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第44話 魔王軍の侵攻、再び(2)

 王都郊外で魔獣の群れと戦う人々がいる中、

 戦士長、魔術師ギルドマスター、冒険者ギルドマスター、そしてアギトの4人は、1匹の幼女と対面していた。


 紫髪で、金眼。

 小さいながらも強烈な存在感を放つ彼女こそ、始まりの獣(ラストビースト)である。


 周囲には他の魔獣も居なければ、人も居ない。

 これから起こる戦いに巻き込まれて死ぬだけだろうと、そういう考えだ。

 これに関して、両者考えは同じであり、魔王側も魔獣を逃し、女神側も人々を逃している。

 偶然にも利害が一致したのだ。


 そんな両者の間には緊迫した雰囲気が張り詰めている。


 先頭は戦士長とアギト。

 中央に冒険者ギルドマスターことギール。

 後ろにはガーベラという配陣だ。

 4人のバランスもよく、個人の戦闘能力も高い。


 対する始まりの獣(ラストビースト)は1匹。

 周囲に味方の影もなく、平野で佇んでいた。


「アギト殿、行くぞ」

「ああ!」


 先手を切ったのは戦士長だった。

 剣を構え、始まりの獣(ラストビースト)に突撃していく。

 そして、その後ろを追いかけるようにアギトが続いた。


「<亜空斬>ッ!!!」


 目にも止まらぬ速さで振りかざされる、戦士長の刃。

 結界さえも貫通するその刃が始まりの獣(ラストビースト)に迫るが、彼女はそれを少し横にズレることで回避した。


 最低限の動きで回避したのには理由がある。

 回避した先、アギトが剣を持って肉薄していた。


「はぁッ!!!」


 剣聖より放たれる、高速の一撃。

 戦士長の刃を避けるために姿勢を崩した始まりの獣(ラストビースト)はそれを避けることが出来ない。


 と思われたが、始まりの獣(ラストビースト)は、とても人とは思えない動きでそれを躱した。

 スキルか、魔獣としての性質がある故の芸当だろう。


「<蒼氷塊(グラスーア)>」


 始まりの獣(ラストビースト)も負けじと反撃をする。


 前に向けた彼女の手に魔法陣が描かれ、翡翠の氷が放たれる。


 それはアギトに向かって放たれたが──


「<炎闘牛鬼(イグニ)>!」


 ガーベラの魔法によって相殺された。


 ガーベラが完全に守備に回っていることで、このパーティーの維持能力を高めている。

 ガーベラが守りに入れば、遠距離の攻撃手段で倒すのは難しいのだ。


 それをすぐに悟った始まりの獣(ラストビースト)は、地面を蹴ってアギトに迫った。


 その速度は、異常。

 常人では捉えることも出来ないが──アギトは何とか追いつくことができた。


 とはいえ、目で追えることと体が追いつくことは別問題だ。


「くっ!」


 ギリギリのところで振るわれる拳を剣で受け止めるが、完全には受け止めきれず、大きく吹き飛ばされる。


「<落下軽減(プロテクト・フォール)>」


 勢いよく吹き飛んでいくアギトだが、ガーベラが魔法でサポートをすることでそのダメージを軽減した。

 大したダメージにはなっていないが、前衛が一人になってしまった。


 ただ、そんな隙を与える戦士長ではない。

 右手でアギトを殴り飛ばした始まりの獣(ラストビースト)の左から、近付き、剣を振るわんとした。


「<神速斬>ッッ!!!」

「<真護(トゥルー)────ッッ!?」


 始まりの獣(ラストビースト)も直ぐに対応し、結界魔法を使用した。

 いや、使用を試みたが、戦士長の剣の方が速かった。


 戦士長により振るわれた神速の太刀は、始まりの獣(ラストビースト)の腕に到達する。


 だが──


 ガキンッ


 そんな音を立て、既のところで弾かれた。


「結界の類……種族による特性か、魔道具か?」


 そんな独り言を発する戦士長だが、生憎姿勢を崩している。

 殴ってくださいと言わんばかりの横腹に、始まりの獣(ラストビースト)は拳を構えた。


 始まりの獣(ラストビースト)の視界には、魔術師(ガーベラ)の後ろから迫る剣士(アギト)を捉えている。

 ついでに、弓を番える男(ギール)の姿も映っていた。


 ゆえに、戦士長への追撃はやめ、ギールを狙うこととした。

 体勢を崩す戦士長など無視だ。

 後衛をやるならば今しかない。


 始まりの獣(ラストビースト)は、戦士長に向かって構えるのをやめ、右手をギールに向けた。

 そして、魔力を右手に集中させる。


「<炎闘牛鬼(イグニ)>」


 紅の魔法陣が描かれた。

 それは光を発し、炎の牛頭が現れる。


 ギールは合わせて弓を放つ。

 魔道具なのだろう。

 凄まじい勢いで飛ぶ矢と牛頭がぶつかり──矢は燃え尽きた。


 だが、炎は弱まった程度で健在だ。

 そのままギール目掛けて牛頭は突撃していく。

 避けようとするギールよりも早く、それはギールの身を炎に包んだ。


 だが、さすがは冒険者ギルドマスターだ。

 バックから小瓶のようなものを取り出し、炎がついた自分の体にかけた。

 液体が体中の火を消し去っていくが、ダメージが無になるわけではない。


「<回復(ヒール)>」


 ただ、大したダメージでは無かったのだろう。

 第2階級の治癒魔法をガーベラはギールに使った。


 彼女にとって、殺せないのは厄介だ。

 場合によっては殺していいとかなんだとか言われていたが、よく理解していないので殺せない。

 そして、殺せないと魔術師(ガーベラ)が回復をしてくる。


 ギールに致命傷を負わせられなかった以上、戦士長の追撃が怖い。アギトも居るのだ。

 彼女は一度後ろへと下がり──ちらと背後を確認した。


───問題は…ない。でも……むぅ……厄介……!


