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第74話 赤竜山岳ドキマシア(10)

 ギュルゥッ!

 ギュララッ!


 無事、4匹の赤竜を<支配(ドミネイト)>すれば、紫怨を助けた赤竜を含め、5匹の赤竜が俺の周りで翼を畳んでいた。


 彼らはリラックスした様子で、機嫌良さげに声を上げている。


 俺はそのうちの1匹──紫怨を逃してくれた赤竜へと近付いていく。

 それは、第1の試練にて<支配(ドミネイト)>した赤竜だった。


 試練は手伝えないと言っていたが、道中ならば手助けくらい良いのだろう。

 紫怨を救うために咄嗟に駆けつけてくれたのは、助かった。


「ありがとな」


 そう言いながら頭を撫でてやると、ギュルゥッ! と嬉しそうな声をあげて、目を細めた。


 勇気、力、知恵。全ての試練を終えた今、俺たちが目指すのは山頂だ。


 話通りならば、そこには赤龍がいる。

 そして、そこで解呪をして貰える。


───目的は達成、か。


 ギュルウッッ!!!


「ん? どうした?」


 撫でていた赤竜が、俺を見つめて鳴く。

 なにか伝えたかったのかもしれないが、<支配(ドミネイト)>でその意思は伝わってこない。つまり、気のせいだろう。


「葵、そろそろ行こう」


 そんな和やかな時間を過ごしていると、紫怨が声をかけた。


 赤竜山岳に挑戦してからどれほど経ったか、記憶は定かではない。

 そもそも、急に様態が悪化しないとも限らない。


 時間の余裕があって悪いことはないのだ。


「ああ、そうだな」


 ギュルゥゥゥ…………

 ギュルル……


 そんなわけで、俺と紫怨が山頂を目指し歩き始めようとすると、赤竜たちが寂しそうに鳴いた。


 そんな声で鳴かれても足を止めるわけにはいかないが、少し申し訳なくなってしまうのも事実だ。


 俺は赤竜たちの元へ行き、頭を撫でる。


「俺たちは赤龍に用事があるから行くよ」


 ギュルルゥッ!!


 順番に撫でてやれば、嬉しそうに目を細める赤竜たち。


 鳴き声に先程までの寂しさはない。


 ただ、<支配(ドミネイト)>を通して伝わってくるほどではないが、


 どこか、「頑張って」と言っているようにも聞こえた。




 そうして俺たちが山頂を目指し、歩き始めてから数分。


 何事もなく、赤龍の座す山頂へと辿り着いた。





・     ・     ・





「よくぞ参られた、第4の試練へ」


 辿り着いた先、赤龍山岳ドキマシアの山頂。

 そこで俺たちを待っていたのは、赤龍──ではあるのだが、第4の試練を課す存在でもあった。


 10メートル以上はあるだろう体長を持ち、何の力でか空を飛んでいる。鱗は紅く、燃えるような魔力を纏っている。見ただけで格の違いが分かるような、そんな生物だ。


 その巨体が俺たちを見下しながら、端的に言葉を発していた。


───「勇気」「力」「知恵」。この3つを乗り越えた先に、更なる「試練」?


 勇気、力、知恵。物語においては割と定番の三つだと思ったのだが、それは思い違いだったのか。


 それに1つ付け加えられるならば、何が入るのだろう。


「ニンゲンが3つの試練を乗り越えて来るとは思っていなかった。しかし、ここが最大の修羅場。第4の試練で、己の力を示してみせよ」


 腹の底に響くような声で、赤龍は話し続ける。


───「力」? 再びか?


 確かに、こんな世界においては力は重要な指標だ。

 知恵や勇気よりも大切と言われても、納得はできる。


───最後に自分の手で「力」を確認したい、とかなのか?


 赤龍の意図を完全には読み取れないが、例えば第2の試練を姑息な手段で乗り越えた存在がいた場合、それに気づかずに褒美を与えるのはまずいとの判断なのか。


 赤龍自身が力を見ることで、その真の実力を測ることは、理に適っているとも言えるかもしれない。


───何はともあれ......


