第73話 赤竜山岳ドキマシア(9)
第3の試練の間から出ると、再び山道が俺たちを待っていた。
ギュラアァァァッッ!!!
ギュルララアァァァッ!!!
ギュルルルゥゥゥッッ!!!
再びと言ったが、先程までとは明らかに違う。
山頂付近ゆえか、赤竜の数が増えていた。
山道で赤竜を見かけることはそれほど多くなかったのだが、よく考えればここは赤竜山岳。
赤竜の生息する数が少ないわけがないのだ。
ここに来て、その本領を発揮したと言わんばかりの赤竜たち。
奴らは俺たちを見下ろしながら、上空を旋回していた。
目に映るだけで、5匹。
結構な数だ。
紫怨の戦力を考えれば捌ける──だろうか?
「紫怨」
「5匹は…………ちょっと厳しいな」
「いや────俺が何とかする」
そう言うと、驚いたように紫怨がこちらを向いた。
「出来るのか?」
「ああ。なぜか分からないが…………竜魔法が使える」
入手経路は<支配>した赤竜しかないだろう。
<奪取>を使った覚えはない。考えられるのは、ユウキとの対面で気絶していた時に<奪取>が勝手に使われた、くらいだが。
兎に角、体には竜魔法と呼ばれる魔法が染み付いている。
赤竜が使っていた火球を出すような魔法が、今の俺には使える。
それも、それの水バージョンまで使えてしまう。
───「竜魔法」Lv1、か。
竜魔法で使われる<竜火球>は、通常の<火球>と似ているが、少し性質が違う。
普通の魔法は体内の魔力のみを使うが、竜魔法は周辺の魔力も少し取り込んで使えるのだ。
言うなれば、魔力効率が良い。
デメリットを挙げると、環境に左右されやすいといったところだ。
俺は掌を空へと向け、竜の1匹にターゲットを定める。
そして、────
「<竜水球>」
水球を、放った。
俺の魔力量はそこまで多くはない。
しかし、赤竜山岳の濃厚な魔力のおかげで、その魔法は俺を埋めることができる程度の球体を生み出す。
水の渦巻く球体が、上空にいる赤竜に向かって放たれた。
速度は速いが、反応できないほどではないだろう。
もちろん、それは赤竜が油断していなければ、の話だが。
ヒュンッと、風を切る音がしたかと思うと、次の瞬間には赤竜の1匹に水球は迫っていた。
ドバンッ!!
そんな、勢いよく水球の弾ける音が響く。
ギュルルルゥゥゥッッ!?
直撃した赤竜は驚いたような声をあげながらも、翼の制御が効かなくなり落下してくる。
高さは10メートル以上あった。
そんな場所から巨体が落下してくれば──
ドゴォォォンッ!!
──当然、大きな衝撃が走る。
ギュルルゥゥ…………
自分から降りてきたのではなく、翼の制御に失敗して落下したのだ。
意図しない衝撃は、さぞ大きなダメージを与えたことだろう。
地面で弱々しく鳴き声をあげる赤竜を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
「葵」
「ああ」
俺は紫怨に目配せをすると、そのまま落ちてきた赤竜向けて駆け出す。
狙いは、赤竜の<支配>。
2対5を、3対4にしたい。
幸い、大きな衝撃を受けている赤竜が、こちらに注目することはない。
悶えながら丸くなっているだけだ。
上空にいる赤竜に動きがあれば、紫怨が教えてくれるだろう。
先程の水球を警戒し、中々身動きは取れない様子だったが。
「<支配>」
赤竜たちが狼狽える中、俺が撃ち落とした赤竜に辿り着くのに時間はかからなかった。
一目散に走れば、いかに俺とてこのくらいの距離はすぐに詰められる。
しかし、足が速くなったように感じるのも事実だ。
体力が切れることも少なくなった気がする。
<模倣>によってステータスが上がってきているのだろう。
そう考えると、やはり魔獣や魔族の<支配>の方が効率が良い気がする。
大量の騎士たちを<支配>した時よりも、ここ最近の方がステータスの伸びを実感できるのだ。
と、今はそんなことはどうでも良い。
考えるべきは、目前の敵のことだ。
───撃ち落とされたことでかなり傷ついてるように見えるな……。前線復帰は厳しいか?
2対5が3対4になるくらいの効果は望めると思ったが、どうやらそうはいかなそうだ。
2対5が2対4になった程度だろう。
尤も、それでも十分な成果ではある。
ギュラアァァァッッ!!!
ギュルルラララアァァッッ!!!
