第70話 赤竜山岳ドキマシア(6)
地面を蹴るようにして、ユウキは一瞬で枷月葵に肉薄した。
その勢いで、ユウキが元いた場所には凹みができているが、それはユウキの知ったことではない。
魔力を拳に纏わせることなく、殴りかかろうとする。
「■ッ──」
「遅いよ、それじゃあ」
「ぐッ──!」
枷月葵の身体を使っている以上、ユウキとのステータスの差はあまりにも大きい。
なんとかスキルを発動しようとしたが、それよりも早く右頬を殴られ、飛ばされてしまった。
勢いよく吹っ飛び、その勢いで地面をゴロゴロと転がっていく姿を見れば、ユウキの攻撃は有効打であることを確信できる。
───やはり、スキル頼り。
この世界の戦闘スタイルといえば、大きく分けて3種類にできる。
1つは、スキルの強さに頼った戦い方。
2つ目は、ステータスの高さに頼った戦い方。
そして最後に、頭を使った戦い方だ。
もちろん、この全てを兼ね備えている者もいる。
ただ、目の前の悪魔は1つ目の──スキルの強さだけに頼っているように感じた。
実際は違うのかもしれない。だが、枷月葵の身体を使っている以上、ステータスには期待できないし、有効な攻撃も自身のスキルくらいなのだろう。
───<不死鳥の如く>……いらなかったか?
そうも思うが、保険がなければ行動に移し難いのは仕方ない。
かけておいて腐ることはほとんど無いから、悪いことではないだろう。
「あぁ、痛い痛い……。この体、強くないんだよ」
目の前の男は、ゆっくりと立ち上がりながらそんなことを言う。
「ならば引っ込んだらどうだ?」
「いやいや……まだそれは出来ないね」
ある程度の痛みを感じて主人格が起きる可能性も考慮したが、それはなかったようだ。
このレベルの痛みでも覚醒しないのは、悪魔の人格が強いか、主人格本人が起きることを拒否しているか。どちらにせよ、まだ戦闘は継続だ。
同じ手段が通じるか不安なところがあったので、できればこれで終わってほしかったが仕方ない。
───対策を考えられてると……<不死鳥の如く>を無駄遣いすることになるからな。
これが厄介な部分だ。
スキルの強さならば相手が圧倒的。慎重になる必要があるのはユウキの方だ。
すると、一度通じた攻撃も容易に二度は出せない。対策され、反撃でもされようものならば死を経験することになるからだ。
───”まだ”、ね。何か待っているのか?
言葉の端々から出来る情報収集を怠ることもしない。決して油断していい相手ではないからこそ、勝利への道筋を見出さねばならない。
「ふっ!」
相手が何かを待っているならば、こちらが時間を無駄に使う必要はない。
むしろ、短期決戦にしたほうが良さそうだ。
そんな考えで、ユウキは再び駆け出した。
次に狙うは悪魔の心臓。
───直接魔法を叩き込む。
「チッ……!」
急接近したユウキに、やはり枷月葵は対応できない。
なんとか後ろに退こうとするが、後退よりもユウキが踏み込むほうが早いのだから、意味がない。
どうやら、本当に戦闘センスはないようだ。
身体能力が落ちても、それくらいは考えれば分かるはずなのだから。
「■■」
「<火炎>」
すぐ近くまで踏み込んだユウキに対して、今度は早急にスキルを使うことで対処しようとした悪魔だが、そのスキルの効力はユウキの放った魔法に向いてしまったようだ。
構築されていた赤い魔法陣がかき乱され、一瞬にして消えた。
ただ、それ以外は何ともない。
「クッ、…………」
───やはり、魔法を貫通してスキルの影響は与えられない、と。
これもユウキの狙い通りだった。
スキルを使わせ、それを魔法で受け止めてみるというもの。
だからこそ、階級の低い魔法を使ったのだ。
前を見れば、驚愕の表情をした悪魔がいた。
だが、それも一瞬のこと。
すぐに表情を元に戻すと、再び腕を構えるように動かす────が、
