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第31話 隠された場所

 宿屋でラテラと話していた俺だったが、あの後は特に中身のない雑談をしてその日を終えた。


 夕食の時間だったこともあり、ラテラも直ぐに帰っていったのだ。


 何事もなく翌日を迎え、俺は図書館へと来ていた。


 聖女に関する情報収集が目的だった。


 図書館の入場に制限はない。身分証の提示を求められることもなく、スムーズに入場することが出来るのだ。


 ちなみに図書館は巨大だ。


 宿屋とは城を挟んで正反対の位置関係にあった為、はじめは気付かなかった。だが、今まで見てきたどの店たちよりも大きいだろう。

 当然城には及ばないが、地球で見た図書館と比べても遜色ない様子だった。


 幾度となく訪れた場所なので、もう慣れたものだ。


 俺が探すのは聖女に関する本だ。


 図書館内部をほとんど回ったことがある為、目当ての本がどの辺りにあるのかは感覚で理解できる。


 俺はそのまま階段へ向かい、図書館の2階へと上がった。


 左に曲がって、更に左に曲がれば目当ての場所へと着くのだが──そこで、あることに気が付いた。


 右側に、俺の行ったことのないスペースがあったのだ。


 確かに図書館内の本棚は全て見て回ったはずだった。

 それにも関わらず、何故かあそこだけは行ったことが無かった。


 理由は分からないが、自ら避けていたような気がする。

 そんな場所が今更気になってしまった。


 俺は左へ行くことを辞め、右に曲がる。


 目当ての本がある場所では無いが、それは疑問を解決してからでも良いだろう。


 本棚まで辿り着く。


 ただの図書館なので何かに阻まれることもなく、アッサリと目的地へは着いてしまった。


 その本棚にある本を見るが──特に変わった本があるわけではない。


 ほとんどが歴史に関する本だ。


 勇者史やギルドの歴史、大陸間での交流など、ちょっと調べれば誰でも知れるようなことばかりがタイトルにされている。


 だが、その中に1冊だけ、異質な本があった。



 『女神について』



 と表紙に書かれた本だ。


 見た目が異質というわけではなく、”女神”がタイトルに入る本が少ないから俺の目に止まっただけなのだが。


 弱点などが書いてあるはずもないが、一応読んでおこうとだけは思い、本を手にとった。


 すると、その本の奥にボタンのようなものを見つけたのだ。


 なんというか、よくあるあからさまな隠し部屋への入口のように見えた。


 俺は何も気にせずそのボタンに触れた。





・     ・     ・





 視界が暗転したかと思うと、次の瞬間には妙に柔らかい地面に立っていた。


───ここは?


 先程までの図書館の床とは違う質感に疑問を覚えるも、本棚裏の魔法陣が何か影響しているであろうことは予測できた。


 何より、この感覚を俺は知っていた。


───これは…転移。


 俺が初めて異世界に来たときに、女神に使われた魔法。形容し難いその感覚は、今でも鮮明に覚えている。


 そんなことを考えていると、だんだんと視点が定まってくる。急に景色が変わる光景に慣れていないからか、目がチカチカとするのは仕方ないだろう。


「部屋?」


 視界に映ったのは、木製の机と椅子、そして小さな本棚。足元を見下ろすと、柔らかさの正体がカーペットであったことに気づく。


 周りは壁で囲まれており、後ろには扉がない。仕事部屋か何かだろうと思える程度の部屋だった。


 人は──いない。


 何かの罠の類かとも思ったが、そういう雰囲気ではない。何より、俺の前には扉があった。


 入り口はここだけです、とでも言うかのような扉。進むにも、戻るにも、この扉を開けることは避けては通れないだろう。


───人がいるなら交渉。いないならば颯爽と立ち去りたいな。


 前に進む。


 扉は真っ直ぐと進めば直ぐにつく位置にある。


 何の変哲もない扉だ。

 部屋の雰囲気にあった、やや黒い木の扉。


 どことなくログハウスの内装っぽい。

 もしかしたら、この扉を開けたら外界かもしれない。ただただ、ログハウスを挟んだ転移の可能性もある。


 そんな希望を胸に、扉に手をかける。


 ガチャッ


 魔術師ギルドの入り口の扉に比べれば、驚くほど軽い調子で扉は開いた。



 視界が一気に開け、そこには光が映し出される。


 ログハウスなどでは決してなかった。


 俺の目に映ったもの。それは言うなれば、


「白亜の神殿…」


 まさに、神話の造形物。


 扉一枚隔て、一気に広がる空間。

 横50メートル、奥行き50メートル、そして高さは15メートルほどある。

 扉から奥に続く道には、幅7メートルほどの赤いカーペットが敷かれている。

 道の横には繊細な彫刻が彫られた柱があり、天井を支えていた。


 天井を見上げれば、そこには青と赤のガラスが張られていた。天使や悪魔がガラスには細工として描かれている。


 光源はないが、宮殿は全体的に明るい。魔法の光か何かだろう。


 赤いカーペットの先には、少しの階段と、玉座がある。

 玉座は白と金を織り成して作られており、あれ一つでもいくらするのか、想像もつかない。


───なぜ?


