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第57話 魔将(2)

───タク……ト…………。


 聞き覚えのある声だった。

 かつて自分を迎え入れた、白亜の神殿の主。

 底知れない実力を持つであろう、1人の少年が、そこに居る。


「葵くん、久しぶりだね。あ、肺の骨が折れてるから、無理に喋らなくていいよ」


 言葉が発せない原因──胸元の熱さはそれが原因だったことを知る。


 人生初の肋骨の骨折だ。

 何の記念にもなりやしないが、意識してみると、想像を絶するほどの痛みを感じる。


「……オレの邪魔をするだけでなく、オレを無視するか」

「ん? あぁ、魔将グルシーラ、だっけ?」


 苛立った表情を見せるグルシーラに、茶目っ気のある表情で言い返すタクト。


 それだけで、恐怖心を全く抱いてないことが伝わった。


「お前……人間の分際で調子に乗るな」


 明らかに怒りを抱いた魔将。

 先程よりもピリピリとした威圧感が放たれている。


 俺に向いていなくてもこの居心地の悪さなのだ。

 これを向けられているタクトはどれほどの威圧を感じているのだろうか。


「あはは。それを言ったら君だって悪魔の分際じゃないか」


 ただ、やはり底知らない力を持つ少年だ。


 そんな威圧など気にもせず、飄々とした態度を崩すことはなかった。


「殺すぞ、お前」


「やってみなよ、悪魔」


 少ない駆け引きの後、先に動き出したのはグルシーラだった。


 俺に近づいてくる時とは比べ物にならない速度で、タクトへと接近する。


 まさに、刹那の間。

 瞬きをしていないにも関わらず、移動を目で追うことはできなかった。


 そして、腹に殴りを入れる。


 腕の一本がタクトの腹に目掛けていくのを、俺はなんとか視認できた程度だが。


 ガキンッ!


 ただ、それがタクトの腹を貫いたと思われた瞬間。

 有り得ない音──金属音のようなものが鳴り響く。


───弾いた……?


 原理は分からないが、タクトは無傷だ。

 弾いたのか、受け止めたのか。

 何せ、グルシーラの殴りを、タクトは完全に無効化していた。


「弱いね」


「ハッ! <発勁>!!」


 またもや仕掛けるのはグルシーラ。


 今度は拳を握るわけではなく、掌を押し当てるように。

 空手の技のようなやり方で、タクトに迫った。


───ハッケイ……? 発勁か? そんな技が異世界に伝わっているのか……? 過去の転移者によるものだろうが……。


 タクトはそれを、またもや腹で受け止めようとする。


 ガキンッ!


