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第60話 帝国

 ヴァルキュリア帝国と呼ばれる国がある。


 タラス王国の隣国であり、この大陸における強大な国の1つだ。


 王国が商の国だとすれば、帝国は武の国。


 この言葉が表すように、武力という面において帝国は凄まじいものを持っている。

 もちろん、有力な個人を保持しているという意味でもあるのだが、単純に人口が多いというのもそうだ。

 兵力、そして兵を賄う力に富んでいる。

 更には魔法兵器──すなわち、軍事兵器の開発技術まで進んでいるのだ。


 帝国がこのような道を歩んできたのには、帝国形成の歴史が関係している。



 ヴァルキュリア帝国は元々、迫害された民族の”集まり”に過ぎなかった。


 強者に迫害された者。

 天災により居場所を失った者。

 魔獣や魔族の被害を大きく受けた者。


 もちろん、その経緯は様々だ。

 人為的、自然的、もしくは魔なるモノの意思によって。

 どんな理由であれ、失った者たちが辿り着いた末、一人の智者によって纏められたことでヴァルキュリア帝国は形成されたのだ。


 そんなヴァルキュリア帝国で最も尊ばれるものは当然、力だ。

 とはいえ、力を絶対視するような風潮ではなく、力を合わせていこう、というスローガンのようなものに近い。

 力ある者が尊重されるのは事実だが、民の心にある力への探求は、同じ目に二度と合わないための決意である。



 そんな故あり、今は大陸内最強の国家となっているわけだが、タラス王国とどちらが強いかと言われたら、これまた微妙になってくる。


 というのも、タラス王国には女神がいる為だ。

 女神とその側近にとって、帝国の有象無象など蟻と同じようなものだろう。勝負にもならない。


 では、帝国の強者をぶつけてみてはどうか。

 確かに良い勝負はできるかもしれない。

 あくまで女神が本気を出さないならば、だが。


 それくらい、女神は桁外れの力を持っている。

 尤も、女神さえ抜きにすれば、帝国の勝利は固いだろう。


 それと、勇者が原因だ。

 女神が勇者を召喚できる以上、対魔王戦力として王国と戦争をするわけにはいかない。

 まずもって、戦うという選択を帝国は取れないわけだ。


 タラス王国からすれば帝国の存在価値は大きくはない。

 帝国から見た王国の価値に比べれば、小さなものである。

 とはいえ、人間同士で争うのは愚かなことだ。

 人類共通の敵である”魔族”、”魔獣”のおかげで団結していると言っても過言ではないのかもしれない。


 帝国の王──皇帝は非常に賢い。

 これほどの異種族、それも荒んだ者たちをまとめあげることが出来るような人物なのだから、当然と言えば当然だ。


 基本的に力が尊重される帝国で、その知恵が尊重されるというケースは珍しい。

 それほどまでに民に好かれ、帝国のために知恵を絞ってきた人物ということだ。


 名はアークトゥルス・ヴァルキュリア。

 齢は29とまだ若いが、彼がその冠を被ってからは10年近い時が経つ。

 その間、皇帝の交代が行われることもなく、己の席を確保し続けてきた人物なわけだ。



 そんな彼が今居るのは、城にある会議室のような場所。

 会議室とはいえ、集う人物は大貴族ではない。

 彼の秘書である、騎士団長シリウス、開発長リゲル、兵器長カノープス、宮廷魔術師長ハダル、そしてその他大臣たちである。


 良くも悪くも、帝国は決して民主的な国ではない。どちらかといえば独裁的な国である。

 政策は皇帝によって全て決定され、民であれ、貴族であれ、それに従うだけだ。


 民主的な部分は一つ──皇帝が民によって決定されるということだけだろう。

 すなわち、彼の行う政策は民にとって悪いものではないということなのだ。


 なぜ彼が会議室に居るのか。


 それはこれから起こる、あることについての話し合いをするためだ。


「皆、今日はよく集まってくれた。感謝する」

「いえいえ、帝がお呼びとあらばどこへでも馳せ参じますとも」


 答えた小太りの男──財務大臣ドゥべーに対して、周りはうんうんと頷いている。

 もちろんお世辞だろうが、このよう場では必要なのも事実だ。

 アークトゥルスは特に気にすることもなく、話を続けた。


「お前たちの忠義にはつくづく感謝しかない。さて、早速本題に入ろう。薄々勘付いてるとは思うが、勇者が来日するらしい」

「それはあとどれくらいなのでしょうか?」


 答えるのは、金髪の男──騎士団長シリウスだ。

 会議室という場にも関わらず白銀のフルプレートで身を覆っているが、それが許されているのは彼が力ある人物の一人だからである。


「女神からの連絡によると、およそあと3日といったところか。急に「そっちに勇者を送ったのでお願いします」と言ってくるのだから質が悪い。まぁ、女神らしいといえばそうか」


