表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/185

第75話 赤竜山岳ドキマシア(11)

 <支配(ドミネイト)>を使うと、そのスキルの失敗が頭に伝わってきた。


「え────?」


 幾度と繰り返した<支配(ドミネイト)>の失敗だが、今回はいつもとは違う。


 ガーベラの時は、<支配(ドミネイト)>が空振った感覚だ。

 そもそも、触れることができていないのと似ている。


 ユウキの時は、当たったにも関わらず、無効化されたようなもの。


 両者に共通して言えるのは、正常に<支配(ドミネイト)>自体は使えたことだった。



 今回、困惑してしまったのはそうではなかったからだ。


 そもそも、目前の赤龍は<支配(ドミネイト)>できない、という感覚。


 RPGで、ボスに状態異常が効かないような。

 不発でも、無効化でもない。もっと、根本の部分から<支配(ドミネイト)>が拒否された。


───なんだ?


 そんな疑問を持ったのも束の間。


 俺の背から、赤龍の爪が迫ってきていた。


「ぐっ────!!」


 なんとか避けようと、咄嗟に横に跳ぶも、避けきれない。

 巨大な爪が俺の腹を掠り、それだけで尋常じゃないほどの痛みが走った。


 しかし、不思議なことに、流血はしていなかった。


 鋭い爪が当たったにも関わらず、伴ったのは痛みだけだった。


 幸い、赤龍からの追撃はなかった。

 俺はそのまま跳ぶようにして後ろに下がる。


 体の使い方が染み付いているのも、<奪取(スティール)>のおかげだろうか。

 正直、よく分かっていない。


「葵ッ!!! 避けろ! 横に思いっきり跳べっ!!!」


 赤龍から逃れ、痛みに悶ながらも着地した時、今度は紫怨が警告を発した。


 俺は、その理由を確認するよりも前に、横に跳ぶ。

 紫怨のことを疑うつもりは元よりない。


 次の瞬間には、焔が俺の脇を通り過ぎていた。

 先程追撃しなかったのも、このブレスに備えてのことだったのだろう。


───爪の方が確実だったと思うけどな。


 赤龍の行動には、些か疑問を覚えた。


 そもそも、いくら細かい狙いが苦手だとしても、赤龍自身が突撃してくればいいのだ。

 はじめこそ、それをしないのはこちらのスキルを警戒しているからだと思っていた。

 しかし、俺の接近を許してしまっている以上、そこまでの警戒は見られない。


 今回も、ブレスによる追撃である必要は全くないのだ。

 もう一度、俺に物理攻撃を仕掛ければ良い。

 赤龍であれば、俺が逃げることを許さないこともできただろう。


───まるで………………、ッ!?


 だが、俺のそんな思考は中断された。


「ちょこまかと鬱陶しい。一網打尽にしてくれる」


 先程までとは比べ物にならないエネルギーが、赤龍に収束していたからだ。


 さすがの紫怨もまずいと言った表情になるほどだ。


───あれ、これ…………。


 ただでさえ膨大なエネルギーが集まっていたが、それはまだまだ序の口だったらしい。


 凄まじいエネルギーが赤龍の口元に集結し、光を放っている。

 光景はブレスの時と同じだが、違うのはその圧巻さだろう。


 もはや、神々しいレベルだ。

 くらえば即死。回避、防御は不可能だと悟った。


───最初から使ってこなかった…………ということは、タイムリミット? 試練の制限時間のようなものなのか?


 先程まで手を抜いていた、というタチではないだろう。

 俺たちが生き延びていたのではなく、生かされていたと考えるべきだ。


───今までの時間で赤龍を倒す手立てがあったのか? それとも単に実力不足?


