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第4話 それでも足掻く

 先程の木の攻撃を警戒してか、獣が不用意に近づいてくる様子はない。


 それは知能なのか、はたまた本能なのかは定かでない。

 だが、近づいてくれば簡単に殺せたものを、という気持ちは拭えずにいた。


 グルルゥ……


 獣が声を漏らす。


 そしてそれと同時、獣は俺の視界から姿を消した。


「守れ!」


 視覚で捉えることもできなければ、聴覚でも捉えることはできなかった。

 唯一感じたものは、獣が飛び去った時に起こったであろう風圧のみ。


 認識できる速度を遥かに超えていた為に俺の指示は少し遅れたが、それでも木はその枝を使い俺をより安全にすべく変える。

 俺を隙間なく囲うように形を変えた木だが、数秒経っても獣がそれを攻撃することはなかった。


 獣の移動速度からして、数秒というのは長い時間。そして十分な時間だ。


 それでもなお攻撃が来ないということは───


「逃げたか? それとも別の狙いが?」


 と、そんな推測を立てたが、それは杞憂に終わる。


 呟いた瞬間、一本の木が”殺された”のだ。


 <支配(ドミネイト)>を通して、俺にはその感覚が届く。

 支配していた一本の木の絶命。

 どこの木が、どのように死んだかという詳細までもが。


 そもそも支配している木の数は少ないから、たかが一本と言えど、その被害は侮れはしない。

 百分の一と十分の一では、同じ一でもその価値に十倍以上の差がある。


 しかし、今考えるべきはそこではない。

 最も恐ろしいこと───それは、獣が知能を持って俺を攻撃してきている、ということだ。


「チッ!」


 何よりも最悪の事態だ。

 ただ本能のままに動く獣なら、どれほど相手にするのが容易だっただろう。知能がある相手では、相手がどれほどの知者なのか、それを考慮する必要が出てくる。


「木! アイツを捕えろ!」


 防戦ではすぐに木が殺され尽くす。それではもう俺に切り札はない。

 だから、こちらから仕掛ける。


 俺の指示によって木が枝を伸ばし、獣を捕まえんと動いていく。

 それに伴い、俺の視界から俺を守っていた木の一部が消え、目前がよく見えるようになった。


 俺の目に写ったものは───高速で獣に近づく枝と、それを軽く避ける獣だ。

 向かっていく枝を上に飛んで避け、着地の勢いで枝を折り、次に迫る枝は横にずれることで躱し、強大な爪で枝を切り裂く。


 そこで行われているのは圧倒的な力による蹂躙。

 木の大きさや力強さなど関係なく、ただ獣がその身体能力を活かし、一方的に殺戮を行っている様子だった。


「勝てない……」


 数で束になったところで勝てない。


 簡単に出すことのできた答えは───俺の内心とは反し、とても危機的なものだった。

 どれだけ喧嘩が強い人間でも、10人の人間に囲まれれば普通は勝てない。それが地球での常識だった。

 だが、この世界では違う。圧倒的な個の力の前には数など無意味なのだ。


 彼我の差は圧倒的。あまりにも距離が離れすぎている。

 最初の時は手を抜いていたか、遊んでいたのだろう。


 一本、また一本と木たちが命を落としていくのを感じた。


───このままではすぐに殺される。


 俺を動かしたのは純粋な恐怖心だった。

 先程までの威勢はどこへやら、ただただ生存への方法を全力で考えた。


 残り3本になった木たちに獣の牽制を任せ、俺は別の木に向かい走り出す。


「はぁっ……はぁっ……」


 ステータスも低いから、全力で走るとすぐに息が上がる。

 当たり前だ。

 体力を決定づけるであろうVITのステータスは最底辺のEなのだから。


 仮に他の勇者であったなら生き残ることができたのだろうか。

 その問いに答えは出ない。

 ただ、少なくとも高いステータスを利用することで、最低限”戦闘”と呼べる行為を行うことは出来たに違いない。


 己の無力さを嘆きながらも、やっとの思いで別の木に辿り着く。

 近いはずなのに、今はその距離が異常に遠い。

 そして───


「<支配(ドミネイト)>! アイツを殺せっ!!」


 ───すぐに<支配(ドミネイト)>し、獣を殺すよう指示を出す。


 木はその枝で獣を殺そうと高速で動き出す。俺はその隙にまた別の木に走り、<支配(ドミネイト)>、そして指示を出す。


「はぁっ……はぁっ……」


 獣に近づかれれば秒殺されるのは言うまでもない。

 だから、獣に背を向け逃げるように走りながら、手当たり次第に<支配(ドミネイト)>していく。

 木が10メートル級であり獣に比べて大きいことは、先程まで俺にとって優位に働いていたが、今はただ木と木の距離が広くなる要因でしかない。

 俺を窮地に追いやる1つの要素となっていた。


「…………」


 新たに2本、3本と<支配(ドミネイト)>する木を増やすも、獣が木を殺す速度の方が若干早い。天が俺の敵とでもいうのか、全ての要素が俺を死へ至らしめようとしている。


 ちらと後ろを振り返れば、<支配(ドミネイト)>したはずの木は、全て獣の餌食となっていた。<支配(ドミネイト)>を通して伝わってきたものの、実際に見るとその様子は悲惨としか言いようがない。


