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第78話 魔王城への挑戦

 魔法陣が光を放ち始めても、中々転移が完了することはなかった。

 今までの転移はすぐに済んでいたので、不思議な感覚だ。


 光が収まってくると、視界が良くなっていく。


「ここは……」

「魔王城の目の前です」


 目が慣れてくると、目の前には壮大な黒き城が建っていた。

 禍々しい雰囲気を放つそれが魔王城であることは、容易に理解できた。


 そして、俺たちの周りには100を超える魔族がいる。

 それらが、俺たちを包囲していた。

 その中の代表だと考えられる、凛とした男が俺に答えた。


「勇者とお見受けします。魔王様は無駄な争いを好みません。あなた方も2人の様子。私たちも2人でお相手しましょう」


 そう言うと、彼の後ろから1人の少女が出てくる。

 見覚えがある、紫髪に金眼の彼女は始まりの獣(ラストビースト)と呼ばれていた、王都を破壊した魔族だ。


───2対2、か。


 100を超える魔族たちに襲われるよりはマシだ。

 彼らは皆同じような鎧をつけている。差し詰め、魔王軍と言ったところだろう。


 尤も、これを突破しても彼らが襲ってこない保証は全くないのだが。


「…………私はそっちの相手、するから」


 始まりの獣(ラストビースト)が指を指したのは俺だ。


───1対1を2回、か? それだとマズくないか……?


「えぇ、分かりました。貴女が負けるとは思いませんが、相手は勇者です。ご注意なさるよう」

「ん」


 代表の男が右手を高く上げる。


 ザッという男がした。

 俺たちを囲っていた兵士たちが、足並みを揃えて移動した音だ。

 規則的な足音と共に、包囲がなくなっていく。


「あなたたちは私の方へ着いてくるように」

「「「はっ!」」」


 それだけいうと、代表の男は少し離れたところへ向かって歩き始めた。


 状況の理解に苦しんでいる紫怨は、俺の隣で硬直している。

 どういうこと? と言わんばかりの顔だ。


 それに気付いた代表の男が一瞬こちらを振り返る。


「勇者、こちらへ」


 紫怨に端的に指示を出して、再び歩き始めた。


 その声で我に返ったのか、紫怨も咄嗟に歩き始める。

 足並みを揃えている魔王軍についていくように、そそくさと離れた場所に移動していった。



 場に残されたのは、俺と始まりの獣(ラストビースト)の2人だけだ。


「私たちも離れた場所に行く…………。転移、受け入れて?」

「ああ」


 悪意を感じ取れなかったというのもあるが、そもそも転移を拒否する方法が分からないので肯定しておく。

 それを見た始まりの獣(ラストビースト)は魔法陣を自分と俺の足元に描いた。


 青白く光り輝き始めるこれは、幾度と体験した転移魔法だ。


 光が強くなったかと思えば、一瞬視界が暗転し、次の瞬間には何も無い平野のような場所にいた。

 魔王城も見えないので、かなり遠くに飛んだのだろう。


「…………あなたは、ここに見覚えがある?」


 どこか懐かしい雰囲気を感じる平野を見渡していると、目の前の少女は俺に声をかけた。

 以前、王都を蹂躙している姿しか見ていないため、新鮮だ。


「いや、ないな。ここは?」

「私にとって、大切な場所。縁の地」


 なんでそんな場所に? という疑問が浮かぶ。

 彼女にとって大切ならば、ここで戦いたくはないだろう。


 何を考えているのか分からなかった。

 表情の変化が少ない。喜怒哀楽が掴みにくい相手だ。


「どうしてここに?」


 俺の質問に、彼女は考え込むように少し俯く。

 数秒が経った後、彼女は俺の目をまっすぐ見据えて言った。


「あなたから、懐かしい匂いがしたから」

「匂い…………?」


 これは、褒められてるのか。貶されてるようにも聞こえてきた。


 確かに、始まりの獣(ラストビースト)は魔獣だと聞いた。

 鼻は良いんだろう。

 それでも、匂いで判断されるのはすこし来るところはある。

 臭いかな、俺?


 ただ、そんな俺の表情の変化を汲み取ったか、彼女は続ける。


「……貶してるわけではない…………」


 表情に少し申し訳なさが現れている。

 素直な性格なのだろう。


「それじゃ────」

「戦う」


 …………。


 そういうつもりで切り出したわけじゃないんだけど、なぜか戦う流れにされてしまった。


 懐かしい匂い、とか言われたら戦わなくて済むのかな? と思うのは当然だろう。

 彼女の蹂躙劇を見ている俺からすると、非常に戦いたくない。


 なんとかならないかな〜と、彼女をチラと見るも、


「?」


 本人は何も気付いていない様子だった。

 実はバトルジャンキーだったりするのか?


