なくないはずだ。
それでも生き延びる選択をした彼女は偉い。
「兄さんは、相変わらず優しいですね。泣けてきます」
そんなふざけた言い方をしているが、彼女の頬には涙が伝っていた。
バレないようにか顔を伏せているが、隠す必要などないだろう。
何も信頼できない環境で、一人で生き延びた。
久しぶりに会えた家族にくらい、涙を見せてほしいものだ。
「雫が生きててくれて良かった」
「兄、さん…………」
俺は雫の頭に手を置く。
それに驚いたのか、パッと顔を上げた彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
よく考えれば、300年以上生きている彼女は俺の姉と言っても過言ではないのだが。
妹として生まれた彼女の性だろう。
「兄さん、少し良いですか?」
「ん?」
そう言うと、雫は立ち上がって俺の座るソファの近くまで来る。
そのまま俺の隣に座る──と見せかけて、俺の上に跨った。
───ん……?
ただ、彼女の願いはすぐに分かることとなる。
跨った状態で、彼女は俺に抱きついた。
「兄さんも、抱き締めてください」
「あ、あぁ」
勢いに圧倒されながらも、俺は彼女の背に手を回した。
そのままギュッと彼女を抱き締める。
可愛い妹の願いなのだ。聞いてやろうと思えた。
「……寂しかったんです。誰も信じられず、ずっと孤独でした。だから、兄さんに会えて、嬉しいんです」
俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくっている。
服は濡れてしまうが、それを言うのは野暮というものだ。
「兄さん、来てくれてありがとうございます。大好きです」
「雫は俺の大事な妹だからな」
本当に大切なものは失ってから気づくのだ。
離れ離れになって気づいた家族の絆。
───うん、感動ものだ。
そんなことを考えながら、彼女が満足するまで、俺は抱き締めることを止めなかった。