仲間の異変に気づき始めたか、赤竜たちは動き始めた。
上空で待機していた2匹が、怒り狂うように<竜火球>を放つ。
灼熱の火球は、眼下にいる俺たちに向かって飛んでくる。
その速度は、第3の試練の赤竜よりも速い。
仲間を傷つけられた怒りが原因だろう。
「<竜水球>」
向かってくる<竜火球>を撃退するように撃たれた<竜水球>は、相性に良さもあり2つの<竜火球>を相殺する。
自身の魔力だけでなく、環境にも左右されるからこそ、俺の放つ魔法と赤竜の放つ魔法に大きな違いは出なかった。
これこそ、竜魔法の強みだ。
ギュルララアァァッッッ!!!
しかし、その隙を見逃す赤竜たちではない。
<竜火球>を撃った個体とは別の赤竜が、俺たち目掛けて突進してくる。
キュラアアァァァァァッッッ!!!!
「────<天魔破断>」
音よりも速く、こちらへ迫る赤竜。
それに対し、紫怨は剣を抜いた。
放たれるは、光を纏いつつも邪悪なる一閃。
それが迫る赤竜と衝突し、その身を切り裂いた。
ザシュンッッ!! と。
赤竜の勢いが強かった影響もあり、紫怨の細剣は赤竜を溶かすように2つにする。
以前までよりも威力が上がっている。紫怨の戦闘能力も試練を経て高まっていると見て良いだろう。
断末魔もなく、赤竜の1匹は死に絶えた。
あちらから接近してくるならばこうなると、示せただろう。
もはや、赤竜がむやみに突撃してくることはない。
飛んで火にいる夏の虫──そんな状況だ。
ならば────
「<竜水球>」
こちらの番だ。
迫ってこないならば、遠距離から相性の悪い魔法を放つ。
ギュルルラララアァァッッ!!!
<竜水球>を避けるように、今度は油断なく見を翻す赤竜たちだが、それも想定内だ。
紫怨が、剣を投擲していた。
細剣だからだろう、空気抵抗の弱い紫怨の剣は、高速で水球を回避した赤竜に迫っている。
ギュッ!!!???
それに気付いていなかった赤竜は、自身の体に与えられた刺激に驚くような声をあげた。
しかし、それは致命傷にはならない。
剣を刺されたところで、赤竜の強靭な鱗が貫通されたわけではないのだ。
「<縮地>」
尤も、それは剣を刺すだけなら、の話だが。
紫怨は細剣を対象に<縮地>を使うことで、10メートルも上にいる赤竜に一瞬で肉薄した。
ギュラアッッ!?
「────<天魔破断>」
ギュルルゥッッ!!!
放たれた一閃は、赤竜を容易に切断する。
空中で姿勢が悪かったこともあり、絶命には至らなかったが、それでも致命傷ではあったようだ。
斬られた赤竜は落下してきた。
───ていうか紫怨、10メートルの落下から耐えられるのか?
凄まじい速度で落下してくる赤竜がすぎれば、開けた視界に姿勢を崩す紫怨が見えた。
───あれ、やばいんじゃ……?
紫怨がすぐに落下する様子は見られないが、姿勢を崩したままでは無防備だ。
それを見抜いた赤竜たちは、一斉に紫怨の元へと突撃していく。
今度ばかりは、一方的に攻撃できると理解したのだろう。
「っ! ──<水球>ッ!!」
急いで水球を放つも、とても間に合いそうにない。
赤竜たちが紫怨に辿り着く方が早いだろう。
ギュラアァァァッッ!!!
ギュルルルゥゥゥッッッ!!!!!
そんな時、紫怨に迫る赤竜とは別に、赤竜の鳴き声が響いた。
それは、紫怨の上空から紫怨に迫っている。
───6匹目、か?
しかし、明らかに様子が違う。
それも、どこか切羽詰まったように全力で向かってきている。
ギュルルルウウウゥゥゥゥッッッ!!!
あまりにも全力で飛んでくる仲間に、他の赤竜が困惑した様子を見せ、減速した。
それを隙だと言わんばかりに、現れた赤竜はぐんと加速する。
───まさか…………。
そして、紫怨をその口で咥えた。
その勢いのまま少し下降するが、<竜水球>を避けるように一気に軌道を変える。
ヒュンッ!!
咄嗟に放った<竜水球>が、紫怨を咥えた赤竜の横を通過した。
それは、紫怨に迫っていた赤竜たちにぶつかる。
ドバンッ!!
水球が弾け、紫怨に迫っていた赤竜たちは同時に衝撃を受ける。
苦手な水属性の魔法だ。
そのまま翼のコントロールを失い、落下してきた。
「ありがとう!」
俺は、紫怨を咥えた赤竜に感謝を告げる。
赤竜はウィンクをするようにそれに答えると、紫怨をゆっくりと地面に下ろした。
───なかなか粋なこと、するんだな……。
赤竜のウィンクという、なんともシュールな光景を目の当たりにし、少し驚いてしまった。
が、すぐさまそれを頭から振り払い、落下した3匹の赤竜に走り出す。
もう、それを邪魔する赤竜たちは居ない。
何も考えず赤竜の元へとつくと、俺は<支配>を使った。