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第32話 王都鏖殺

 侵入する魔獣を許さないだろうと思われていた重厚な壁は崩れ落ち、王都を露わにしていた。


 とはいえ、崩された壁はほんの一部だ。

 壁全体と比べれば、ほんの1割かそれ以下だろう。


 それでも、衝撃的だった。


 映っている世数を見ても、大型の魔獣の様子などは見受けられない。

 そもそも魔獣の侵攻が減ってきているため、魔獣を見たのは”死の森”と”クレイス”でのみだ。

 魔族の可能性も考慮すべきだろう。


「よく目を凝らして見てご覧」


 俺はタクトの指示どおり、壁が崩れたあたりをよく見る。


 壁の崩落に伴う土煙も晴れ始め、段々と一帯が見えてきた。

 転がる兵士の死体は、何も知らずに命を落としていった者たちだろう。

 瓦礫の中、無造作に転がるいくつかの死体。


 そしてその中に、人影があった。


 それも、その人影は小さい女性のもので、この中で唯一、意思を持ってその場に立っていた。


 タクトが俺に見せたかったものは彼女なのか。

 彼女の正体は何なのか。


 様々な疑問が浮かぶが、目の前に広がる惨状に、俺は言葉を失っていた。


「彼女だよ。彼女の名前は始まりの獣(ラストビースト)。魔獣さ」

「魔獣…?彼女が?」

「うん、そうだとも。知恵があり、言葉を交わせるかどうか、そんな判断基準は人が勝手に作っただけに過ぎないからね。彼女も言葉を話すが、魔獣だよ」


「なぜ…?なぜ俺にこれを見せる?」


 タクトが俺をここに留め、王都の様子を見せる理由が分からなかった。


「1つは、君が巻き込まれないようにすること、だね。葵くんは巻き込まれるのは困るんだよ。君を失えば全部パーさ」

「1つは…?」

「うんうん。もう1つはね。そろそろ君にも考えて欲しかったんだ。──君は魔王を倒したいのか、それとも魔王と敵対する気はないのか、とね」


 王都を破壊する少女相手に、幾人もの騎士たちが集まってきていた。

 それだけでなく、衛兵らもだ。


 もちろん、その中には俺が<支配(ドミネイト)>していた人間も居る。

 ただ、ガーベラや戦士長は見受けられなかった。

 ”主要人物は死なない”とはそういうことなのだろう。


 抵抗する騎士たちを、いとも容易く殺していく謎の少女。

 先程のタクトの言葉から、彼女は魔王軍の一員だと推察できた。


 それを俺に見せつけることで、問いたいのだろう。

 俺は勇者としての使命を果たすつもりがあるのか。それとも女神を殺せるならば魔王に付くことも辞さないのか。


 その答えは、分からない。


 だが、王都が蹂躙される様子を見て、俺が抵抗感を覚えることは無かった。

 むしろ、どこか女神を焦らせることが出来ているのではないかと、内心喜びまでをも感じていた。





◆     ◆     ◆





 何が起きたというのか。


 それを理解した者は居ないだろう。


 突如として壁は崩され、多くの人の命が散った。


 だが、そこには魔獣などおらず。


 その場で立っているのは1人の少女のみ。


 瓦礫の山を悠々と歩き、王都へと向かっていた。


「だ、誰か!戦士長に連絡を!!」


 飛び交う怒号と、叫び声。


 そんなもの気にもせず、少女は進んでいた。


 彼女を知らぬ者は居ない。



 なぜなら、彼女は。


 人類の根源的な恐怖に訴えかける、その存在の名は。


 始まりの獣(ラストビースト)



 全ての魔獣の始祖なのだから。





・     ・     ・





「戦士長が着くまでの辛抱だ!やるぞ!」


 衛兵、騎士、冒険者。


 すかさず集まってくる数多の者たち。


 全員で始まりの獣(ラストビースト)を取り囲み、少しでも足止めをしようと必死になっている。


 もちろん、彼らの殆どは脚が震えていることだろう。

 それでもここに留まってられるのは、守るべきものが王都に居るからか。

 それとも、何か信念があるのか。


「……<恐怖は我が餌なり(ハプス・リーチェ)>」


 ただ、そんなことは彼女に関係ない。


 スキルを発動すると、周りにいた兵士たちは皆、消し飛んだ。


 跡形もなく、肉片の1つすら残さず、訳のわからぬ力に押し潰されて死んだのだ。


 生存者がいない事を確認し、彼女は再び歩を進める。



「ま、待て!止まれ!!俺が相手をしてやる!!」


 歩き始めた途端、何者かに話しかけられた。


 そちらを向けば、3人の少年たち。

 手には武器を持ち、それをこちらに向けて構えていた。


 先程のスキルで死んでいないということは──始まりの獣(ラストビースト)に歯向かう度胸があるということ。


 それはそうだろう。


 周りの人たちの死を見ておいて、果敢にも彼女に話しかけるのだから。


「<巨炎爆球(テラフレア)>」


 だがそれすらも、彼女には処理すべき肉塊でしかない。


 右手を前に出し、彼らの方に向ける。


 それと同時に魔法を唱え、3人を殺すには必要以上の大きさの炎の球を作り出した。


 彼らが次の言葉を話すよりも早く、球は彼らへと接近する。


 そのまま爆発を起こし、跡地には彼らの形跡は何もなかった。


 もちろん、その爆発は近隣の住宅を巻き込んでいる。


 それだけで数十人の人が死んだことだろう。



 彼女が壁を破壊してから47秒。

 現在の死者は284名。



 あまりにも規模の違う、殺戮。


 それを容易くやってのけるだけの力が、彼女にはあった。



 彼女の進行を食い止めるべく、更に多くの人が集まってくる。


 だが、彼女がそれを気にすることはない。


 やって来ては、殺し。

 やって来ては、殺し。



 それを繰り返し、王都の中心部へと歩を進めていく。


「おい!始まりの獣(ラストビースト)!そこまでだ!俺たちが相手になろう!!」


 また、次は男女5人組に行く手を阻まれた。


 相当の実力者なのか、自信に満ち溢れた声で始まりの獣(ラストビースト)に話しかける。



 現在、壁を破壊してから4分52秒。


「………<巨炎爆球(テラフレア)>」

「はっ!その魔法はさっきも見た──」


 その自信の根拠は分からないが、男たちは業火に焼き尽くされ、死んでいった。


 なんだったのだろう?という疑問が彼女の中に残る。



 ただ、そんなことよりも。


 壁を破壊してから5分が経過した。


「<長距離転移(ヴェルテレポート)>」


 彼女は計画に則り、王都から姿を消した。



 僅か5分で起きた鏖殺劇。


 死者数は894人。負傷者は410人。


 戦士長やガーベラ、女神が駆けつけるよりも早く、彼女はそれだけの死傷者を出し、颯爽と立ち去った。

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