第61話 帝国へ(1)
時はかなり遡る。
彼女らが帝国へ出発した時──すなわち、駿河屋光輝が生きているくらいの話だ。
帝国へ旅立つ勇者は二人、夏影陽里と角倉翔である。
この2人が選ばれた理由は、女神の口から彼女らには伝わっていない。
そんな2人は今、馬車に乗って帝国を目指している。
馬車は女神が用意したものなので高級品だ。とはいえ、無駄な装飾がジャラジャラ付いているということはなく、外装は非常にシンプルだ。
高級なのは乗ってみれば分かることで、揺れを全く感じない。
車輪にかけられた魔法が衝撃を吸収するからである。
御者も女神が用意した。
少ない期間では、勇者たちに馬の乗り方を教えるのは勿体なかったからだ。
御者は無口な男で、夏影陽里や角倉翔になにか言うことはない。聞けば何でも答えてはくれるが、自主性は全くない感じ。ぶっちゃけ2人にしてみても、楽なことこの上ない。
「翔くん、帝国についてはどれくらい知っているかしら?」
「俺はほとんど知らないですよ。そこらへんは夏影さんにお任せするつもりでしたので」
「……なんで敬語なのよ」
知的な印象の夏影陽里と、下っ端と言わんばかりの口調で話す角倉翔。
決して彼が普段からこういった話し方なわけではないのだが。
「そりゃもう、夏影さんにタメ口なんて聞けないですよ、マジで」
「…………はぁ………………」
と、まあこんな感じなのである。
尊敬というか、恐れというか。
角倉翔からすれば、夏影陽里は異次元の強さを持つ相手だということの表れなのだが。
そもそも角倉翔は創造系統の固有スキルを持つため、夏影陽里と相性が良くないというのもある。
という言い訳もあるが、例え夏影陽里が固有スキルを使わなかったとしても、角倉翔では勝てないだろう。
召喚系の固有スキルを持ちながらも、剣術は超一流。
それだけで多くの者を圧倒できるほどには。
「まぁ、いいわ。話の続きをしましょうか」
一息置いて、彼女は続ける。
「帝国についたあとの対応は私がするわね。あなたは普段通りで構わないわ」
「あ、ありがとうございます」
相変わらず、敬語で話されるのは慣れないが。
仕方ないことだと受け入れることにする。
「帝国まではどれくらいで着くのかしら?」
「3日ほど、だそうです」
すぐさま答えるのも角倉翔。
もはや、付き人といったほうが良いのかもしれない。
それくらい、夏影陽里に付き従っている。
「ありがとう。適度に休みながら行きましょう。御者さんはどうかしら?」
「────私は3日程度であれば、休息は不要です」
「あら、そう。それならば休まずに進み続けて良いわ。私たちは適当に休憩させてもらうから。それと、周囲の警戒は不要よ」
「──────」
無言で頷き返すと、御者は再び前に向き直った。
───3日程度なら平気、ね。
御者は特に何かを意識したわけではないと思うが、
夏影陽里は御者のある言葉が胸に残っていた。
───人間ではない、のでしょうね。亜人でも3日も休まずに活動できる種は居ない。となると、魔族?
3日も休まずに活動できる人間は存在しない。
どれだけ屈強な亜人でも、睡眠は必要だ。
───もしくは魔道具の効果、なんてこともあり得るけれど。そうというよりは…………人造人間のような印象を受けるわね。話し方のぎこちなさもそうだけど。
魔族という線も消していた。
これから魔族と戦う勇者に対して魔族をつけるなどという行為を、あの女神がするはずないからだ。
魔道具の可能性もあるだろうが──そんな魔道具があるか分からない以上、確定はできない。
───まぁ、人造人間がNGかどうか、なんて私には分からないしね。この世界の倫理観は日本とは違うようだし。っと。
「何か前に居るわね。見た感じ魔獣だから、無視して進んでいいわ。こっちで処理しておくから」
夏影陽里は最強だ。
こんな言い方が正しいのかはともかく、勇者の中でもずば抜けた能力を持っている。
というのも、彼女の能力が優秀というより、彼女の技術が優れていると言える。
剣術に秀でているのだ。
転移する前は剣道を習っていたとかで、剣の扱いには慣れていた。
それに加え、彼女本来の運動天賦もあり、成長の速度は凄まじい。
気付けば剣の使い手として、どの勇者よりも強く、その実力は戦士長に追いつきそうなほどだった。
更には、レベルも高い。
彼女の今のレベルは56。
他の勇者の2倍以上のレベルであり、それゆえに基礎ステータスが高い。
彼女のレベルの高さには、彼女の固有スキルが関係している。
固有スキル<海内冠冕>。召喚系で革命級に該当する。
能力は召喚獣を使役するものであり、彼女の転職である調教師の能力も合わせると、合計で7匹の魔獣を使役できる。
魔獣と言っても、彼女の使役するそれは知能が非常に高く、どちらかといえば魔族に近いのだが。
そんな魔獣たちを野放しにして、魔獣を狩らせている。
召喚獣が死んだところで、ある程度時間が経てば再召喚が可能だ。
つまり、遊撃させていたところで彼女にはメリットしかない。自動で経験値が貯まるのだから、さながら放置ゲーのようなものである。
今も同じような状況だ。
馬車に先駆け、魔獣を2匹走らせている。
進行方向に危険があれば、それを処理させるためだ。
今回連れてきたのは魔爪鷹と疾黒狼の2匹だ。控えにもう1匹魔族がいるが──今は紹介しないでおこう。
魔爪鷹が魔獣を見つけ、撃破。
疾黒狼が死体の処理をするという完璧構成である。
めぼしい素材は各自持ち帰るように、という指示も忘れない。
能力によって召喚される魔獣が強力なだけでなく、己も強くなるための努力を怠らない。
まさに、勇者として正しい姿、とでも言おうか。
それでもって知的なのだから、周りからすれば完璧の一言に尽きるだろう。
夏影陽里の自己評価はともかく。
角倉翔から見れば、彼女は完璧な存在であり、怖い人でもあったのだった。
───ただの魔獣程度ならば、滞りなく進むわね。といっても、王国から帝国までの舗装された道に強力な魔獣が出てくることはないけれど。
王国と帝国の間では貿易も行われているため、馬車が行く道は舗装された綺麗な道だ。
それでも魔獣が出る可能性は0ではないから、普通商人たちは護衛を雇う。
それも、Eランクの冒険者であれば十分なレベル。
彼女にとって、それが妨害となることはない。
───これはこれで退屈だけど。
夏影陽里の魔獣によって安全を保証されながら。
馬車は穏やかに、帝国へと向かっていく。
個人的には、夏影陽里さんは結構好きです。