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第33話 <世界の観察者>

 一瞬の出来事だった。


 一撃で壁が崩され、そのまま1人の──1匹の少女が街を蹂躙し、転移でどこかへ去るまで。


 ほんの5分程だろうか。


 女神や戦士長たちを恐れ、彼らが到着する前に撤退する予定だったのだろうと推測できた。


 だが、そんなことより。


「あれは…なんだったんだ?魔王の配下なのか?そもそもなぜお前はそれを知っていた…?」


 あまりにも、謎が多すぎる。


 なぜ彼はその情報を知っていて、彼は重要人物が死なないことを知っていたのか。


 まるで、彼自身が彼女に指示を出していたかのような、そんな気さえする。


 更には並外れた力と、知識。

 女神に敵対する姿勢。

 腰をかける玉座。


 場所こそ神聖だが、それを除けば魔王である要素を満たしている。


「まぁまぁ。今の葵くんにすべてを教えることはできないかなぁ…」


 魔王の味方かどうか、聞いてきたのはその為なのか。


 ただ、魔王の行動理念が人類を殺すことのようには思えなかった。

 どこか理性的で──女神から聞いていたイメージとは違う。


 それでも魔王の手の内であると思われる始まりの獣(ラストビースト)が、王都を何食わぬ顔で蹂躙したことに間違いはない。


「ならば──」

「落ち着け、枷月葵(カサラギアオイ)。今のお前に知る権利はないと言っている。言及するな。次問うたら殺す」


 やはり、こいつは魔王だ。


 神聖な雰囲気など、ただのハリボテでしかない。

 自分の力に物を言わせ、理不尽を押し通す。


 何らこの世界の強者と変わりはない。


 ただ、こちらに自由を与えてくれているだけ、女神よりはマシだ。


「僕も君の味方でいたいと思っているんだ。だから、今は何も知らないでくれ。僕が君にできることはしよう。それで手を打ってくれないか?」


 前言を撤回しよう。


 確かに力で自分の意見を通そうとはするが、理不尽を通そうとはしない。


 あくまでこちらを納得させる気はあるようだ。


 ならば、こちらもそれに乗るしかない。

 相手の好意を無下にしようとは、思わない。


 そんな俺の内心を受け取ったからか、タクトは口を開いた。


「分かってくれたようで嬉しいよ。話は変わるけど、君はもう1人勇者を殺そうと思っているのかい?」

「あぁ、聖女である桃原愛美(モモハラアミ)を殺そうかと」

「聖女、か。確かにアレは厄介だからね。──そうだ、ならば君に1つ助言をしておこうかな」

「助言…?」

「うん。まぁ、当たり前のことなんだけどさ。女神には細心の注意を払いなよ」


 何を今更、と思った。


 女神に対して注意を払っているのは当たり前だ。


 俺の存在だけはバレてはいけないと、二重に偽装までしている。

 足跡も残さないよう、決行の際にもかなりの警戒をしながら行っている。


 だが、それくらいはタクトも承知しているはず。


 それにも関わらず、この警告を出すということ。


「その通りだよ、葵くん。君が想像してる以上に女神の手は広く、アイツは賢いよ」


 女神はもう、黒ローブの存在に気づいていると見たほうが良いのだろうか。


 女神であれば、俺がスクロールを大量に発注したことにも気づくのか?

 であれば、ガーベラが<支配(ドミネイト)>されていることにも気付くのではないか?


 というか、駿河屋光輝(スルガヤコウキ)の行動がバレていた件。

 あれは戦士長らの裏切りとして突き詰めているんじゃないのか?


 もちろん、断定する確かな根拠などない。


 ただ、俺とてただの高校生であった身だ。


 完全な証拠隠滅は出来ていないだろうし、足を残さずにすべてが出来ていたかと言われると、自信はない。


「ただね、アイツも万能じゃないんだ。見ただろう?始まりの獣(ラストビースト)が街を蹂躙したにも関わらず、何も出来なかったんだ。そして半ば賢いゆえに、始まりの獣(ラストビースト)の襲撃の意味を考えるだろう。人と魔族との戦いが始まった、とね」

「つまり…?」

「本当はそんなことはないのさ。ただ、それに警戒せざるを得なくなる。女神の手から1つ、勇者という駒が消えた以上、力を割くものは少なくありたいはずだ。国外への勇者派遣のこともある。始まりの獣(ラストビースト)が現れれば──他が疎かになるのは明確だ」