 後者は否定したい。

 実力不足ならば、ブレスの時点で死んでいるはずだ。


 もちろん、回避するだけで精一杯だった、という可能性も捨てきれないが。

 そうというよりは、別の方法の模索に失敗した、という印象が強かった。


 と、考え込んだが、そんな余裕は俺たちにはない。

 紫怨は打つ手なしという感じだ。


 そして残念ながら、俺にもこの状況を打開できるスキルはない。

 俺がそんなスキルを持っているならば、既に使っている。


 ただ、あくまでそれは”俺のスキル”の話だ。

 あまり、使いたい手段ではないのだが……。


 この展開を、どうにかできるスキルを持っている存在がいるだろう。


 例えば────


「<召喚(サモン)>」


 ────戦士長、とか。


 俺は、戦士長をその場に召喚した。

 できれば使いたくなかった手だが、こうなっては致し方あるまい。

 戦士長の方で起きる問題より、命の危機が上回ったというわけだ。


 戦士長に、俺の意思は伝えてある。

 死にそうだから助けてくれ! と。

 赤龍についても、赤裸々に話していた。


 つまり、召喚された戦士長に迷いはない。


 俺の目の前の地面に黒い魔法陣が描かれると、どこからともなく戦士長は顕現した。


「<黄金要塞(ロイヤルガード)>」


 そして、流れるようにスキルを使い、俺たちの前に結界を作り出す。


 事前に伝えていた上で、このスキルを選択したのだ。


「<灼焔>」


 赤龍から、終焉の焔が放たれる。


 ────いや、それは盛りすぎだろう。


 確かにそれは俺たちを殺すのには十分な威力を孕んではいるが、決して終焉というほどではない。


 試練の間を覆い尽くすほどの、灼熱の雨が降った。


 しかし、それは俺たちをドーム状に囲う黄金の結界に全て弾かれている。


 それは、瞬く間に試練の間を火の海へと変えていった。

 時間にして5秒ほどだろうか。

 炎の雨が降り注いでたのは、ほんのそれくらいに過ぎない。


 ただ、<黄金要塞(ロイヤルガード)>で守られていない場所は、全てが燃えている。

 ここだけ、丸くポッカリと穴が空いたようだった。


 それを、赤龍が気にしている様子はない。


 それどころか、灼熱の雨が降り注ぎ終えてから更に10秒ほどが経った今、試練の間を覆っていた炎は消えていったのだ。


───なに……?


