第26話 女神の誤算
新章です。
これからもよろしくお願いします。
「光輝様の死亡が確認された、と?それは確かなのですか、メイ」
「はい、確かです。私の能力で確かめたところによると──やはり死亡しています」
「最後に確認されたのはダンジョン入り口なのですね?ダンジョン内で姿を変えた可能性というのは?」
「ダンジョン受付の者によると、その可能性は限りなく低いそうです。持ち物から考えてまず考えられないかと」
対魔王戦力が揃い始め、勇者たちがある程度まで育ったら開戦しようと思っていた矢先、ベールは思いも寄らない報告を受けていた。
最も簡単であるダンジョンで、勇者の一人であり最強候補である駿河屋光輝の死亡が確認されたのだ。
これにはベールも内心舌打ちをしていた。
せっかく愛想を振り撒いていた相手だったと言うにも関わらず、駒を直ぐに失ってしまった。自分の努力がすべて無駄になったかのようだ。
「なんで駿河屋光輝が……よりにもよって最強候補が居なくなる……」
ただでさえ、<召喚の儀式>において一度失敗を犯してしまっている。既に2人もの勇者を失っているのだ。
この損失は大きい。
他の大陸にアドバンテージを取るための勇者が一人でも居なくなるということ──それはこの大陸唯一の強さが失われていくことに繋がる。
大陸間における干渉というのは少なく、この大陸にいる魔王の問題は自分たちでの解決が求められる。他大陸は基本、手を貸す事はないのだ。
大陸間での仲が良くないことに起因するのだが──だからこそ、各大陸は他大陸に負けず劣らずな戦力を有している必要があった。
それはベールとて同じことだ。
他大陸で召喚される勇者と比べ、ベールの大陸で召喚される勇者は能力も強力で、人数も圧倒的に多い。
それは他大陸への威嚇となるし、何より能力が不明な異世界人というのは、軽率な行動を未然に防ぐ良い予防薬となっていたわけだ。
その薬の20%をベールは既に損失している。
「とりあえず……これは他大陸に漏れないように情報統制を行ってください。勇者が一人欠けたという事実を公に流すのは良くないです」
女神は今、仕事部屋にいた。
貴族たちから送られてくる書類の処理と、他大陸からの要望に関する書類に目を通していた。
そんな中、急にこの悲報だ。
機嫌が悪くなるのも仕方がないことだった。
「既に勇者が死んだのか、女神ベール」
ただ、そんな不機嫌もすぐにどこかへと飛んでいく。
ベールでもメイでもない、謎の声の主によって、だ。
それはいつからこの部屋に居たのか。
急に男の声がしたかと思うと、全身に悪寒が走る。
隣に居るメイも同じようで、小さく震えながら顔を伏せていた。
「おいおい、無視をするこったねーだろ?」
窓際から聞こえる荒々しい男の声。
放たれる圧倒的な存在感。
それはこの大陸に住む、どんな生物よりも強大で、強力で──
「な、なぜ──」
女神が言葉に詰まる程には烈しいものだった。
「んぁ?それは俺がなんでここに居るかって話なのか?」
女神は顔を窓の方へと向ける。
そこにはやはり、想像した通りの人物がいた。
茶色く染められた髪に、高い身長。逞しい筋肉と威圧感のある体格は見る者を恐怖させる。
それだけではなく、目の前に居るだけで”生物としての格の違い”を思い知らされるような何かを放っている。
「ヤマト……」
「おうおう、女神ベールよ。どうした、名前なんか呼んで?抱かれたくなったのか?」
「いえ、断じてそのようなことはありませんが」
ベールが最も警戒する人物の一人。
そして、駿河屋光輝に死なれては困る理由の一つでもある。
”英雄王”ヤマト。
世界最強クラスの実力を持ち、気まぐれに魔王を殺した男。
その力は神すらをも凌駕し、それ故にアマツハラに神は存在しない。
「まぁ俺もお前なんざ抱く気はねぇけどよ。お?そこにいる嬢ちゃんはいいじゃねえか。ちょっと顔上げてみろ」
次に標的になったのはメイ。
我関せずという態度を取っていたメイだったが、ヤマトの覇気によってその顔を上げざるを得ない。
「めちゃめちゃ美人じゃねぇか。いいねぇ。どうだ?今夜俺と過ごさんか?」
「い、いえ。遠慮させていただきます…」
あの男らとは違う。
圧倒的に格上の存在。
強く言えば命は無いと、簡単に悟ることができる。
「そう言うなよ。────あぁ、でもつまんねぇな、お前。やっぱ興味失ったわ」