 目の前の赤龍を倒す、そこまでは出来なくとも、力を示す必要がある。この事実は変えようがないのだ。


「紫苑、とりあえずはいつも通り、<支配(ドミネイト)>を試す」

「分かった」


 やることはいつも通りだ。

 相手の能力を解析しつつ、隙を見つけて<支配(ドミネイト)>を打ち込む。

 ユウキに通じなかった以上、赤龍に通じる保証はないが。

 それも試す必要があるところである。


「ゆくぞ」


 轟、と。

 赤龍が宣言した次の瞬間、俺の耳は音を捉えた。

 それから少し遅れて、左頬に熱を感じる。


 咄嗟に、左に振り向く。


 見れば、地面が焼けたように赤くなっている。

 そして、隣に立っていた紫苑がいなくなっている。


「紫苑ッ!?」


「いや、生きている」


 かなり後ろの方から、声がした。

 何度も聞いた、紫苑の声だ。とりあえず一

命を取り留めたことにホッとしつつ、声の方へと振り向く。


 そこには、服の一部に焼け跡が付いた紫怨が立っていた。

 無事ではあるが、完全に避けれたわけではないという様子。


 あの速度の攻撃に反応できたことを褒めるべきだろうか。


 なにせ、手加減をしてくれていたユウキとは違い、確実に死に至る攻撃を加えてくることは分かった。


「これ………………」


「ああ、まずいな」


 俺の言葉に続けるように、紫怨が言った。


 攻撃を受けた彼だからこそ、その脅威にも気がついているはずだ。

 ユウキよりも、赤龍の方が危険なことに。


「どうする?」


 そう、俺が質問を投げかけた瞬間、再び龍の口が光った。


「葵ッ!!」


 紫怨が隣で叫びながら、俺の方へ駆けてくる。


 呆気にとられていると、紫怨がその勢いのまま俺を押し出した。

 俺は吹き飛ばされ、地面へと尻もちをついてしまう。

 紫怨もそのまま、倒れるように俺に覆いかぶさった。


 ゴウ、と。


 再び灼熱の炎が、前を通り過ぎる。


 それは、先程まで俺が居た場所を容易に埋め尽くす大きさだ。

 紫怨が押し出してくれていなければ、今頃この世にはいなかったことだろう。


「助かった、ありがとう」

「いや、良い。そんなことより────」


 紫怨は立ち上がると、赤龍に向かって剣を構えた。


 赤龍はそれを気にした様子もなく、異様に大きいその体を動かすこともしていない。


───そういえば、あの大きさの体なんてどこに隠してたんだ? 幻術の類で不可視化していたのか?


「────防戦一方というわけにもいかない。仕掛けよう」

「どうやって?」


 仕掛けることには賛成だったが、その方法が思いつかない。

 あまりにも、彼我の差が開きすぎている。


「とりあえず、葵を赤龍に近づけることを第一に考える」

「近付けるか、あれ?」


「ものは試しだ。<聖炎(ファイラル)>」


 紫怨が、聖なる炎を赤龍に放った。


 対ユウキには有効打になり得そうな魔法だったにも関わらず、赤龍を前にするとやはり頼りない。

 サイズ感の問題だ。


 それは赤龍の頭部にぶつかったが、赤龍はそれを意にも返さなかった。


 まったく、効いていないのだ。


 <聖炎(ファイラル)>は炎を放つ魔法だが、その属性は聖。

 魔獣である赤龍には効果が増すはずだが、その片鱗も感じさせない。

 それほど、赤龍の存在は強大だということだ。


「<竜水球(アクアボール)>」


 続けて、俺が水球を撃つ。


 赤竜山岳の山頂だ。

 魔力環境は申し分なく、放たれる<竜水球(アクアボール)>の威力も凄まじい。


 巨大な水球は高速で赤龍へと迫った。


 ザバンッ!!!


 それは、赤龍の頭部で思いきり弾ける。


 が、それでも赤龍は気にしていない様子だった。

 傷はおろか、反応すら見せられていない。


───あの威力の魔法が通じていない?


