第27話 聖なる女と書いて聖女
「それで女神様は私を呼び出したってわけね」
「はい、急な呼び立てに応じていただきありがとうございます」
「いいよいいよ。聖女の仕事も面倒だしさ。今更女神様の前で聖女繕えなんて思ってないでしょ?」
枷月葵の一件で、彼女の性格の悪さは露見している。
それは彼女自身も自覚しているようで、女神に対して聖女としての顔を見せる素振りはしなかった。
ぶっちゃけ、ベールとしてもそれはありがたいことだ。
異性でないときは面倒かと思ったが、本音で話してくれる同性ならばそれで良い。
操るというより、協力してもらうというイメージで。
そこは徹底しなければならない。
駿河屋光輝とは違ったタイプの駒なのだから。
「それで、用事って?」
「大変申し上げにくいのですが、駿河屋光輝様の死亡が確認されました」
基本、飄々とした態度を崩さない桃原愛美が、一瞬その表情を変えた。
驚きの表情だ。
ただそれも一瞬のこと。次の瞬間には先程までの顔に戻っていた。
ベールとしてはもっと動揺するかと思っていたが、そこまで思い入れはないのか。
思い入れがないならば、それはベールにとっても有利なことだ。
「光輝くんが、ねぇ。死因は?流石に他殺かな?」
「詳しいことは分かっていませんが、死体は確認できていません」
「それでも死んだって言えるのは…何かがあるってことだよね?言及はしないけどさ。ならばまぁ、十中八九他殺かな」
「…なにか考えが?」
「死体が見つからないんでしょ?証拠消すために燃やし尽くしたとかじゃないの?他殺ならばパーティーメンバーたちの死体も見つかってないんじゃない?」
桃原愛美の理知的な一面に、ベールは驚きを隠せない。
枷月葵に向けた言葉。
嘲笑や煽りの数々からは想像もできないような頭の回転。
これは──駿河屋光輝以上の才能を持つかもしれない。
それでもって腹黒く、自分の元についてるのは彼我の差を弁えているからか。
「仰る通り、パーティーメンバーの方々の遺体も見つかっておりません。ですが──駿河屋光輝様の死亡が推定される場所はダンジョン内です。光輝様がダンジョンに赴くと知っていた者は僅か5名。私と光輝様を含めれば7人です。それも5名のうち3名は裏切りの可能性は極めて低く、残り2名は冒険者ギルドの上級職員でした」
「裏切りの可能性も考慮するべきだけど…情報を盗めるような能力持ちはいないの?」
「監視に対する結界を貼っているの考えにくいかと」
「その結界を超えることができる存在は?」
女神は一瞬思案する。
存在に心当たりはある。
”英雄王”ヤマトもそのうちの一人だ。
それだけでなく、直接記憶を弄る能力を持つ魔族が居ることも考えられる。
それであれば冒険者ギルドマスターが気付くと思うのだが。
「そういった存在は稀ながら存在します。ですが、ならばダンジョン内でわざわざ殺す必要は無いはずです。それほどの力を持つのであれば、街中でも人に気付かれず攫うことくらいはできるでしょうし…」
「じゃあ裏切りの可能性が一番高いのかな?まぁ、裏切り以外の可能性も視野に入れておくべきではあるかな」
魔王軍の情報にはそんな存在は居なかった。
つまり、魔王軍の手ではないということになる。
他大陸からの勢力か。
それならばヤマトが知らなかったのはおかしい。強者が動いたことをヤマトが感知しないはずがない。
ヤマトを出し抜く存在なのか。
そこまでいくと考えるだけ無駄になる。
桃原愛美の話すことに間違いは無い。
ベールには盲点だったが、魔王軍以外にも勇者を狙う手があるのかもしれない。
概ね、他大陸によるものだろうが。
「そうですね。貴重なご意見をありがとうございます」
「まぁそれはいいんだけどさ。用事ってそれじゃないでしょ?」
「流石桃原愛美様。そうですね。それを踏まえてお願いがありました」
「うん?」
言葉を間違えないよう、ベールは慎重になって話す。
彼女の能力は優秀だ。立場も、天職も、今はその力が必須である。
「駿河屋光輝様が亡くなってしまったという事実は民衆の不安を招きかねません。魔王討伐に対する民意が下がっては台無しなのです。ですので桃原愛美様の立場を利用し、光輝様は魔族に謀られて殺されたということにしていただきたいと思っております。魔族に対する恨みを募らせて欲しいのです」
「概ねそんなところだろうとは思ってたけどね。続きは?」
もちろん、女神の要望に続きなどない。
それは桃原愛美とて理解している。
それでも続きを促す理由──それは謝礼を求めていると考えられる。
「もちろんお礼はさせていただきます」
「じゃあこっちから要望出してもいい?」
「はい?」
これはベールにとって想定外だ。
適当に金銭でも与えようかと思っていたが、彼女自身望むものがあるならば手っ取り早い。
問題は、それをベールが用意できるかどうかなのだが。
「魔王討伐後、私を元の世界に戻さなくていいよ。その代わり、この世界でのかなりの地位を用意して欲しいな。教会の頂点とか、さ?」
───なるほど。
彼女の底が見えた。
望むものは地位、すなわち権力。
であれば、相応の地位さえ用意できれば協力関係を築くことができる。
「かしこまりました。そのように手配しましょう」
「さっすが女神様!話が分かるね。じゃあそういうことで、後は任せてもらって大丈夫大丈夫」