 まあ、少なくともあっちの軍人よりはマシな気がする。向こうは話が通じなさそうだった。


始まりの獣(ラストビースト)


始まりの獣(ラストビースト)って呼ばないで。私の名前はルリ」


「それは、ごめん」


 ムッとした顔をされたので謝っておく。

 彼女にとって、始まりの獣(ラストビースト)は種族名のようなものなのだろう。確かに、俺も人間と呼ばれて心地よくはない。


「ルリの大切な場所なんだろ? ここで戦って良いのか?」

「ある程度は勝手に再生される。でも、あんまり派手なのはダメ」


 彼女の態度といい、本気で戦うつもりがあるようには感じなかった。

 勇者を撃退するのが魔王の配下としての役目だと思っていたのだが、そうではないのか。


 もしくは、最悪の場合は全力を出してくる可能性はある。

 極力力を使いたくないだけ、なんてことも考えられるか。


「……いつでもいいよ?」

「あぁ…………」


 ぶっちゃけ、戦いたくない。


 タクトに無理やり見せられた彼女の能力は、俺なんかでは到底太刀打ちできないことが分かっている。

 それでも戦っても良いと思えるのは、彼女の見た目が少女だからだろう。


 後は、なんとなく殺されない気がするというのもある。


「それじゃあ……」


 俺は剣を抜き、構える。

 ルリは何をすることもなく、その様子を見つめているだけだ。


「ふっ!」


 ならばと、俺は駆け出した。

 魔将(グルシーラ)の支配によって、ステータスはかなり上昇している。

 赤竜山岳では上手く使えなかった身体能力だが、試練を経て少しは使えるようになった。


「はぁッ!!」


 ステータスの高さもあり、音速に近い速度で俺は接近していく。


 しかし、ルリは構えない。

 脱力して、こちらを見ていた。


 剣を振り下ろすように、上段に構える。



 次の瞬間、俺は後ろに吹き飛んでいた。


「は────?」


 勢いのまま、俺は地面に打ち付けられる。


「がふッ────!?」


「…………弱い」


───何が起きた……?


 俺は彼女の方に踏み込み、高速で接近したはずだ。

 そのまま剣を振り下ろそうとして──なぜか後ろに吹き飛んだ?