 小さな部屋を出たら、神話の世界にいた。

 原因は、分からない。


 図書館の内部にこんな巨大な神殿が入るほどのスペースは無かったはずだ。


───つまり、図書館の内部ではない。


 教会と言うにはあまりに趣味が悪すぎる。

 石像やら彫刻やらは端に多く置かれているが、その多くは生物を象ったものなのだ。


 ただ、どれも驚くほど繊細で、丁寧な作りである。この空間にある全てが、柱も、カーペットも、玉座も、それらすべてが美しい。

 まさに、美の結集なのだ。


───なのに、人一人いない。


 こんなところに、俺が一人でいる事はあまりにも不自然だ。いくら迷い込んだとはいえ、いつつまみ出されてもおかしくない。


 なのに、誰も声をかけてこない。


 いや、声をかける者がいない。


 この場にいるのは俺のみ。どんな異常事態が起きているか、どんな罠かも分からない。


 何より、幻覚の類を疑うほどだ。


瞬間、轟と風が吹く。


 後ろの扉から、突如として強風が俺を煽った。

 その強風が俺を前に突き出し、転びそうになるも、右足を踏み出すことで耐え抜く。


「勇敢なる者よ、よくぞ参られた」


 少年のような、それでもってどこか威厳のあるような、そんな不思議な声がかけられる。

 方向は、前。


 先程まで誰もいなかった玉座には、今は一人の少年がいた。


 あまりにも突然に、彼は現れた。


 この部屋に入った時には居なかったにも関わらず、俺が視線を逸らした数秒の間にふと現れたのだ。


───誰だ……?


 見覚えのない人物だ。話しかけられる筋合いもない。


 だが、聞かないという選択肢は取れなかった。


 全身が、危機を告げている。


「なんてのは僕のキャラじゃないけどね。さてさて、まあそこから動くなよ?」


 冗談めいた声色で言う少年。


 鳥肌が、止まらない。


 背中に冷や汗が流れる。


 滝のように、それが止まることはない。


 50メートルも先にいる少年に、今はただ怯えていた。あれは、”強者”と一括りにして良いものではないと、本能が理解している。


「……ふーん。やっぱり君、勇者なんだ?」


 それは俺への質問なのか。


 警戒を込めた声で言う少年に、より一層の威圧を感じる。


 質問ならば、せめて答えられるようにしてほしい。有り得ないほどの危機感が止むことはない。


「固有スキルは支配系か…。てことは君も………”落ちこぼれ”なのかな?」


 ”君も”という言葉と、”落ちこぼれ”という言葉。


 彼は何者なのか。


 全く正体が掴めない。


 ただ、女神を快く思ってることはなさそうだ。それは、”勇者”に警戒を示していた事から明確だろう。


 そんな俺の内心など無視して、少年は話を続ける。


「1つだけ君に質問したい。君は───枷月葵カサラギアオイくんは、女神に仇なす者なのかい?」


 ここに来てようやく、口を開くことを許可される。


 威圧感がスッと抜け、答えを急かされる。


「俺は──女神を許さない」


 だから一言、それだけを言った。


 紛れもない俺の本音。心の底から出た女神への思い。


 それを少年がどうとったのか、俺には分からない。


 ただ、不快に思っていないことは、次の一言で理解できた。


「もう少しこっちへおいで。そこでは顔が見えないだろう?」


───とりあえず、第一関門は合格パスした。


 俺は少年の指示に従い、前へと進む。


 一歩進む度に、床に敷かれたカーペットが衝撃を吸収する。ふわふわと、その柔らかさはかつて味わったことが無いほどの至福である。


 できる限りカーペットを傷めないように、そんな気遣いをしながらゆっくりと歩く。周りから見ればなんと滑稽な歩き方をしているのだろうか。


「そんなに気にしなくていいんだよ?どうせ、魔法ですぐに治せるから」


 一つ一つの言葉からの情報収集は怠らない。


 ”魔法ですぐに治せる”レベルの魔法は使うことができる。魔法で何かを治す時、治す対象の品質によって難易度は変わる。このカーペットの品質はかなり高いだろう。つまり、彼の魔法のレベルは想像より数倍高い。


 警戒レベルをいっそう上げることにする。


「大丈夫、取って食ったりするわけじゃないさ」


 俺が辿り着いたのは玉座に向かう階段の下だ。位置関係は、”臣下と王”を想像すれば分かりやすい。


 「近くに来ていい」という言葉を「玉座付近まで行っていい」と解釈するほど俺は馬鹿ではない。


「目を瞑ることはできるかい?」

「目…?」


 罠か、否か。


 彼ほどの実力者であれば一瞬で俺を殺すことができるだろうし、罠にかける意味がない。


 つまり、罠ではないだろう。


「うん、目だよ。変なことをするわけじゃないさ」


 俺は少年の言うことに従って目を閉じる。


 煌々と輝く部屋の光は、目を瞑ってもなおその明るさを感じさせていた。


 特に何かをされている感じはしない。どちらかというと、好奇心から来る視線を感じる。


 あの少年の正体は何なのだろう?もしかしたら女神を殺す、手助けをしてくれるかもしれない。


「もういいよ、ありがとう」


 そんなことを考えていると、すぐに少年の用事は終わったようだ。


 何をしたのか理解はできないが、およそ魔術的なことだろう。


「君のことはよく分かった。君も女神に裏切られた人間の一人なんだね」

「え?…はい」


───記憶を読み取ったのか?


