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第79話 魔王軍総帥

 枷月葵(カサラギアオイ)始まりの獣(ラストビースト)と戦う一方で、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)は100を超える魔王軍に囲まれながら、1人の男と対峙していた。



 紫怨は、目の前の男を油断なく見据える。


 それは、両腕を脱力し、ぶらりと下げていた。

 右手に持つのは、刀身の長い刀──日本刀だ。

 そんなものが異世界で作られているのか、と思うが、過去に召喚された勇者もいたようだしその名残だろう。


 刀身の白銀の輝きが、男の銀髪と相まって、より美しく見える。

 刀でありながら、人を魅了する力のある代物に見えた。


 男の姿勢は隙だらけだ。


 戦うつもりがないのか、それとも余裕を見せているのか。

 対面する紫怨の感想としては、そこまでの力量差は感じていない。

 多少、相手のほうが上手かもしれないが、そこは戦い方の問題になる。


 では、一体なぜ男は油断しているのか。


 その答えは、男から語られることとなる。


魔夜中紫怨(マヨナカシオン)、でしたか」


「…………そうだが」


「随分と不服そうですね」


 男の目的が分からなかった。

 なぜ、自分と話をするのか。

 葵と分断したのは、戦力の分散──葵の孤立化が目的だとばかり思っていた。


 なのであれば、男は紫怨と会話をする必要はないはずなのだ。

 なぜならば、ここは魔王城。魔族の巣窟である。


 紫怨にどれほど実力があろうと、ここで半永久的な戦闘を強いられればどうしようもない。


 時間稼ぎなのかもしれないが、男が紫怨の時間を稼ぐ理由が思い当たらなかった。


「相手ばかりが自分の名を知っていれば当たり前だと思うが……?」


 葵は現在、始まりの獣(ラストビースト)との戦闘になっているはずだ。

 ぶっちゃけ、勝てる可能性は無に等しい。


 しかし、助けに行ったからといって紫怨に何ができるかと言われれば、なにもできない。

 葵が勝つ可能性──<支配(ドミネイト)>に成功する可能性に賭けるしかないわけだ。


 そんな状況で紫怨がすべきことは、生き残ることだろう。

 自分にはタクトという協力者がある以上、生き残らなければならない。

 時間稼ぎであれば、紫怨も望むところだった。


「それは失礼を。私はルイ────と言うよりも、魔王軍総帥、と言ったほうが分かりやすいでしょうか」


 長らく魔王軍の進行がなかった人族領域において、魔王軍総帥なんてのが何者かは分からない。

 しかし、目の前の男はそれが自己紹介になると思っている。

 つまり、魔王軍総帥は人族領域にも知れ渡る程の有名さを持っている──と本人は思っているということになる。


 単純に考えれば、魔王軍のトップだ。


「なぜ葵と始まりの獣(ラストビースト)を戦わせる?」


「私がその質問に答えたら、貴方は何を教えてくれるのでしょう」


 その返答からは、何も答える気がないということだけは分かった。


 これ以上は無駄だろうと、紫怨は剣を構え直す。


 上段構えだ。

 この世界にやってきてから多用してきたせいか、最も慣れている。


 対するルイは、相変わらず腕を下げたままだった。

 脚を動かすこともなく、本当に自然体だ。


「……いくぞ」


 多少の躊躇はあったが、相手は魔王軍のトップ。

 隙があるなら、付け入らせてもらおう。


 紫怨は地面を蹴ると、高速でルイへと肉薄した。


 途中に罠が仕掛けられている、なんてこともない。

 難なく攻撃範囲にルイを入れることができた。


 紫怨は、魔眼のおかげで数秒先の未来が見える。

 踏み込んだ時は、安全に接近できる未来が。

 そして今は、振り下ろした剣にルイの対応が間に合わない様子が見えていた。


 容赦なくルイの脳天に剣を振り下ろす。


 ルイは右腕を上げて防御を試みるが、間に合わない。

 紫怨の剣は致命的で、ルイは死に至る──はずだった。


 ガギンッ!!


 そんな、金属のぶつかる音と共に、紫怨の剣が弾き返された。


───は…………?


 未来が見える。


 紫怨の剣を弾いたルイが、今度はゆっくりと剣を横薙ぎする。

 それが紫怨の脇腹を抉るのは、2秒先だ。


 剣を弾かれたのは不測の事態として、冷静に後退を行おうとした。

 ルイの持つ日本刀のリーチ以上の距離──不測の事態を更に考えて、余計なまでの距離を取るべく、跳び退いた。


「がッ────!」


 しかし、回避は成功しなかった。


 左脇腹に、衝撃が走る。

 痛みと、熱量を持っているのが分かった。


 要するに、斬られたのだ。


───な…………、ぜ…………?


