第40話 タクトvsヤマト
「いやぁ……外は寒いな……」
久しぶり──300年ぶりに外出を果たしたタクトが抱いた感想はこれだった。
タクトは今、根城としている場所から、転移装置でアマツハラの大陸まで来ていた。
普通ならば数日かかるものの、やはり魔法の力というのは素晴らしい。多少の転移酔いはあるものの、船や飛行船に比べればその酔いも大したことはない。
ギミックのレベルこそ高いが、何度も使えるのは転移装置の強みだ。
転移装置の繋がる先はアマツハラの図書館だ。
アマツハラの大陸は小さく、国が1つしかない。
王も1人しか居ないということだ。
政治は独裁的ではなく、民主的。
武力は言わずもがな、全大陸の中で最強クラスである。
アマツハラの大陸に存在する魔族や魔獣には結束がない。
それは魔王が居ないからだ。”英雄王”ヤマトにより、魔王は滅ぼされている。
ついでに、神もいない。
各大陸を統治する神さえ、ヤマトによって殺されているのだ。
それに伴って起こる問題は少ない。
強いて言うならば魔獣や魔族が強くなることだが、アマツハラはそれによって住民も強くなっているのだから、天晴だ。
世界でも有数の強者たちが、この大陸で名を連ねている。
アマツハラで最強の存在はヤマトなのだが、その下には七将軍と言われる7人の強者が存在するらしい。
ここ100年で出来た制度なので詳しいことは知らないのだが。
───取り敢えず…ヤマトの場所まで行こうかな。
図書館を出ると、和風の城下町が目に映る。
中心部には巨大な城が1つ。これは300年前も同じであった。
城下町の雰囲気も大きな変化はなかった。
タクトが目指すのは巨大な城の内部。
その中にある1つの部屋が──ヤマトの部屋である。
どこがヤマトの部屋か、というのは特定済みだ。座標まで特定できているため、タクトの固有スキルで直接移動できる。
タクトは再度図書館へと入り、人の居ない場所まで移動する。
「<世界転移>」
そのままスキルを使用し、ヤマトの元まで向かった。
◆ ◆ ◆
ヤマトの1日のほとんどは女を抱くことに使われる。
世界でも最強である彼が動けば、それだけで多大な影響を及ぼすということもあるのだが、どちらかというと彼自身がそれ以外のことに興味を示さないからだ。
故に、彼に与えられた部屋は広い。
どんな行為にでも及べるように、と考えて欲しい。
また、彼の部屋の周りには部屋がない。
人が配置されていることもない。
ヤマトに警備が不要ということと、声が響くと迷惑だからという2つの理由からだった。
そんな彼は今、珍しく椅子に座っている。
しかも服を着て、だ。
午前中にすべきことはして、次は夕方から別の女を抱くことになっている。
それまでの休憩時間というか、賢者の時間を過ごしていたわけだ。
───ん?
そんな時、突然だ。
背後に何者かが転移してくるのを感じた。
この部屋に転移するのは難しいはずなのだが、ぴったり自分の後ろに現れている──現れる予定だ。
転移の際には魔素の動きがあるため、事前に誰かが転移するであろうことを読み取れるのだ。
ヤマトはそれを感じ取り──
「やぁや────」
転移してきた瞬間に、その男を捉えた。
首を掴み、地面に叩きつける。
「てめぇ、なんだ?おい?人様の部屋に勝手に入り込んでんじゃねぇぞ?」
「いやいや、ヤマトくん。僕は君と交渉に来ただけなんだ」
ヤマトは男の首を掴んだまま、壁に向かって投げつける。
部屋が壊れると悪いので加減はしたものの、普通の人であれば絶命に至る威力だ。
ガンッと鈍い音がして、男は壁にぶつかった。
「あ?人の部屋に入ってきてそうそうそれか?つーかよ、交渉ってのは対等なもの同士で結ぶもんだろ?ちげーのか?」
「あはは、いや、そうだよね。でもとりあえずさ、話だけ──」
「チッ」
壁に寄りかかるように座っていた男に肉薄し、腹を思い切り殴る。
流石に壁にぶつかった音で誰かが駆けつけるかと思ったが、これは男が<静寂>を使っていると見て良さそうだ。
───それにしても
「おめー、タフじゃねぇか。ここまでやっても気絶しねーなんてよ」
「ははは、お褒めに預かり光栄で──ぐふっ!」
話し始めたタイミングで、すかさず腹を殴る。
男の話を聞くつもりはヤマトになく、出来る限り早く殺してしまいたい。
なんというか──気味が悪いのだ。
ヤマトは男の頭を掴み、逆の手で空間から刀を取り出す。
魔法を使っても良いのだが、部屋に影響を与えるのは止したい。
「ちょ、ちょーっと待って!話だけでもしよう!」
「断る。おめー、なんか不気味なんだよ。死んどけ」
無造作に刀を振るい、それが男の首を貫通した。
