第63話 帝国へ(3)
「<領域>」
目の前の勇者──角倉翔を中心とした半径10メートルくらいのところだろうか。
青い線のようなものが表れた。
が、それも一瞬のこと。
範囲内に入っている自分には影響がないし、何かが起きる気配もない。
───バフか、そこらへんか。
できる限り、相手の情報を掴みつつ戦う必要がある。
なにせ、相手は強力な固有スキルを持った勇者。
自分の知らない能力があってもおかしくない。
「ふっ」
とはいえ、時間の経過はコチラに有利とは言い難い。
先程の創造魔法に加えて、<領域>といったスキル。
魔力の回復が行われるのを待つのは、魔法使いを相手にしてはいけない禁忌の1つだ。
俺は踏み込む。
戦いは、相手がされて嫌なことをした者が勝利を掴む。
魔法使いにとって、それは踏み込まれることだ。
距離を詰められると、魔法は有効に使いにくい。
「<創>!」
俺が距離を詰めると同時に、勇者が腕を下から上に振り上げる。
「うおっ!」
同タイミング、俺の真下から石柱が現れる。
間一髪、後ろに跳び退くことでそれを避けることに成功した。
───創造魔法の使い手……しかも即座に生成できる、と。腕を振るったのは条件か? 最大いくつ同時に作れる?
「はっ!」
再び、踏み込んだ。
「<創>っ!」
また、勇者は腕を下から上に振り上げる。
ただ、それは先程と同じだ。
一度見たものであれば、対処は容易。
「ふんっ!」
俺は現れる石柱を叩き割るように、剣を振るった。
石柱といえど、俺の持つ剣の硬度には勝てない。
石柱はそれだけでボロボロと崩れ落ちていく。
───ふむ。剣で叩き割れる程度、と。
「<創>ッ!!」
続いて、右腕を振り上げ、左腕を右から左に横薙ぎした。
その動作に連動するよう、俺の右側から石柱が生え、その石柱から更に石柱が現れる。
二段構えの石柱は俺を攻撃するように迫るが、
「──<朧歩>」
それはスキルによって避けることに成功する。
<朧歩>は攻撃を受け流しながら後ろに移動する暗殺者スキルだ。
強力で魔力消費も少ないが、使用制限があり、5分に1度しか使えない。短期戦が予想される今切ってしまったのは勿体無いが、仕方ない。
───とりあえず、空中には創造できない。それと、やはり手振りが引き金になっている。つまり、最大で2つまでしか創造はできない。
俺は魔法が使えないので、空中に留まって戦闘をすることは出来ないが、空中に作れない以上、地面以外からの直接攻撃は考えにくい。
───形も直線状のものだけか? じゃなければわざわざ2個創造する必要はなかったはずだ。
等身大サイズの石柱を生やすだけの能力、と言い換えることもできそうだ。
───それは違うか。さっきは普通に創造していたはずだ……。つまり、<領域>内部では石柱を自在に創れるのか?
創造魔法は驚くほどコスパが悪い。
石柱を出すスキルを領域内で無制限に使用できるならば、それ以外のスキルは好き好んで使わないはずだ。
───とはいえ、まだ攻め崩すには情報が足りないか。
「<創>!」
後退した俺に、追撃の一手が加えられる。
足元からの石柱創造だ。
「ふっ」
俺はそれを少し後ろに下がることで避ける。
「<創>!」
だが、すぐに避けた先にも追撃をされた。
再び石柱が足元から現れるが、今度は大きく後ろに下がることで避ける。
ここまで大きく飛べば隙も大きいが、再び追撃の手を加えられることはなかった。
───やはり<領域>範囲内でしか創造はできないか。
追撃をしなかったのではなく、できなかったのだと結論付ける。
石柱が造れるのであれば、隙だらけの俺に攻撃しない意味がない。
───創造までの予備動作、それよりも早く斬れば良い。
「<超縮地>」
スキルを使う。
その名の通り、一定の距離を縮めるスキルなのだが、<縮地>とは違い擬似的に瞬間移動をするスキルだ。
障害物が間にあろうと関係なく、一瞬で距離が0になる。相手からすれば、俺が急に目の前に現れたようにしか見えないだろう。
「なっ!? <創>────ッ!?」
「させるわけないだろ!」
振り上げようとする右腕を剣を持っていない左手で叩き、石柱の創造を防ぐ。
想像どおり、腕の動きがなければ創造は使えないようだ。
「はぁっ!」
少し無理な姿勢ではあるが、細い首を斬るには十分な力が入る。
俺は右手で持った剣を、目の前に居る勇者に振るった。
「<壊>ッ!!」
だがその瞬間、左から衝撃が走った。
───何…………?