 聖属性魔法で傷を癒やしつつ、紫怨は考える。


 彼が手に入れた未来視の能力は、付け焼き刃の力に等しい。

 大した付き合いもなく、コレが完全だと言い切れる保証はない。

 赤龍に対して使えたのも、試練ゆえに手を抜かれていたといえば納得だ。


 しかし、覚えるのは違和感。

 未来はハッキリと見えていて、その通りのことは起きる。

 なのに、その未来の”時間”だけが予測できていない。


 油断なく未来視を使うも、ルイがこちらに仕掛けてくる様子はない。


 例えばこれが、圧倒的な実力差のせいで未来視が完全に機能できていない、とかいう理由の可能性も否定できない。


 あの時は葵に気を配っていなかったからあまり気にしていなかったが、<召喚(サモン)>を使うのも予測はできていなかった。

 つまり、この力には何らかの制限、条件があるのだ。


「足踏みをするようでしたら、私から行かせてもらいましょう」


───3秒後に…………右からっ!!!


 今度は、3秒後というのだけを信じず、ルイが踏み込んでくるより前に剣を右側に寄せておく。

 こうすることで、咄嗟に判断できるだろうからだ。


「っ…………!?」


 そんな紫怨を一瞥して、ルイは地を蹴った。

 その瞬間、見えていた未来が変わる。


───左から斬られるっ!!!


 秒数まで分かるが、すぐに左を守るように剣を構え直す。

 時間の猶予など、今更信用はできない。


 ガキンッ!! と。


 ルイの斬撃を防ぐことに成功した。

 もちろん、視ていた以上の猶予はなかった。


 しかし────


───やはり、行動は変わらない。


 未来視によって、起こる未来は確実に予測できているのだ。


 未来を決定する要素は、自己の選択と他者の選択にある。

 この2つは完全に独立しているわけでもないが、それは良いだろう。


 もちろん、それらが変われば未来は容易に覆る。

 逆に言えば、それ以外の要因で未来が変わることはない。


 紫怨が見ているのは、最も起きやすい選択だ。

 それと同じ事象が起きているということは、目の前の男の選択は、紫怨に見えている。

 つまり、これとは違った何かが、未来視を狂わせているのだ。


「厄介な固有スキルだな」


 とりあえず、カマをかけてみた。


 ただ、案外あたりだったのか、ルイの表情がピクリと動く。

 僅かなものだったが、紫怨はそれを見逃さなかった。


───未来視を覆す固有スキル……? というよりは、未来を決定した段階では発動していない能力…………。


 考えても複雑なだけだ。


「お喋りをする余裕があるようには思えませんが」


 ルイは、再び踏み込んでくる。


 今度は、上から振り下ろされる。


 未来視には頼らない。

 ルイが剣を上に構えたところで、紫怨も剣を────


「がッ────!?」


 構える前に、紫怨は斬られていた。


 咄嗟に体が動き、少し後ろに下がれていたから致命傷にはならなかったのが幸いだろう。


 なぜかルイは追撃をしてこない。

 紫怨は聖属性魔法で傷を治していく。


───目で追えなかった。構えとはまるで違う速度の斬撃…………? 速度を弄る固有スキル?


 可能性としてはありそうだった。


 ならばと、弄っていると仮定する。


 多分、未来視の能力には干渉していない。

 未来視を使っていなくとも反応できなかった。


 紫怨が反応できない以上の身体能力を持っているという可能性もない。

 そうであれば、未来視の能力で分かるからだ。


───剣を加速させている?