押さえつけていた頭と胴体とが分かれ、男は動きを止める。
要するに、殺したのだ。
不気味さの割には呆気なく死んだな、と内心で思う。
───女神からの刺客か?だとしたらなめられてんじゃねーか。
この前のことを女神が恨んでいるのか、などと考えていた。
「<無>」
そんな悠長なことを考えていた矢先。
後ろから、何故か声が聞こえた。
全身が警笛を鳴らし、ヤマトは後ろを振り返る。
次の瞬間には──世界から色が抜け落ちていた。
◆ ◆ ◆
殺されたかと思ったよ。いや、ホントに。
交渉しようと後ろに転移したら、急に掴みかかられて、投げられて、殴られて、断頭だ。
とても客人を招き入れる態度ではないだろう。
もしかして、客人だと思われていないのかもしれない。
最初から予防線を貼っておいて良かったと思う。
抵抗すれば問題なかったかもしれないが、一応交渉しに来た身だ。抵抗しなければあそこで死んでいたことは確かである。
それに先んじて、分身を気配を消して設置しておいたのだ。
たしか──忍者かなんかのスキルだったと思う。
後ろでタクトが魔法を唱えたときのヤマトの反応は、なんとも面白いものだった。
ちょっと焦ってたのだ。
英雄王とは思えないその姿。できることなら記録しておきたかった。
そんなことはどうでも良いのだ。
タクトが今使った魔法に大した意味はない。
空間魔法の一種で、範囲数メートルに渡り、作成した異空間に誘拐するというものだ。
この異空間内では魔法を使おうと、外界に影響を与えることはない。
誰かにバレずにド派手な戦いをしたいときにオススメの魔法、というわけだ。
「てめぇ、なんだ、これは?」
やはり、警戒の色を声に含むヤマト。
先程まで調子に乗っていたとは思えない。良い気味だ。
「魔法の一種だよ。特に意味はないけどね。さてさて、交渉に応じる気は無いみたいだし、ちょっと本気で相手しようかな?」
「はっ!大口叩くじゃねぇか!俺が誰だか分かってんのか?」
「そりゃあね、ヤマトくん」
一瞬、キョトンとした顔になるヤマト。
知っておきながら、なぜ自分に挑んでくるのかと言いたいのか。
「ま、なんでもいいや。<蒼氷塊>」
ヤマトの思想など何でも良い。
交渉に応じないならば、まずはこちらが上だと見せるべきだろう。
手始めに、第5階級の氷属性魔法を使う。
翡翠色の魔法陣から氷の礫がいくつも現れ、それが一直線にヤマトへと向かった。
「<火愚鎚炎>ッ!」
ただ、それを許す最強の男ではない。
すぐさま炎属性の魔法で対抗し、<蒼氷塊>を打ち消した。
タクトとて、この程度の魔法では何も戦況が変わらないのは承知している。
近接戦を警戒して挑んでこない今がチャンスだろう。
「<赤>」
タクトが使える最高峰の魔法──原始魔法の一つである、赤の魔術を使用する。
ただ修行しただけでは使えず、それぞれの大典を使用しないと会得できない特殊な魔法だ。
ヤマトにはその知識が無かったのだろう。対応が少し遅れていた。
「────<金剛結界>!」
真っ赤な魔法陣から炎の光線が放たれる。
ヤマトはそれを結界で防ごうとするも──その魔法に結界は意味を為さない。
結界を破壊し尽くし、ヤマトの元へと光線は迫った。
さすがのヤマトとて、この距離から避けるのは難しい。
急所に当たることを避け、肩で光線を受けることは許容した。
ヤマトは常に何重にも結界を施しているのだが、その全てが貫通したことから考えるに、あれは結界を無効化するのだろう。
とりあえず傷の回復を優先させるべく、回復魔法を唱えようとするが、それを許すタクトではない。
「<赤>」
再び赤き光線が放たれ、それの回避に尽力せざるを得なかった。
「あー、ちなみにね。その傷は回復魔法じゃ癒せないよ」
これは事実だ。
タクトにとって、この開示は問題がない。
殺すつもりはなく、投降してほしいだけなのだから。
「くっそが。てめーつえーじゃねえかよ。あー、まじでイライラする」
「ちょっと、とりあえず話しない?」
「るっせぇな。あんま使いたくなかったんだけど、やるしかねぇか」
なんというか、それは本気を出すときに言うセリフで…。
少なくとも好戦的でない相手に、吐く言葉ではない。
それに、魔法のやり取りを数発した程度だ。いきなり本気になられても困る。
そんなタクトの内心を、ヤマトは気にしない。
「魅せろ、<色欲>」
スキル名を唱えると、何やら黒い靄のようなものがヤマトの周りを漂い始めた。
それはヤマトにまとわりつくように全身を駆け抜け──吸収されたかのように消滅する。
強化スキルかと思うシーンだが、タクトにはそれ以上に驚くべき点があった。