 ここに来てから俺は、少年に情報を与えるようなことはほとんど話していない。


 それなのに彼は、俺の名前も、この世界に来た異世界人だということも、女神に受けた仕打ちも、その全てを知っている。


 何らかのスキル、もしくは魔法によって情報を得たと考えるのが無難だ。


「あー、名乗り忘れてたけど、僕はタクト。タクトって呼んでくれて構わないよ」

「知ってるかもしれないが、俺の名前は枷月葵(カサラギアオイ)。勇者としてこの世界に召喚された」

「葵くん、で良いかな?」

「ああ…」


 彼の目的は分からない。

 ただ、同じ女神に仇なす者と考えてよいのか。

 彼は仲間と呼べるのか。

 それだけが疑問だ。


 君”も”、という表現。

 彼自身が女神に裏切られた存在なのか、それとも他にも俺と同じような人間を見てきたのか。

 とにかく、有効的に接してくれてる以上、無理な詮索は避けようと決意した。


「まあまあ、警戒しないでよ。単刀直入に言うとね、僕は君の仲間に当たる人物なんだ。信頼できない気持ちは分かるけどね……僕が葵くんの情報を持っている以上、信頼せざるを得ないんじゃないかな?」


 タクトの言う通りだ。

 仮にタクトが女神の味方だとして、情報を持っている以上、信じようが信じまいが女神に俺のことがバレる。

 であれば、信頼できる、できないに関わらず、彼を信頼するしかない。


「まぁ、あまり時間も無いことだし、サクサクと話を進めていこうか」


 時間が無い、とは何のことか。

 この空間に制限時間があるのか。

 それとも何か別のことなのか。


 圧倒的な彼我の差と俺の知識不足ゆえに、情報を何も得ることが出来ない。


「とりあえず、ここに来たからには1つ、君に与えなくてはならない物がある」


「物、ですか?」


「あいにく、僕は神じゃないんでね。力を与えることは出来ないんだよ。だからその代わりに──」

 タクトは右手を軽く振るう。

 すると、俺の目の前に突如として1つの指輪が現れた。

 青色に輝く指輪には、一つの宝石が埋め込まれていた。

「──それを与えよう。願いの結晶と呼ばれる宝石を嵌め込んだ指輪さ。一度だけ、魔力を込めると願い事を一つ叶えてくれるんだ。ただ注意して欲しいのは、あまりにも無理な願いは叶えてくれないということ。もし叶えられなかった場合、回数は消費されるから気を付けてね」


 本当に、善意なのか。

 善意のみの施しほど、怖いものはない。


「あぁ、善意だけじゃないよ。君が女神の手に居た勇者を一人殺してくれたからね。それは僕にとって嬉しいことだったってだけさ。まぁ、褒美だと思ってくれよ」

「あ、ありがとう…」


 やはり掴めない。

 何を考えているのか。本当に女神と敵対しているのか。


「さてさて。時間も間に合ったみたいだし──<千里鏡(リモータルミラー)>。観戦を始めようか」

「観戦?」


 話が急遽変わったことに驚く。

 先程までの話はどこへやら、彼は何かスキルを発動したようだ。


 タクトの前と俺の前に半透明な板が現れた。

 ステータスが映し出されるものと似ているが、決定的に違うのはタクトのものも見えることだろう。


 そして、映っているものが違った。

 半透明な板には王都が映っていたのだ。


 しかも、上から見下ろすような視点。神の視点とでも言おうか。

 なにせ、王都の全体を見渡せるような映像が映し出されていた。


 それにしても、観戦という言葉。

 映し出された王都。

 これから何が始まるのか、さすがの葵でも想像は出来る。


 およそ、何かが王都を攻め入るのだろう。

 魔獣か、魔族か。それが何かは分からないのだが。


「今から……何が起こる?」

「見てれば分かるよ。──あぁ、能力が支配系だから、心配をしているのかい?ならば安心してくれ。主要人物は誰も死なないさ」

「何を言ってい──」



 ドゴォォォンッ



「え?」


 轟音が響いた。


 ただ、それはこの部屋から聞こえるものではない。

 目の前にある半透明な板から、その音は聞こえていた。


 唖然としつつも、咄嗟に板を見る。


 そこに映って居たものは──惨劇。

 重厚な王都の壁の一部が、破壊され崩れている様子だった。

 10万PVありがとうございます!

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