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第68話 赤竜山岳ドキマシア(4)

 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)の刃が、ユウキへと振り下ろされる。

 聖なる光を纏った細剣がユウキの肩を切り裂かんと迫るが────



 既のところで咄嗟に後ろへと跳び、ユウキはその一撃を回避した────ように見えた。


「ちっ……」


 実際、致命傷になりうる攻撃で大きな傷を負っていない、というのは素晴らしいことだ。

 しかし、彼の右頬には、赤い一滴の液体が伝っている。


 軽傷、それも痛みもほとんど伴わないものとはいえ、ユウキの右頬は切れていた。

 紙で切った程度の切り傷でしかないが、確実に一撃を加えられている。


 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)がユウキに、傷を負わせることに成功したのだ。


「<縮地>を使うやつは数多と見てきたが……その使い方は初めてだ。面白いよ、本当に」


 心から思っていることなのだろう。

 悔しさ……というよりは、純粋な関心に聞こえる。

 自分が見たことのない芸当をやってみせた相手に対する称賛のようなものを感じた。


「そうだな。攻撃を回避された時の無駄消費が多いのが欠点だろう。相手の退路を塞ぐ術も考えるべきだろう」


 とはいえ、ユウキがほぼ無傷なのは事実。

 回避されてしまってる以上、紫怨の攻撃は無駄になってしまっているのだ。


 ユウキからは、それを防ぐためのアドバイスがかけられた。


「だが、俺に一撃与えたことは確かだ。魔夜中紫怨(マヨナカシオン)、お前は試練を合格にしても良いが、どうする?」


 続けて、問いかける。


「どうする、というのは?」


「そのままだ。お前だけなら試練は合格だ。もう一方は何もしてないから──これからだがな。尤も、合格を放棄して2人で挑み直しても良い」


 確かに、俺は何もしていない。

 試練合格の条件がユウキに一撃与えることだとすれば、俺一人で合格することはほとんど不可能だろう。

 戦略という話ではなく、そもそもの戦闘力の格が違い過ぎる。


───紫怨がどう答えるか、だが。


 合格を言い渡された紫怨は、何か迷っているようだった。

 迷っている内容は言うまでもなく、このまま合格してしまうかどうか、だろう。


───流石に、一人合格したからどっちも通っていい、とはならないよなぁ……。


 願望を言えば、紫怨には残ってほしい。

 紫怨のサポートありきの俺の能力だからだ。


───選択権は紫怨にあるけどな……。俺も殺されることはないだろうし。


「────残ろう。もう一度、葵と戦う」


 そんなことを考えているうちに、紫怨は答えを出したようだった。

 その内容は、合格を放棄するというもの。


 それを聞いたユウキはというと、どうやら予想外ではないらしい。

 むしろ、満足したような笑みを浮かべ、


「素晴らしい、”友情”だね」


 と、そう告げた。


 俺と紫怨の間にあるモノがはっきりとした友情なのかは分からないが、紫怨の答えは俺を考慮したものであったはずだ。

 友情、と言ってもいいのかもしれない。


「ならば、かかってこい」


 そうして、再び構え直すユウキ。

 第2の試練の、仕切り直しだ。



「いくぞ!」

「ああ」


 最初に動いたのは紫怨だ。

 地面を蹴り、軽快に駆け出す。


 ただ、先程と違うのは、若干回り込むような立ち位置にいるということか。

 俺と紫怨でユウキを挟めるような位置に移動している。


 それを見てもユウキが移動することはない。

 俺のことも警戒しているようだが、主な注意は紫怨に向けているようだ。


「<聖炎(ファイラル)>」


 そうして、ユウキに迫った紫怨がはじめに放つのは、聖なる炎によるもの。

 金色の魔法陣から発生する炎が、ユウキへと迫っていく。


「<魔炎(ディアラル)>」


 が、ユウキはそんな単純な攻撃が効く相手ではない。

 左腕を一振りすれば魔法陣が現れ、紫怨の<聖炎(ファイラル)>と対をなす黒き炎が放たれる。


 <聖炎(ファイラル)>と<魔炎(ディアラル)>は互いを呑み込むようにせめぎ合うも、それさえ一瞬のこと。

 対消滅を起こすように、同時にその2つは消えてしまう。


「はぁッ!」


 その隙を突いて、いつの間に回り込んだのか、俺から丁度隠れる位置にいる紫怨が刺突を放つ。


───今、チャンスか?


「──単純だな、お前らしくない」


 もちろん、ユウキが紫怨の行方を見失っていたことはない。

 回り込んだ紫怨に即座に振り向き、その一撃を受け流そうとする。


───今、しかない!


「はッッ!」


 ユウキが俺に背を向けているこの瞬間。

 紫怨が作り出してくれた一瞬の、そして一度きりのチャンス。


 俺は地面を思い切り蹴り、ユウキへと肉薄する。

 然程距離が離れていなかったこともあって、その間は僅かだ。


 紫怨の細剣がユウキに迫るより前に、ユウキは剣の進行方向をずらすように剣を横から軽く押す。

 それだけで、紫怨の思惑から外れたような動きをさせられてしまう。


 ただ、


───行けるッッ!!


