第50話 優しさ
「あら? こんなところに人族?」
魔夜中紫怨が居なくなった矢先、彼が消えた方向とは違う方向から、1人の魔族が現れた。
声が聞こえると同時に、そちらを見る。
魔夜中紫怨が殺した魔族と、同じ種類の魔族だ。髪が長く、胸があるということを除けば、彼らとの差はない。
女魔族が俺の方を向く。
「え……?」
そして、表情を驚愕に染める。
理由は言わずもがな、俺の近くに倒れている2人の魔族の死体だろう。
女魔族をそれらを凝視した後、俺に目を向けた。
「何か…事情があったという顔をしているわね」
そして、口を開いた。
しかし、そこから放たれた言葉は、俺への非難ではない。
「……そうね、弔いたいから、手を貸してくれるかしら?」
むしろ、俺を受け入れ、包み込むような優しさで。
「……はい、分かりました」
俺は、その優しさに、甘えた。
・ ・ ・
2人の死体は綺麗にした後、彼女の炎魔法で火葬した。
死者を弔う文化があることには驚いたが、不思議とすんなり受け入れられた。
そして、終始、彼女が俺に非難の目を向けることもなかった。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「いえ……」
「それで、彼らはあなたが殺したのかしら?」
同じような質問を、兄弟魔族にもされた。
その時は隙をつかれ、殺されかけた。
だが、今は嘘をついて逃れようとは思わなかった。
もちろん、彼女から敵意を感じないというのもそうだ。
しかし、そうというよりは、自分に優しさを向けている彼女に対して、仇で返したくないという気持ちが1番大きい。
「俺の……仲間、というか、同期?というか、知人というか……その人が殺しました」
だから、嘘はつかない。
関係性は濁してしまったが。
「そう……。それであの顔、何か複雑なことがあったのね?」
「はい……そうですね」
俺を批判する意図も、疑う様子もなかった。
保身的な発言に見えるかもしれなかったのに、俺の言葉を真っ直ぐに受け止めた。
「何があったのか、言ってみなさい」
それだけでなく、俺の話を聞く姿勢まで見せたのだ。
そんな彼女の優しさと誠実さに、俺は素直に答えた。
俺と魔夜中紫怨が勇者だと言うことは伏せたが、それ以外は全て正直に話した。
俺が魔族領にやってきたこと。
そこで魔獣に襲われたこと。
その魔獣を殺したところで、彼ら魔族に捕まったこと。
そこを魔夜中紫怨に助けてもらったこと。
勢いのまま一気に話した話を、彼女は相槌を打ちながら聞いてくれた。
それだけでなく、話し終えた俺に微笑みかけ、言葉を発する。
「それで、あなたはどう思っているの?」
それは、俺の話を聞こうとするような、優しい言葉だ。
彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめ、それを問う。
「どう、ですか? 俺としては……彼らの行動が間違っていたとは思えません。そもそも、俺が先に仕掛けたようなものですから」
「でも、あなたも襲われたのでしょう?」
「正当防衛……とでも言えばいいのですか?」
「正当防衛……? それが何かは分からないけど、そういうことではないと思うわ。なんていうのかしらね、殺さなければ、あなたも死んでいたのでしょう?」
確かに、それはそうだ。
だが、だからといって。
それは彼らが正しくない理由にはならない。
「だが……」
「あなたは、なぜ彼に怒っているの?」
「なぜ……? それは……あいつが、必要のない殺生に手を染めたからだが……?」
「それの何がいけないの? そう私は聞きたいわ」
「それは……」
一瞬、口を紡ぐ。
魔夜中紫怨の行為の咎められるべき点は、何なのか。
考えているようで、何も考えていなかったような気もする。
ただ、一つだけ。
言えることがあるとすれば、
「……あいつの行為は、すべて、あいつの自分勝手なエゴに過ぎないからだ。自分勝手な理由で、簡単に人を殺めたんだぞ」
「それはあなただってそうじゃない? 自分勝手な理由で彼を怒っている。彼の気持ちを度外視しているわ」
「あいつの……気持ち?」
「ええ。彼が何を考えて殺したのか、あなたは少しでも考えた?」
「そんなもの……」
「それを考えずに彼を悪者にするあなたの考えも……エゴではなくて?」
「それは……」
俺は押し黙る。
彼女の言っていることを頭ごなしに否定するのは簡単だ。
だが、彼女の言っていることは、決して間違ってはいない。
確かに、俺の考えは自分勝手なのだろう。
そう言われれば、納得はいく。
「あなたを責めるつもりはないわ。ただ、相手の気持ちを考えることも、大切よ」
「……」
「強いものが生きて、弱いものは死ぬ。それは仕方のないことよ。彼らも、それを考えずにあなたを襲ったわけでは無いと思うわ」
こんな世界だから、弱肉強食なのは必然だと。
彼らも、それくらいは覚悟していたと。
そうなのかもしれない。
「だが、俺は…そんな覚悟もなく、殺したんだ」
それでも、俺にはそんな大そうな考えはなかった。
何も考えずに、殺した。
そんな俺の告白を聞いて、彼女はまた、優しく微笑んだ。
「覚悟なんて必要じゃないわ。あなたは生き残りたいから戦った。理由なんてそれでいいのよ。それで負けたのなら、死ぬ。殺したとしても、また殺されるかもしれない。そんな醜い────残酷な世界なのよ。だから、それをどうこう思うひつ用はないと、私はそう思うわ」
言い返すことはなかった。
俺がこの世界に抱いていた価値観は、間違っていたのだと、今ようやく自覚した。
この世界は、残酷で、俺たちのいた世界と比べれば非情かもしれない。
ただ、この世界で生まれ、育った人々は、それを受け入れて生きている。
俺の持っている価値観だけで、その全てを否定するのは間違っているのだろう。
むしろ、俺がこの世界に適応していくべきだ。
殺すなんて行為は、こんな世界では大きな意味は持たない。
だからこそ、必死に生きようとすることは、悪では無いのだ。
「ふふ、自分の中で落とし所を見つけたようね。良かったわ」
「ありがとう……ございます」
「いいのよ」
こんな世界でも、人の優しさは健在だった。
暖かい、という表現でいいのか。
何せ、彼女の優しさは、俺にとっては救いだった。
彼女はそんなことを気にしないと言わんばかりだったが。
「そういえば、お名前は?」
「エリスよ。あなたは?」
「アオイ、です」
「そう、アオイくんね。とりあえず、私たちの集落に案内するわ。いいかしら?」
「え?」
予定はないが。
確かに疲れたし、少し休んでいくくらいならいいか。
いや、しかし。
人族である俺を、魔族である彼女の集落が受け入れてくれるのか。
そこは、彼女を信頼しているので大丈夫だと思うのだが。
迷惑ではないだろうか。
そんな俺の不安は彼女に伝わっていたのか、彼女は矢継ぎ早に口を開いた。
「大丈夫よ。人族だからと言って無下に扱うこともしないし、少しくらいは休んで行きなさい。まぁ、何かがあるわけでもないけど、それでも良ければね」
「わかりました。お世話になります」
「よろしい。では、ついてきてくれるかしら?」
俺が承諾したことを快く思ったのか、彼女はやや茶目っ気のある声で了承の意を伝えると、彼女の集落がある方向だと思われる方に振り返った。
そのまま歩き出す彼女の後ろを、俺は歩いていくことにした。
時間はまだまだ昼だ。
俺は温かさを感じながら、彼女の集落へと向かっていくことにした。
エタりません。忙しかったり、展開を考えたり、設定を考えてりしていただけで……。