何を見て判断したのか。
メイには全く分からない。
彼が何を考えているのか。
何故急に興味を無くしたのか。
英雄色を好むと言うが、本当に彼が望んでいるのは色なのか。
「それで、ヤマト。何用でここに来たのですか。勝手な行為をあなたの国の王が許すはずがありません」
「許す?俺が何故許可なんか取らなくちゃいけねぇんだ?…と言いたいところだが、そうだな。俺もあいつにゃ逆らわねぇよ。ちゃんと要件があって来たわけだ」
「それを聞いているのです」
女神のあからさまにイライラとした態度を物ともせず、ヤマトはヘラヘラとした様子を辞めない。
普段であればメイも仲立ちするのだが、それを期待するほどベールも馬鹿ではない。
「まぁまぁ、んな怒ることはねぇだろうよ。要件だが、お前のとこに貸してる魔王討伐用の戦力を回収しに来たんだよ」
「回収?何故です?まだ契約期間は過ぎていないはずです」
「こっちにも都合ってやつができちまったのよ」
女神は魔王に対抗する戦力を自大陸で補うことを最優先としていた。
だが、あくまで保険として、アマツハラから強者を3人レンタルしていた。
勇者と自大陸の強者。それらでおよそ倒せるだろう魔王も、以前のような異常が起きてしまうことを考えると不安になる。
前回の反省を活かし、勇者は別々で行動させているのだが、それでも保険はあるに越したことはない。
実際、それを回収されても問題は無いのだ。いや、問題は無い予定だったのだ。
駿河屋光輝の死がそれを覆したということを除けば。
彼の死によって全てが狂った。
勇者が1人脱落するということは、それを埋める戦力が必要なのだ。
その為に今、借りている強者を返すわけにはいかない。少なくとも1人は残ってもらう必要がある。
「都合ですか…」
「つーか、勇者既に死んだんだろ?魔王倒す手立てがねぇなら貸せないんだが?」
この切り口は考えていた。
元々、自大陸で倒せるがあくまで保険として、という条件で借りていたのだ。
これは干渉を禁じられている以上、仕方がない。
「魔王を倒す算段は付いています。ですが確かに勇者が死んでしまっているのは不安でしょう。3人借りているうち、2人だけでも残していただけませんか?」
「魔王を倒せなかったお前らが、か?その算段っていうのを聞かない限りは答えかねるな」
ヤマトの恐ろしい点は、こう見えて頭が回ることだ。
ただの馬鹿ならばどれだけ力があろうと言い包められる。ただ、彼に関してはそう行かないのだ。
ベールにとっては厄介極まりなかった。
力でも勝てず、知恵でも簡単には説き伏せらてない。
しかも、理知的ながら最後の手段として暴力を使うことも遠慮しない相手だ。
今まで交流は数回しか無かったものの、毎度面倒な結果になる。
だが、今回に関して言えば、その返答が来ることを女神は分かっていた。
「革命級の固有スキルを持った勇者が複数人居ます。ポテンシャルも高く、天職も優秀なものばかり。過去最高の勇者たちです」
「ほぅ?」
だからこそ、ヤマトを説き伏せられる理由を用意できた。
「前代未聞の数です。革命級の固有スキル持ちが5人。どうですか?」
革命級という情報は確かだ。
本人たちにはそれぞれ、個別で教えていた。
誰が何級なのかをすべて知るのは女神のみ。
この情報は切りたくなかったが、今切る他ないだろう。
「それなら納得だな。良いだろ、3人そのまま貸しといてやる。こっちの上には俺から伝えとくさ。強者が多いのは良いことだ」
「もしかしたら…あなたに並ぶ強者が現れるかもしれません、ヤマト」
その言葉に、ヤマトはニヤリと笑みを見せた。
下衆いた笑みではなく、本心から面白そうな顔。
ヤマトが強者を好み、自分と対等なレベルまで強くなれる存在を探していることを知っていた故の、一手だった。
もちろん勇者たちがヤマト並に強くなれるとは思っていない。
彼は特別なのだ。とても常人が追いつけて良い領域ではない。
それでも、勇者たちの成長が誤った方向へと進んだならば──可能性は出てくる。
「はっ!そりゃ楽しみにさせてもらうぜ。まぁ、俺の話は以上だな。期待してるぜ、ベールさんよ!」
ヤマトはすぐさま転移の魔法を使い、部屋から出て行った。
魔法名を唱えずに魔法を使うという行為も人間離れしている。
気まぐれな男だ。