 軽く右腕を上げ、そのまま手を前に突き出す。

 狙いは戦士長だ。


「<蒼氷塊(グラスーア)>」

「<魔術拒否(ルフュー)>」


 ここで戦士長を崩せれば。そうでなくとも、ガーベラに魔力を消費させれば。

 そう思ったが、戦士長の固有スキルでキャンセルされてしまった。

 しかも、<魔術拒否(ルフュー)>は魔法陣の構成をかき乱すものだ。余計な魔力消費までさせられてしまう。


「はぁっ!」


 そんなやり取りの間に、アギトは接近して来ていた。


「<四連一閃(しれんいっせん)>ッ!!」


 魔法発動直後の硬直を狙い、高速で剣が振るわれる。

 だが、それを考慮していない始まりの獣(ラストビースト)ではない。それを見据え、事前にスキルを用意していた。


 <嫌厭>


 スキル名を唱えることこそ無いが、それは確かに発動された。

 罠系統に属するスキルだ。


 範囲が非常に狭く、相手を上手く誘導してそこにおびき寄せる必要があるが、上手くいったときの効果は絶大だ。


 アギトが踏んだ地面から黒い手のようなものが複数出てきて、彼の足に絡みついた。


「なっ!?」

「アギト殿!」


 それに気付き、戦士長が距離を取る。流石としか言えない。

 助けに行くために近づこうとせず、離れるあたり。

 警戒というものをよく分かっている。


 こういった罠にハマった時は、本人が転移の魔法を使うか、罠の効果終了時に回復魔法を使うか。

 ただ、このスキルに置いてはどちらも意味を為さない。


 アギトも必死に抵抗するが、意味はない。

 影で出来た手には、剣も魔法も通らない。


「……<起動>」


 容赦はない。


 罠を、起動した。

 影の手がアギトの全身を包むように、伸び、その本数も増えていく。


「なんだっ! ギール、分かるか!?」

「い、いや! 分からん!! 注意しろ!」


 口々に罠への警戒を発するが、そこまで注意して貰うものでもない。

 全身を包んだ影の手がアギトを覆い、既にアギトの姿は見えない。


 そのまま、手は地面へと帰っていく。

 アギトを包んだまま、その姿が徐々に地面へと沈んでいった。


「アギトっ!!」


 面食らったような反応を見せる各々に、しかし、始まりの獣(ラストビースト)は攻撃の手を緩めることはない。


「<蒼氷塊(グラスーア)>!」

「<炎闘牛鬼(イグニ)>!!」


 咄嗟にガーベラも反応し、魔法こそ打ち消されてしまったものの、アギトを包んでいた影の手は全て、地面へと消え去っていった。


「何をした…?」

「安心して、殺してはいないから」


 短いやり取りだが、始まりの獣(ラストビースト)は決して嘘をついていない。

 実際、あのスキルは遠方に転移させる罠だ。

 アギトは自力で戻ってくるだろう。


 ただ、これで3対1。

 戦況は大きく傾いた。


「次はあなた」


 金眼を向ける先は、ガーベラ。

 それだけで、ガーベラは身震いするような恐怖に襲われた。


「戦士長! ギール! ゆくぞ!」


 奮い立たせるように声を上げ、アギトが抜けた穴を埋めるように戦陣を組む。

 前衛は戦士長一人。彼の存在が命となる。


 だが、彼女の狙いはガーベラだ。


 タッと、爽快な音を上げ、目にも止まらぬ速度で彼女は移動した。

 向かう先はガーベラ。拳を握り、彼女を殴り飛ばす気に満ちている。


 しかし、それを許す戦士長ではない。

 始まりの獣(ラストビースト)とガーベラの中間地点に入り、剣を構えている。

 直線に走った始まりの獣(ラストビースト)は、ガーベラの元へは決して辿り着けない。


 剣を構え、勢いよく走り過ぎる始まりの獣(ラストビースト)を受け止めようとした戦士長だが、始まりの獣(ラストビースト)は彼の前でピタリと止まる。


「ちっ!!」


