第28話 教会勢力
天職とは、何か。
固有スキルとは違い、天職は全ての人に与えられる。
全ての人間にチャンスは与えられているのだ。
では、天職とは何なのだろうか。
魔術的な答えを取るか、哲学的な答えを取るか。見方によっては様々なように捉えられる。
宗教的にはどうだろう。
答えは単純なものだ。
神により全人類に平等に与えられた機会、と。
偉大なりし神に与えられた重要な使命、と。
言い方こそ宗教味が強いが、内容は言い得ている部分がある。
天職が与えられる仕組みは”神”を用いずには説明できない。天職というのは、その人間の向き不向きを直接示しているから、使命と言い換えることもできるだろう。
ただ、宗教の問題はそういった点には無い。
立場の上下を天職によって決めてしまう点にある。
教会がその良い例だ。
教会内では聖にまつわる天職の優劣で立場を決める。
例えば、聖女。上から3番目の立ち位置であり、そもそも存在が希少な存在だ。
最も上なのは教皇。現存する教皇は世界に4人しか居ない。それほどまでに希少なのだ。
下には、司教、聖女、司祭、聖騎士、神官と続く。尤も、その他にも聖なる天職はいくつかあるのだが、そういった場合は実力によって立場が決定される。
実力というのはもちろん、聖魔法が主となる。
聖なる天職以外でも、信仰心を強く持つ者は多くいる。
そういった場合も実力や信仰心で判断されることとなるのだが、残念ながら原則、聖女以上の立場になることはない。世知辛い話だ。
また、この世界の宗教は基本的に1つだ。
それは神が目に見える形で存在することに由来し、それゆえにその宗教も多神教である。
一般的には”新天教”という名で呼ばれるが、”べヘアシャー”という呼び方もよく聞く。
”べヘアシャーの神”とは、新天教で信仰されている神の総称となるのであった。
女神ベールの君臨する大陸はプラヴィーチリと言う大陸だ。
隣の大陸であるリュボーフィとは海を挟むものの比較的近い距離にあり、毎日のように船が行き来しているところも見かけられる。
活発な交流は見受けられるのだが、女神自身がリュボーフィに行くことはなかった。
世界に4人しか居ない教皇の話をしよう。
教皇は名の他に、自らを二つ名で呼ぶこともある。
理由は”神に名を授けた以上、他人にむやみに名乗れない”とのことらしく、実生活で困ることもないゆえに問題は無いらしい。
実は、プラヴィーチリとリュボーフィにはそれぞれ1名ずつ教皇が居るのだ。
”絶対たる統括”の教皇、”神の親愛”の教皇と名乗っている。本名は不明。ヘアシャー、リーベと呼ばれることが多いようだ。
教皇は強力な天職だ。
勇者の中からさえ、聖女が最高だったことからそれが伺える。とはいえ、戦闘の性能では聖女の方が上だったりするのだが。
教皇の天職に適していることは、基本的には治癒と強化支援になる。攻撃性能を捨てているがために、その効果は絶大なものだ。
ペナルティがかなり少ない復活魔法を使用することも出来るらしい。
通常復活魔法というのは失敗の確率が高く、それは被術者の生前の精神力や生命力に依存する。
低かった場合、復活が出来ずに死体が消滅することがあるのだ。
これを”復活のリスク”と呼ぶのだが、これは術者と魔法の階級により、低くすることが出来る。
問題はもう一つ、復活後に被術者は生命力を消耗しきった状態で復活するということだ。
これがかなり面倒な状態にあり、この生命力の消費を”復活のペナルティ”と呼ぶ。
復活のペナルティは完全に使用する魔法やスキルに依存しており、術者の実力ではどうしようもない。復活のリスクを乗り越えたところで、復活のペナルティによって死してしまうこともあるのだ。
この復活のペナルティをゼロにする魔法──<女神の祝福>等がこれに当たる──は教皇でさえも使えない。
