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第66話 赤竜山岳ドキマシア(2)

 5分ほど歩くと、谷のような場所があった。

 谷、というより溝か。

 大きさにして10メートルくらい、深さは底が見えないほどの隙間が、目指す先を拒んでいた。


「これは……」

「十中八九、試練の1つだろう。転移で渡れないためにか、溝の魔力が乱れている。空を飛ぶような魔法でも渡ることは難しい」


 とのことだ。


 ここまでお膳立てされていれば、さすがの俺でもどういうことなのか理解出来る。これが試練で、まずはこれくらい超えてみせろという赤龍の思惑が、手に取るように分かった。


───力技では渡れない、か。となるとどこかに手段があるのだろうが……。


「紫怨、渡る手段に心当たりは?」

「残念ながら、ないな。それを探すことこそが試練なのだろう」


 紫怨も同じ考え、か。

 となれば、乗り越える手段はあると見て良さそうだ。

 後はそれを探せるかどうか、だが。

 流石に赤龍様もその時間を悠長に待ってくれるわけではない。


 ギュラアァァァァッ!!!!


 数多住む赤竜は、領地に侵入してきた人間を見て鳴き声をあげる。

 今は上空に一匹しか見えないが、仲間を呼ばれないとも限らない。

 彼らが仲間を呼んで、俺たちに襲いかかってくる可能性は大いにある。その驚異から逃れつつ、進む術を探さなければならないわけだ。


───迂回路は当然なし、と。


 右を見ても左を見ても、溝は永劫に続いているように見えた。”試練”というだけあって、流石にそんな抜け穴は無いのだろう。


 ギュルルルルゥゥゥ…………


 先程の戦闘を把握しているからかは知らないが、赤竜が直ぐに襲ってくる様子はない。

 こちらから攻撃すればその限りではないのかもしれないが、無駄に刺激することもないだろう。

 溝の上辺りをグルグルと回るように飛んでいる赤竜から意識を逸らし、再び周りの観察を始める。


 相変わらず、使えそうなものはどこにもない。

 見渡しても植物が生えていることさえなく、あるのはがむしゃらに大きな岩と、平らな大地のみ。

 岩を動かして橋を作る──なんてことは絶対にできない。流石に10メートルの溝を埋められるような岩は存在しなかった。


───本格的に分からないな。


 正直、お手上げレベルである。

 脱出ゲームなんかが好きな人には別の景色が見えるのかもしれないが、俺の頭には思い浮かばない。

 隠しボタン、なんてベタなことも考えたが、隠す所さえないような場所だ。


「なぁ、魔力の乱れってどういうものなんだ?」

「直感的には分かりにくいか。そうだな、そっちに向かって何か魔法を放ってみろ」


 溝の方を指差しながら紫怨が言うので、俺は従うようにそちらに掌を向けた。


「<火球(ファイアボール)>」


 そして、炎でできた球体を生成し、放つ。


 ボッと、勢いよく飛んでいく赤球。しかし、それは溝のあたりに到達した瞬間、何かにぶつかったかのように消えた。


「なるほどな……」


 仕組みが完全に理解できたわけではないが、なんとなくは分かった気がする。

 つまり、魔力自体が正常な形を保っていられないのだ。

 当然、転移で超えることも出来なければ、そもそも魔法さえ使うことが難しいだろう。

 魔力を使うすべての行為を妨害する、自然の結界のようなものだ。


───完全にアナログな手段に頼るしかないんだろうが……。


「葵っ! 上!!」

「ん? おわっ!?」


 紫怨に言われた通り上を見ると、ちょうど火球を口から放つ赤竜の姿が目に写った。

 それは俺を目掛けていたようだが、俺は後ろに跳び退くことでそれを避ける。

 地面にぶつかり、弾けるように霧散する火の球を見て、俺は一つの疑問を抱いた。


───赤竜は何故溝の上で火球を放てる? 何より、なぜ飛んでいられる?


 よく考えれば、ここらを飛ぶ赤竜は山頂付近から流れてきたものだろう。

 数が少ないことから、自由気ままな行動の末に辿り着いた個体か、逸れた個体なんかだと思っていたが。

 何にせよ、溝を超えて来ていることには変わりがない。


───赤竜を<支配(ドミネイト)>して、運んでもらう、か。それが答えな気がしてきたぞ……。


 そう思い至ったからには、することは一つ。


「紫怨。あの竜を<支配(ドミネイト)>する。手を貸してくれ」


 この言葉で紫怨も全てを理解したようで、


「ああ、任せろ」


 と、短く、それだけを告げた。


「とりあえず撃ち落としたいが、当然低レベルの魔法では傷一つ付けられない。さっきと同じく、俺のスキルを使おうと思うが問題あるか?」


 火球を避けられた赤竜は、再び様子を見るように旋回飛行を始めた。

 紫怨は胸あたりから豆電球のようなものを取り出している。


「俺がこれを投げたら視界を腕で覆ってくれ。目に悪いからな」

「ああ、分かった」


 ギュララァァッ!


