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第72話 赤竜山岳ドキマシア(8)

───ここは?


 深い闇へと落ちていた意識が、急に光ヘと投げ出される。


 薄っすらと目蓋を開ければ、そこには紫怨が居た。


 横になっているのだろう。背中には冷たく硬い地面の感触がある。


 地に手を付いて上体を起こす。


 その状態で周りを見るが、先程までとは違う光景が映っていた。

 試練の間ではない。ユウキもここには居なかった。


「ここは?」


 俺が起きたのを不安そうに見ていた紫怨だったが、俺が疑問を投げかけると、ホッとしたように続けた。


「第3の試練へと続く道中だ」

「第3の試練? 第2の試練は?」

「通してもらえたよ。2人とも合格だ」


 そんなことがあるだろうか。


 俺はあの後気を失っていただけだ。

 どれくらい経ったか分からないが、何かしたとは思えない。

 少なくとも、一撃を与えるようなことはしていない。


「どういう経緯で?」


「葵の行動によって出来た隙で、俺が一撃を与えた。それが二人の実力だと思われたらしい」


───辻褄は合うが……そんなことあるか? あのユウキが?


 とてもそうは見えなかった。

 力を試すのに、2人の協力を見る必要はない。

 そもそも、紫怨の単独合格を許した時点で、俺が一撃を与えなければ意味がないはずだ。


───そもそもの試練の内容が違った? ”力”の試練ではない?


 考えても埒のあかない話だが、どうも腑に落ちない部分があった。


「とりあえず、次は第3の試練だ」


 先を急かすように紫怨は言う。

 時間制限のことを焦っているのだろう。


「ああ、そうだな」


 時間は無限にあるわけではない。

 この調子でいけば、次は”知恵”の試練。

 サクサク行くとも限らないものだ。


 体の調子に問題もない。

 俺たちは第3の試練へと続く道のりを歩んでいった。





・     ・     ・





 単調な山道を登っていくと、大きな広間に出た。

 ここが第3の試練であることは容易に想像できる。



 ギュルルルァァァァッ


 ギュラララアアァァァァッッ



 上空を見れば、赤竜が2匹、旋回するように飛んでいた。

 まるで、試練の開始を待っているかのように。そして、試練が始まればいつでも襲い掛かってこれるように。


「ここが…………」


 第3の試練か、と続けようとした時、頭に声が響いた。


『ようこそ、第3の試練へ。第3の試練では汝らの”知恵”を試させてもらう』


 男とも女とも取れる中性的な声が、脳内に直接響く。

 なんとも不思議な感覚だが、脳がそれを拒絶することはなく、すんなりと言葉を理解していた。


 紫怨は上空に注意を払っている。いつ襲ってきても対応できるように、だろう。


『”知恵”の試練は簡単である。我が出す問いに、一つ答えを出すのみ』


 説明を続ける試練の声に対応して、試練の間の外枠に結界が構築されていく。

 それは入口付近も例外ではなく、俺たちは完全に退路を塞がれることとなった。


『問いは1つ。制限時間は無いが────』


 今度は、バリンッと。

 何かが砕け散る音が、上空からした。


 それに釣られて上を見上げれば、赤竜と俺たちを区切っていた空の結界が消滅している。

 つまり、先程まで襲って来なかった赤竜が、俺たちに手を出す権利を得たということ。


『────赤竜には十分に注意することだ』


 規則上の制限時間こそないが、事実上の制限時間は存在している。

 無限に戦えるわけでもない。更に、赤竜と戦いながら回答をするというのもハードルが高い。


「葵、俺が引き受けよう。ゆっくりと考えてくれ」


 そんな俺の思考と同じ考えに至ったか、紫怨はそう提案した。

 俺はそれに頷き返し、問いを待つ。


『それでは、問おう』


 上空から、赤竜2匹が急降下を開始した。

 目標は、言わずもがな俺たちだ。


 しかし、俺はそれに目をくれることもせず、問いを待つ。


 代わりに紫怨が剣を抜き、赤竜に向かって構えた。


『全能者がある2つのモノを作った。全てを貫く矛と、何も通さない盾。では、その矛で盾を貫こうとすれば、どうなる?』


 不可思議な問題だった。


 この世界の知識を要求されるものかと思えば、そうではない。

 そのまま、”矛盾”という逸話を出題したようなものだ。


 矛盾は、全てを貫く矛と、何も通さない盾を売っていた商人が、「その矛で盾を貫こうとすればどうなるか」と聞かれたところ、答えられなかったというところで話が終わる。


 矛盾という話において、それを指摘された後の話は描かれていない。つまり、誰も試しては居ないのだ。


 あくまで俺の知っている話では、この問いに明確な答えは存在していない。

 そもそも、商人の扱っていた矛と盾は売り文句であり、全能者が作ったものから程遠い。


 つまり、この問いに明確な答えは存在しない。

 いや、強いて言うならば”矛盾している”が答えか。


 もしかしたらこの世界では、矛盾が高度な教養を要する問題なのかもしれない。

 しかし、考えれば問題がおかしいことには気がつくはずだ。



 ギュルルルッッ!!!