 と、先程と同じく鳴り響く金属音。


 ただ、今回はそれだけではなかった。


 グルシーラの掌とタクトの腹の間に現れる、衝撃波のようなもの。

 一瞬の出来事だが、確かにそこには現れていた。


 その衝撃波はすぐに周りへと広がり、こちらまで風が吹く。

 先の攻撃にはなかったそれこそ、<発勁>の効果なのだと、すぐに理解できた。


 ニヤリと、グルシーラは笑みを浮かべている。

 タクトは変わらずだが──心なしか少し表情が険しくなったかもしれない。


「効くだろう!」

「ふーん」


 確信を持って聞くグルシーラと、あくまで余裕な態度を崩さないタクト。


 グルシーラの言葉から推測するに、<発勁>は、タクトが使った防御手段──結界のようなものを貫通するのだろう。

 だからこそ、同じような攻撃を2度も繰り返した。


 果たしてそれがタクトに効いたのかはともかく。

 防御を貫通する手立てがあることを示したことで、タクトの手段を減らすことはできる。


「まだまだ行くぞッ!!」


 グルシーラは攻める機会を逃さない。


 再びタクトへの距離を詰め、攻撃を開始する。


 <発勁>が効いたと思ったのか、今度は6本の腕すべてを使った攻撃だ。

 一瞬でタクトに接近し、目に見えないほどの連続パンチを繰り出す。


 連続パンチなどと言えば弱そうな必殺技に聞こえるが、グルシーラの繰り出すものはそうではない。

 圧倒的なフィジカルを利用した、高速で強力な殴りの連続である。

 一撃食らえば骨が粉々になるだろうそれが、何百発も飛んでくるのだ。



 対するタクトは、どうか。


 グルシーラから繰り出される連続パンチを、間一髪のところで避けている……ように見える。

 時折、何発かは躱すように手を動かしているが、それ以外は受けていないと言えるだろう。


 何という動体視力と、無駄のない動きだろうか。

 洗練された、一級品の戦闘能力だろう。


 ただ、余裕というわけではなさそうだ。

 少しずつだが、押されている。

 タクトが後ろに下がっていってるのだ。


 グルシーラは、止む気配のないパンチをただただタクト目掛けて打ち続け、

 タクトはそれを間一髪で避け続ける。


 タクトを見れば、まさに防戦一方という感じ。

 体力差が勝敗を決めるような、地味な勝負とも言える。


 グルシーラは魔将だ。


 他の攻撃手段など、いくつも持ち合わせているだろう。


 それにも関わらず、この戦闘方法を取る理由。

 単純に、タクトを同列か格上と見なしているからに違いない。


 確実に、安全にタクトを倒す手段。

 スタミナ勝負となれば、人間と悪魔、有利なのは悪魔なのだから。

 反撃をさせず、一方的に攻撃を続けていれば良い。


 強者でありながら、驕らない戦い方と言える。


 尤も、横やりを入れられればこの均衡は崩れるだろう。

 魔夜中紫怨(マヨナカシオン)然り、俺然り、何かしら彼らにアクションを起こせば、戦況は変えられる。


 あいにく、二人とも動けないほどの重症を負っているのだが。

 そもそも、そうでなかったところで、近づけば瞬殺される未来は見えていた。

 人の喧嘩に蟻が参戦しようと、何の意味もないのと同じようなものだ。


「ハッ! どうした、ニンゲンッ!! 押されているではないかっ!! 心なしか、汗が出てきたんじゃないか?」

「…………」


 グルシーラは、まだまだ余裕そうだ。


 タクトはどうなのか分からないが、表情に笑みはなかった。


 グルシーラの煽りにも、返答をしていない。

 最初の頃の威勢はどこへやら、押されているようだった。


「大したことがないじゃないか! オレに大口を叩いたとは思えぬ様だぞッ!!」


───ヤバい……。


 誰が見てもそう言える状況だ。

 後退するペースが、上がってきている。


 タクトが押されているのだ。


───タクトが負ける……。


 だが、そう思った、その時だった。


「……<転移(テレポーテーション)>」


 グルシーラの拳が、宙を切った。


 先程までのような、ギリギリを掠っていることもなく、

 完全に、虚を殴ったのだ。


「転移か!」


 ただ、さすが魔将。

 その原因を即座に分析し、魔力の痕跡を辿ってタクトの居場所を追跡する。


 グルシーラが目線を向けたのは、少し上。

 空中に留まる、タクトだった。


「まだ転移を使う余裕を残していたとは! だが次はない、行くぞッ!!!」


 逃げたタクトを、グルシーラは逃さない。

 チャンスがあるうちに、仕留めんとする。



 ただ、俺にはそうは見えなかった。


 タクトが逃げたようには、見えなかった。


「頭を使えよ、悪魔」


 グルシーラが地面を蹴ろうとした瞬間、タクトは口を開く。

 それに反応してか、グルシーラは行動を辞めた。


「何……?」


「仕方ない。君には特別に、僕の固有スキルの一部を見せてやろう」


 心底不愉快そうな魔将(グルシーラ)を無視して、タクトは言葉を紡ぐ。


「さぁ、脳裏に──お前の根源に刻みつけておけ。──<魔術解放(リリース)>」


 そして、()()()を使った。


 現れたのは、タクトの後ろに20を超える魔法陣。

 光り輝く、金色の魔法陣だった。





◆     ◆     ◆





───美しい……。


