第7話 一方、勇者(2)
「集まってくれてありがとうございます」
呼び出され光輝の部屋に来た勇者8人。俺たちはそれぞれ、他人の部屋とは思えないほど自由な場所にいた。
ベッドに座っている者、床に横になっている者、壁に体重を預け立っている者。だが、決して光輝への礼儀を欠いているわけではない。ただ単に、彼の部屋に全員が座る椅子が無かったというだけだ。
「呼び出したのはどういう要件だ?」
「そうね。夕食まであまり時間も無いことだし、手短に話してもらえると助かるわ」
光輝に説明を促したのは角倉翔と夏影陽里。枷月葵の一件でも冷静な対応を見せたところから、この2人は合理主義と見て良さそうだ。
「そうですね。手短に済ませましょう」
光輝もそれにとやかく言う気は無いようで、早速話を始めた。
「まず、皆さんと約束を決めておきたいのです」
「約束?」
「はい、約束です。お互いに不利な状況、険悪な関係を作らない為の最低限の決まりごとを作りたいんです」
「へぇ……?」
ほとんどの勇者は理解の色は示せていなかった。
「例えば、お互いの固有スキルに言及しない、とか」
「ほぅ?」
「なるほど……」
「うんうん」
駿河屋光輝、感情的で短絡的な馬鹿だとばかり思っていたが、それは思い違いか。
意外と理性的な一面も備えているし、未来の利益のために動ける人間でもあるようだ。
「これに反対意見はありますか?」
誰も首を横に振る者は居ない。誰しもが自分の切り札を、今日会ったばかりの人間に知られたくはないものだ。反対する理由などない。
「ではもう一つ。お互いの行動方針に干渉しないというのも追加しませんか?」
「行動方針?」
「はい。女神様と話をさせて頂いたのですが、私たちが束になって魔王に挑むような形ではなく、それぞれがそれぞれの役割があるとのことでした」
俺の場合は魔王討伐の旅ですね、と付け足す光輝。
それにしても、
───女神様、か。
”未来の利益のために動ける人間”という評価は取り下げよう。女神の入れ知恵か、もしくは女神のことだけを考えている発言か。異常なほど女神に好待遇を受けている光輝は既に女神の虜だ。
───狙いが読めないな。
光輝の提案は悪くない。
別々に行動するのであれば、その途中で諍いが起きることを未然に防ぐことができる。過去に勇者同士での不和が問題になったことがあったのかもしれない。
それでも、勇者8人で一緒に行動をさせてはいけないのか? この疑問が拭えないのだ。
考えられる可能性は幾つかある。
まずは、魔族が人と同じく知能を有している可能性。意思の疎通ができるということで、この可能性が一番高いと考えている。
俺たち勇者が人間の最高戦力ならば、それを固めて行動すれば一部の地域に危険が出る。勇者が一箇所にいるならばそこさえ避けてしまえば良いと、魔族は考えるだろう。
だからあえてバラバラにしておく。魔族への牽制といった可能性だ。
次に考えられるのは何らかの条件がある為というもの。
レベルやスキルレベルという概念がある以上、この可能性も捨てきれない。
例えば、勇者が固まっているとレベルが上がりにくくなる、とか。
ただ、これは憶測の域を出ない。
最後に、最悪の可能性。女神が俺たちを”殺す”目的だった場合だ。
強力な固有スキルを持って現れた俺たちが固まっていると殺すことが難しくなる。だから、分断してしまおうというのだ。
尤も、この可能性は低いと考えている。殺すつもりであれば最初から処分は出来たであろうし、あの場で枷月葵だけを処理したのは俺たちに恐怖を植え付けるため。殺すのであればその必要はなかったはず。むしろ、警戒されるような真似はしない方が賢い。
あの女神が感情任せであの行為を行ったとは思えない。ゆえに、最後の可能性は有り得ないと言っても良いだろう。
「俺は構わないと思うが、皆はどうだ?」
どちらにせよ、勇者を分断するというのが女神の狙いであることはほぼ確実だ。ならばここで逆らうような愚かな真似はしないし、他の勇者にさせる気もない。
「紫怨さんと同じ意見です」
「私もかなぁー」
口々に賛成の意見を述べていく勇者たち。
俺の狙いが伝わっていることはないだろうが、一先ず女神の怒りを誘発する可能性が消えたことに俺は安堵する。
現状で最もまずい事態──女神を怒らせるということだけは確実に避けたい。
「ありがとうございます。それともう一つあるのですが───」
「失礼します。勇者の皆様はいらっしゃいますか?」
と、光輝がもう一つ話をしようとしたところで、部屋のドアがノックされる。
使用人が夕飯の時間だと呼びに来たようだ。
「───はい。いますよ」
話が遮られた光輝だが、特に気にしていないのか──それとも繕っているのか、爽やかな笑顔で使用人に返事をし、扉を開けた。
使用人は俺たちと同じくらいの年齢の女だ。白のメイド服を身に着けていて、見るからに使用人といった感じだ。仕事には慣れているのか、ノックの速度、強さ、そして扉を開く動作がスムーズだった。
───単にステータスが高いだけということもあるか? こういうのはDEXに含まれるのかね?
