表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/185

第71話 赤竜山岳ドキマシア(7)

「────」


 悪魔の右手に集っていた魔力が、霧散するのを感じた。


 先程までの威圧感が、一瞬で消え去る。

 場を支配していた緊張感さえ、それが嘘だったかのようになくなっていた。


「何が──?」


 驚愕の声を上げたのは、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)だった。


 何が起きて膨大なエネルギーが消えたのか、理解に苦しんでいた。


 そんな中、ユウキは状況を理解している。

 悪魔の行動が、その主人格によって止められたこと。それを理解するのに時間は要らなかった。


───魔夜中紫怨(マヨナカシオン)の一言によって、覚醒したか?


 ただ、目前の少年を眺めても、主人格が出てきているようには見えない。

 未だ纏う雰囲気は悪魔のままであり、あの行動だけを止めるべく出てきたようだった。


「──そうか」


 悪魔が再び、スキルを使おうとすることはない。

 腕をだらんとしたまま、佇んでいる。


 ユウキは警戒を緩めないが、先程のような敵意を感じることはなかった。


魔夜中紫怨(マヨナカシオン)、だったっけ。葵の友人、なのか?」

「あ、ああ。一応、友人だ」

「なるほどね」


 何やらわけの分からない事を聞かれ、困惑した様子で答える魔夜中紫怨(マヨナカシオン)を傍目に、悪魔は納得したようだった。


「葵に友人と呼べる人が居て安心したよ。もしも彼がひとりぼっちだったら──本当にこの世界を壊さなくちゃいけないからね」


 できるかどうかは置いておいて、それくらいなら本気でやると思わせる話し方だった。

 枷月葵(カサラギアオイ)の為なら、それくらい躊躇しないという強い意志がある。


───ヤンデレ悪魔め。


 力を持つ存在が、個への異常なまでの固執を見せている。

 ユウキから見ても、世界から見ても厄介なことだ。


 それも、ただ力がある存在というだけではない。


 原初の根源を喰らった、災厄の悪魔と言われる”暴食”がそんな状態なのだ。

 それに仇にされているとも言える女神が不憫とまで思える。


───全力で戦えば負けることはないだろうが、な。


 それでも、暴食に負ける気はしなかった。

 人類最強の意地、とでも言おうか。


 なにせ、暴食がこの世界で最強なわけではない。

 悪魔の中で最強、というわけでもないのだ。


「気が抜けたね。この辺で引っ込むことにするよ」


 まるで何事も無かったかのように、”暴食”は言い放った。

 先程まで、あらゆるものを滅ぼそうとしていた力は消え去り、雰囲気もガラリと変わっている。


 確かに自分勝手なことを言っているが、それを咎めようという気は更更ない。

 むしろ、辞めてくれるのならば好都合だ。


───友情、ね。


 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)枷月葵(カサラギアオイ)を一瞬でも覚醒させたのは、彼の能力ではない。

 単純に、二人の間に確かな友情があり、故に友の忠告を聞いたということ。

 一見、あり得ないことのように思えるが、ユウキは友情の力をよく知っている。


「ああ、ユウキ、だっけ。私の正体は彼に言わないように。魔夜中紫怨(マヨナカシオン)もね」


 釘を指すように、声に力を込めて”暴食”はそう言う。


「何故だ?」


 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)が聞くと、”暴食”は淡々と答えた。


「今、彼の中に私が居ることが知れると、彼が苦しむことになるからね」


「苦しむ?」


「とにかく、お願いするよ」


 有無を言わせぬ願い方に、ユウキと魔夜中紫怨(マヨナカシオン)が渋々了承の意を示すと、”暴食”は満足したようにその顔に笑みを浮かべた。


「────それと、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)


 また、どこか厳かな言い方で付け加えた。


「君の友情に感謝を。細やかだけど、礼をさせてくれるかな?」

「礼…………?」


 疑問を浮かべた魔夜中紫怨(マヨナカシオン)だが、”暴食”はそれに答える気はないようで、ゆっくりと彼の元へ近づいていく。

 元より距離は近かったが、それは手を伸ばせばすぐに届くほどに近くなる。


「────?」


 わけが分からないといった表情の魔夜中紫怨(マヨナカシオン)だが、次の瞬間、彼の右目に衝撃が走った。


「ぐっ────!!」


 ”暴食”が、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)の右目に手を突っ込んでいた。

 

 そのまま手を引っ張り、彼の右目を刳り出す。

 ”暴食”の右手に収まった瞳は、軽い調子で握り潰された。


「あ────?」


 ただ、絶叫は聞こえてこない。

 それは、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)が痛みに耐性を持っているわけではない。


 彼の右目には、失われたはずの瞳が存在していた。


───魔眼、か。


 その目には、見覚えあった。


 魔眼は呪いの一種だ。


 その瞳に、特殊な能力を宿すというもの。

 代償として、魔力を常に吸収され続ける。魔眼が存在するために必要な栄養を、宿主の魔力という形で摂取しているのだ。


 呪いとは言っても、他の呪いとは一線を画し、ほとんどの場合は対象に良い効果を与える。

 彼に与えられた魔眼が何かは分からないが、褒美として与えられている以上、悪いものではないはずだ。


 それと、魔眼は元の瞳に効果を付すものではない。

 新たな瞳として、元の目の代わりとして埋め込まれるのだ。


 その際感じる痛みは、一瞬であれど、死と同等の苦しみだと言われている。

 魔眼の最も呪いらしい部分といえば、これだろう。


 とはいえ、魔眼という呪いは一般人が簡単に使えるものではない。

 魔眼を与える行為ができるのは、この世界でも限られている。

 一部の神と、その神から資格を授かった者たち。また、それらから無理に力を強奪した不届き者くらいだ。


 見れば分かる。”暴食”は後者の類だ。


 そんなユウキの推論を確信付けるように、”暴食”は言葉を放った。


「それは魔眼。君に適正のあるものを選んだ」


 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)の右目を指差しながら、続ける。


「未来視の魔眼。名前の通り、数秒先の未来を見ることができるものだよ。奪ったものだけど、ちゃんと使えるはず」


 右目を押さえていた手を、魔夜中紫怨(マヨナカシオン)はゆっくりと離していく。


 そこに現れたのは、濃紅に染まった(まがん)

 中には魔法陣のようなものが描かれており、それが未来視の能力を形作る根幹であることが分かる。


「適正があるから。上手く役立ててくれれば幸いさ」

「あ、あぁ」


 まだ慣れないのだろう。魔夜中紫怨(マヨナカシオン)はフラフラと立ち上がり、返事をした。


「もちろん、それを私から貰ったことはくれぐれも口外しないように、ね?」


 魔眼を授けたんだから、自分のことを言うな、と。そう言いたいのだろう。

 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)もそれを理解したのか、再び首を縦に振っていた。


 そこまでして枷月葵(カサラギアオイ)に正体がバレたくない理由はあまり想像できないが、それに興味はない。



 兎にも角にも。


「────試練は合格だ。第3の試練に進むと良い」


 ユウキはそう、口にした。


 そして、困惑した表情の2人を、試練の間から追い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