 心の底から出た感想だった。


 オレという意識が作られてから、ここまで美しいものを見たのは初めてだ。

 そもそも、2桁の魔法陣を同時に展開するような人間──生物を、オレは初めて見た。


 ()()()は多分、今作られたものではない。

 事前にストックしておき、今その全てを解放した、そんな感じだろう。

 生物である以上、あの数の魔法陣を同時に構築することは、たとえ神であっても不可能なのだから。


 魔法は全て、<魔法矢(マジックアロー)>。

 第1階級の創造魔法だ。


 魔力で作った矢を発射するというだけの魔法。

 ただ、込める魔力の多さによって、矢の本数や威力を自在に変動させられるといった特性を持つ。

 これは、創造魔法だからこそ、他の攻撃魔法より詳細に変化させられる。


 目の前の人間が、どれほどの魔力を込めたのか、それは想像もつかない。


 なにせ、オレと戦いながら、片手間で無詠唱で魔法をストックしているような人間なのだ。

 どれだけの魔力を持っていても、おかしくない。


 ただ、諦めたかと言われると────それも違う。


 たしかに、目の前の少年は凄い。

 もしかしたら、オレよりも強いかもしれない。


───だからこそ、心躍る。


 そう、だからこそ。

 オレは、目の前の少年を殺す。

 殺して、もっと強くなる。

 この程度の魔法で、死ぬわけにはいかない。


「<金剛>ッ!!!」


 魔法が、発動された。


 射出されるのは、計100本の金色の矢。

 1つあたり、5本の矢だ。


 空から一斉に降り注ぐ様は、流星のよう。

 殺傷力さえ度外視できれば、心奪われていたかもしれない。


 そんなモノに、オレは正面から立ち向かう。

 <金剛>によって、強化された肉体で。


 目の前の少年から放たれる、魔法の全てを受けきってみせる。


 そんな決意と共に。


 宙より、百の矢が降り注いだ。





◆     ◆     ◆





 ドドドドドッッ


 マシンガンのような音を立て、魔法の矢はグルシーラに襲い掛かった。


 グルシーラは腕で頭を覆うようにして防御を試みていたが、とても無事では済まないだろう。


「……<超回復(エクストラヒール)>」


 タクトは未だ空中に留まり、グルシーラのいた方向を眺めている。


 その中で、あくまで片手間に俺に回復魔法を使ってくれたようだ。


 全身から痛みが消えていくのを感じた。

 思い込みというやつか、痛みがすべて消え去ったわけではないが、先程まで動かせなかった四肢も動かせる。


「うんうん、良かった良かった」

「ありがとう、タクト」


 礼に対し、手をひらひらと振って返事をするタクト。


 そんなタクトに向けて俺は歩き出そうとする────が、それはタクトによって止められた。


 グルシーラを警戒しているのだろう。

 まだ、彼の視点はグルシーラを見つめている。

 尤も、土埃のせいで俺には何も見えないのだが。


「ふーん、やっぱり生きてるんだ」

「え?」


 ただ、やはりタクトには何か見えていたようで。

 グルシーラが生きているのだと、断言した。


 そこまで不思議でもないが。

 魔法が派手だった効果もあり、てっきり倒せたものだと勘違いしそうになった。


「完全に舐めていたぞ、ニンゲン」


 土埃が晴れていき、視界がクリアになり始めた時。


 グルシーラの輪郭が、徐々に俺の視界に映り始める。


「腕が少なくなったね」


 タクトに言われてグルシーラの方を見れば、たしかに6本あった腕は4本に減っていた。

 それだけでなく、全身は傷だらけだ。

 あらゆるところから流血している。

 なんとか命だけは助かった、という感じだろうか。


「ハッ、まさかこのオレがニンゲンにここまで追い詰められるとは、まったく思ってもいなかった。だが、調子に乗っていられるのも今のうちだ。俺()本気を見せてやろう」


 攻撃はせず、ただ眺めるだけのタクト。

 グルシーラはそれを睨め付けながら、付け加えた。


「すぐに殺してやる。──<悪夢化(ナイトメア)>ッ!!!」


 そして、グルシーラはスキルを使う。

 これが”本気”なのだろう。


 魔将の体に変化が現れた。

 筋肉が膨張し始め、3メートルの巨体は、更なる巨体へと進化していく。


 果たして進化なのかはともかく。

 頭から角が生え。

 瞳は赤く染まり。

 体は、2倍以上大きくなっている。


───体を変化させるスキル……? 強化系のスキルか……?


 先程までの姿がライトノベルに現れる悪魔だとすれば、今目の前にいるのは聖書に現れる悪魔。

 本当の、人々に恐怖を与えんとする、悪魔だった。


「ハハハハハッ!! オレをこの姿にさせるトハッ!!! キサマがこれで3人目ダ。光栄ニ思うが良イ!」


 傷はどこへやら、綺麗さっぱりなくなっていた。

 さしずめ、第2形態といったところか。

 HPを削りきったら回復する、アレだ。


 タクトは何やら、複雑そうな顔。

 危機に陥っているというより、めんどくさそうな顔だ。


「サァ、行クゾ、ニンゲン!!」


 ただ、そんなタクトを無視して。


 魔将グルシーラは高らかに声を上げた。

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