 ギュラアァァァッッ!!!


 急降下してくる赤竜の攻撃を一身に受けるためか、やけに大げさな仕草で剣を構える紫怨に、赤竜は狙いを定める。


 紫怨目掛けて1匹の赤竜が突撃してくるが、それを分かっていたかのような最小限の動きで、それを避けた。

 突撃してきた赤竜は避けられると思っていなかったのか、その勢いのまま地面へとぶつかっていくが、紫怨は追撃をすることはない。


 続いて、空で待機していたもう1匹の赤竜が火球を放つ。

 それすら見越してたかのように、地に伏した赤竜の影に隠れることで、それを避けていた。


 等身大の火球が地面にぶつかり、ゴウと音をあげる。

 しかしそれは地面に穴を開けることはなく、燃え上がることもない。何か、特別な結界が貼られているのかもしれない。


───ユウキとの試練時より強くなってないか?


 スキルが強くなった、とかではない。

 単純な戦闘技能が上がっている気がする。

 ひとまず、この場は紫怨に任せても良さそうだ。俺は問いの答えを考えよう。



───単純に考えれば”矛盾”している、つまり答えを出せないというのが答えだが……。


 そう考えても、引っかかるところはある。

 そもそも、矛盾が解答ならば、問題自体が欠陥していることになるからだ。

 ユウキのような人材まで用意する試練が、そんな問題を扱うとは思えない。


 それに、あえて”全能者が作った”ことが言及されているのだ。

 つまり、結末が用意されてないということは考えにくい。


 全能者は、全てを貫く矛を作れる。

 そして、何も通さない盾も作れる。

 全能の存在なのだから、それは当たり前だ。


 であれば、全能者が存在しない、というのが回答なのか?

 そもそも、全能者は存在しないのでこの問題自体が起こらない、というのも回答としては適切かもしれない。全能者が居るから矛盾が起きる。この2つを同時に作るような全能の存在が居なければ、はじめから問題は起きていない。


───では、全能者を示唆した意味はなんだ?


 結局は、ここに行き着く。

 全能者が存在しないことを答えさせるならば、最初から全能者を示唆する必要さえない。

 問題の矛盾を暴くだけで良いはずだ。


───つまり、全能者が存在する”仮定”の上で問題が出されている、と考えるのが妥当か?


 それすらも、例え話なのかもしれない。

 全能者は、何かの比喩。その上で、矛と盾というのもなんかしらのモデルがあるということも考えられる。


 だとすれば、問題は何に喩えているか、だが。

 ここが”知恵”を要求される部分ということも考えられる。


「質問だ。回答権は何度ある?」


『一度のみである。よく考えよ』


 やはり、回答は1度きり。

 となると、軽はずみな回答で詰めていくのは難しそうか。


『回答権を使うか?』

「いや、まだ使わない」


 回答するのに、そもそもの知識量が足りていないのだろうか。


 いや、それは考えにくい。

 ユウキの試練でさえ、なんとか合格(パス)させて貰えたのだ。実力相応の試練内容になるはずだ。


 ズドンッ!


 その瞬間、紫怨のいる方向から鈍い音がした。

 なにか、重いものが地面に落下したような音だ。


 俺は咄嗟にその方向を振り返る。

 そこには、赤竜の首を落とした紫怨が立っていた。あの音は、赤竜の首が地面に落ちた音だ。


「葵、大丈夫か?」


 そう言う紫怨は、赤竜の首から溢れ出る返り血を浴びている。


───赤竜の血……?


「紫怨……、それ、大丈夫なのか?」


 ふと、思い出した。

 赤竜の血を大量に浴びると、呪われる。

 魔力濃度に反応して、発熱を起こすような呪いだったはずだ。


 解呪は、赤竜の血と聖水の混合物を飲むか、聖属性の呪いを解呪する魔法を使う必要がある。

 どちらも、聖なる力を借りることに違いはない。


「ん? ああ、平気だよ」


 一瞬、何のことだという顔を浮かべた紫怨だったが、すぐに思い至ったのか、気前よく返事をした。

 紫怨の固有スキルは聖属性の魔法を使えるようにするものだったはずだ。解呪できるような魔法を持っているのだろう。


───赤龍も、解呪は出来るんだよな?


 赤龍の呪いというものも存在する。


 解呪方法の存在しない、呪いの中でも最凶レベルのものだ。

 魔力を使うたびに、身体が内から炎上していくという、恐ろしい効果。

 一度患えば、生涯を魔力と隔絶して過ごす必要がある。


「あれ……?」


 赤龍は、あらゆる病気、呪いを治療することができる。後遺症すら残さないほど、完璧に。


 では、赤龍は赤龍の呪いを解呪できるのか?