そんなことを考えていると、使用人が続けて口を開く。
「ベール様よりご夕食の準備ができたのでお呼びしろと申し付けられて参りました」
ただ夕飯の準備ができたから呼びに来ただけのようだ。
ただ───
───「勇者の皆様」か。まるで全員ここにいるのが分かっているかのような言い草だな。
部屋の中を透視して覗く能力を使用人が持っていたとは考えにくい。
光輝が俺ら勇者を集めることが女神に誑かされて行った行為なのか、はたまた屋敷内を自由に覗き見ることができる手段を女神が持っているのか。
そのどちらもという可能性もある。魔法という概念が存在する以上、どこに監視の目があるとも分からない。
───俺のスキルの実験もバレてるか?
バレた時の為に幾つか言い訳は用意しているが、警戒はしておくに越したことはない。魔王や邪神という存在に有効な以上、俺たちに危害を加えることはないと思うのだが。
「紫怨さん? ぼーっとしてないで行きますよ」
少し熟考し過ぎたか、いつの間に立ったのか分からない他の7人が俺の前に居た。
それに気づかずに俺は明後日の方を見ていたのだろう。昔からのこの癖は中々治せるものではない。
それでも流石に誰かに声を掛けられれば気づく。小さな声で言われると気づかないことも多いが。
これ以上待たせるのも悪いので、俺は声をかけてくれた光輝に対し、
「そうだな」
と、軽く笑みを浮かべながら言い、使用人の後ろに付いた。
・ ・ ・
「わざわざ食事というだけで呼び出して申し訳ありません。ですが、いずれ共に戦う仲。食事を通して絆を深めて頂ければと思っていることをご理解いただけたらと思います」
俺たちは女神に集められ、鑑定をした部屋に連れてこられた。
枷月葵がいた時の印象が強いこの部屋だが、今は彼の嗚咽はなく、静かだ。
「それと、今日は皆様のこれからについてお話もしておきたかったのです」
先程光輝が言っていたことだろう。
俺たち勇者を別々に行動させるという女神の方針。今ならば理由も説明してくれるか。
それとも、最低限の訓練の話だろうか。
どちらにしても、今の俺たちには無視できない話だ。
「はい、お願いします」
ここでも返事をするのは光輝だ。
尤も、進行を光輝に任せるほうがスムーズだという考えには納得しているから、文句はない。
「まず、訓練についてです。天職が魔法に適正する方は魔術師ギルドマスターから指導を受けて頂き、天職が剣に適正する方はの戦士長から指導を受けて頂きます。それ以外の方や、他の希望がある場合は冒険者ギルドのギルド長よりお願いしたいと思います」
「ギルドマスター、ですか?」
「はい。そもそもギルドというものをご存知ですか?」
中世のヨーロッパ都市で形成された同業組合だったか。世界史やらの時間で習った覚えはある。
イメージはそれと同じようなものだろうか?
俺を含め、勇者は皆首を横に振り、女神からの説明を待つ。
「ギルドとは、同じ職業や性質の人が集まって作られる組合です。魔術師ギルドであれば、集まるのは魔法使いの方々、冒険者ギルドであれば冒険者の方々、といった感じです」
言葉の意味合いとしては同業組合と同じようなものか。
「ギルドの中では依頼を受けることができます。冒険者ギルドであれば魔獣の討伐依頼だったり、薬師ギルドだったら薬の納品だったり、内容はギルド毎で様々です。依頼を受けるのは無料ですが、失敗や契約放棄などの場合には罰金が課せられます。成功すれば報酬金が貰えます」
依頼というだけあって、仕事の一形態として確立されているのだろう。
「ギルドに入るメリットは、依頼を受けることができることと、身分証を貰えることです。ギルドカードと呼ばれる身分証には、名前、自分のホームタウンとギルドランクが記入されます。ギルドランクはギルド内での優秀さを表すもので、SからEまであります。
ちなみに、ギルドにはいくつも入ることができますが、身分証として使用できるギルドカードは一枚だけです。というのも、はじめに何らかのギルドに加入する際には新規でカードを作りますが、それ以降はカードに情報が記入されていく形になりますので、ホームタウンの変更等は正式な手続きが必要となります」
「ホームタウンってなんですか?」
「ホームタウンとは、その者が活動拠点とするギルドの存在している国及び街を指します。ホームタウンの国の民としてその者は扱われるので、国の義務が課されます」
この世界での国民という概念は生まれ育った場所というわけではないのか。身分証を作ることをしなければ、ずっとどこの国にも属さないでいる事ができる。だが、逆に身分があることで受けられる恩恵もなくなる。
「ざっとこんなところです。何か質問はありますか?」
手を上げたのは夢咲叶多だ。
「叶多様、どうぞ」
「ギルドカードを紛失した場合はどうなりますか?」
その質問はありがちなのか、女神は予想通りと言ったように答えた。
「紛失しても大丈夫です。ギルドカードは魔道具で、本人と結び付けられてるんです。ですので、紛失した場合もデータは残り、簡単に復元することができます。他人が悪用することもできません」
───というか、未来予測とかいう能力持ってないよな?