「桃原愛美様は、魔王戦に参加して頂けるのですか?」
これは女神にとって、最重要と言っても良いほど気になっている点であった。
もちろん、彼女の固有スキルの格は知っている。ただ、詳細な効果までは知らない。
系統も知っているため、戦闘に役立つことは分かっている。
不安なのは、彼女の言い草。
魔王戦が終わった後の権力を望んでる以上、参加を拒む可能性がある。
彼女の代わりになる人材を見つけることは難しい。
「まぁ、そこは参加しても良いかな。その代わり、勝てると思う戦力を用意してね?あまりにも魔王に届かないと思ったらすぐ逃げるから」
「もちろんです。必ず勝てる戦力を用意しましょう」
「それなら参加するよ。実際、私の補助がないってのも厳しいだろうしね」
「感謝します」
「いいよいいよ」
ひらひらと手を振って対応する桃原愛美。
ベールとしては、ありがたい。
駿河屋光輝と違い、謎の正義感があるわけではないが、自分が望むものの為ならば努力を惜しまない。
逆に、正当な報酬を用意できなければ、向こう側に寝返ることも考えられる。
こちらが優勢であること、報酬を用意できることを示し続ける。
そうすれば、彼女は確実に裏切らない。
───彼女は出来る限り国内で飼っておく必要がありますね。また殺されでもしたら厄介ですから。
「で、話はそれだけなの?」
「いえ、実はもう一点ありまして。……桃原愛美様がどこから情報を手に入れているかは存じませんが、勇者内の力の強弱関係を分かっておられますね?」
「ふーん?」
これには驚いた顔をする桃原愛美。
言葉の端々からそれを読み取ったか。
それともどこかでヘマをしたか。
考えるも、答えは出ない。
「まぁ、そうだね。それくらいは知ってるかも。ちなみに最強は空梅雨茜ちゃん。あれはずるいね」
「空梅雨茜様、ですか。それは駿河屋光輝よりもでしょうか?」
「当然当然。ポテンシャルも違うしね。まぁ、対魔族に限定するなら光輝くんの方が強いんじゃない?」
”対魔族に限定する”。
まるで、魔族以外を相手にすることを女神が考慮しているとでも言いたいのか。
それとも、そこまで深い意味は無いのか。
「なるほど…」
「とはいえ、みんな系統が違うから一概には言えないかな。全員集まったら最強なんじゃないの、てレベルではある。私が知ってるのはそれくらいかなー」
この情報戦、女神の方が不利だと考えて良いだろう。
どこで誰とコネクションを持っているのか、桃原愛美の情報は広い。
戦士長と魔術師ギルドマスター、冒険者ギルドマスターの3人とのコネクションを持っているのか。
それとも勇者間で情報を共有しているのか。
下手に情報を吐くような真似はしない。
駿河屋光輝を失った損失を、悟られるわけにはいかない。
「なるほど。詳しくありがとうございます」
「てかさー」
話を変えるように桃原愛美が切り出す。
「女神様の固有スキルってどんなのなわけ?女神様だけ私たちの知ってるのってさ、不平等じゃない?」
「桃原愛美様」
確かに、重要な人材ではある。
ただし彼女はあまりにも鋭すぎる。
ベールの固有スキルは誰かに漏れるわけにはいかない。
知っているのはメイのみ。彼女が自分を裏切らないことはベール自身が確証していることだ。
ただ、他の人物となれば話は別。
誰かに知られてしまっては、確実に計画に狂いが出る。
「その質問を撤回してください。今貴方を失うわけにはいきませんので」
威圧をしながらベールは発言する。
召喚当初の時のように、殺意を込めて。
「あは。何、女神様?やり合うの?私は良いけど?………て言いたいところだけど、質問は撤回するよ。流石にライン超えだったね、ごめんごめん」
「いえ、分かっていただけたなら何よりです」
ベールとやり合えるだけの力があるのか。
神に対して強く効果を発揮するのか。
思わせぶりな発言の仕方が上手い。ベールに何かを警戒させる素振りが上手い。
桃原愛美に対する警戒レベルをまた一つあげる。
野放しにするのは厄介だと、出来る限り目のあるところで飼っておきたい対象だと、認識を改める。
「まぁ、約束を守ってくれるならさ。私のことは上手く使ってよ。私は女神様に大人しく従うことにするから」
それでも女神に従順な姿勢は見せている。それがベールにとって、数少ない救いでもあった。
駿河屋光輝と違い、手綱を握るのが難しすぎる相手だ。
駿河屋光輝を失った大きさを痛感する。
代わりの駒はいくつか用意していたが、ここで失うには早すぎる。そして、桃原愛美は厄介すぎる。
「それじゃ、私は行くね。女神様も体に気を付けてね〜。あ、女神様が風邪を引くかは分かんないけど」
話が終わったことを読み取ったか、桃原愛美は軽い調子で部屋を出ようとする。
彼女の調子は部屋に来たときから一度たりともあの様だ。
───私が逆に踊らされている?そんなことは…
ないはずだ。
まさか、桃原愛美がベールを操ることなど。
───最悪、アレを使えば良い。だから大丈夫だ。
奥の手は切りたくないが、展開が早まってる以上、考えておくべきだろう。
それより──
「桃原愛美様、貴方は何者なのですか?」
──もちろん、素直に教えてくれはしないだろうが、問う。
「私?私は…ただの勇者に過ぎないよ」
ただ、そんな女神の予想と反して。
彼女の答えはどこか、自嘲めいたものだった。