第23話 王都近郊地下洞窟ダンジョン(1)
王都を離れてから歩いておよそ40分の場所に、地下洞窟ダンジョン「クレイス」は存在する。
このダンジョンが生成されたのはおよそ半年前だ。王都の近くの警備を担当していた衛兵が、その存在を確認した。
ダンジョンの難易度は、主に二つの要因に左右される。
一つ目はその場の環境によるものだ。魔素の濃度が高ければ高いほど、ダンジョンも難しくなっていく仕様だ。
王都の近郊という、生活圏に非常に近しいこともあり魔素は濃い。ここで、二つ目の要因が関わってくる。
二つ目の要因、それは、上位存在との位置関係だ。例えば、魔王や女神。魔王が近くにいるダンジョンの難易度は飛躍的に上昇し、逆に女神に近い場合は低下する。王都には女神がいるから、このダンジョンの難易度は過去最低レベルで低い。
発見から今に至るまでの半年間、ダンジョン攻略に関わる会議が三度行われてきたが、その全てが「次の勇者召喚にて召喚された勇者に攻略を任せる」というものだった。三度も会議が行われたのは、目先の報酬に目が眩んだ冒険者たちが再検討を求めたからである。
とはいえ、もし危険だった場合、勇者を失ってしまうのは非常に惜しい。そのため、ダンジョンが安全かどうかは既に確認されている。さらにはダンジョンの構造までベテラン冒険者がチェック済みだ。
あくまでダンジョン攻略のチュートリアルとして用意されたダンジョン。ボスさえ倒さなければ入場も自由だし、入退場がある程度管理されているレベルのダンジョンなのだ。
女神の指示を受け、光輝たち5人はクレイスまで来ていた。
入り口には簡易的なカウンターがあり、そこで回復薬などの最低限のアイテムを揃えることも出来るらしい。
女神からある程度のアイテムを授かっている光輝には不要だが。
「勇者様でしょうか?お話は聞いております、クレイスへの挑戦でお間違いないでしょうか?」
ダンジョンの入り口に近づいていくと、カウンターに居た受付嬢のような人物に声をかけられる。茶髪ロングの若い子だ。
「はい、なにか手続きとか必要でしたか?」
光輝はその声に爽やかに答える。
「いえ、そのまま入っていただいて大丈夫です。くれぐれも無理せぬよう、頑張ってください」
若いのに優秀なのか、光輝を前にしても狼狽える様子もない。むしろ、早く行けと急かさんばかりであった。
「ご丁寧にありがとうございます」
「ですがその前に一つ、お名前だけ伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい。駿河屋光輝といいます」
「わかりました、駿河屋様ですね。ご健闘を祈っております」
そうして、5人はダンジョンへと足を踏み入れた。
・ ・ ・
ダンジョンは洞窟というだけあって薄暗い。
入り口はあくまで洞窟の入り口といった感じで、経験のない俺は一瞬躊躇ったが、後ろに仲間がいることを考えて堂々と入っていった。
「……肌寒いですね…」
踏み入れてはじめに言葉を発したのはルーナだ。
確かにルーナの言う通り肌寒い。昔、観光で洞窟のような場所に行ったときも感じたが、洞窟の中に入ると急に冷える。岩が冷えているというのと、日が入らないということが関係しているのだろう。
「ルーナ、大丈夫ですか?」
「光輝様、心配には及びません」
寒いと言いつつ震えている様子のないルーナは、何かしらの対策を取ってきているのだろう。
「みんな、ちゃんと陣形を組みましょう」
そこで俺は指示を出す。いくら簡単と言われているとはいえ、ダンジョンはダンジョン。気を抜いて良い場所ではないのだ。
「ダンジョンにしては…やけに道が真っ直ぐですね」
「まだ上層だから…?」
「ん〜〜、5階まであるんだっけ?」
カイル、アビー、アーニャもそれぞれ思ったことを言っている。それは光輝も思っていたことだった。
「アビー、警戒は怠らないでくれ」
「りょうかい。………………てあれ?」
訝しげな声を出すアビー。
「どうしました?」
「前方から…敵が4体。人型…。全員武器持ち、スケルトン?」
「ありがとう!みんな!戦闘態勢になってください!」
カタカタカタカタッ
前方から奇妙な音が聞こえてくる。暗くて前がよく見えていなかったが、さすがは盗賊ということか。
カタカタカタカタカタカタッ
音は大きくなってくる。
そして、俺たちの視界でも捉えられるほどに近づいてきている。
「冷静にかかれ!カイルはアーニャとルーナを守るように!!俺が先陣を切る!アビーも援護を頼む!」
「「「了解!」」」
ショートソードを持ったスケルトンが3体と、弓を持ったスケルトンが1体。
剣持ち3体が前になるよう、ひし形の陣形を組んでこちらに近づいて来ている。
「行くぞっ!」
「<火球>ッ!」
先手はアーニャの魔法だ。赤い魔法陣から炎の球が発射され、スケルトンに一直線に向かっていく。
それを避けるほどの知能がないのか、はたまた反応できなかったのか、前にいた剣持ちの1体が炎の球に直撃して消し炭になっていった。
他の3体がそれを気にする様子はない。
───陣形かと思ったが…あれは本能的なものか?
