第59話 馬鹿
「あー……なんというか……まぁ、うん」
言葉を濁しながら、口を開いたのはタクトだった。
グルシーラは俺を解放し、今は静止している。
魔夜中紫怨は起きる気配がないが、起きたら驚いてくれるだろうか。
「タクトなら問題なかっただろうが、無駄な消耗はないに越したことはない、と俺は思う。何か計画があって邪魔をしてしまったのなら、すまない」
「いやいや、そんなことはないよ。とりあえずそれ、殺そうか」
ひらひらと手を振りながら、タクトが平然と言った。
”支配が解除された時に手を付けられない”だとか、理由があるのだろう。
俺程度では考えつかない理由もあるかもしれない。
「あぁ、分かった。ただその前に1つだけ……スキルを使わせてほしい」
そこで俺は、<奪取>の説明をする。
これをすればグルシーラの力を一部得れること。そして、しばらく時間がかかること。その間守ってほしいこと、だ。
それに対し、
「いいよ」
と、タクトは二つ返事で了承してくれた。
グルシーラの<支配>に成功した時、<模倣>によって得たステータスの量は、想像以上であった。
想像を絶する、と言いたいところだが、俺のステータスが10倍にも20倍にもなったわけではないので、それは誇張になってしまう。
とはいえ、2倍以上になったことは確かだった。
今思えば、<召喚>を使うという戦闘手段もあったのだ。
一度も使ったことがないせいで、咄嗟に思いつくことができなかった。
やはり、能力よりも、能力への理解度や戦闘経験の方が重要なのだろう。使い方一つで化けることだってあるに違いない。
閑話休題。
<模倣>によって得た能力値が高かったことで、<奪取>によって得れるスキルも膨大なものだろうと予想したのだ。
無論、これはただの予測でしかないし、グルシーラが魔法やスキルを使って戦っているところを実際に目にしたわけではない。
あくまで彼の強さから考えた推測でしかない。
───まぁ、実際かなり期待はしているけどな……。
「…………<奪取>」
そして、スキルを使うと、脳内に情報が流れ込んでくる。
>スキル「空手道」Lv4を獲得。
>スキル「気功術」Lv2を獲得。
>固有スキル「悪魔の手向け」Lv1を追加。
だが、それは3つだけ。
想像より少ない数に落胆すると同時に、最後に聞こえた固有スキルについての話が気がかりになる。
───固有スキルを奪え……た…………?
ただ、突如襲ってくる眠気。
意識の喪失から逃れることはできなかった。
・ ・ ・
目が覚めた。
目を開ければ、綺麗な青空が見える。今の時間帯はちょうど昼くらいだろう。
「あ、おはよう」
隣から声をかけるのはタクトだ。
約束通り、俺の目が覚めるまで待っていてくれた。
俺は起き上がり、口を開く。
「どれくらい時間が経った?」
きょろきょろと周りを見れば、俺の近くに魔夜中紫怨も横たえていた。
少し離れたところにはエリスも居る。
二人の下には簡易的だが布のようなものが置かれていて、タクトの優しさを感じた。
魔夜中紫怨が目を覚ましていないということは、まだそれほど時間が経っていないことも推測できる。
所詮推測でしかないが、なんとなく予想は当たっている気がしていた。
「ほんの1時間くらいだよ。聞いてたより早かったね」
そんな推測を裏付けるように、タクトからの言葉を受け止める。
以前、グルシーラより弱い存在──ガーベラであの時間だったのに、今回は短かった。
それが得たスキルの量による違いか、<奪取>に対する慣れなのかは知らないが、効果を発揮しているならば早いのは良いことだ。
それを確認すべく、スキルを見ていく。
新たに追加されたスキル──「空手道」「気功術」は、グルシーラがタクトとの戦闘中に用いていたものだろう。
もっと会得できるものがあると思っていたが、もしかしたらグルシーラ自体、スキルよりもフィジカルで闘うタイプだったのかもしれない。
意識をせずとも染み付いている”体の動かし方”は、<奪取>に成功している証だ。
続いては固有スキルだ。
どちらかといえば、こちらのほうが気になっている。
3つしか入手できなかった原因はコレだと予想しているからだ。
個人的な見解だが、<奪取>で獲得できるスキルのリソース量は上限が決まっていると考えている。
固有スキルにリソースの大半を使われたことで、他のスキルが獲得できなかったという考えだ。
単に既に得ていたスキルだったりしたのかもしれないが──今考えても埒は明かない。
固有スキル「悪魔の手向け」Lv1の効果は、以下だ。
<死地>……相手の能力値が自分よりも高い場合、自分の能力値を僅かに上昇させる。