ただし、限りなく低い魔法は使用できる。第0階級の聖魔法だ。
これが教皇の強みだ。
強いて弱点を述べるのであれば、聖魔法以外の魔法・スキルを習得できない点だろう。そのデメリットを打ち消すレベルで聖魔法に対する適正を手に入れられる為、大した問題にはならないのだが。
そんな教皇は普段、人目のつかない場所に居ることが多い。
その理由は単純、仕事が多いからだ。
それも執務ばかり、教皇とは思えない。
面会などもない。
教会では傷を癒やす、懺悔するなどのことができるが、まず話を通すのは神官からだ。
対処不能と思われた場合のみ、上に回すことになる。
それを繰り返す為、教皇と顔を合わせられる人物は基本、司教のみとなる。もはや、幻の人物なのだ。
ただ、今日は違う。
聖女という立場でありながら、教皇と面会する権利を持っている女が居た。
女の名は、桃原愛美。
聖女であると同時に、勇者でもある彼女。
司教と同程度か、それ以上の立場を持っていると言っても過言ではない彼女。そんな彼女と今日、”絶対たる統括”の教皇は面会の予定があった。
「……」
黙々と執務に向かいながら胃痛を感じる。
執務は楽で良い。
何も考えずに作業をこなせばよいだけなのだから、迷うことがない。
それに比べて──
「はぁ………」
勇者との面会など、これほど面倒なことは無い。面倒というより億劫。ついでに、僅かながらの緊張もあった。
「あー……帰りたいよ……」
一人が仕事をするだけにしては余りにも広い部屋、ヘアシャーはがっくりと肩を落とす。
民衆の前では決してできない、素の彼の姿だ。
ステンドグラスから差し込む光が、彼の美しい青髪に反射してキラキラと輝く。
両脇にある天使の像がそれを讃えるかのように見えるのも、どこか皮肉めいている。
そもそも、彼とてこの仕事自体を引き受けたくて引き受けたわけではない。
教皇が大陸に自分しか居ないことは確かだが、面会だったら司教でも問題ないだろう。
だが、彼はこの仕事を自ら志願した。
ヘアシャーと名乗る彼が最も信仰する女神、ベールからの依頼だったからである。
女神ベールは貴族と勇者を面会させることは望まないが、教皇やギルドマスター、剣帝との面会は好んで行おうとする。
理由は簡単に想像がつく。貴族は勇者を利用しようと考えるが、実力者は勇者を手助けしようと考えるからだ。
それに加え、魔王戦において参戦する者たちとの顔合わせということもあるのだろう。
ヘアシャーが魔王戦に参加する予定は無い。
不測の事態が起これば参戦することになるだろうが、それは聖女や司教が皆殺しにされた時くらいだろう。
そんなことはまず無いと言える。
そういう意味では気が楽だ。
戦闘を好まないヘアシャーにとって、魔王の心配をする必要が無いのは大きい。
「あ〜……。でも面会かぁ………。嫌だなぁ、ほんとに…。勇者様、優しいと言いなぁ……」
見た目から受け取る印象とは反して、情けない声を出すヘアシャー。
折角の好青年という容姿が台無しだ。
尤も、人前ではその印象通りの彼を演じるのだが。
「この服もなぁ………。ちょっと派手過ぎるよなぁー………」
重厚感のある教皇の正装を纏い、彼は支度を始めたのであった。
・ ・ ・
「桃原愛美様、こんにちは」
「あら、ラテラさん。こんにちは」
桃原愛美は基本、白を基調とした服を着ている。
それも全身を包む重厚なローブのようなもので、首元に付いている金の装飾は神々しい。
まさしく”聖女”と言った服装だ。
そんな彼女は今、教会を訪れていた。
王都にある教会は大きい建物にしては珍しく、貴族街から離れたところにある。
それは、治癒や礼拝、懺悔などの利用者が貴族に少ないことに起因していた。
教会の敷地内には、教会そのものだけでなく、周りには庭園があり、そこには花が植えられている。