それを疑わせるほどに、女神の口からはスラスラと言葉が紡がれた。最初から用意していたかのような答えだ。
「他には?」
「そのギルドマスターというのは、ギルドの長、まとめ役のような認識で合っていますか?」
続いて質問したのは光輝だった。ところどころ知的な一面を見せるのは何なのだろう。
「はい、間違いありません。ギルドマスターはその道のプロ、更にその中でも優秀な者が就く役職ですので実力者であることは間違いないです」
「ありがとうございます」
相当の実力者だからこそ、勇者の育成を任せるのだろう。
現段階では俺たち勇者よりもギルドマスターのほうが強いことは確からしいし、あくまで俺たちはポテンシャルがあるだけの卵でしかない。
「まず、ギルドマスターなのですが、タラスという国に居ます。そこまではお送りしますね。それと、ホームタウンの国の民になるわけですが、勇者様方は私の庇護下にあるということで、最低限税金は納めてほしいですが、国からの強制依頼は無視して良いです」
説明されていた”国の義務”の一つなのだろう。
例えば、国に強力な魔獣が迫った時。戦争なんかに兵が足りない時も依頼として徴兵されるだろう。
天職という謎の概念。
先程武器庫で武器を選んだ時、妙に早く決められたのは天職のおかげだと考えていた。
だから、俺たちが手にした武器と女神の言う適正する武器は同じだ。
誰がどんな基準でこのシステムを作っているのかは不明だが、女神が鑑定盤を使わないとこれを判別できないということは、少なくともこの女神よりは上位の存在が仕切っている可能性が高い。
───世界そのものの法則……にしては、女神の管轄にはなさそうだしな。
「では、その方針でいきます。指導ですが、明後日から始める予定ですのでお願い致します。行き帰りなのですが、ギルドマスターの部屋に転移鏡を用意していますのでご安心を。──転移鏡というのはその名の通り、鏡を通るだけで2点間を転移できる魔道具のことです」
どこ○もドアみたいなものか、と腑に落ちてしまう。
他の勇者も大して驚いている様子はない。「ああ、こういうものもあるのか」程度の反応だ。
正直”魔法”と言われれば何でも納得できる気がする。
「一先ずここらへんで良いでしょうか。そろそろ食事が来るのでお楽しみください」
女神がそういったところで、部屋の扉が開かれる。
そこから入ってきたのは11人のメイドだ。
そのうちの3人は、クローシュがいくつも乗った大きめのサービスワゴンを押している。
コース料理なのだろう。勇者への扱いを食事という一面で見せてきていた。
「勇者様方の世界にはない珍しい料理を揃えております」
女神の紹介に合わせ、メイドたちはクローシュをテーブルの上に置いていく。
「分からないことがありましたら、メイドたちに言いつけてくださって大丈夫です。一人につき一メイドを付けておきますので、お気軽に」
「はい、ありがとうございます」
勇者への対応は一人の貴族を扱う感じなのか。これは、どれほど勇者が戦力として有用かを示す。
もちろん、この世界の一般人だってメイドを所有している可能性もあるのだが。
「では、私は自室へ戻りますね。後は勇者様方だけでごゆっくり」
俺たちの会話を聞く気はないのか、はたまたメイドたちに後で聞くつもりなのか、女神はそそくさと部屋から出ていった。
先程まで饒舌に話していたとは思えないほど、呆気なく。
───それにしても、このメイドは何か好かないな。
残されたメイドたちはどこか機械っぽく、与えられた命令を着々とこなすだけの存在に見える。
人造人間。
一瞬その言葉が頭に浮かぶが、邪推はしないでおこうと心中に留める。”魔法”という便利な言葉を言い訳にした憶測など、始めてしまえばキリがない。
「紫怨さん、どうしました?」
「あぁ、いや。なんでもないよ」
メイドたちの手によって料理が次々と並べられていく。主食はパンなのか、カットされたフランスパンのようなものがある。
見たことのない野菜、見たことのない肉。
青色の野菜が食卓に出ることなど、日本では中々ない。
皆はそれに夢中なようで、食い入るように料理を観察していた。
───女神に対する不信感を抱いてるのは俺だけなのか?
俺は、一抹の不安を拭えずにはいれなかった。