第81話 女神のチカラ
時は少し遡る。
角倉翔と夏影陽里が帝国を属国にすることに成功した、直後。
ベールは執務室で、いつも通りに書類の処理をしていた。
帝国は弱い。
自分たちこそ力のある国だと思っているが、実際はそうではない。あくまでそう思わせていたのもベールの策略の1つである。
目的は単純だ。
力のある国だと自負させることで、魔王討伐の人材を派遣させるため。
帝国がいくら弱いとはいえ、強い個体が出現することはあるのだから。
ただ、今回帝国を潰したのには理由がある。
他大陸に向けて、あくまで2つの大国が共存しているように見せるための帝国だったのだが、もはやその余裕がなくなってしまった。
勇者の死によって、帝国に協力を仰げるほどの余裕はない。
戦力こそ微妙な帝国でも、技術力は王国を凌ぐ。
その技術力を全て手に入れるための強硬手段であった。
───帝国の属国化は成功しましたから、次はアオイの処理ですか。
メイに帝国の様子を見守らせていたが、圧倒的な実力差があるように思えた。
シリウスという騎士はまあまあ実力があったものの、やはり勇者には及ばない。
なぜあの程度の力で自信を持てるのかが分からないレベルだ。
───技術も大したことないとか、やめてくださいよ?
帝国は技術力を隠蔽している。
女神であってもそれを見抜けないほどなのだから、さすがに収穫はあるだろう。あってほしい。
「さて、さて」
1つ終えたとて、やるべきことは未だに多い。
成功を喜んでいる時間などないのだ。
「メイ、そういえば、彼女は連れて来ましたか?」
「はい。既に隣の部屋にて待機させております」
「流石です。では、呼んできて頂けますか?」
なるべく早く、魔王が侵略してくるよりも前に、ひとつでも多くの問題を解決しなければならない。
目前、最も重大な問題はアオイの存在だろう。
どうやってアオイの存在を消し去るのか。
その鍵となるのが、メイに用意させた1人の聖女の存在だ。
コンコン
ドアがノックされる。
メイが聖女を連れてきたのだろう。
「入ってください」
ベールがそう言えば、ゆっくりと扉が開かれ、メイと──緊張した様子の聖女が部屋へと入ってくる。
彼女と会うのは初めてだ。
聖女という天職である彼女にとって、女神との面会は緊張に値するものなのだろう。
「失礼します」
「し、失礼します」
自然な所作で部屋に入るメイとは対照的に、聖女は動きがぎこちない。
ただ、この場にそれを攻める人物はいなかった。
「お連れしました。聖女のラテラ様です」
「ラテラです!」
緊張のせいか、裏返った声で大声をあげてしまう彼女の様子を、ベールは油断なく観察する。
───特に不審なところはないですね。
「ありがとうございます、メイ。そして、初めまして、ラテラさん。ご存知かと思いますが、ベールです」
「は、はい! いつもありがとうございます!!」
───さて、問題はここからですか。
緊張でおかしい動作はあるものの、不審とまでは言いきれない。
崇拝する相手に面会した心情がベールには分からないが、およそ、これが普通なのだろうと推測できる。
───内通者である可能性は低い、ですかね?
尤も、このような推測から得れる情報の信憑性など無に等しい。
本来であれば椅子でも用意したいところだが、女神と聖女という関係上、それはしない。
跪くラテラに対し、ベールは早速本題を投げかける。
「この度ラテラさんをお呼びしたのは、アオイという人物についての情報をいただくためです」
「アオイさん、ですか......?」
───知っているようですね。
返事からするに、アオイという人物を知らないということは無さそうだ。
元より得ている情報から、彼女がアオイと深い関わりがあることは知っていた。ここで知らない様子であれば、記憶を弄られたということも考慮しなくてはならなかった。
しかし、どうやらそうではないようだ。
「はい。ご存知ですか?」
「......はい。知っています」
───どうやら歯切れが悪い様子ですが......。
「アオイとはどこで出会ったのですか?」
「め、女神様、遮って申し訳ありません。お聞きしたいことが......」
「ふむ?聞きましょう」
「アオイさんに、何かあったのですか?」
「ああ」
正直に言おうか、思案する。
アオイのことを全て話す利点は、ラテラが赤裸々に話してくれる可能性が高まるというところ。
逆に、アオイという人物の噂が広まってしまう可能性が出来てしまうのは避けたいところだ。
───致し方ありませんね。
こう聞かれては、隠すのも愚策になってしまう。
となれば、出来れば使いたくなかったが、強硬手段に出ざるを得ない。
「ラテラさん」
「は、はい」
神妙な面持ちで言うベールに、ラテラは息を飲む。
そんなラテラを他所に、席を立ったベールはゆっくりとラテラへと近付いて行き────、
「女神様──?」
そのまま、そっとラテラの頭に手を置いた。
そして、彼女は何事もないように、言葉を紡いでいく。
「<支配>」
と。
ベールを崇拝していた者に対して、非情にも。
そのスキルを発動した。
・ ・ ・
「ベール様、ラテラ様はどうされますか?」
「そうですね。しばらくかかりますので、客室に持っていってください」
かしこまりました、と言ってメイはラテラを運んでいく。
部屋から出て数分後、それが終わったのか、再び扉がノックされてメイが入室した。
「ありがとうございます」
「いえ。そういえば、ベール様。お耳に入れたいことが」
「どうされましたか?」
ベールは笑顔のまま、メイに尋ねる。
返ってきた答えは、彼女の予想しないものだった。
「魔夜中紫怨様が裏切った可能性があります。どうやら、魔族領域で例の──アオイさんと行動を共にしているようです」
「追っている可能性もあるでしょう?」
ベールの質問に、メイは首を横に振る。
「例の村を潰すのに協力していたようです」
「彼は事情を知らないでしょうし────ああ、アオイを救ったのですね」
「はい」
そう言われてしまえば、裏切りは確実とも言える。
───まあ、彼は使い道があるので良いでしょう。必ず戻ってくるでしょうし、その時に下準備をしますか。
ぶっちゃけ、ベールにとってはそこまで問題ではない。
むしろ、手駒が増えたとも考えられる。
「奥地を目指しているのであれば、あなたのスキルも使いにくくなるでしょう。しばらくは放っておいて構いません。彼は帰ってきますよ」
「はい、かしこまりました」
───これは予想外でしたが、面白いものが見れそうですね。
メイの報告を聞いたベールは、黒い笑みを浮かべていた。
それからしばらく経った後。
ラテラからの事情聴取を終え、
殺したはずの勇者、枷月葵が生きていることを知ったのだった。
とうとう、女神様のスキルが────。