宗教の規模が莫大ということもあり、その敷地はかなり大きい。
周りに建物がない事で、教会の神聖な雰囲気が保たれていた。
建物が巨大だということを除けば、教会は想像通りの見た目である。
白を基調として、所々が黄金色。
中に入れば神々の像が左右に並べられ、最奥には最高神の像が建てられている。
天井はステンドグラス張り。そこには多彩な色で天使が描かれており、光が射し込むと神秘的に神々の像を照らし出すように設計されている。
部屋はいくつか分かれている。
入った先にあるのは礼拝堂。
右には懺悔室。
左には治癒室だ。
礼拝堂には基本、聖女や司祭といった、重要な天職を持った人間が一人は居る。
人々は神に直接祈りを捧げるのではなく、自分たちの信仰心を聖女や司祭に代わりに捧げてもらうのだ。
新天教にはそういった礼拝のルールがあった。
懺悔室では、シスター服を着た女性たちが仕事をしている。
仕事内容はカウンセリングのようなものだ。
相談に来た人の懺悔を聞き、共に神に許しを請う。
そうすることでその罪を許してもらい、明日からまた頑張って生きようというのだ。
日本人である桃原愛美にその感覚は分からなかったが、神を信じる宗教の中にはそんな文化があったことは覚えていた。
治癒室の役割はそのままだ。
神官や聖女、司教など、癒やす傷や病のレベルに応じて対応する人は変わるものの、仕事内容は大して変わらない。
冒険者の利用が多いが、冒険者の中にはパーティーに神官を入れているものが多いため、基本的に仕事が回ってくるのは聖女や司教だ。
解呪や大怪我の治療が多い。病の治療を頼むのは民間人が主だ。
長期任務やダンジョン内で感染症を患う者も居るが、それは少数派だ。
桃原愛美の役割は、どちらかと言えば礼拝堂での仕事に近い。
彼女は魔術師ギルドマスターによる指導をあまり受けていない。というのも、攻撃魔法に関する指導が増えてきた反面、彼女はそれに適正がなかったからだ。
魔法の基礎的な話は聞いていたが、実践からは受ける機会が少なくなった。
代わりに教会へと通っていたのだ。
教会では司教や聖女を中心に、聖魔法を教えて貰っていた。
彼女の成長の速さもあり、その腕前は既に一人前だ。
決して、治癒室での仕事がこなせないというわけではない。
ではなぜ彼女は礼拝堂に居ることが多いのか。
その理由は単純で、多くの人にそれを望まれているからであった。
神に祈りを捧げるのが聖職者の役割だが、その中でも桃原愛美は直接女神と会ったことがあり、更には今後会う機会もある。
勇者として女神に使命を直接授かった存在でもある。
そんな彼女に祈りを代弁してもらうことは、民衆にとって夢のようなことだったのだ。
そんなこともあり、彼女の人気は驚くほど高い。
教会へ来て数週間とは思えないほど、彼女は絶大な人気を勝ち取って居た。
それにはもちろん、彼女の人の良さも影響している。
優しさと接しやすさ、そして神聖さを備えた彼女は、まさに天の使いと言うにふさわしいものだったのだ。
「本日も礼拝堂の方でしょうか?」
そういったこともあり、彼女が教会に行くと聞かれることはこれ一択だ。
普段ならばそれを肯定するだけなのだが、今日は違う。
「いえ、本日は女神様からのお願いで…教皇様に会いに来たんですよ」
「そうだったのですね!でしたらすぐ話を通してきますので、少々お待ち頂けますか?」
「ありがとうございます。お手数おかけします」
いつもの勝手で礼拝堂の近くまで行き、そこで数分待ったくらいだろうか。
ラテラが駆け足気味にこちらへ戻ってきた。
「お待たせしました…!案内しますので、こちらへ」
「ありがとうございます」
教皇がどこに居るか、何も聞いていない桃原愛美としては案内してくれることはありがたい。
彼女はラテラについて、礼拝堂の更に奥の部屋へと向かった。