 とても、自然に消えた感じではない。


 勢いよく燃えていたものが、なんの拍子もなく消えたのだ。

 まさに、超常現象というに等しかった。


 つまり、第4の試練の間は振り出しへと戻った状態に近い。

 <黄金要塞(ロイヤルガード)>を気にしていなかった赤龍だが、燃え盛る炎が消えると、こちらを注視していた。


「第4の試練で、己の力を示してみよ」


 そして再び、そんなことを言う。


 まるで、試練が始まった時のように。

 口元に炎を溜めながら、言い放ったのだ。


「葵殿、どうされますか?」


 俺の前で剣を地面から抜きながら、戦士長が問いかけてきた。


───物は試し、ね。


「このブレスを回避後、赤龍に攻撃を」

「了解しました」


 焔のブレスが赤龍より放たれる。


 今回の狙いは戦士長だ。


 俺と紫怨も巻き込まれそうだった為、少し横に跳ぶことでそれを避ける。

 戦士長は、思いきり上に飛ぶことで避けていた。


───身体能力…………


 ブレスを完全に回避する跳躍は、3メートル以上ジャンプしたことになる。

 とても真似できる芸当ではなく、戦士長との間にステータスの差を感じた。


 赤龍のブレスの回避に成功した戦士長は、スタッと地面に着地する。


 そのまま地面を蹴って、赤龍まで近付いた。


「むっ!?」

「<四連一閃>」


 赤龍はそれを止めるべく、戦士長に手を伸ばすが、それは彼をを捕らえられない。

 かいくぐった戦士長は、高速で赤龍の腹を斬りつけた。


 斬られた赤龍の腹は一瞬傷つくが、すぐに再生した。

 血が吹き出す様子はない。

 僅か、傷ついたのが見えた程度だ。


───なるほどな。


 龍の口元が光る。


 また、ブレスの前兆だ。


 それを確認した戦士長は、すぐさま赤龍から離れて俺の前に戻った。


「<要塞防壁(フォート・シルド)>」


 剣を地面に突き刺すと、俺たちを守るように透明な壁が出来上がる。


 灼熱のブレスはそれに拒まれ、俺たちの元に到達することはなかった。


「戦士長、どうだった?」

「手応えがまるでありませんでした。赤龍の再生能力で、攻撃を受けてすぐに再生しているのでしょう」


 この戦士長の言葉で、推測は確信に変わった。


 タネは割れた。

 第4の試練の突破方法は、もう分かった。


「戦士長、ありがとう」

「葵、なんか分かったのか?」


 静かに待っていた紫怨が、俺に問いかけた。

 俺はそれに自信を持って答える。


「ああ。俺たちの勝ちだ」


 悠々と話していると、赤龍の口元がまた光った。


 その狙いは、3人の中心にいる俺。


「紫怨、戦士長、避けてくれ」

「しかし────」

「大丈夫だから」


 俺が強く言うと、二人も渋々といった感じではあるものの、横に跳び離れてくれた。


 次の瞬間、俺を目掛けた焔のブレスが放たれた。

 それは確実に俺を中央に捉えていた。


 だが、避けることはしない。


 灼熱のブレスを、俺は正面から受け止める。


───やっぱり、熱くない。


「葵!!!」

「葵殿ッ!?」


 ブレスに飲み込まれたように見える彼らからすれば、驚愕以外の何者でもないだろう。


 俺を心配するような声をあげたが、すぐにそれが杞憂であることに気付く。


「────合格だ」


 赤龍から、合格を告げられたからだ。


 ブレスの中心地には、無傷の俺。


 それを見た彼らは、先程以上の驚きを見せてくれたのだった。





・     ・     ・





「よくぞ、見抜いた」


 合格を告げた直後、俺たちの見ていた赤竜山岳の景色が、赤龍と共に瓦解していく。


 ポロポロと、ホログラムのように消えていく景色に、紫怨は息を飲んでいた。

 戦士長は理解しているのか、全く動じている様子はなかった。


「赤竜山岳の全試練の合格を認めよう」


 崩れた景色の先に、現れる新たな赤竜山岳。

 そこは試練の間とほぼ同じような見た目で、赤龍も同じような場所に居た。


「どういうことだ…………?」


 進んでいく話に、とうとう理解の追いつかない紫怨が問いかけてくる。

 赤龍はそれを無下にはせず、しかし俺に説明するように促した。


「第4の試練で俺たちが見ていたのはすべて幻影だったんだ」

「幻影……?」

「ああ、魔法か何か分からないが、なんせ現実のものではなかった」


 紫怨は頷きながら、俺の話を聞いている。


「いつから気付いてたんだ?」

「赤龍のサイズの割に、外から赤竜山岳を見た時には見えなかったからな。その時点で幻影の類を使えることには気付いていた。

 ブレスを定期的に繰り返していたことを不審に思ったってのもある」


 <支配(ドミネイト)>が効かなかった時点で、多少疑念は抱いていた。


 そして、攻撃をしてもすぐに再生する。

 攻撃を受けても傷にはならない。


 これらから、現実性がないことを疑い始めた。


 とはいえ、ブレスでは熱さを感じたし、赤龍には触れることができた。

 幻影でこれくらいできるものもあるかもしれないが、ここまで大規模なものだと考えにくい。


 よって、条件付きで大規模な幻影を行使していると考えたのだ。

 幻影を現実だと信じたものには、現実的な力が一部働く、のような。

 そういった感じだろう。