 一番最初にその狙いに気付いたのはギールだ。

 矢を番え、始まりの獣(ラストビースト)相手に放った。


 ガーベラもすかさずフォローに入ろうとするが、始まりの獣(ラストビースト)との間には戦士長が居る。迂闊に魔法を撃てない状況だ。


 ギールから放たれた矢を、少し身をひねることで躱すと、彼女は狼狽する戦士長目掛けて拳を突き出した。


 <発勁>


 戦士長の腹に手を当て、スキルを発動する。

 威力こそ低いが、全身に伝わる衝撃は大きく、戦士長は後方へ大きく吹き飛ばされる。


 さすがにそれは想定していなかったのか、戦士長の後ろにいたガーベラも巻き込まれて飛んで行く。

 とはいえ、飛ばされる距離は50メートルほどだ。


 ダメージを与えることを目的としていたわけではない。

 始まりの獣(ラストビースト)の狙いは、初めからギールだ。


 そのままギールに向き直り、地面を蹴った。


 そこでギールも気付いたのか、腰から短剣を取り出そうとする。


 が、間に合わない。


 高速で肉薄する始まりの獣(ラストビースト)に思い切り腹を殴られる。


「ぐふっ!」


 瞬間、衝撃が走る。


「ギール殿!!」


 遠くから、戦士長が自分を呼ぶ声が聞こえる。

 きっと、すぐ助けに入ってくるだろう。

 今は短剣で応戦しようと、そう思い再度腰に手を回す。


 尤も、それを許す始まりの獣(ラストビースト)ではない。

 勢いをつけ、次はギールの顔面を殴る。


 グキッと、何かが折れるような音と共に、ギールの意識は闇へと落ちていった。

 冒険者ギルドマスターは、対応力こそあれど、個人としての戦闘能力は高くない。それを見抜いた上での行動だ。


───あと2人。


 ギールも離脱すれば、残るはあと2人。

 戦士長と魔術師ギルドマスター(ガーベラ)だけだ。


 こちらに向かってくる戦士長に対して構える。

 だが、戦士長は始まりの獣(ラストビースト)に近づくことはなく、離れた場所で止まってしまった。


 そして、口を開いた。


始まりの獣(ラストビースト)、俺たちの負けだ。投降しよう」


 放たれた言葉は、敗北を認めるもの。


「何を言っている、戦士長! 相手は魔獣だぞ!!」

「ガーベラ殿! 彼のものは俺たちを殺す気はない。であれば、素直に負けを認めた方が良いではないか」


 アギトやギールを見ての対応だろう。

 アギトは兎も角、ギールは殺されてはいない。気絶させられているだけだ。

 始まりの獣(ラストビースト)の話したことでは、アギトもどこかへ飛ばされただけだと言う。


 目的はおそらく時間稼ぎだ。

 それならば、戦士長やガーベラはここに残っていても良い。

 ただ、無駄に死のリスクを負う必要はないと考えた。


「私は別に良いけど……」


 始まりの獣(ラストビースト)としては、構わない。

 元々予定していたのは時間稼ぎというよりは足止めだし、時間もかなり稼げた。


「申し訳ない、ガーベラ殿。2人では勝てない。無駄に体力を消耗するのは避けたいのだ」


 真摯に頼み込む戦士長に、ガーベラも折れたようで、

「仕方ない」

 と、不承不承杖を収めた。


「でも…あなた方に加勢に行かれるのは困るから……しばらくはここに居て」

「それは畏まった。感謝しよう」


 戦士長は軽く頭を下げると、倒れているギールの元へと近づき、その体を背負った。

 そのままガーベラまで向かい、回復魔法を施して貰っている。


───手加減とか疲れるし……これで良いかな…。


 そんな戦士長たちを視界の端に捉えつつ、後ろを振り返るも、特に変わったことはない。

 なら何も問題は無かったのだろう、と。

 彼女はそう判断し、戦いを終えた。

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