 言いたいことは理解できる。


 女神の手にはいくつも駒があるだろう。

 勇者たちだってそうだろうし、戦士長やガーベラもその1つに含まれているはずだ。


 ではなぜ女神は駒を用意するのか。

 それは、彼女1人ではあらゆることに対応できないからである。


 つまり、いくら神といえど、限界があるということ。

 その限界を補うために、彼女には駒がいくつも必要なのだ。


 女神の首に近づく最も早い方法は、その駒を潰していくことだろう。


 駒を無力化しなければ、彼女自身に辿り着くことなど不可能と考えられた。


 そんな中、駿河屋光輝(スルガヤコウキ)の死。

 そして、始まりの獣(ラストビースト)の襲撃。


 ただでさえ減っていた駒を別のことに使用する必要が出てくる。

 更には、始まりの獣(ラストビースト)の裏にいるであろう魔王への警戒も怠れなくなったのだ。


 ただ、それが何に繋がるかが分からない。


「女神本人を狙うのは難しいね。まずは外堀を埋めることからだ。それが簡単になるのが…今のタイミングなんだよ」

「タクトも…動くのか?」

「そうだね。僕もそろそろここから出ないとね。300年ぶりくらいだよ、ここから出るのは」

「暇……じゃないのか?」

「ん?ひま??あはは、面白いこと聞くね、葵くん」


 300年という数字。

 それだけ長い時間、この空間に1人で居たと言うのか。


「僕はここから色々と見てるからね。案外楽しいよ。さてさて、お話はもうおしまいだ」


 パンパンとタクトは手を叩く。


 何かが起きる気配はないため、意味があるわけではないのだろう。


「あ、君も始まりの獣(ラストビースト)には気を付けたほうがいい。出会ったら逃げることを考えるべきだよ」


 現状、魔王が俺の味方であるわけでもないし、魔獣や魔族は当然、敵である。

 それは俺が勇者である以上、仕方のないことだ。


 始まりの獣(ラストビースト)の圧倒的な力は先程見せつけられた。

 とてもじゃないが、俺にはあれに勝つ手段は無いだろう。


 ぶっちゃけ、ガーベラや戦士長でも勝てないんじゃないか、と思うレベルだ。


「そうそう。最後になるけど、これもあげるよ」


 更にタクトは指を鳴らす。


 同様、俺の前に何かが──一冊の本が現れた。


 表紙には『魔術大典』と書かれている。


 俺には魔法の適正が無いのだが──貰えるものはありがたく貰っておこう。


「ありがたく受け取るよ、タクト」

「うんうん。じゃあまた会おうね、葵くん。君に幸があらんことを」


 タクトが腕を振るう。そして、それと同時。

 目の前が真っ暗になり、次の瞬間には図書館へと戻っていた。





◆     ◆     ◆





 枷月葵(カサラギアオイ)が去った空間で、残されたタクト。

 彼の心は今、喜びに埋め尽くされていた。


───ようやく…役者が揃った。


 ここまで、長かった。


 女神を殺すための準備をコツコツと続け、300年経った今、ようやく必要な人材が揃った。


 計画の失敗は許されない。


 今回で、確実に女神を葬る必要がある。


───現状邪魔になる可能性があるのは…アマツハラのヤマトあたりか。


 計画は順調ではあるものの、一部不安要素も残る。


 その1つはヤマトだ。


 強打な力を持つ癖に、行動は気まま。

 先日も女神の元へ現れては、すぐに帰っていった。


 重要な盤面で彼に乱入でもされようものなら、計画の全てが狂う。


 精密であれば精密であるほど、1つの歯車の狂いが全体に大きな影響を与えかねないのだ。


───取り敢えず…ヤマトを潰しておくか?


 タクトはヤマトを直接見たことがない。

 並外れた強さを持つという情報こそあるが、それだけだ。


 どの程度の強さなのかが分からないのだ。


 奥の手を使わなければ、女神ベールよりも強いだろう。

 尤も、女神ベールがあの手段を使えば話は変わるのだが。


 出来る限り、それはさせたくない。


 ヤマトの介入によって女神ベールにそれを切らせることがあろうものなら、計画が破綻するどころか、タクトの身さえ危ういだろう。


 であれば、一刻も早くヤマトの動きは牽制しておくべきだ。


 殺してしまっても良いが、もし計画が失敗した際に女神にぶつける役者としては十分な役割だと言える。殺すのは惜しい。


───なんとか交渉で手出しをしないでもらうか。代わりに何を差し出す?


 部屋を見渡すが、ヤマトがここらにある嗜好品を望むとは思えなかった。


───適当な装備でも与えるか。


 ”英雄”を名乗るのだ。

 レアな武器でも与えておけば良いだろう。


 誰しも、レアドロップの武器はコレクションしたくなるもの。

 性能は弱くとも、レアというだけで持っていたくなるのだ。


 タクトは空間魔法内に収納していた武具を思い浮かべる。


 何か良い武器は無いかと思案するが……


───”アマツハラ”だしな。刀でも与えておくか。


 妖刀を1本与えておこうと決定した。


 そうと決まれば行動は急ぐべきだ。


 タクトにとっては久方ぶりの外出であった。

 ここから外の世界を観察はしていたものの、自分自身で外に出るのは300年ぶりか。


 心が踊るのを必死に隠し、タクトは自分のみが知る部屋の緊急出口へと向かう。


 そこから転移の魔法を使えば──アマツハラまでは一瞬だ。

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