 そんなことがあるだろうか。

 

 赤竜山岳という、魔力環境の良いところでの竜魔法の威力が、そこまで低いとは考えられない。


 有り得る可能性は、3つ。


 そもそも魔法が効かないか、低階級の魔法が効かないか、竜魔法が効かないか。

 赤龍という存在である以上、どれもありえそうなのが厄介だ。


 その時、再び龍の口が光った。


 赤い焔がちらりと覗く。


 狙う先は────、


「紫怨ッ!!」


 ゴウ。


 また、焔が通り過ぎた。


 勢いよく、紫怨を焼き尽くすように。

 容赦なく、ブレスは撃たれる。


───あまりにも、強い。


 同じ「力」の試練でも、ユウキとはわけが違う。


───ここまで違うことがあるか?


 第2の試練は、あくまで試練という感じ。

 乗り越えることができるような難易度に設定されているようだった。


 しかし、今はそうではない。


───赤竜山岳ドキマシアは、攻略できるように出来ているはず…………。


 そう考えると、今の状況は不可解だった。

 なにか、見落としているのか。


 攻略に繋がる、何かがあるのか?


 そう、思わせる。


「紫怨、生きてるか?」

「ああ、なんとかな」


 赤龍の予備動作にいち早く気付き、事前に横に跳んでいたのだろう。

 紫怨は、怪我を負った様子もなく、立っていた。


 ただ、先程もだが。

 あれほどの力を持つ赤龍が、俺たちに攻撃を当てられないとは思えない。


 図体の大きさのせいで、緻密に狙いを定めるのは苦手なのかもしれない。


「倒す手段が思いついたのか?」

「いや、とりあえず<支配(ドミネイト)>を試したい」

「分かった。できる限りサポートしよう」

「プランはあるのか?」


 少しの間考えると、紫怨は答えた。


「俺が的になろう。幸い、赤龍は細かく狙うのが苦手なようだ。その隙に、葵は接近すれば良い」


 作戦、というには紫怨の負担が大きい気もするが、少し攻めたことをしなければいけないのは俺たちの方だ。


 長期戦でジリ貧になるより、一気に仕掛けた方が可能性はある。


 また、赤龍の口に煌めきが見えた。


「葵っ! 行けッ!!!」


 その標準は、紫怨。


 俺は紫怨を信じて、赤龍目掛けて駆け出す。


 次の瞬間、極太の焔が俺の横を通り過ぎた。

 後ろを確認したい気持ちに駆られるが、理性で抑え込んで赤龍に接近していく。


 その距離が、近いようで遠い。

 幸いなのは、赤龍が手の届かない場所にいるわけではないということ。


 あと少し、距離さえ詰めれれば。

 勝利への道筋は、整っていた。


 赤龍の小回りの悪さを利用した、俺にしかできない一撃必殺。

 まさに、赤龍には強く出れるスキルだった。



 しかし、あと一歩だというのに。


 ゾクリ、と。


 全身に悪寒が走った。


 背中を、冷たい汗が伝う。


 走っていた足は止まり、俺はその原因を探るために視線を上に向けた。


「あ────────」


 そして、目があった。


 眼下にいる俺を見下ろす、赤龍と。


 冷たく、残酷な眼を向ける赤龍が、俺の視界に写っていた。


「小賢しい」


 暗がりができる。


 それは、爪を振り下ろそうとする赤龍の巨大な手によって出来ていた。


「葵ッ!?」


 こうして、俺の作戦は破綻した。


 絶望に明け暮れるしかない俺の頭上から、その大きさからは想像もできない速度で、龍の爪が下ろされる。



 しかし、それで諦める俺ではない。


 俺は、白銀の剣を抜き、手に持った。


「<縮地>ッ!」


 そして、スキルを使う。


 振り下ろされた爪の合間を抜けるように、俺は一瞬で赤龍へと近付いた。


「そんな小さき剣では、傷をつけることすら敵わぬ」


「いいや」


 <縮地>で近付いた俺を、何の問題もないと見下してくる。


 赤龍は空振った爪を、次は接近した俺を潰すために使おうとするが、それよりも早く。


 剣の届く範囲まで接近した俺は、その手を赤龍に触れた。



 そして、


「<支配(ドミネイト)>」


 そのスキルの名を、呟く。



 赤龍の敗因は、俺を危険にならないと無視したことだった。

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