 あとは、赤龍の動きの規則性か。


 定期的に使うブレス攻撃と、ブレスを数回行ったあとに放たれた終わりを告げるような一撃。

 およそ、最後の一撃はタイムリミットのようなものだと思った。


 尤も、攻撃のチャンスを無視してまでむりやりブレスを放つのを見れば、下手なプログラムと似たようなものだと分かる。


「なるほどな……」


 全く気付かなかったという紫怨だったが、彼も時間さえあれば気がついただろう。

 単純に、<支配(ドミネイト)>があった俺だからこそ、気付きやすかっただけだ。


「────すまない、葵殿」


 と、そこで戦士長に話しかけられる。


「どうした?」

「仕事があるので、戻らせて貰っても大丈夫だろうか?」

「ああ、そういうことなら」


 <召喚(サモン)>で俺以外の場所に転移できるか不安だったが、見知っている場所であればできるようだった。

 とりあえず、騎士たちの拠点に送り返しておく。


───ああ、魔力消費がめちゃくちゃ多いのか……。


 自分の元以外への<召喚(サモン)>は実用的ではなさそうだった。


「名を聞こう」


 一連の流れが終わるまで待ってくれていた赤龍が、そう言う。

 俺たちは赤龍の方に向き直す。


枷月葵(カサラギアオイ)だ」

魔夜中紫怨(マヨナカシオン)だ」


「枷月────? ああ、勇者であったか。我が試練に勇者が挑むのは…………2回目だな。珍しい」


 そりゃあそうだろう。

 魔族を倒す役目の勇者が、赤龍を頼って赤竜山岳に来る、というのは中々できることではないはずだ。

 逆に考えれば、以前ここに来た勇者がおかしいことになる。俺と同じく、迫害でもされていたのかもしれない。


───女神の反応から、これが初めてってわけでもなさそうだしな。


「願いは聞いている。連れてこい」

「はい」


 赤龍が言うと、岩陰から受付のお姉さんが現れた。

 エリスさんをお姫様抱っこしている。


「黒蟲の呪いの解呪は終えています」


 そう言って、俺にエリスさんを受け渡した。

 未だ寝ているので様態は分からないが、そう言うのならば治っているのだろう。


「ありがとうございます」

「当然のことだ。それより────」


 赤龍の頭が動いた。


 それだけで、威圧感が半端じゃない。


 頭はそのまま俺の方へと近付いてきて、一定距離で止まった。


「────顔を良く見せてみよ」


 赤龍がそう言うので、俺は顔を上に向ける。


 すると、赤龍の周りの魔力が少し、振動した。


「…………なるほど。かくも奇妙な縁であることよ」


 何が起きたのかは良く分からないが、赤龍が納得したようだったので良いか。

 聞いても答えてくれるような感じではないし、気にしないでおこう。


「主はこれから、魔王城を目指す。違いないな?」

「え? あ、はい」

「それはそうだろうとも」


 なぜだか楽しそうだ。


「本来であれば、試練を終えた者は麓へと転移するのだが、此度は特別。魔王城まで送ってやろう」

「いいのか?」


「良い。我はお主が気に入った。ぜひ、魔王城に行くと良い。くく、面白いものが見れるだろうな」

「はぁ…………?」


 何を考えているのかよく分からない赤龍だったが、送ってもらえるならばそれに越したことはないだろう。


 紫怨の方を見ても、特に拒否している様子ではない。


枷月葵(カサラギアオイ)、必ずお主とはまた会うことになる。そのときは────くく、契約するのも吝かではない」

「………………」


 赤龍の内心が分からず、困惑した様子でいると、受付嬢らしき人が補足してくれた。


「赤龍様は枷月様のことを随分を気に入ったようです。お気になさらず」

「お気になさらず、はおかしいだろう?」

「いえ、あまりお気になさらず」


 強い意志を見せる受付嬢は、赤龍と割と親密な関係なのだろう。


「それでは────。ふむ、魔王城に行くのであれば、そこな魔族の女は邪魔だろう。とはいえ、集落が滅んだ様子は我も知っている。かなり衰弱している様子だし、我が面倒を見てやろう」

「良いんですか?」

「お主だからやるだけだ。勘違いするでないぞ」


 勘違い、というか単純に好意だと思うんですが……。

 まあ、そこはツッコまないでおこう。


「それでは、お願いします」


 正直、エリスさんを連れて行っても逆に危険になるだけだろう。

 そんな思いで、俺はエリスさんを預けていくことにした。


 受付嬢が再びきて、俺から優しくエリスさんを受け取る。


「今度こそ、送ろう。急かすようで悪いが、なに、まあ面白いものが見れそうなのでな」

「赤龍様は待ちきれないそうです」

「………………。ふむ。まぁ、また会うだろう。<術式遅延・長距離転移(ヴェル・テレポート)>」


 なんの余韻もなく、足元には青白い魔法陣が描かれていく。

 それは俺と紫怨が十分に入る程度の大きさだ。


「赤竜山岳の試練の合格、誠に大義である。旅の無事を祈る」


 そうして、光は輝きを増していく────が、今までのようにすぐに転移することはない。


 あれ? と思っていると、「くくく」と赤龍の笑い声が聞こえた。

 その次の瞬間には、視界が暗転していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