正直、現状ではあまり強くないように思える。
あくまでLv1時点でしかないから、これから強くなる可能性はある。
そもそも、固有スキルはそのすべてが強力というわけでもない。
この情報をタクトに共有するべきか、一瞬思案する。
が、よく考えれば、自分の固有スキルを既に暴露している身。今更一つ教えた程度、大きな違いはないだろう。
「多分、こいつの固有スキルを奪えた」
「へぇ…………固有スキルを、ね」
タクトは顎に手を当てながら、何かを考えるように言う。
「それが君の能力の強みなんじゃない? 支配した相手のあらゆるものを自分のものにするような──まるで、”暴食”のような能力なんじゃないかな?」
「……”暴食”…………?」
「あんまり深い意味はないよ」
なんとなく、引っかかる言葉だった。
言及してもタクトに答える気がないのは見て取れたので特に言うことはないが。
頭の片隅に残しておくくらいは良いだろう。
「ところで、スキルが終わったなら殺していいかい? 君が命令して自殺させてくれるのならば、それが一番良いけどね」
「分かりました。──グルシーラ、死ね」
俺の掛け声一つで、グルシーラは己の心臓のようなものを握り潰した。
あの巨体からどれだけの血肉が吹き出るかと警戒したが──グルシーラの体は霧散して消えていった。
後には紫の靄のようなものが、若干残っているだけである。
「あはは、不思議かい? 悪魔はそもそも実体を持たないからね。こちらの世界に顕現する時は、魂を使って魔力で体を構築しているんだ」
つまりは、紫の靄は魔力の残痕だということだ。
───まぁ、不思議でもないか。
召喚に魂が必要な理由を考えれば、そこまでおかしくはない。
魂の数によって悪魔の力も変わったりするのだろうか。
もしそうならば、グルシーラは弱い状態だったのかもしれない。
>「枷月葵」のレベルがLv52からLv81に変更されました
グルシーラを倒したことでか、もちろんレベルも上昇した。
伸び幅は最初の獣ほどではないが、レベルが上昇するに連れ、次のレベルに必要な経験値が多くなるのは当然のことか。
「ステータス」
名前:枷月葵 Lv81
ステータス:STR…A
INT…SS
DEX…A
AGI…A
VIT…A
───やっと、追いついてきたか。
レベルが上がり、グルシーラを<支配>したことで、ようやく勇者たちの初期状態に追いついてきた。
これからのステータスの伸び幅は渋くなるかもしれないが、かなりの成長だ。
ステータスにSSがあることには驚いたが。
それに、なんだかSSは馬鹿っぽい。
>『魔術大典』の使用条件を満たしました
>スキル「原始魔法【黒】」を獲得しました
次いで、魂が必要だった魔術大典の条件が揃ったようだ。
グルシーラという悪魔が蓄えていた1万分の魂が、グルシーラを倒したことで解放条件を満たしたのだ。
<黒>……その者は新たな力を得る。異空はそれを祝福し、他者を蝕む。
───なるほど。
何も分からない。
得れた情報は急に厨二病臭くなったことくらいか。
「『魔術大典』の条件も満たせたみたいだ」
「グルシーラから魂を奪い取れたんだろうね。まぁ、今の君に上手く使える魔法じゃないでしょ?」
そうだよね?と言われても、効果が分からないのだから返事に困る。
「いや、効果がよく分からないんだ。なんというか……説明が厨二臭くてな」
「ん? あぁ……まぁ、今の君にはまだ使えないってことさ。いつか分かるようになるよ」
正直納得し難いところはあるが、こういった言い回しをするタクトにはもう慣れた。
言及が無駄なことも知っているので、これ以上掘り下げることはない。
「他には?」
「いや、特にないな。…………魔夜中紫怨はいつ起きるんだ?」
「彼はすぐ起きるよ。というか、君が彼に手の内を明かしたくないかと思って、まだ寝かせてるだけさ」
「それはどうも……」
特に気にしていなかったが、言われてみれば必要な気遣いだったかもしれない。
手の内を簡単に晒すのは──馬鹿のやることだ。
「もう話がないならそろそろ起きてもらうけどね。それと、僕はそろそろ行くから」
「エリスさんは……?」
「ん? エリス? ああ、彼女のことかい?」
そう言って視線を向ける先は、少し離れた場所で横たわる魔族の女性だ。
タクトは彼女を見て、興味深いような眼差しになり、すぐに難しいような顔をした。
「黒蟲の呪い、か。解呪方法は……知っているようだね」
「白蟲の呪いを付与できる武具がこの集落にあると聞いたが……」
「ん……? いや、特にそんなものは無かったけど……。この集落にはそんな魔道具はないよ」
「え?」
族長が誰かに指示を出して処理させた?