剣は既のところで勇者の首には届かず、俺は右に吹き飛ばされた。
───岩……?
見れば、拳大の岩がいくつも飛来してきていた。
衝撃程度で済んだのは、鎧が強固なものであったからに違いない。
───石柱を破壊して欠片を飛ばしたのか。
創造ができるならば、破壊ができてもおかしくない。
ましてや自分の作ったものを自在に操る程度、勇者であればできて当然だと考えるべきだ。
「<創>!」
続いて、勇者はさらにスキルを使う。
吹っ飛ばされ、体勢を崩した俺を逃すわけがない。
足元に石柱が造られる。
「ちっ!」
それを避けようとするも、間に合わない。
創造される石柱に当たり、更に吹き飛ばされた。
「そろそろ辞めません? もう分かったと思うんですよ……」
───ある程度情報が揃ったな。
なにか言っている勇者を無視しながら、俺は考える。
今までの攻撃や防御を見てきて、あの勇者にできることは概ね分かった。
創造される石柱の殺傷力は高いが、数回で死ぬほどではない。
つまり、彼は長期戦向きの能力を持っている。
魔力消費は分からない。まだまだ余裕そうな顔をしているところから、領域内では魔力の消費が抑えられているのかもしれない。
───とにかく……一気に終わらせるか。
<超縮地>は20分に1度の使用制限があるが、それを3つまでストックできる。
先程使ってしまったことを考えても、あと2回は使えることになる。
「<衝撃吸収>」
続いて使ったのは衝撃を何度か無視できるスキル。
岩を壊して攻撃してくることを防ぐためだ。
「えぇ、辞めないんですか……。勝ち目、ないと思うんですけど……」
「行くぞ。────<超縮地>」
「<壊>!」
再び、俺は勇者の前に迫った。
そして、勇者も先程と同じように岩を壊し欠片を飛ばしてくる。
が、それは効かない。
正確には効いてはいるのだが、衝撃だけはスキルによって抑えられている。
既のところで止められた剣を、今度は止めるものはない。
俺の刃は勇者の首を斬り裂かんと勢いよく迫り──
「やばっ、<棺>ッ!」
ガキンッ!
弾かれた。
ギリギリのところで勇者を包むように黒い結晶が創造され、それが剣を防いだのだ。
───石柱とは材質が違う? 防御に特化したスキルか?
俺は一度跳び退くき、距離を置く。
新たなスキルだ。どんな効果があるかを見極める必要があるだっろう。
「あ、夏影さん。これ無理です。この人、手を抜いて俺の情報収集に励んでたっぽいです。弱点を突き止められちゃったので手も足も出ない感じです」
しかし、目の前の勇者が発したことは、投降を意味していた。
───あれ以上の攻撃手段はないのか?
「そもそも攻撃ほとんど効いてないんですよ。無理無理、勝てるわけないですって……。相性悪い人ばっかじゃないですか……」
「じゃあもう辞めて良いわよ。お疲れ様」
「何を────? 身勝手に辞めるなど…………」
「安心して。次は私が戦うから」
男勇者がスキルを解除すると、黒い結晶のようなものは霧散して消える。
魔力で出来ていたものだということだ。
そのままやけに堂々とした歩き方で2階の階段へと向かっていった。
もちろん、追撃はしない。
好き好んで勇者を殺したいわけではないからだ。
代わりに女勇者──夏影陽里が2階から降りてくる。
男勇者とすれ違うようにして俺の前に立った彼女は、口を開いた。
「とはいえ、連戦はあなたに不利過ぎるから……2対1で構わないわ。もう1人、どうせ誰か居るのでしょう?」
その掛け声を聞いてか、皇帝陛下が何も言わないことから汲み取ってか、下へと降りてきたのは宮廷魔術師長ハダルだ。
「では私が共に戦いましょう。2対1で良いと言われたのです。卑怯とは言わせませんよ」
「もちろんよ」
スキルを消費してしまったので、1対1であれば厳しかったかもしれない。だが、2対1であれば確実に勝てる。
慢心ゆえか知らないが、その行動が命取りになることを知らないのだろう。
「それと1つ確認なのだけど、何人か死んでも構わないわよね?」
「ん? ナツカゲ殿、それはどういう──?」
そう、皇帝陛下が口にするよりも早く。
夏影陽里が右腕を天に向け、スキルを使った。