最強故に許されるその態度に、文句をつけられる者はいない。
「ベール様、大丈夫ですか?」
ヤマトが居なくなったことを確認したからか、メイが口を開いた。
───そういえばメイは彼に会ったのが初めてでしたか…。
「えぇ、大丈夫です。メイこそ大丈夫でしたか?」
「はい、かろうじて大丈夫です。あの者は一体何者なんですか?」
あまりにも常人離れした存在だと、メイもその直感で気付いたのだろう。
ベールの屋敷には、外からの転移に対する結界、魔法に対する結界、監視に対する結界が貼られている。
それにも関わらずヤマトは直接部屋に乗り込んできた。
「あれが英雄王ですよ」
「あれがかの英雄王なのですか…。館の人たちは無事なんでしょうか?」
神殺し。竜殺し。鬼殺し。
数々の異名を持つ英雄王。
この世界でその名を知らぬものはいない。
「駆けつけなかったのは<静寂>を使っていたからでしょうね。さすが、抜かりないです」
魔法名を唱えずに魔法を使うというのは非常に難易度の高い技だ。
しかも魔法陣まで隠蔽していた。
<静寂>の魔法を使っていたならば辻褄は合うのだが、そんなことができる存在が居るのか。
「目的は本当にあれだけだったのでしょうか?」
「でしょうね。彼は気分屋ですから。厄介なことには変わりがありませんし、何より駿河屋光輝の死を知られてしまったのは面倒ですね。この大陸で知れ渡るのも時間の問題でしょう」
そこで女神はふとあることに気付く。
そもそも駿河屋光輝は何故死んだのか、という点だ。
駿河屋光輝の挑戦したダンジョンは過去最高レベルで簡単であり、ベテラン冒険者含むパーティーで攻略できないはずはない。
なにかミスを犯したと考えるのが普通だが、彼はああ見えてやる時はやる男だ。
ミスをするとは考えにくいし、たった1つのミスでパーティーが全滅するとも考えにくい。
───何者かによる暗殺?魔族がダンジョンで待ち構えていた?情報を持っている人間は少なかったはずですが……そもそもダンジョン近くまで魔族が接近すれば気付くはず…。
考えるも、答えは出ない。
ただ、ダンジョン内での死亡よりかは、何者かの介入によって殺害された可能性のほうが高いだろう。
情報が少なく、要因の特定は難しい。
ダンジョン内を捜索すればある程度の情報は得れるかもしれないが、ダンジョン内では魔力の流れが定期的に変わるために、魔素の残りから何かを特定することは難しい。
戦士長や冒険者ギルドマスター、魔術師ギルドマスターあたりの裏切りは考えられない。
つまり、情報を知っている数少ない冒険者ギルドの職員から漏れたか。
ベールの力で白状させることは出来るが、かなり面倒な手続きを踏む必要がある。
───確か情報を知っているのは2人でしたか。
「メイ。冒険者ギルドの職員で、今回駿河屋光輝パーティーがダンジョンを攻略するという情報を持っていた2人の職員ですが、容姿を確認してきてもらっても良いですか?」
「かしこまりました。裏切りの可能性ですか?」
処理してしまっても良かったが、メイの能力がある以上は泳がせておいて問題ない。
密通などをするようであれば、そこを特定することもできる。
「えぇ、そうです。不穏な動きをするようであればいつでも処理ができるような手配もお願いします」
「かしこまりました」
駿河屋光輝が死んだ以上、作戦の大幅変更を図る必要もある。
死体さえ見つかれば蘇生を試みたのだが、残念なことに死体は発見されていない。
駿河屋光輝の代替となる人間は後々探せば良いが、目前の問題は勇者の死によって人々のモチベーションが下がることだ。
幸い、隣国へ情報が伝わるのは遅れるだろう。
帝国のように巨大な国に伝わるのは絶対に避けたい。
不幸中の幸いか、そちらの方面には夏影陽里と角倉翔を派遣している。
しばらくはその2人の勇者に注目が集まるだろう。
問題は自国だ。
王国にその情報が伝播するのは避けたい。
できる事なら、勇者駿河屋光輝は下劣な魔族の手によって貶められた、ということで死を処理したい。
その為には女神自らの発言が求められるだろう。だが、それも今は避けたい行為。
となると、その言葉を女神の代わりに発言する存在が必要になる。
「メイ、連続で申し訳ないですが、その前に桃原愛美を呼び出して貰えますか?計画の大幅修正をします」
考え抜いた結果、聖女である彼女が適正だろうと判断された。