第65話 赤竜山岳ドキマシア(1)
生きてます。書き貯めもしてます。
リアルが一区切りついたので、更新頻度を増やせそうです。
目指す場所は赤龍の住まう山。
目先にある、尖った崖のような場所だ。
俺は今、エリスさんを背負うようにして持っていた。持っている、という表現はともかく、紫怨の手を塞ぐより、俺の手を塞いだ方が良いだろうという考え故だ。
とはいえ、それは杞憂に終わりそうだ。
道中の森の中で魔獣に襲いかかられるということがないのだ。それに越したことはないが、呆気なさを感じるのも事実である。
道の整備もされていない乱雑な森のため、山までは一直線で進むことができる。
時間にして30分ほどだろうか。何事もなく歩き続ければ、そこは山の麓だった。
「赤龍の住まう山──赤竜山岳ドキマシアはダンジョンだ」
「うん?」
目前に迫る山岳の雄大さに度肝を抜かれていると、隣で紫怨が口を開いた。
急に話し始めたため驚きこそあったが、俺は何も無いように返事をする。
「元々はただの山岳地帯だったが、赤龍が住み着いたことでそこがダンジョンと化した。魔力濃度が急激に上昇したのが原因だろう。ついでに、魔王に近いこともあり、難易度はかなり高い。普通に赤竜も住んでいるからな」
「つまり、赤龍に会うことは難しい、と」
あまりにも遠回しな言い方だ。
「いや、そういうわけではない。ダンジョン自体が歪な構造をしているんだ。そうだな、分かりやすく言うと──試練、のようなものだな」
「試練……?」
「ドキマシア自体が、赤龍に会う資格を得るための試練のようなもの、ということだ。出現する魔獣やその規模から考えれば攻略はほぼ不可能だが、クリアできるように出来ている。あくまで”試練”に過ぎないということさ」
「なるほど」
俺らの戦力でも攻略できないと決まったわけではない、そういうことが言いたかったらしい。
赤龍もあくまで誰かに会う気はある。引きこもるため、がむしゃらに難しいダンジョンを生成したわけではないのだ。
「後は行ってから考えれば良いだろう。行こう」
「ああ、そうだな」
そんなことを言いながら、俺たちは赤竜山岳の麓──ダンジョンの入り口まで来た。
いざ、真下から見ると壮大なものだ。かつて海外へ行ったことはなかったから分からないが、地球にもこんな絶景があったのだろうか。
入り口には一人、人が立っている。
人、なのかはともかく。
見た目は美女──淡い赤色を持つ女だ。
豊満な胸と、それを自慢するかの如く胸を張って仁王立ちする姿勢。そして、それにピッタリな気の強そうな顔。
こんなところに普通の人間が居るはずがない。つまり、彼女は魔族なのだろう。
「む? 人間か? 珍しい。が、種族は関係あるまい。貴様らも赤龍の試練を受けに来たタチだな?」
そして、彼女から放たれる一言で、人間ではないことを確信する。
赤竜山岳ドキマシアの門番のような──ある種、受付嬢のような存在だろう。
そんなことを任される存在なのだ。非力なただの人間ということは万に一つもなく、強大な魔族であることは違いない。
「ああ、そのとおりだ」
「それは大歓迎。非力な人間、生きて帰ってこれるかは分からないが、それでも良いのか?」
───そりゃ、命の危機ではある、よな。
ただ、ここで引くかどうか。
エリスさんを見捨てて引くのは容易だが、それで良いのか。
答えは──
「あぁ、受けさせてくれ」
──否。
ここで逃げ出すのは、人としての間違いだ。
「ハッ! 人間の挑戦者は久方ぶりだ! とはいえ、ワタシが相手をするわけではない。あくまで門番のようなものに過ぎない。──おっと、忘れるところだった。1つ、あんけーとに協力してくれ」
アンケート、があまりにも言い慣れていない様子だったが、無駄にツッコむ必要もないか。
中々人と話す機会が少ないのかもしれない。
「なんだ?」
「ココ──赤竜山岳ドキマシアに挑む理由を答えてくれ」
「それは──」
俺は背負っているエリスさんを見るように、一瞬首を動かす。
「──彼女を、救うためだ」
「黒蟲の呪い、か。そんなものの為にわざわざ赤龍様にまで頼むとは────いや、それは自由なのだが」
「ダンジョンを攻略すれば良い、そうだよな?」
「ああ、その通りだ。ただ、そこの女は入れないぞ。試練を受ける意志を聞けていないからな」
「は……?」
トンチのようなものだ。
彼女の言い分は、エリスさんを置いて挑めということ。こんな危険な場所にエリスさんを放置して挑むなど、できたものではない。
「そうか。ならば俺がここで待っていよう」
ただ、それに対して紫怨は冷静に口を開いた。
ならば自分が待っている、と。
なぜここまで冷静なのかは分からないし、俺が挑む前提なのも分からない。
が、これが紫怨なりの気遣いであることは容易に理解できた。
「いいや、その必要はない。ワタシがここで預かっていよう。安心しろ、安全は保証する。ただ────彼女が死んだ場合、死体は自由に使わせて貰う。問題あるか?」
どうだろうか。
彼女がエリスさんを殺す可能性は限りなく低いだろう。
