第82話 魔王との面会
「葵」
「ん? どうした?」
「キスは?」
「…………しないぞ?」
上目遣いでこちらを見てくる少女が何を考えているのか、実際には何か考えがあるわけではないだろう。
ただ、してほしいことを願ってみただけで。
その頼み方が外見の年齢に相応しくないと思うのは、その精神は子供ではないからだと想像できる。
「なんで?」
「そういうのは愛を育んでからな」
「……愛してくれるって」
「それとこれとは別だ」
まくしたてるように迫られても、折れることはしなかった。
そもそも、俺は生まれてから彼女というものを作ったことがない。
ファーストキスが平野のど真ん中というのも、どこか味気ないものだ。
「ふーん。……まあ、良いけど」
しかし、彼女の中にも落としどころが見つかったのか、不意に視線を逸して納得を表明した。
「葵は魔王様に会いたい?」
「そうだな」
「案内してあげる」
「ありがとう」
してあげる、の部分を強調させて言うルリだったが、それは素直に例を言っておく。
実際、一人で魔王城に入るのにはかなりの勇気が必要だったからだ。
「じゃあ、手」
「……分かった」
転移するから繋いで、ということなのだろうが、彼女の転移は接触する必要はなかったはずだ。
尤も、これくらいのことで彼女の不興を買いたくはないので、素直にその手を取るのだが。
「<長距離転移>」
そうして彼女が魔法を発動すれば、俺は青白い光と共にある場所へと転移していた。
「ここは?」
「入口」
「城の?」
「そう」
エントランスのような場所に転移したことから、ここは魔王城入口付近なのだろう。
入口というより、出口か。
ちなみに魔王軍兵士が俺たちを待ち構えていたことから分かるように、中に人はいなかった。
使用人とかいないのか? と思うも、人間と同じ文化とは限らない。
そもそも、勇者が来ることは分かっていた様子だった。避難させていると考えても不思議ではない。
「玉座の間を目指す。魔王様はそこに居るから」
頷くと、ルリは先導して歩き始めた。
その足取りに迷いはない。
やはり、彼女は魔王と精通しているのだろう。
そんなルリに付いて、妙に人の居ない魔王城を歩いていく。
玉座の間は、エントランスホールの奥の通路を進んだ先にあるようだった。
玉座というだけあり、城の者でなくとも分かりやすい位置にあるようだった。
せめて護衛は残すべきだろうと思うも、勇者が侵入してきていることを知っている以上、何らかの作戦ということも考えられる。
あの軍人と始まりの獣で対処できないようならば、魔王様直々に戦ってやろうという意志の表れかもしれないと思った。
そんなことを考えていれば玉座の間の前についたようで、先導していたルリは俺の隣に来た。
いかにもと言った重厚な扉が目の前にはあった。
兎にも角にも、俺は最奥の部屋の扉を開ける。
広がるのは、謁見の間。
図書館で見た、タクトの居場所と似たデザインだが、色は紫。
あの部屋とは違い、禍々しさで満ちていた。
そして、レッドカーペットの脇には数多の魔族。それらが強大な力を持つであろうことは、その外見と放たれるオーラからひしひしと伝わる。
それらが、扉を開けた俺を凝視していた。
しかし、襲いかかってくることはしない。
魔王なりの礼儀なのか。
それとも、始まりの獣が隣に居るからなのか。
奥には、玉座に腰掛ける魔王の姿。
足を組み、肘を付き。
偉そうに玉座に座る姿が、様になっている。
身長は低い。
とはいえ、150センチほどはあるだろうか。
放たれる威圧感と比べれば、外見は場違いなものだった。
「よくぞ参られた、勇敢なる者よ」
声が掛けられる。
魔王とは思えないほど、妙に可愛らしい声だ。
残念ながら、タクトでは無い。
タクトでは無いが、俺はこの声の主を知っている。
「まさか始まりの獣を手懐けるとは思わなかった。勇者よ、名を申してみよ」
偉そうな態度で俺に話しかけてくる、彼女の正体は、魔王。
だが、魔王というだけではなく。
俺にとってはもっと馴染み深い存在の者だった。
いや、ある意味馴染み深くはないのだが。
「──────って、え? 兄、さん?」
先程とは変わって、驚いた声を出す魔王。
そう。
玉座でふんぞり返る、彼女の名前は──
──枷月雫、3年前に行方不明になった、俺の妹だった。
以上、第3章終了になります。
第4章はタクトくんのお話となり、第5章でまた続きになっていきます。
3章では今までの布石や伏線を色々と回収できたと思ってます。また、ペースが遅い中付いてきて下さった読者様には感謝です。
これからも執筆していきますので、よろしければ楽しんでくださると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!
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