「<聖炎>」
それを容易く許してくれるユウキではない。
すぐに追撃の一手──それも、悪魔には特段効力を発揮する聖属性の魔法によって、枷月葵の身体は炎上した。
「うぁッ…………、熱い………………」
「──<聖炎>」
再び、聖なる炎が枷月葵に襲い掛かる。
「葵っ!!」
あまりにも一方的な攻撃に、魔夜中紫怨が心配そうな声を上げるほどだ。
しかし、そんな状況でもユウキは手を緩めることはしない。
ただ悪魔は、そんな状況で笑みを浮かべていた。
そして、────
「────■■」
聖なる炎が、一瞬にして消えた。
何が起きたのかなど、言うまでもない。
魔力のバグが、枷月葵を纏っていた炎にも同様に起きただけ。
それは、なんの予備動作もなく。
先程までしていた腕を振るう行為もなしに、炎は全て消え去っていた。
「面倒だ……」
状況を理解したユウキから、余裕のない声が漏れた。
悪魔にかかっていた能力の制限──枷月葵の身体だからこそかけられていた、縛りの一部が解除された。
時間の経過により、枷月葵の身体が悪魔に適合したからなのだが、それはユウキにとっては厳しい状況になることを意味する。
自分も相手も制限があるかと思えば、相手は少しずつ制限を解除していくのだ。
「────試すか」
ユウキが、駆け出す。
「<暴食・聖炎>」
それと同時、悪魔から魔法が放たれた。
その魔法陣は、ユウキの使った<聖炎>と酷似しているが、集う魔力の量がそれよりも明らかに多い。
───<聖炎>…………、にしては威力が高いか。
「<魔炎>」
駆け出すユウキを止めるべく放たれた魔法に対して、ユウキもまた、それを対消滅させるべく漆黒の炎を放った────が、
ゴウ、と。
ユウキの<魔炎>の2倍近い勢いで迫る聖なる炎に、漆黒の炎は呑まれて消えていく。
正確には、対消滅は起こった。だが、それは<暴食・聖炎>の威力を軽減する程度の効果しかない。
「チッ、<魔炎>」
1発で駄目ならばと、威力の落ちた<暴食・聖炎>に再度<魔炎>を使う。
聖なる炎は最初ほどの強さはなく、歯向かう漆黒の炎といい勝負だ。
2つがぶつかり合い、対消滅を起こした。
炎が消し飛ぶその隙をユウキは見逃さない。
再び踏み込み、枷月葵へと接近していく。
さすが身体能力の差か、悪魔がそれに対応できるはずもなく。
「<火愚鎚炎>」
勢いのまま放たれる、第5階級の炎魔法。
至近距離から焔の龍が現れ、それは枷月葵の身体へと喰らいついていく。
「■■」
そしてそれもまた、スキルによって掻き消された。
焔はどこへやら霧散していき、無傷な悪魔だけが立っている。
それを接近していたユウキへの攻撃のチャンスだと思ったか、悪魔は続けてスキルを発動した。
「■■」
「<火炎>」
魔力のバグが発生するよりも先に、ユウキは紅の魔法陣でそれを受け止める。
「はッ!!」
「<暴食・火愚鎚炎>」
至近距離のまま、ユウキは拳を悪魔の腹部目掛けて突き出し────
悪魔もまた、紅の魔法陣を目前に構築した。
ユウキの拳は枷月葵に綺麗に決まり、悪魔はそのまま後ろへと吹き飛んでいく。
しかし、魔法陣の構築が無に帰すことはない。
枷月葵が吹っ飛ぶと同時、魔法陣からは焔の龍が3匹、放たれた。
「が──、ふッ!」
10メートル以上もの距離を空中で過ごした悪魔は、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。
それで終わることもなく、ゴロゴロと地面を暫く転がり続けた末に、止まった。
一方、ユウキは。
吹っ飛ばした悪魔からの置き土産──3匹の焔の龍が、すぐそこに迫っていた。
拳を突き出したままの姿勢では、回避は難しい。
「<真護結界>」
それでも、ただでは受けまいと結界魔法を使った。
透明な護りがユウキの目の前に構築されていき、焔の龍はそれにぶつかる。
バリンッ──!