 苦笑いする臣下たち。

 どこか、思うところがあるのだろう。


「急いで歓迎の宴の準備を致しましょう」

「ああ、それはに頼もうと思っていた。何を使っても構わん。なにせ、あの勇者なのだからな。どんな強大な力を持っているか、想像もつかん」

「文献で見た限り、騎士団長と良い勝負が出来そうなものですが」

「とはいえ、戦わせるわけにもいかないだろう? まぁ、流石にシリウスに勝てるとは思わないが…………女神との関係を悪くするのは良くないな」


 シリウスは帝国内最強の人物だ。

 帝国騎士団の全員と同時に戦っても、シリウスが圧勝するほどには強い。

 平民上がりの彼が騎士団長という立場につくのも、その圧倒的な力あってこそだ。


 皇帝だけでなく、ここにいるものは皆、シリウスの実力を理解しているし、信頼している。

 まさに帝国の剣であり盾なのだ。


 それでも、女神との関係を悪くするのは望むところではない。

 どんな切り札を持っているか分からないし、何より彼女が隠し持っている神器は非常に危険だ。


「そんなことよりも、だ。異世界人が何を好むか、知っている者はいるか? いや、もちろん文献は読み漁った。その上での提案が聞きたい」

「異世界人は食事を重んじると聞いた覚えが御座います。多種多様な料理を振る舞ってみるのはいかがでしょう?」

「ふむ」


 皇帝は思案する。

 口に合わない料理だった場合はどうしよう、ということだ。


───あくまで多種多様な料理を味わってほしい、という意図ならば大丈夫、か。


 帝国にある料理は豊富だ。様々な種族が集まっているから食材の種類も多い。

 それらが口に合うか合わないかはともかく、それを体験してほしいという気持ちを表に出せば良い。

 食事の提供ではなく、体験を提供するのだ。

 向こうも悪くは言ってこないだろう。


「それは採用する。料理長に言っておけ」

「はっ。かしこまりました」

「後は贈り物だが────そもそも女神の狙いは何なのだろうな?」

「帝国への威嚇のようなものではないでしょうか? 勇者が居るんだ、協力しろ、的な感じでは?」

「そんな単純な理由には思えないがな。それもあるだろうが、勇者2人も送ってきたんだ。何かもっと別の──」


 アークトゥルスは考え込むような姿勢になる。


「──例えば、このタイミングで魔族が襲ってくるのを分かっていて恩を売りたい、とかな」


 微妙な顔になる臣下を見て、この意見は自分だけかと認識する。

 ただ、アークトゥルスからすれば、あの女神が単純な理由で送り込むことはないだろうと考えていた。


「何が起こるか分からないのに変わりはない。シリウスは常に武装しておくべきだろうな」

「かしこまりました」


 さて、と話を区切り、続ける。


「まずは贈り物だろう。女神のところに居るわけだから、高級品は腐るほど手に入るだろう。となれば、帝国ならではのものになるが──」


 臣下たちの方を見つめる。


「──何か案はあるか?」

「では、(わたくし)から」


 手を上げたのは兵器長カノープス。

 白髭を生やしたドワーフだ。


 顎で意見を促すと、カノープスは立ち上がって話を始めた。


「陶器、などはいかがでしょう? 陶器という文化の発展は帝国ならではのもの。王国にもあるにはあるでしょうが、質は我が国に勝ることはないでしょう」

「武器というのも良いのではないか?」


 付け足すように、宮廷魔術師長ハダルが進言するも、


「いや、武器は駄目だ。向こうの戦力を増強させるようなものは無しにしてくれ」


 一刀される。


「確かに陶器はありかもしれないな……。それが喜ばれるかはともかく、帝国ならではと言えるだろう」

「では、用意させますか?」


 妙にやせ細った金髪の男──外交大臣のアルカイドが皇帝に言う。


「あぁ、よろしく頼む。会場と食事の手配はドゥべーに任せよう」

「はっ。直ぐに手配致します」

「なにせ、急な来訪になる。大臣は皆忙しいと思うが、頑張ってくれ」


 それだけ言うと、皇帝は解散の意を告げた。

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