「<支配(ドミネイト)>ッ! ───<支配(ドミネイト)>ッ! ───<支配(ドミネイト)>ッ! ───<支配(ドミネイト)>ッ! ───」


 ひたすらに<支配(ドミネイト)>を続けていく。

 が、木の本数は着実に減ってきていた。

 少しずつであるが、木の殺される速度も加速度的に早くなっているように感じられる。


 それでも俺は走り続けた。走りながらスキル名を叫ぶせいか、肺がズキズキと痛む。

 息も掠れ、足も疲れた。動く度に全身に激痛が走り、その場に倒れそうになる。



 どれくらい走っただろうか。

 軽く30本は<支配(ドミネイト)>しながら走ってきたように思う。

 距離にしてみれば大したことはないのかもしれないが、低いステータスと焦り、恐怖のせいで疲労は数十倍にも感じられた。


「はぁっ……はぁっ……ぐっ……」


 呼吸もままならない。

 途中で喉に息がつっかえ、咳込んでしまう。


「ゴホッ……うぐっ……ゲホッ……!」


 息が苦しい。

 何か話そうとしても、息を吸うことがまともにできず、ましてや話すように吐くことなど不可能に近い。

 例え最後の力で別の木へ行こうと、<支配(ドミネイト)>が使える状況にない。


 木の残りは3本。いや、こうしているうちにも残りは2本に減る。


 獣は確実にすぐ後ろに迫ってきている。

 死という贈り物を俺に届けるために。


 ふと、女神の言っていた”無能”という言葉が脳裏に浮かんだ。

 必死に叫んだあの時とは違い、その”無能”さを正面から叩きつけられた気分だ。


───女神の言うとおり、死ぬのか。


 あの時よりも強い死のビジョンが見えた。

 抵抗の気力もない俺に対し、待ち受けるのは確実な死。


 それでも───



───諦めはしない、絶対に。


 木の残りは0本。もう何も生き残る手段はない。

 俺は振り返る。

 いつ迫ったのか、目前に居るのは強大な獣。金髪は太陽の光を反射し、煌々とその姿を照らし出す。それが妙に神々しくもあり、禍々しくもある。


 グルルゥ……


 手こずらせたことを怒っているのか、それとも獲物にありつける喜びからか、俺にはわからないが、おそらく前者なのだろう。獣はどことなく怒りを感じる目つきでこちらを睨んでいた。


「やれよ、クソ野郎」


 ようやく呼吸が整い、俺は言葉を絞り出す。<支配(ドミネイト)>しようかと思ったが、触れることすらできないだろう。俺の知覚できない速度で移動する獣が、簡単に俺に触れられるようには思えなかった。


 この世界は弱肉強食なのだ。

 弱きものが強きものに食われるのは当たり前。今目の前にいる獣は上位者、つまり俺を食らう権利がある。


 無駄な抵抗はしない。半殺しにされるよりは、ひと思いで殺された方がありがたい。


 そんな俺の無気力さに獣も気付いたのだろう。

 獣は颯爽と右足を大きく上げた。



 そして俺を───その右足で踏み付け、拘束した。


「がはっ……!」


 急激に上から体重がかかり、強制的に地面に倒れさせられる。その衝撃が内臓にまで(ほとばし)り、痛みのあまり喘ぐような声を上げてしまう。



 グルルゥッ…………



 獣の考えを理解するのは容易だった。

 その目が完全に俺を見下していたからだ。ここまでの抵抗を嘲笑うかのように。そして全てが無意味となったことに。



 グルルゥ……



 再び獣は唸った。足に込める力を少し強くしながら。


「ぐっ……」


 そして俺の苦しそうな顔を見て、愉快そうな顔をするのだ。

 圧倒的な彼我の差を前にはすべてが無意味だと、絶望しろと。

 獣の目が物語っていることは、それを始めて見たものでも理解できるほどに明確に表れていた。


 獣は強者の余裕でもって、俺をその右足で踏み付け、見下していたのだった。


 だが、それで良いのだ。


 なぜなら俺は───






 この時に賭けていたのだから。





 一瞬のこの隙をずっと待っていた。

 強者の驕りを。その時に見せる強者故の弱さを。


 とても確実とは言えない勝負。だからこその賭けなのだ。


 そしてそれに勝ったということ。


 今この瞬間なら───


「<支配(ドミネイト)>ッ!」


 コイツを──殺せる。


 驕った獣は俺に触れる選択を取った。

 そしてスキルに反応する前に、俺の従順な下僕と化した。


 ならば───


「死ね」


 ───コイツに容赦など要らない。


 俺は獣に無慈悲な指示を出す。



 グルゥ……



 抵抗するように、獣は俺から少しでも離れようと駆け出した。

 だが、そんな抵抗も束の間、何も理解のできない獣は、その意志に反して己の爪で己の首を引き裂いた。

 大量の血が吹き出し、地面が赤黒く染まっていく。

 俺はその様子を見守る。散々と俺を殺そうとしてきた獣の死を。


 それは僅かな時間だった。死とはこんなにも呆気ないものなのかと。俺にそう思わせるには十分な瞬間だった。


 残ったのは1つの事実のみ。

 俺が獣を殺したということだけ。


 ボロボロになりながらも、獣を殺すことに成功した。

 目前に広がる血溜まりと、倒れる獣の死体を見て───


「ざまぁみろ」


 ───俺は一言、虚空に向かって呟いた。







>「枷月葵カサラギアオイ」のレベルがLv1からLv52に変更されました

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― 新着の感想 ―
[一言] しつこく狙われて気が立ってたんだろうが、 今後の事を考えると、隷属させたままの方が良かったな 次に現れる肉食獣が、簡単に支配できるかどうか判らないし ボディガードにもなるし、 敵が強ければ…
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