 そんな鳴き声をあげながら飛び続ける赤竜だが、仲間が集まってくる様子はない。

 慎重に、俺たちの行動を観察しているのかもしれない。魔獣の中でも知能が高そうだし、納得できる。


 ただ、それならば今がチャンスだ。

 紫怨が振りかぶるようにして、上空に豆電球を投げた。


 ブォンッ、と風を切るような音と共に鉛直に飛び上がる豆電球は、上空10メートルほどでその速度を緩やかに落としていく。

 明らかに不自然な投げ上げられた物体を、赤竜もまた、注意深く眺めていた。


 そしてそれとは対照的に、俺は腕で目を覆うようにして、視界を防ぐ。これから起こりうることを知っているからこそできる行動だ。


「<光次元>」


 ギュルルラァァァッ!?


 腕で覆っていても分かるくらい、外は強力な光で埋め尽くされているのだろう。

 覆う腕の隙間から漏れ出る光の強さだけで、その眩しさは想像できる。


 これにはさすがの赤竜も驚いたのか、困惑するような声を上げ、数瞬後には、巨体が地面に落ちるような音が響いた。

 ドサリ、と。

 そんな重い音を立てて降ってきたのは、1匹の赤竜。

 紫怨のスキルによって撃ち落とされた個体だ。


「葵!」

「任せろ!」


 ここからは俺の仕事だ。

 すぐさま落下した赤竜の元へと走り、腕を伸ばす。


「<支配(ドミネイト)>!」


 と、スキルを使えば、赤竜は俺の支配下に入った。作戦は成功、そういうことになる。


「終わったぞ。協力ありがとう」

「こちらこそ、良い案だと思ったから乗ったんだ。それに、ここで無駄な時間を使わずに済むのはありがたい」


 キュルルゥゥ……


 <支配(ドミネイト)>した赤竜はおとなしく、犬でいう”おすわり”の姿勢で俺の隣にステイしていた。


 どこか情けない鳴き声と、威厳ある外見からは想像できない姿勢に可愛さを覚え、つい手を伸ばす。

 そのまま赤竜の頭に触れると、撫でるように手を動かした。


 キュルルゥッ!


 心なしか、嬉しそうに鳴いている気がする。


───大きいだけで、犬みたいなもんなのか?


「随分、懐かれているな……。なんというか、飼い犬とその飼い主みたいだ」


 紫怨から見れば余計にそう見えるのだろう。確かに頭を撫でるという行為はペットにやるものに近いし、あながち間違いではないのかもしれないが。


「…………今はそんなことより、渡る方法だ。悠長にしている暇はない」


 パッと手を離し、本来の目的を話し始める。

 隣で、「キュルゥゥゥ…………」と、物寂しげな鳴き声が聞こえたが、無視だ。

 コイツには向こうまで連れて行って貰わなければならない。


「ああ、そうだな。早速行こうか」

「分かった。俺たちを向こうまで運べ」


 赤竜に向かい目的地を指差しながら言えば、竜は力強く頷くことで返答をした。

 そして背中に乗って良いぞ、と言わんばかりに俺たちに背を向けてくれている。


 俺たちは遠慮せず、そそくさとその背に乗った。

 さすが巨体なだけあり、人2人程度であれば乗ることは容易だった。


「それじゃあ、頼んだぞ」


 キュルラアァァァッッ!!!


 バサバサと翼をはためかせ、赤竜は上へと上がっていく。

 こういう時は下を見ると具合が悪くなると言うし、好奇心に身を任せて除くことはしないでおく。


 やがてある程度の高度に到達すると、赤竜はゆっくりと溝を飛び越えて行く。

 魔力の乱れなど意に返さず、何事もなかったかのように対側に着いていた。


 キュルラァ!


 目的地です、と言わんばかりに一声鳴いて俺たちを降ろすと、頭を俺の方へ向けてくる。


───撫でてくれ、と?


 俺もそれに対応するように右手を伸ばし、軽く竜の頭を撫でた。


 キュルルゥッ!


 またもや嬉しそうにする赤竜を傍目に、俺はあることを思いついた。


「そういえば、お前もこの試練についてきてくれないか?」


 キュル、キュルルゥ……


 何か訴えようとする鳴き声だが、その意味は俺には分からない──ということはなく、<支配(ドミネイト)>を通してその意思は伝わっていた。


 曰く、契約で試練の手伝いは出来無いとのこと。自分はここに居なければだから、置いて先へ進んでくれ、とのことだった。


「そうか、分かった」

「どうだったんだ?」

「ああ、試練の手伝いは出来ないらしい」

「そりゃそうか……。それならば仕方ない。進むとしよう」


 撫でる手付きを辞めるのは惜しいが、状況が状況だ。

 俺は赤竜に別れを告げ、先の試練へと進んでいった。

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