もしくは、最初から情報がブラフだった?
可能性はどちらもある──が、それを推察しても意味はない。
どうすれば良いか、が重要だ。
「赤龍にお願いしてみると良いよ。ほら、あそこに山が見えるでしょ?」
そう言って、タクトが指を指す方向には1つの山がある。
森林に覆われているような山ではなく。大きな崖のようなもの。
岩で形成された、如何にもといった雰囲気の山だ。
「あそこの山頂に住んでるのが赤龍。会いに行けばきっと、治してくれると思うよ。特に君なら──きっと気に入られるだろうね」
「気に入られる────?」
やはりタクトの話は腑に落ちない部分が多い。
何かを隠しているというより、秘密にしているような感じだ。
尤も、それを隠しているから俺が不利益が降り被るわけでもない。
あくまでタクトからの施しは”オマケ”であり、メインではないのだ。
「うん、まあそういうわけで。僕はもう行こうかな。特に用事があったわけじゃないしね。────あ、紫怨くんが起きたね」
見れば、先程まで寝ていた魔夜中紫怨は上体を起こしていた。
「おはようございます、タクトさん」
「おはようおはよう、体に異変とかはないかな?」
「おかげさまで大丈夫です。助けて頂きありがとうございます」
状況はすぐに理解したのだろう。
タクトに述べる感謝は心からのものだった。
「君たちじゃ、アレは荷が重いからね。仕方ないさ。気を落とす必要はないよ。それより、次は赤龍の居る山に向かうことになっているんだ。葵くんの共を頼むよ」
「はい、分かりました」
妙に塩らしい。
俺が詮索することでもないが、彼らの間にも何かあったのかもしれない。
それが負の感情ではないことは伺い知れるので、心配は無用だろう。
そもそも、魔夜中紫怨だって賢い──と思う。いちいち俺が何かを言うのは野暮というものだ。
「うんうん。赤龍山は危険なところだから、十分に注意するんだ。特に葵くん。レベルアップによって上昇したステータスを持て余さないように」
「分かった。忠告ありがとう」
「それじゃ、もう行くことにするよ。またすぐに会うことになると思うけど、その時はよろしくね。────<長距離転移>」
颯爽と、タクトは去っていった。
特有の青い魔力の粒子だけを残して、どこかへと転移していった。
「大丈夫だったか?」
「俺は大丈夫だ」
俺も魔夜中紫怨も、外傷──おそらく内傷もない。
タクトによって完全に治癒されている。
だからこの質問に意味はないのだが、これから発する言葉への気恥ずかしさで、つい口走ってしまっただけだ。
「その、ありがとう、紫怨」
俺がその言葉を発すると、魔夜中紫怨は驚いたようだった。
だが、その驚いた表情も一瞬のこと。
朗らかな笑みを浮かべていた。
彼のその表情を見るのは初めてだった。
いつも冷静で、どこか無表情なことが多い。
険しい顔こそするが、笑顔になっているイメージがなかったのだ。
「どういたしまして」
そうして、彼に似合わない言葉を言うと、立ち上がった。
「時間に余裕があるわけでもない。そろそろ行くとしよう」
表情は既に戻っていたが、声色はどこか爽やかさを感じる。
そんな魔夜中紫怨の掛け声を受け、俺も立ち上がった。
vs族長パートは2話程度で終わる予定だったのですが、書いていたらつい楽しくなってここまで伸びてしまいました。