 解呪方法が”ない”とされている呪いを、赤龍ならば解呪できるのか?


「葵、どうした?」


 赤竜が1匹になったからか、手に余裕ができた紫怨が俺に話しかけてくる。


「赤龍の呪いを解呪するために、赤竜山岳に挑戦した人は居ないのか?」

「居る。しかし、解呪して貰った人は居ないそうだ」


 俺の素朴な問いに、紫怨は答える。


 紫怨の答えたことが事実ならば、赤龍は赤龍の呪いを解かない──いや、解けないと考えて良いか。

 解けるが解かないという可能性も捨てきれないが、解いた前例がない以上、それは解けないことと同じだ。


───”全能者”は赤龍の喩え? 全能者は解呪方法のない呪いである赤龍の呪いを解くことができない?


 赤竜山岳の試練なのだから、赤龍自体の知識が要求されている可能性は十分に考えられる。

 しかし、この推測では、”矛”の喩えが出てきていない。

 ”全能者”が赤龍、”盾”が赤龍の呪いだとすれば、”矛”は赤龍のスキルか?

 それならば、一応筋は通っている。


 しかし、問題が破綻する理由は、全能者が全てを作っているからだ。

 ”盾”、すなわち赤龍の呪いこそ赤龍が作ったものと言えるだろうが、”矛”──赤龍のスキルは赤龍自身が作ったものなのだろうか。

 違うだろう。赤龍にそこまで干渉する権利があるのならば、それこそ魔王だ。いや、神と言っても良いかもしれない。


 つまり、これはヒッカケのようなものなのだ。

 この話に釣られて、貫けないと答えようものならば、間違う。

 問いに破綻を用意し、何かの喩えだと思わせることで誘導しているのだろう。


───もっと、直接的に。


 難しく、考えてはいけないのだ。

 そんなに難しい問いじゃない。

 だからこそ、簡単に考えてやる。



 ギュララララアァァァッッ!!!


 紫怨はもう1匹の赤竜と未だ対峙していた。

 よく考えれば、赤竜を倒してしまえば制限時間がなくなる、なんてことはないと思い至る。

 2匹倒せば、また増援が寄越されると考えたのだろう。


 それに、相方を殺された赤竜は慎重だ。

 上空から炎のブレスを定期的に放っている。

 魔力の問題からか、弾幕的な恐ろしさはないが、こちらからの攻撃手段が限られているのは面倒だろう。


 尤も、紫怨には閃光弾があるのだが、それを無闇に使うのも抑えたいのか。


「単純なこと、か」


 この世界に来てから、ロクなことはなかった。

 転移した瞬間、女神に洗脳されている状態。

 むりやりに弄られた精神で、生きることを強要されていた。


「────この、世界だったら?」


 戦うことを強要されるこの世界だったら、どちらが強いのだろうか?


 最強の攻めと、最強の守り。

 その2つを戦わせたら、どちらが勝つのだろう?


───受け続けるだけの奴は、攻め続ける人を倒せない。攻めを捨てれば致命的だが、守りを捨てたことは、相手が攻撃してこなければ関係ない。


 つまり、この場合は、矛が勝つ。


 単純なことだが、案外これが答えなのではないだろうか。

 この世界で生き抜くための知恵として。

 受け身な姿勢では、勝てないという。


「葵、答えは出せそうか?」


 軽く赤竜をいなしながら、紫怨は俺に問いかける。

 俺はそれに対して頷くようにして返事をした。


『答えを聞こう』


 その様子を見たのだろう。試練から声をかけられる。


「矛が勝つ。それが答えだ」

『理由を聞こう』

「最強の矛。最強の盾。それぞれを持つ、同じ技量の者同士を戦わせれば、矛を持つ者が勝つ。矛も盾も、持ち主あってこそ。それが俺の答えだ」


 随分飛躍しているように聞こえるだろうか。

 しかし、いざ口にしてみると、妙に納得がいった。

 守るだけでは、勝利には繋がらない。

 弱肉強食の世界では、他者を屠れる能力こそ必要とされるのだ。


『それが答えでよろしいか?』

「ああ」


 ザシュッ


 そんな鋭い音が隣から聞こえた。

 紫怨がもう1匹の赤竜の首を落としたようだ。


『────良いだろう。通るが良い』


 そして、まるでタイミングを見計らったかのように、試練から合格を告げられる。


 それと同時に、試練の間を覆っていた結界が消えていった。


 絶命した赤竜が動くことはない。更に赤竜が追加されることもない。


 何か特別なことがあるわけでもなく、俺たちは試練の間から退出することを許可された。


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