しかし、出来合いの結界で3つの第5階級の魔法を防げるわけもない。
かなりの魔力を込めた結界だったが、相殺できたのは1つの龍のみ。
結界は瞬時に破壊され、ユウキの目前には2匹の龍が迫っていた。
───流石に死ぬか。
龍は容赦なくユウキの体に食らいつき、燃やし尽くしていく。
それからユウキの体が燃えてなくなるまで、1秒とかからなかった。
ユウキの死を確認したのか、焔の龍はどこかへと散っていく。
「ユウキッ!?」
驚いた声を出す魔夜中紫怨だが、それはすぐに杞憂へと変わった。
<不死鳥の如く>の効果で、すぐさまユウキは蘇生されたのだ。
燃やされ、灰となったユウキはどこへやら、無傷で健康体なユウキがそこに立っていた。
「面倒だね」
「お前ほどじゃないさ」
さすがに、からくりはバレただろう。
ユウキの持つ切り札の一つ、ペナルティのない蘇生。
それが悪魔に知られた。
───警戒させられる、という意味では良いか。
実際、1度しか使えないこのスキルだが、それはユウキ目線の話でしかない。
悪魔からすれば、何度使ってくるか分からない厄介なスキルに映るはずだ。
となれば、命懸けでユウキが特攻した時、押し負けるのは悪魔になる。
今まで通りの戦い方を封印できるというわけだ。
「<聖焔槍>」
「■■」
ゆっくりと起き上がっていた悪魔に対して、ユウキは聖なる槍を放つも、それはスキルによって止められてしまう。
───■■、■■か。■■の方が強力なようだが……なぜ■■を使う?
先程までの戦闘から、■■というスキルは予備動作もなしに使える防御スキルのようだった。
攻撃に使えるかは不明だが、攻撃を受けるという面においては、殊更■■を使う必要はないだろう。
それにも関わらず■■を使ったということは、■■には使える条件があるということ。
もしくは、魔力消費の効率が悪い、だとか。
なにせ、■■には連発できない事情がある。
───■■を使わる戦い方をしてみれば良い、と。
ユウキの結論はこれだった。
むやみに使いたくないのじゃら、使わざるを得ない状況を作ってやれば良い。
ただ、懸念はある。
■■にとって消された魔法を、悪魔が使ってくることだ。
それも、威力が上がったものを。
───■■でバグを起こした魔法を使用できる、とかか?
それを考慮すると、<火愚鎚炎>を使ってしまったのが悔やまれる。
考えなしの攻撃が、こちらの首を絞めることにも繋がりかねないのだ。
戦いは睨み合いに突入する。
お互い、攻めあぐねている様子だ。
「<聖焔槍>」
「■■」
幾度と繰り返されるこのやり取りは、ジリ貧でしかない。
むしろ、時間が経てば有利になるのは悪魔の方だ。
「やはり……決め手に欠けるな」
試練用に枷の掛けられた状態では、強者相手への攻め手がなくなってしまう。
唯一の切り札である<不死鳥の如く>も、こうされてしまえば通じない。
ただ、相手の体が弱い人間のものであるということだけは救いだ。
そのおかげで魔法を連発できないのだろう。
第5階級の魔法である<火愚鎚炎>を何度も使えるような魔力を有している人間には見えなかった。
「ならば、終わらせてやろうか」
だが、そんな拮抗状態の中、悪魔は不敵な笑みと共に、言葉を発した。
───何?
纏う雰囲気が異質になった。
悪魔から、先程までとは違う何かを感じる。
”嫌な予感”を覚えた。
まるで、勝利を確信しているかのような。
そんな態度に、警戒してしまう。
───まさか…………、
考えられる、最悪の可能性。
それに気付いたユウキに、正解だと告げるように。
悪魔はその笑みを、より深いものへとする。
「魔夜中紫怨ッ! 逃げろ!」
───まずい。
せめて、勇者だけでも逃さなければ。
そんな使命感から叫ぶが、果たしてどこへ逃げるのだろうか。
だが、少し無理をすればあの悪魔の対処はできるかもしれない。
それに巻き込まれない程度に離れてくれれば、それで良い。
「逃げられると思っているのか?」
目の前にいる悪魔は、”暴食”。
冠者の中でも、最悪にして災厄の存在。
「なんでお前ほどの奴が、そんな人間にご執心なんだよ」
「理由があるんだよ。まあ、終わりにしようか」
身体に適応した悪魔の力は、先程の比ではないだろう。
彼が右腕を天に上げると、”暴食”の掌に膨大な魔力が集まっていくのを感じる。
「<暴食>の名に於いて命ずる」
「チッ! 魔夜中紫怨ッ!」
その膨大な魔力を見て呆然とする魔夜中紫怨に、早く逃げるよう声をかける。
あれは、ここら一帯を吹き飛ばすには十分な魔力量だ。
あそこに収束しているせいで、ユウキたちは上手く魔法を使うこともできない。
周辺の魔力が全て、”暴食”の元へと集まっている。
「葵ッ!! やめろ!!!」
「は────?」
ただ、そんなユウキの希望とは裏腹に。
後ろに隠れていたはずの魔夜中紫怨は、枷月葵の元へと駆け出した。