第55話 手助け
「……<聖炎>」
ゴォ、と。
ローウルフは、一瞬にして燃え尽きた。
ローウルフに伸ばした右手が届く前に、
断末魔を聞かせることもなく、ほんの一瞬で、
目前に迫っていたローウルフたちは、今や灰となり地へと落ちていく。
「なん……だ…………?」
助かった。
前を見れば、族長は驚いたような顔をしている。
つまり、彼の思惑通りではない。
「ああ、葵。大丈夫か?」
そして、後ろから掛かる声。
そこには、悠々とした態度で佇まう男が、1人。
ローウルフを容易く殺した、俺と同郷の勇者。
魔夜中紫怨が、立っていた。
・ ・ ・
「魔夜中……紫怨……」
「待たせた」
かける言葉は何が正しいのだろうか。
「待ってない」とでも言うべきか。それとも、俺を助けた理由を尋ねるべきか。
「なぜここにいる?」とも聞きたい。
だが、それよりも、まずは伝えなくてはいけないことがある。
「……ありがとう」
俺がその言葉を口にすると、後ろからでも驚きが伝わった。
俺が感謝を言わない人のようで心外だが──これは自業自得というやつだろう。
驚きの後、言葉を咀嚼して照れくさくなったのか、
「気にするな」
と、か細い声で応えが返ってきた。
以前、散々言ってしまったのに、魔夜中紫怨が助けに来てくれたこと。
不思議でもあったが、何より、嬉しくもあった。
本当に身勝手な話ではあるが、謝罪を面と向かってしたいのも事実なのだ。
「なんだ? お前は……」
ただ、今はそんな時ではない。
呆けていた族長は気を取り戻し、次の手を模索しているだろう。
「葵、あいつを殺せばいいのか?」
「聖魔法……教会勢力か?」
「いや、まだ殺しちゃダメだ。エリスさん──ここにいる女性を救う手段をあいつが持ってる」
「なるほど。了解した」
「貴様ら……!」
魔夜中紫怨と話していたせいで、族長の話を無視していたらしい。
あいつの言うことを耳に入れる義務はないのだが。
昂ぶった声を出しているのが聞こえた。
「黙って聞いていれば偉そうに! そもそもお前もだ。その男の首が必要なのだよ!」
「断る。俺は友人の首を易々と渡すような男ではない」
───魔夜中紫怨……。イメージとは違って良い奴なのか……。
失礼だが、そう思ってしまうのも仕方ない。
なにせ、冷静で冷酷な人間だと思っていたくらいなのだ。
こんな一面があるなど、想像もしなかった。
「そうか。ならば貴様も殺すだけだ! 行きなさいっ、ローウルフッ!!!」
グルァァァァッ!!!
族長の合図で一斉に駆け出す、15匹のローウルフ。
先程の冷静さは感じられず、とりあえず戦力をぶつけているように見えた。
ローウルフの速度は相変わらず音のようだが、魔夜中紫怨がそれを気に留める様子はない。
「そう騒ぐな。──<聖絶>」
魔夜中紫怨の右手に現れる、神聖な魔法陣。
俺が使う魔法とは違って、青白く、透明な魔法陣。
そこから、15の黄金の鎖が解き放たれた。
迫りくるローウルフたちを迎え撃たんと、黄金の鎖はローウルフへと向かっていく。
1匹につき1本の鎖が正面から向かっていく。
ローウルフたちは皆、それを避けんと飛び上がる──が、そう簡単に逃げられるものではない。
真っ直ぐとローウルフに向かっていた黄金の鎖は、ローウルフが上に跳ぶと、それに追従するように折れ曲がる。
狩人が獲物を逃さないように、鎖はローウルフが避けることを許さない。
一度上に跳んだローウルフに、追撃する鎖を避ける術はあるか。
答えは否。
あるはずがない。
鎖を避けるために方向転換したことが仇となり、ローウルフは黄金の鎖に貫かれていった。
鎖は、確実にローウルフを絶命させるよう、正確に心臓を狙い撃ちしている。
グルゥゥッ!
