第58話 魔将(3)
悍しい姿だった。
悪魔だから当然だとか、そういうのではなく。
身の奥から、寒気がするようなもの。
声もどこか機械気質で、恐ろしさを増幅させる。
身の毛もよだつ、という言葉がピッタリ合うような感覚だ。
そこに、先程までの人間らしさはほとんどない。強いて言うならば二足歩行で立っていることくらいだろうか。
しかし、腕が4本あることで、それもまた異様さへと変化している。
「面倒だ……」
「行クゾ!!!」
グルシーラが地面を蹴って跳び上がった。
宙に浮遊するタクト目掛けて一直線に、だ。
彼が跳んだ地面は、クレーターのような穴ができている。
それだけで、どれほどの勢いで跳んだのかが、容易に想像できてしまうほどだった。
「ハッ!!!」
まるで瞬間移動でもしたかのような速度で、グルシーラはタクトへと到達する。
そのまま彼は拳を振り下ろした。
だが、それはどうやら不発だったようだ。
拳は宙を切ったらしい。
「小賢シイッ!!」
グルシーラは飛行能力を有していないのか、それともただ使っていないだけなのか、タクトに命中しなかったことを理解すると、そのまま地面へと降り立った。
離陸する時とは反対に、ふわりとした挙動だ。
そして、タクトの移動先──更に高いところを眺める。
「チョコマカト逃ゲ回リヤガッテ!! メンドウダッ!!!」
「それは僕のセリフだけどね」
「オ前ノ能力ハ分カッテイルゾ!! 今モ魔法ヲ溜メテイルノダロウ! ダガ、ソレハ無駄ダト知ルガ良イ!! 今ノオレニハ魔法ハ効カヌッ!!!」
「ふーん。それが君の固有スキルの能力なんだ。ていうか君さ、魔将なりかけでしょ? 君なんかの力じゃ、悪魔王の足元にも及ばないと思うけど?」
「黙レッ!!! スグニ殺シテヤラアアァァァァァッッッ!!!」
再び、グルシーラは地面を蹴った。
それだけで、ビュンッと、風圧が押し寄せる。
「死ネェエェェェッッッ!!!」
一瞬でタクトとの距離を詰めるグルシーラ。
また避けられるとは思わなかったのか、それとも魔力を消費させるのなら良いという考えか。
だが、今回はタクトが避けることはなかった。
タクトはグルシーラの大振りな拳を軽く避ける。
拳が宙を切ってバランスを崩すグルシーラだが、そんな無理な姿勢からでも、無理やり体勢を戻そうとしていた。
───今の、避けたのか……? 当たってるように見えたが……。
俺の目に映った情報はともかく。
タクトは何らかの手段で、グルシーラの体勢を崩すことには成功していた。
強化されたグルシーラの身体能力は非常に高い。
10メートル以上も上にいるタクトの元へ、一瞬で跳躍できるほどだ。
たとえ宙で体勢を崩しても、すぐに戻すことができる。
ただ、タクトがその隙を見逃すかどうかは別問題だ。
タクトは体勢を戻そうとするグルシーラに触れた。
軽く肩を叩くように、トン、と触れた。
ドゴォォォンッッ
その瞬間、グルシーラは地へと叩きつけられる。
原理は分からないが、タクトによって、叩き落されたのだ。
「ハ────?」
何が起きたのか、理解できなかったのは俺だけではないようだった。
グルシーラも今起きたこと──自分が地に伏せている理由が分からないようで、困惑の色を隠しきれていない。
なんとか理解しようとしているのだろうが、その間を待つタクトではない。
タクトは上から降ってきた。
降ってくるという言い方が正しいかは分からないが、何せ、恐ろしい速度で降ってきた。
それが落下攻撃であることは、容易に理解できた。
「グッ!」
だが、グルシーラも魔将。
それに勘付いた瞬間、回避するように飛び退いた。
あの姿勢からよく、素早く移動できたものだと感心する。
「これ、避けれるんだ」
「当タリ前ダ、舐メルナ!!」
語気こそ強いが、グルシーラが反撃に出る気配は無い。
攻撃をすれば、し返される。
さっきそれを体験したからこそ、下手に動けなくなっている。
「まあいいや、行くよ」
タッと。
軽快に地面を蹴って、タクトがグルシーラに接近した。
グルシーラは当然、距離を詰めてきたタクトに反撃を試みる。
タクトは拳を構えることもなく、近付いている。
それが故に、グルシーラからすれば中々攻撃がし辛いのだが──そんなことはお構いなしだ。
またもや拳を振りかぶり、タクトに殴りかかった。
「学びなよ」
が、次の瞬間、グルシーラは地に伏せていた。
「ナニガ──────?」
そして、グルシーラの視界にはタクトが映る。
上から殴りかかろうとしてくる、タクトが見えている。
咄嗟に跳ね起き、跳ぶように後ろに下がった。
その一撃を食らえば死ぬだろうと、本能で理解できたからだ。
その功もあってか、なんとか避けることには成功していた。
タクトの拳が振り下ろされた場所には、ポックリと大きな穴が空いている。
「まだ行くよ」
グルシーラの背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
ここまで来てようやく、アレは相手にしてはいけないものだと、理解したのだ。
とはいえ、ここまで来て逃げられるはずもない。
何か、打開策を考える必要があった。
少年──タクトはまたもや、接近してくる。
考えうる限り、方法は1つしかない。
ちらと、先程殴り飛ばした人間を思い出す。
今もまだ、木に背をもたれている弱い人間。
思えば、その人間にトドメを刺そうとした瞬間に、タクトはやって来た。
つまるところ、タクトにとって、その少年は”守らなければならないもの”なのだ。
タクトが地面を蹴れば、一瞬で目の前に現れる。
だが、今回は反撃はしない。
グルシーラはおとなしく、タクトと距離を取るように飛び退いた。
飛び退いたといっても、あくまで少年の方へ向かって。
流石にグルシーラも学んだのだろう。
タクトへ反撃する姿勢は見せず、今回は逃げの姿勢を見せた。
───まぁ、同じ手は打たないよな。
ただ、そう思っていたのも束の間。
グルシーラは、俺の目の前に現れた。
「なっ!?」
声を上げたのは、俺か、タクトか。
どちらにせよ、グルシーラの考えは単純なものだろう。
人質だ。
俺にその価値があると、見出したのだろう。
グルシーラは慣れた手付きで俺を掴み、盾にするように持ち直した。
「ハッ!! コノ少年ノ命ガ惜シイダロウ!!」
そして、勝ち誇ったように言うグルシーラ。
それに対し、困惑した表情のタクト。
「い、いや……それはやめておいた方が良いんじゃないかな?」
「ハハハハハッ! コノ少年ノ命ガ惜シイノダロウッ! オレハ分カッ────」
「────<支配>」
「ほら、言わんこっちゃない」とでも言わんばかりの表情のタクトを前にして。
グルシーラは、俺に支配された。