それをしたいならば、今すぐしているはずだ。
そもそも、エリスさんを連れて攻略するのは難しい。
だったら二人で攻略するべきではある。
俺が迷っていると、それに気付いた紫怨が代わりに返事をした。
「ならばそれで頼もう。試練は2人で受ける」
「承った! ならばそのまま前に進むが良い! 矮小なる挑戦者よ、その実力を見せてみよ!」
俺が迷う間に、淡々と進む状況。
俺は背負っていたエリスさんを下ろし、目前の女性に引き渡すようにした。
彼女は優しい手付きでそれを受け取ると、お姫様だっこのような姿勢で持ち上げる。
そんな様子を見ながら、俺は紫怨に付いていくようにしてダンジョンの中へと足を踏み入れていった。
横を通り過ぎた時の彼女の顔は、どこか笑っているように見えた。
・ ・ ・
「エリスさんを預けてきて良かったのか?」
ダンジョンに入った直後、俺は抱いていた不安を紫怨にぶつけるように吐いた。
「問題ない。事実、俺たちが守るよりも彼女の方が安全だ。それに、ここを出られなければ結局、彼女の命はない」
「それは、そうだが…………」
「そもそも俺たちが攻略できなければ彼女の命はないだろう。だったら攻略できる可能性を少しでも高めることの方が重要だ」
尤もだ。
引っかかることがないと言えば嘘になるが、それでも、紫怨の言うことは正論。今は何より、ダンジョンを攻略することを第一に考える必要がある。
「そうだな……。こんなところで立ち止まるわけには行かないか」
それを即座に判断した紫怨の頭の回転には脱帽だ。
山岳にしては緩やかな斜面を登りながら、そんなことを考えていた。
ギュルラアァァァッッ!!
その瞬間、何かの鳴き声が響き渡った。
上空から聞こえるその声につられ、俺たちは上を見る。
そこに飛んでいるのは1匹の赤い竜。
鳴き声の主、赤竜だった。
体長にして3メートルはあるだろう、そんな生物。それと、目があってしまった。
赤竜の瞳は、俺たちを捉えて離さない。
少しの間があって、赤竜が動き出した。
ギュルオォォォッッッ!!!!
赤竜は鳴きながら、急降下を始める。
狙いは言わずもがな、俺たち。
巨体が空から降ってくるように、突っ込んできていた。
「葵ッ! 向こうの岩陰まで走れッ!!」
紫怨に言われた通り、俺は数メートル離れた岩陰に飛び込むようにして移動する。
ゴウ、と風が吹いた。
俺たちが先程まで居た場所を見れば、そこには1匹の赤竜。
俺たちに目掛けて急降下し、降り立った衝撃で風が吹いたのだった。
ギュルラアァァッ!!
再び、今度は俺たちの近くで赤竜は鳴く。
その迫力はまさに咆哮と言うに相応しく──俺たちの絶望を煽るようなものに思えた。
「チッ! 戦うぞ、葵!」
「どうやって! あれに勝つ術があるのか!!」
「ある! お前の<支配>が頼りだ! そのサポートを俺がするっ!! 葵はアイツに向かって走れッ!!」
「走れ、と言われてもっ!!」
ギュルルルルゥゥゥ……
先ほどとは違う、何かが焦げるような匂いがする。
匂いの元──赤竜の方を見れば、口元に炎を溜め込んでいる竜の姿。
俺たちに向かって”ブレス”を吐こうとする、赤き竜が映った。
───あぁ! もう、どうにでもなれッ!!
避ける手段がない。
正確には、紫怨に頼る以外にない。
結局紫怨の力に頼ることになるのであれば、彼を信じて赤竜に突っ走った方が良い。倒せる可能性があるのであれば、賭ける価値はある。
「クソッ!! 死んだら許さんからな!!」
「安心しろ!」
そんな思いで、俺は赤竜目掛けて駆け出した。
紫怨を一瞥すれば、胸元のポケットから豆電球のようなものを取り出している。宿屋で見た物に似ていることから、ただの豆電球だと思うが、特別な魔道具か何かだろうか。
そんなことは頭から排除して、赤竜の元へ一直線に駆ける。
そしてその直後、視界が光で包まれた。
「<光次元>」
少し遅れて、紫怨の声が届く。
それがスキルの名称であることは、容易に理解できた。
視界が光で包まれたと言っても、多少眩しくなった程度だ。
おそらく、あの豆電球のようなものなのだろうが、それは俺の後ろで光を放ったため、そこまで影響は受けない。
ただ、目の前の生物はそうではなかったようだ。
光が収まった後には、口に溜め込んでいた炎は消えていた。
ギュラァァッ!!
狼狽するような鳴き声で頭を振るわせる赤竜の姿は、紫怨の一手が有効打だったことを意味する。
その隙があれば、十分だ。
俺が赤竜の元へ安全に到達するのに、長くは要さない。
「<支配>ッ!」
怯んでいる赤竜に安全に触れることが出来た俺は、すぐさまスキルを使った。
「死ね」
そうして、竜の討伐に成功した。
ドサッ、と。巨大なものが倒れる音が、俺たちの勝利を告げていた。
「意外とアッサリだったな……」
「赤竜なんて大量に居るからな。サクサク処理できるに越したことはないだろう」
「それはそうだが……」
確かに、いちいち勝利の余韻に浸っている暇はない。
ただ、少しくらい喜ばせてくれよ、とも思いながら、俺たちは山頂目指して進んでいく。