一瞬だった。
俺が手こずっていたローウルフなど、彼の手にかかれば。
これが、”勇者”なのだろう。
落ちこぼれではない、優秀な勇者。
駿河屋光輝や桃原愛美を殺せたからと、調子に乗っていた。
「貴様……。ふん。多少はやるようではないか」
「お前が弱いだけだ」
「はっ! 言っているが良い!! お前たちっ!!」
次いで現れる、10のローウルフと、10の男。
集落に住む全員を支配していたとしても、戦力はそろそろ尽きると思うのだが、どうなのだろうか。
流石に女子供まで戦いに使うとは思いたくない。
「ふむ。厄介だな」
「厄介! 余裕ぶれるのも今だけだぞ! あれほどの魔法、もう魔力切れなのだろう!」
魔夜中紫怨が思わず零したであろう言葉。
そして、それを鼻で笑うように言い返す族長。
ただ、意味が違ったのだろう。
すかさず、魔夜中紫怨も口を開いた。
「いや、そういう意味ではない。お前を殺してはいけないのが面倒だったというだけだ。殺せるのならば楽だったんだがな」
「貴ッ……様ッ! アイツを殺せッ!!」
族長の合図で、またもや駆け出すローウルフと男たち。
「<聖炎>」
だが、近づくことすら叶わない。
走り始めた瞬間、聖なる炎に焼き尽くされたのだ。
力の差は歴然。
向こうが仕掛ける前──いや、仕掛けてからでも十分、蹂躙できるだけの力があった。
「……<魔断>」
さらに、後ろに向かって魔法をもう一度。
───何を……?
そう思ったのも束の間。
「ぐはぁッ!」
そんな声が後ろから聞こえた。
そこでようやく気付く。
考えれば、族長がただ怒りに任せ、同じ失敗を繰り返すとは思えない。
そう見せかけて、何かしら策を打ってくるのが普通だ。
魔夜中紫怨は、それさえも見抜いていたのだろう。
後ろから迫っていた敵に気付き、それを処理した。
それが彼のセンスなのか、スキルによるものなのかは分からないが。
なにせ、こんな卑怯な手でも倒せない以上、族長と魔夜中紫怨との戦力差は圧倒的だ。
「もう終わりか?」
「ははっ……! やるではないかっ!!」
引き釣った笑みで言う、族長。
彼我の差は悪あがきで埋められる程度ではない。
それを、頭では理解しているのだろう。
「葵、俺がサポートする。アイツの元まで行ってスキルを使ってもらえるか?」
「分かった」
「できれば使いたくなかったが……こうなっては仕方あるまい。奥の手を使おうじゃないか……!」
魔夜中紫怨が抑えて、俺が<支配>を使う。
族長を支配さえ出来れば、目的の達成は容易だ。
そんなことを考えている傍ら、族長が胸元に手を入れている姿が目に映る。
───奥の手……とか言っていたか?
何かを探る感じ、スクロールか何かだろうか。
だが、そんな予想とは反して。
次の瞬間、族長が取り出したのは──禍々しい気配を纏った水晶のようなものだった。
───あれは……?
「はははははッ!! あの御方から授かったこの力を使う時が来るとは!! 貴様らには敬意を示そうッ!!」
隣で身構える魔夜中紫怨がちらと見える。
それほど危険なものなのだろうか。
俺も本能的に身構えるが、あいにく、対抗する手段は無い。
「葵、気を付けろッ!」
水晶が上に掲げられる。
それに比例して、水晶を覆う禍々しさも増していく。
「<召喚・魔将>ッ!!!」
そして、族長が込められていたであろう魔法を叫んだ時────
目が眩むほどの閃光が、水晶から放たれた。
お読みくださりありがとうございます。
多忙期を抜けましたので、更新頻度を上げていきます。