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第64話 帝国へ(4)

「<召喚(サモン)堕天龍(シムラクルム)>」


 夏影陽里(ナツカゲヒカリ)が呟くと同時、彼女の後ろに巨大な魔法陣が現れる。

 半径は2メートルほどだろうか。普段見かけることのないレベルの大きさであった。


「ハダル殿、これは?」


 俺は隣にいる男──宮廷魔術師長であるハダルに問いかける。

 魔法のことであれば、この国で最も精通しているであろう彼に聞くのが手っ取り早い。


「召喚魔法です。召喚魔法は召喚するものに応じて魔法陣の大きさが変化するものなので」


 つまり、かなりの規模の召喚を行ったということになる。

 だが、このサイズの魔獣と戦った経験は幾度もある。

 竜だって狩ってきたのだ。大きいだけでは何も問題にならない。


 ただ、そんな考えはすぐに打ち砕かれることになる。


 魔法陣から”ソレ”が顔を出した瞬間、あたりは闇に包まれた。

 その大きさのせいで影になっているわけではない。まるで異界に飛ばされたかのように、周りが黒で覆われたのだ。


 それでも会場の灯りは機能していて、周りが見えなくなるということはない。会場自体が別の空間に飛ばされてしまったような、そんな感覚だった。


「なにが────?」


 それを理解するよりも早く、俺は彼女の頭上にいる”ソレ”と目があった。

 魔法陣から出づる、巨大な龍の頭が。

 ゆっくりと、魔法陣からその蛇のような体を出す黒き龍が。

 俺の目の前で蠢く、この闇の正体が視界に映っていた。


───これは本当にまずい……。


「皇帝陛下ッ!!」


 自分が守らねばならぬ相手、皇帝陛下の方を振り返ると、絶望したような顔で龍を見上げる皇帝陛下の姿があった。

 一先ず安全を確認できたことに安堵だ。


「さて──」

「──待て! 待ってくれ!!」


 夏影陽里ナツカゲヒカリが口を開こうとした時。

 それに割り込むように、皇帝陛下が懇願するように叫んだ。


「──なにかしら?」


 周りを見れば、怯えたように尻もちをつく貴族たちが数多くいた。

 まだ死者が出ていないのが救いだろうか。

 それでも、巨大な龍の存在は人々に恐怖を与えている。


「属国になろう! ヴァルキュリア帝国はタラス王国の属国になることを誓うとも!」


 皇帝陛下の決断は正しいものだと思う。

 アレを目の前にした今、誰がそれを批判するだろうか。

 誇り高き貴族たちでさえ、喜んで国を差し出すだろう。


 拒み、国が消え去るよりはマシだ。


 龍は顔だけしか出していない。

 そして、それ以上出てくる気配もない。

 夏影陽里(ナツカゲヒカリ)が、これ以上は会場を破壊してしまうと慮った結果だろう。


「遅いわね。そもそも、最初断られた時点であなた達の心は折っておくつもりだったのよ。皇帝以外、殺しても構わないわよね?」

「なッ!? それはあまりにも──」

「──あまりにも、なにかしら? 弱者は強者に搾取されるのみ。そうではなくて?」


 暴論だが、正論だ。


 それを言われれば、何も言い返すことはできない。

 皇帝陛下であっても、歯を食いしばることしかできない。


「シリウス殿、あの龍を倒せると思われますか?」

「いいや、無理だろう。召喚者を倒すほうが現実的だ」

「私も同意です。幸運にも、あの龍はデカイ分、主を守るのには不向きそうですから」


 「できるかは分かりませんが」と苦笑するハダルに、俺は笑いかける。

 なんとも馬鹿げた能力だ。男勇者も強かったが、それとは比にならないレベルで強い。

 今まで数多の強者を相手にしてきたが、そのどれよりも強いと確信を持てる。


「それじゃあ、もう始めるわよ」


「<超縮地>ッ!!」

「<炎闘牛鬼(イグニ)>!!」


 俺は地面を思いきり蹴り、夏影陽里(ナツカゲヒカリ)に向けて跳躍する。

 ハダルも同時に魔法を唱え、炎の牛頭が彼女に迫っていた。


「<堕天>」


 だが、彼女が何かを呟いた瞬間。


 俺の意識は、闇に飲まれた。





◆     ◆     ◆





 グシャッ


 そんな音が響いて、シリウスの体が飛散した。

 脳が理解を拒否したが、文字通り、本当に飛び散っていたのだ。


 人間が簡単に肉塊として処理されるなど、誰が考えるだろうか。

 いや、たしかにそれくらいはできる者がいるかもしれない。


 ただ、相手はシリウス。

 この国最高峰の強さに、装備。数多の強者を屠ってきた、真の強者の一人だ。


 それを一つの呟きで殺すなど、人に為せる技ではない。


「ひッ────」


 微かな悲鳴は、誰が発したものなのか。自分の口から出たようにも聞こえるし、周りの貴族が発したものにも聞こえた。


「<堕天>」


 グシャッ


 続いて、シリウスの隣で唖然としていたハダルが弾けた。

 文字通り、体が弾けたのだ。


 その場に残ったのは異様な血溜まりのみ。悲惨な死骸などどこにもなく、ただ”死んだ”という事実だけが残ったような跡。


───何なんだ! 何なんだ、アレは!!


 その問いに、答えは出ない。ただ、アレが此度の勇者であるというころだけ、それだけは理解できた。


───まるで……魔王じゃないか……。


 どれだけ禍々しく、容易に人を殺せる力を持っていたとしても、それが勇者であることに違いはない。


「弱いわね。せめて抵抗(レジスト)くらいはすると思ったのに……。堕天竜(シムラクルム)だって完全体じゃないのよ? この国の人はそんなに弱いの?」


 その発言が煽りなどではないことは理解できた。本当に、心から疑問に思っているのだ。

 否定したい。帝国民は決して弱くはないと、声を上げたい。

 だが、それができない。体がそれを拒む。自分の全てがそれを拒んでいる。


「何か言ったらどうかしら? 皇帝陛下? あなた以外、もう死んでるのよ?」


 そこで、周りから異様なほどに音がしなかったことに気がついた。悲鳴の一つも聞こえなければ、荒い息遣いも自分のものしかない。


───まさか……本当に…………。


 周りを見れば、転がる死体の数々。

 いつ殺したのか全く分からないまま、気付けば全員が死んでいた。


 何をされたのか、それを理解できた者は居ないだろう。

 実際、皇帝にとってもそれは同じ。常軌を逸脱した技で殺されたとしか言いようがない。


「それで、属国になるのかしら?」


 上を見上げれば、自分を見下す女が一人。

 帝国の王を見下すなど、なんと無礼なことか。

 ただ、それを指摘する者は誰もいない。普段なら指摘するだろう者も、既に事切れている。


 皇帝も同じく、それを指摘するほど肝は座っていない。まだ、膝を屈さず立っていられる自分を褒めてやりたいくらいだ。


「ヴァルキュリア帝国は……タラス王国の属国になる…………」


 アークトゥルスの出した答えは一つ。


 むしろ、それ以外の選択肢をどう取れば良いというのか。


 倒れる貴族たちの亡骸を背に、皇帝アークトゥルスは帝国の未来を放棄した。

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