第53話 刺客
「エリスさん! 大丈夫ですか!!」
ドサッ
そんな、やけに軽快な音と共に、前に倒れてきたエリスを抱き止める。
エリスの胸を貫く一本の剣。
黒い刀身の、ショートソード。
不意に突き刺されたことに反応できず、エリスは気を失っている。
息はまだあるようで、死んではいない。
とはいえ、時間の問題だろう。
彼女の背後には、一つの人影。
背は俺と同じくらいで、体格は屈強。
肌は見覚えのある紫色をしていた。
「な……ぜ…………?」
溢れた俺の言葉を汲み取ってから否か、目の前にいる男は話し始めた。
「愚かな同胞に、報いを。目前の勇者に、鉄槌を」
何を言っているのかは分からない。
だが、同胞を殺したにも関わらず、妙に冷静な彼に、背筋が凍る感覚を覚えた。
───何が目的……? 俺を殺すこと? エリスを殺すのはその手段に過ぎない……? それにしてはやけに落ち着いてる……?
躊躇いのない一撃は、エリスのことを快く思っていなかった故なのか。
いや、それはないだろう。
彼女が誰かに嫌われるところなど、想像できない。
まるで、誰かに操られているかのように。
冷静で、冷酷な印象を受ける。
「言葉は……通じないだろうな」
先程の感じから、およそ会話に発展することなど無いだろう。
俺は注意深く目の前の男を観察する。
音もなくエリスの家に来訪し、後ろから一撃で殺した。
逃げることもせず、未だその場に立っている。
「どうする……?」
殺せば良いのか、逃げれば良いのか。
そもそも逃げ道はあるのか。
最善策を考え始めた、その時。
目の前の男が、動いた。
「まずッ……!」
男はエリスの胸に刺さった剣に手を伸ばし、勢いよくそれを抜く。
その勢いのまま、俺に斬りかからんとしていた。
「…………」
思考を放棄しているのか、あまりにも単調に縦にかざされる剣を、俺は少し横にズレることで避ける。
男は動揺するでもなく、視線で俺を追っている。
だが、俺はそれを気にせず男の腕に触れた。
「<支配>」
そして、躊躇することなく、スキルを使う。
当然、結果は成功。
───ステータスの引き継ぎ量が多い気がするな……? 魔族だと増えるのか?
「命令だ、その場でし────いや、他にもいるか?」
殺そうとして、咄嗟にやめる。
疑問への回答は──イエス。
つまり、俺を狙っているのはこの男だけではない。
他にも、この集落には俺を狙う人々が居る。
最悪の想定だが。
既に、囲まれているのではないか。
入り口で待ち伏せをしているとか。
十分に、考えられることだ。
ならば。
「……剣を置いて、家から出ろ」
俺が指示を出せば、男は黙って従う。
黒き剣をその場に立て掛け、ゆっくりと家を出ていった。
「ぐっ!」
そして、想定した通り、入り口から男を刺す影が見える。
第2の──予備の刺客が、隠れていたのだろう。
咄嗟の行動だったからか、相手を確認せずに刺したようだ。
───来るか?
次の行動は予測できる。
男から武器を抜き、俺に刺しかからんとするだろう。
───襲って……来ない?
しかし、何秒経とうと、男に刺さった剣は抜かれない。
不可思議に思い、恐る恐る近付いていく。
そこで見たのは──男に剣を刺したまま静止した、もう1人の男。
理由は分からないが、待ち伏せして攻撃を仕掛け終わったまま、動いていないようだった。
───自我がない?
理由はそれしかないだろう。自分で考えて動く能力がないから、その場で止まったままなのだ。
───操られている……か。
推測は容易だった。そして、あの日の女神の言葉にも納得がいった。
”支配能力は無能”。まさにそのとおりである。
単純なコマンドに従って動くことしかできない。
いわば、簡単なプログラムに則る機械のようなもの。
───となれば、最初は、”家に入り、近くの人を殺す”、”もしも対象が死んでいなければ、もう1人殺す”。次は、”家の入口で待ち伏せをする”、”人が出てきたら殺す”、か。
命令可能な範囲は2コマンド程度だろう。
そうでなければ、待ち伏せしていた男は俺を殺しに来るはずだ。
そして、支配能力は<支配>で上書きできることも分かる。
理由は固有スキルだからか、という推測は、今はどうでもよい。
───まだ次の手があると見た方が良いか。
刺客が他にもいるとすれば、家の周囲で待機している可能性が高い。
人数までは分からないが、コマンドは想像できる。
”一定時間、家の周りに待機する”、”経過後、家に押し入り殺す”、といったあたりか。
どこまでが1コマンドなのかはともかく。
個体を識別して尾行するような命令はできない、と考えていた。
エリスを連れてここから逃げる。
とはいえ、エリスは意識が無い状態。
俺が背負って行く他ない。
「<支配>」
とりあえず、入口で待機していた男にスキルを使う。
そして、彼を通して外の状況も確認する。
───やはり、周りに待ち伏せしている奴が居るっぽいな。
隠す気はないのか、家の周りには8人の魔族が待機しているようだ。
家を囲むように、ほとんど等間隔に配置されている。
ただ、入口には待ち伏せ役がいたこともあってか、多少は薄れているらしい。
どちらにせよ、待機している奴らに識別する能力があれば意味は無いのだが、逃げるのは入口からで問題なさそうだ。
俺はエリスの肩に手を回し、支えるような姿勢になる。
<支配>した待ち伏せ役の男は、相手が支配の能力を持ってる以上、近くには置いておかないことにした。
VITが低いため、女性一人を背負いながら走るのは辛いが、力を振り絞って入口から出ていく。
「ふぅ……」
幸い、外に待機していた奴らに、睨まれることはない。
彼らにはもう少しそこに居てもらおう。きっと、後に家に突撃することだろう。
残念ながら、そこはもぬけの殻なのだが。
それは兎も角。
一先ず、家からの脱出には成功。
行くべき場所は──来た道を戻るのが堅実か。
俺はエリスを背負い、集落の出口を目指すように、足早に歩を進める。
それすらも、彼の思惑通りとは知らずに。