「ベルフェゴール…?ヤマトくん、まさか悪魔系統なの?道理で中々視えないと思ったけど…そういうこと?」
ベルフェゴール。
色欲を司る悪魔。
大罪を冠する悪魔の名を持つスキル。
善を司る天使の名を持つスキル。
そして神。
それらはタクトのスキルを持ってしても、上手く観察することができないのだ。
本来であれば過去や内心を読み取れるはずのヤマトだが、それが通じなかったのは悪魔系統だったからか。
「あ?なんだ、意味わかんねーことぐだぐだ言ってんじゃねえよ」
「悪魔の石を使ったんだよね?まぁ、君くらいの実力があれば手に入るだろうけど……あ、まさか神殺しまでしてる?」
「さっきからうるせぇんだよ!!死ね!<誨淫導欲>!」
タクトは知識こそ豊富だが、固有スキルに関しては話が別だ。
全員が全員違う能力を持っているせいで、詳細まで分からない。
目の前の男から放たれる桃色の霧のようなもの。
それがどのような効果をもたらすのか、タクトには未知なのだ。
「<世界障壁>」
だが、未知であるからと言って、それを防げないわけではない。
タクトを取り囲むような半透明のドームが出来上がり、それが完全に霧を防いでいた。
数秒、霧が完全に晴れるまでそれは維持され、ヤマトのスキルがタクトに影響を与えることは無かった。
「なんなんだよ、その力は!めんどくせぇ!!」
「ちょっと厄介だなぁ…。うーん、あんまり使いたくなかったけど……<世界裁判>」
攻撃が無効化され、苛立つ様子を見せるヤマトを他所に、タクトはスキルを使用した。
目立って何かが起きる様子はない。
ヤマトも勿論警戒するが──それは無駄だ。
「は────?」
突如、ヤマトの視界がグラッと揺らいだ。
それを合図に、全身に走る激痛。
特に外傷があるわけではないのに、痛みだけがあらゆる場所を駆け巡る。
全身に巨大な針金が突き刺さったような痛みに、ヤマトは声こそ出さないものの、もがく姿勢を見せる。
追い打ちをしても良いタクトだが、あくまで交渉をしに来たのだ。それはしない。
「なッ──んだ、これ!おい!…てめ…っえ!これを止めやがれ!!」
いくら経とうと、その痛みが和らぐことはない。
腕を、足を、腹を、頭を。
ありとあらゆるところに痛みを与え続けるスキルを、ヤマトにはどうすることもできない。
対応するにはあまりにも未知。
更には、この手のスキルを成功させるには──厳しい条件か、自他の圧倒的な力の差が必要だ。
どちらにせよ、今のヤマトに勝ち目は無いだろう。
「話、聞いてくれる気になった?」
「チッ!聞いてやるっ!」
「ふーん。じゃあやめてあげる」
パチンッ
タクトが指を鳴らすと同時、ヤマトの感じていた痛みは消滅した。
先程までの名残で痛みを感じるが、これは精神的なものだろう。
自分が最強だと思っていたがために驚いたが、相性が悪かった可能性が高い。
序盤の魔法では互角の戦いだったし、完全に固有スキルの相性だろう。
そう言い聞かせ、ヤマトは無理矢理納得することにした。
「で、何だ?話って。するなら早くしろ。というか、とっととこの奇妙な空間から出せ」
「いやいや、空間からは出さないよ…?暴れられたら嫌だし。というかさ、僕が話したかったのは全然難しい話じゃなくて…。しばらくの間、僕たちの大陸には手出しをしないで貰えるかな…?特に君、女神ベールに手出してたでしょ、この前」
想定外のことを言われ、ヤマトの顔に疑問符が浮かぶ。
「あー、んなこともあったな」
「つい先日でしょ。で、良いの?」
「俺にメリットがねぇじゃねーか。なんだ?この前の仕返しか?」
「違うよ。僕はね──女神を殺すのさ。その為に邪魔をしないで欲しいんだ。もちろん、見返りは考えてある。これさ」
そう言いながら空間魔法を使い、一本の刀を取り出した。
現れたのは紫の刀身を持つ一本の禍々しい刀。
妖刀と言われ、世界に一本しかない代物だ。
「妖刀村正。どう?悪い話じゃないでしょ?」
それを見たヤマトの反応は──言わずもがな。
ニヤリとした笑顔を浮かべていた。
「おもしれぇ。良いだろう。乗ってやる。だが、一個だけ聞かせろ」
「ん?」
「女神を殺して、てめーは何をしたいんだ?」
その問は、タクトとて想定済みだった。
包み隠すつもりはない。
彼が関与してこない以上、むしろ女神ベールを殺したあとは味方に引き入れたい。
「僕は────神域を目指す」
だから、正直に答える。
自分が何を目指しているのか。
この言葉を聞けば、ヤマトならば確実に理解できるだろう、と。
そして、それを聞いたヤマトの反応は、タクトの想像どおりのもの。
目の前にいる男の顔は──とても楽しそうな表情に見えた。