 起き上がりながら前を見れば、変わらず俺を見つめる少女の姿。


 ここまでくれば、俺でも分かる。

 ルリによって起こされたことなのだろう。


───敵わないとは思っていたが、ここまでとは……。


 それでも、多分彼女に認められなければ魔王城にはいけない。

 決して甘えているわけではないが、彼女は俺に追い打ちをしてこなかったのだ。

 まだ、戦う余地はある。


 とりあえず、体勢を立て直す。

 彼女はそれを見ているだけだ。


───闇雲に突っ込む意味はない。魔法も試すか。


 彼女の魔法は見ているから、その強大さは知っている。

 しかし、打つ手はそれくらいしかない。


「<竜火球(ファイアボール)>」


 竜魔法で、火球を放つ。

 魔力環境が良いのか、俺の魔力では考えられないほど巨大だ。


 ルリを軽く呑み込みそうなサイズの火球が、俺の掌から放たれた。


 それは加速度的に速さを増し、ルリへと迫る。


「<竜火球(ファイアボール)>」


 それを見て、彼女も魔法を使った。

 俺と同じ魔法だ。


 俺が放ったものと同じ大きさの火球が放たれ、それらは相殺された。


「私は魔獣の始祖。竜の魔法は私には通用しない」


 まあ、可能性として考えられなかった話ではない。

 始まりの獣、とまでいうくらいなのだ。

 全ての魔獣の持つ特別な性質を兼ね備えていてもおかしくないだろう。謂わば、魔獣の王のような存在なのだから。


「<火炎(ファイア)>」


 いくらステータスが上がったところで、俺が使える魔法が増えたわけではない。

 魔法は使えても第2階級までだし、それではINTが高くても限界がある。


 紅の魔法陣から炎が現れ、それはルリを燃やそうとする。

 しかし、一度彼女がその腕を振るえば、炎はなかったかのように消え去った。


 なんというか、ここまでくると根本的な違いをむざむざと見せつけられているだけな気がする。

 頑張っても勝てない、というやつだ。



 ステータスに物を言わせ、がむしゃらに剣を振ろうとしてもダメ。

 魔法攻撃は有効打にならない。


 であれば、次はスキルを使った接近戦を試すべきだ。


 俺は再び剣を持ち、構える。


「────<縮地>」


 <縮地>を使い、彼女との距離を詰めた。

 彼女から見れば、俺が一瞬で目の前に現れたように見えるだろう。


 しかし────、


「ぐふ────ッ!!」


 <縮地>をした先、俺が剣を振るよりも早く、彼女の拳が俺の腹を捉えた。

 ただ、その拳による衝撃は少なく、今度は吹き飛ばされることはない。


 それはダメージが少ないということではない。

 痛みは直接内部に響き渡り、俺はその場に膝をつき、崩れ落ちた。


「………………」


 彼女はそんな俺を見下しながら、蹴りを入れる。

 腹部の痛みに集中していた俺は攻撃に対応できず、今度こそ派手に吹き飛ばされた。


「スキルだけ持ってるみたい。経験がなくて、空っぽ。力だけ与えられた子供と同じ」


 彼女のそれは的を得ていた。


 魔法も、剣技も、<縮地>だって、俺が努力して手に入れたものではない。

 地道な努力から感覚を掴んでいる他人とは違うのだ。


 だから、スキルがあってもまともに戦えない。

 <縮地>なんて2回目だし、いきなり格上との戦闘に取り入れられるはずもないのだ。


「あなたは弱い。魔王様には敵わないどころか、魔族に満足に勝つことも難しい」


「…………だ」


「何?」


枷月葵(カサラギアオイ)、それが俺の名前だ」


 そんなことを言いながらゆっくりと立ち上がる俺を、彼女は怪訝な顔で見つめていた。

 それは、まるで俺を理解できないと物語っているかのようで、俺にはそれが面白かった。

 全く勝てない化物を、出し抜いてやった感じがしたからだ。


「…………私は弱者の名前に興味はない」

「はっ! 嫌でも覚えさせてやる」


 彼女の反応など気にせず、俺は再び踏み込んだ。

 剣は蹴り飛ばされた時に離して、そこらへんに転がったまま。

 今度は体術で戦おうと、素手で飛び込んだ。


「ハッ!!!」


 魔将(グルシーラ)から手に入れた空手術を使い、俺はルリに接近していく。

 幸い、はじめのように吹き飛ばされることはなく、彼女の懐に入り込むことができた。


「…………分からない」


 正拳突きを繰り出そうと、真正面から俺は拳を突き出そうとするが、その右手を叩き折られた。


 手首に激痛が走り、咄嗟に右手を引こうとする。

 しかし、そうすれば隙ができる。

 右手に意識が向いている俺の腹部に拳がめり込み、そのまま俺は後ろに飛ばされた。


 右手を無理に引こうとしたせいで重心が崩れていた俺の体は、容易に転倒する。


 勢いよく平野を転がっていけば、全身が擦り傷だらけになるのも仕方がないことだろう。


───痛い、が。まだ行ける。


 正直、自分が何のために戦っているか分からない。

 死にものぐるいで魔王城を目指す意味はあるんだろうか、とも思う。

 強いていうならば、今も戦っている友人のためだろうか。

 彼が俺の勝利を待っている限り、諦めるわけにはいかない。


 あらゆるところが痛む全身に<回復(ヒール)>をかけながら、俺は立ち上がる。

 ステータス上昇のおかげで魔力にも余裕ができて、治癒魔法もちゃんと使えていた。


「なぜ、あなたは立ち上がる?」


 ただ、無理矢理にでも立ち上がる俺を不思議に思ったのだろう。

 ルリは、そんな顔で俺に問いかけてきた。


「勝ち目がないことは、既に分かっているはず。全身を痛めつけられ、圧倒的な力の差を見せつけられて、どうして立ち上がる?」


───戦う理由、か。


 俺は弱い。

 魔族に襲われたときから、紫怨に頼ってばっかりだ。

 それでも手に負えないときはタクトが助けてくれて。

 赤竜山岳でも、結局は戦士長に頼った。


「弱いから、戦わなくていい。それは違うだろ?」


 バカみたいな精神論を述べるつもりはない。


 それでも、守られ続ける側で居るのは、違う。

 弱くても、戦う。

 強くなるために、追いつくために戦う。



 こんなのは理由ではないが、それでも動機にはなる。


 俺では始まりの獣(ラストビースト)に勝てないだろう。

 それでも、諦めていい理由にはならない。

 俺の勝利を待つ友人のためにも。



 俺は、戦い抜くのだ。




>固有スキル<生殺与奪>のスキルレベルをLv5からLv6に変更

 いつもお読みいただきありがとうございます!


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