 行動を決定した後に、剣に加速を乗せている。


 これがしっくりくる答えだ。


 彼自身が速くなっているわけではない。

 持つ剣だけが、その恩恵を受けているのだ。

 だからこそ、紫怨には反応できず、視えない。


 ルイの動きに着目しているのだから、当たり前だ。


「なにかに気付いたようですが、単に実力の差にすぎません」


 そう話すルイに、今度は紫怨が踏み込む。


「<天魔破断>ッ!!!」


 禍々しさと神々しさを兼ね備えた一撃が見舞われた。


「温いですね」


 しかし、ルイはその切っ先で<天魔破断>を受け止める。

 神業と呼ぶに等しい剣技だ。


 <天魔破断>は力を込めているだけあり、弾き返された時の隙が大きい。


 無防備な紫怨の喉に、加速した刀が突き立てられた。


「あまりにも弱い。それでも勇者ですか?」


 残酷な言葉が鋭い視線と共に投げかけられるが、紫怨は何も言い返せない。


「……なぜ殺さない?」


「殺されたいのですか?」


 紫怨の問いに、不快な表情を隠さずにルイは剣を押し込む。

 皮膚を斬る程度で止められるのは、やはり殺す気はないことの表れだろう。


「<聖炎(ファイラル)>」


 ならばと、それを利用して紫怨は魔法を唱える。

 殺す気がないのであれば、今の姿勢はルイにとっては不利なものだからだ。


 実際、紫怨が何かを喋ってもルイは剣を押し込もうとはしなかった。

 それが魔法であっても、剣を紫怨の首から離すだけだ。


「<乱魔>」


 そして、至近距離に描かれた魔法陣をルイは斬りつけた。

 魔法陣が霧散していくが、紫怨はその隙に後ろに跳んで距離を取る。


「なんで殺さないんだ? 殺す機会はあっただろう?」


「答える義務があるようには思えませんが」


 今度は、ルイが踏み込んでくる。

 地面を蹴って接近するのはおよそ1秒後。

 剣を加速させる能力ならば、未来視で見えるこの未来は正しいだろう。


 タッ


 そんな静かな音と共に、予測通りのタイミングでルイは接近してきた。

 剣を振るう未来も視えるが、それは無視だ。

 ルイの持つ剣をよく見て──左から首元に迫る剣閃を受け止める。


 ガキンッ!


 と、鋭い音がして、互いの剣が弾かれた。


「<聖炎(ファイラル)>」


 弾かれた剣の勢いを利用して、再び紫怨の首を狙う一撃が来る──そんな未来が視えた。

 そうはさせないために、魔法を唱える。


 聖なる魔法陣がルイとの間に形作られるが────


「<乱魔>」


 またもや、魔法陣を斬られた。


 しかし、これも予想できていたことだ。

 紫怨は既に後退していた。


「<聖炎(ファイラル)>」


 続けて、同じ魔法を使う。

 紫怨が使える魔法の中で最も魔族にダメージを与えられる魔法だ。それは相手も分かっていることだからか、無視することはできない。


 紫怨の掌の先に描かれた魔法陣に向かって、後退した紫怨を追いかけるようにルイは肉薄した。

 凄まじい速度で紫怨に迫ったルイは、


「<乱魔>」


 その魔法陣を切っ先で壊す。


「<天魔破断>ッ!」


 だが、紫怨の攻撃はそれで終わりではない。

 魔法陣を切り裂いたルイを狙って、<天魔破断>を使った。


 紫怨の細剣がルイに迫る。

 大振りで、受け止めやすそうな一撃ではあるが、ルイは魔法陣を斬った直後で隙がある。


「チッ」


 致し方なしと、ルイは後ろに跳ぶことで、その一撃を回避した。


───魔法陣を斬らないと魔法は防げない。そして、魔法陣を斬るためには接近する必要がある。


 ルイに比べて紫怨の消耗は激しかったが、それでも収穫はあった。

 得体の知れない力の一部を解明できたからだ。


───魔法陣を斬るスキルを使った後は、加速ができない。


 加速できるのならば、最後の<天魔破断>は避ける必要がなかった。

 加速させて受け止められたものを、あえて跳んで避けたのだ。


 つまり、魔法陣を斬るスキルの使用中、使用直後は加速のスキルを使えないということになる。


───勝ち筋は、ある。


 ユウキには通じなかった、魔法と剣の交互攻撃。

 これを上手くやって、回避させなければ勝てる。


 問題は、紫怨が消耗し切る前に仕留めきれるかどうかだが。

 それは、卑怯な手を使ってでもなんとかするしかない。


「俺を殺せないのは、魔王の命令か?」


 紫怨が考えたのは、挑発。

 言動を見る限り、彼は魔王への信頼、尊敬の気持ちを持っている。


「答える義務はないと言ったはずですが」


 そう答えるルイだが、質問に一瞬、表情がピクリと動いてしまっていた。

 つまり、図星だ。


 目的は分からないが、ルイは魔王からの命令で魔夜中紫怨(マヨナカシオン)を殺せない。

 それが足枷となっているわけだ。


「だとすれば、魔王は愚かだな。勇者を生かし、配下の足を引っ張る真似をする。考えることが出来ないのか?」


 そんなことは思っていないが。

 実際、考えなしで勇者を生かす意味はないのだから、何かしらの目的があっての行動だろう。


 しかし、こんな単純な挑発でも効果はあった。


 戦いを見ている兵士たちの間にもザワザワとした雰囲気が顕になり始める。

 ルイも、なにか言いたげな表情になっていた。


「発言の撤回を求めます」


 ただ、冷静でいようという姿勢は見受けられた。

 だが、紫怨がその提案を受け入れることはない。


 さらに挑発を重ねていく。


「なぜ? 事実を言っただけだと思うが」

「そうですか」


 挑発には成功していた。

 ルイの表情は、分かりやすく怒っている。

 冷静な判断力を失っているだろう。


───今が攻め時。


 細剣を上段に構える。



「──死になさい」



 しかし。

 チャキッ、と。


 そんな鋭い音が前から聞こえたと同時に。


 紫怨の体は、地に伏していた。


───なに?


「魔王様への侮辱を、見逃すわけにはいきません」


 あまりにも冷酷な殺意を感じる。

 発しているのは当然、ルイだ。

 周りの兵士たちの息を呑む音まで聞こえる。


───まずい。


 そう思った次の瞬間には、意識は闇へと落ちていった。

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