 ユウキのもとに辿り着いた俺は、ユウキに向かって手を伸ばす。


 ユウキが紫怨の対処をするならば、俺がユウキに触れるのには十分な時間だ。


「甘いね、まだまだ」


 そう、確信した瞬間だった。



 目が、合った。



 つい数瞬前まで後ろを向いた状態だったにも関わらず、ユウキは俺の方を向いていた。


───なッ…………!?


 忘れていた。

 確かに、俺にとってみれば”隙”だったかもしれない。

 だが、それは目の前の男にとっては、隙でもなんでもない。

 ”人類最強”は、俺の基準では測れない。


「それは──殴っているつもりかい?」


 そうして、俺の拳はユウキに受け止められる。

 躱されるわけでも、流されるわけでもなく。

 正面から、ユウキの掌に包まれる。


「葵ッッ!」


 そんな場面を見てか、ユウキの後ろに居た紫怨が再び剣を構え直そうとするが──


「遅い」

「ぐッ!?」


 その猶予は与えられず、紫怨はユウキに蹴飛ばされ、後方へと大きく飛んでいった。


───ただ、拳を掴まれている。


 俺の勝利条件は、達成できている。

 これならば、スキルを発動できる。


 俺の身体能力の低さから侮って受け止めたことが仇となった。

 ユウキが俺の攻撃に対応しようと、拳に触れた時点で俺の勝ちだ。


「なんだ、お前。この拳は飾りか?」


「────<支配(ドミネイト)>」


 そうして、俺はスキルを使った。


 この世界における、最強格とも言えるスキルを。

 相手に触れさえすれば、勝利が決まるスキルを。



































「ん……? なんだ、それ。スキル?」






「え────?」






「ああ、支配系統か。それで俺を支配しようとしたわけだ」



───発動できて、ない?



「<支配(ドミネイト)>ッ!」



「いや、何回やっても変わらない」



「<支配(ドミネイト)>、<支配(ドミネイト)>、<支配(ドミネイト)>ッッ!!!」


 ユウキの言葉など意にも介さず、俺は続けてスキルを使うが、結果は変わらない。


「変わらねぇって言ってるだろ、しつこいんだよ」


「が……、ハッ──!!」


 ユウキの蹴りが、俺の脇腹に炸裂した。

 掴まれていた拳も離され、俺は遠くへと投げ飛ばされる。


「──ぐふッッ!!!」

「葵ッ!!」


 なんとか呼吸を紡ぐが、痛みで上手くできない。

 心配そうに叫び声をあげる紫怨の声も、痛みで上手く理解できない。


「それがお前の切り札だったわけだ」


───なんで<支配(ドミネイト)>が通じなかった? 確かに発動した感触はあった。ガーベラの時とは違い、ちゃんと発動できていた!


 悠々と話をするユウキを無視して、俺は脇腹を抑えたまま地に寝そべる。

 その間、思考をしようとするも、生産的なことは考えられない。


「危ういな。あやふやなものを切り札にした捨て身の特攻は。せめて、保険を用意しておくべきだろう」


───痛い。脇腹が痛い。蹴られただけで……、骨、折れてるだろ。痛い、痛い、痛い。いてぇよ、いてぇ、ちくしょう……。痛い痛い痛い痛い痛い……。


 グルグル、と。

 脳が痛みを訴えてくる。


───ガーベラの拷問より、数倍……、いてぇよ。なんでだよ、なんなんだよ。なんでこんなに痛いんだよ……ッ!


「蹴られただけで終わりか? 立ち上がれ。それとも、試練をリタイアするのか?」


───クソ、クソ、クソ。支配能力、なんて。なんで、こんなクソみたいな力なんだよ。


 浮かぶのは、ネガティブな思考ばかり。

 頭の中が全て、黒い靄で覆われているように。

 なにもかもが、自分に悪く影響しているようで、俺を苛立たせる。


「チッ。その実力でこのダンジョンに挑戦したことが驚きだ。()()()()()()ダンジョンの難易度が高いことくらい、お前でも分かるだろ?」


───痛い痛い痛い痛い痛い。煩い、煩い、煩い、煩い。クソ、クソ、クソクソクソクソクソッ!


 黒い靄が、大きくなっていく。

 痛くて、いたくて。

 煩いようで、何も聞こえなくなっていく。


 遠くで、俺を呼ぶ声が聞こえる気が、する。

 何か、黒くて、おおきくて。

 力強くて。

 なぜだか、安心感があって。


───痛い、痛い、いたい、いたい、イタい。


 黒い靄が、頭の中のほとんどを覆い尽くしてしまったようだ。

 何も、考えられない。

 なんだか、脇腹の痛みも遠くへ安らいでいくような。


───これ、死ぬのか?


 それだけは、直感で分かった。

 たぶん、俺は死にそうなのだ。


 でも。

 それでも。


───死にたくは、ないんだよな。


 黒い靄が、大きくなっていく。


 それは、俺の意識を乗っ取るように広がっていって。


 やがて、俺の意識は。



 黒い靄の中に、消失した。

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