「はぁっ!」
剣を抜き、真ん中のスケルトンを真っ二つに切る。骨だから切れないかと思ったが、それはいらない心配だったようだ。
「ふっ!」
他の2体が俺に注目したところで、すかさずアビーの一撃が後ろから弓持ちに直撃する。音もなく背後に回り込めるのは盗賊の強みだ。
「はっ!」
そして、俺は先程振り下ろした剣を返し、振り上げることでもう1体のスケルトンを斬る。スケルトンが俺に向かって剣を振り下ろすよりも早く、スケルトンは真っ二つになり、活動を停止した。
「お疲れさまです」
「お疲れさまでした、さすが光輝様です」
「皆さん、回復が必要な方はいますか?」
すかさずルーナがサポートを申し出る。
が、
「いや、誰も怪我はしてないから大丈夫だよ」
呆気なく戦闘が終わったため、負傷者は居ない。
「それなら良かったです」
尤も、ルーナも本気で負傷者が出ているとは思っていないだろう。彼女にとっても気遣いのようなものだ。
「戦利品の話なのですが」
戦利品については盗賊であるアビーが率先して話し始める。
それに合わせ、俺たちも地面に転がっているスケルトンだったモノに視線を落とした。
「戦利品と呼べる戦利品はない…。スケルトンの骨は脆すぎる……なにより、剣や弓もしょぼい」
アビーはこのパーティーの知識人としても活躍している。魔獣の情報や素材の価値などに関する知恵が幅広いのだ。
パーティーメンバーにそういった知識が豊富な人間はアビーを除きいないため、重宝している。持ち帰れる量に限りがある以上、ある程度の選別は必要なのだ。
「特別この素材がほしい人がいなければ…これは放置で行く」
「わかりました。アビー、ありがとう」
「いえいえ〜?」
大した消耗のない戦闘では、休憩を入れずに進んでいく。こまめに休憩を入れすぎると逆に疲れが溜まり、その場から動けなくなるからだ。
今回は出口に近いから心配は必要ないとは言え、万が一のことも考え一行は進む。
「隠し扉とか、そういう類のものは?」
「ない。本当に一直線っぽい、です」
ちなみに、道は一直線に続いていた。分岐路もなければ、隠し扉も罠もない。魔獣でさえ現れない。
それは、まるで最初の一戦とこの階層がチュートリアルのようなものだと言っているようなもので。
「これは──2層以降が怖いな」
そんな感想が俺の口から自然と溢れ出た。
「とりあえず、進みましょう」
どちらにせよ進むしかないので、結局することは決まっているのだが、それ以上に先程の俺の発言は冗談のようなものだと捉えるメンバーしか居ないようだ。
緊張している様子が、一切ない。
俺に絶対的な信頼を置いているのがよく分かり、それに俺は頬を緩める。
そうして何事もなく進んでいるうちに、気づけば下の階層に繋がるような道を見つけたのであった。
・ ・ ・
道は、少し狭い洞窟のようだった。下に続く道だとわかるのは、大して長くないから先が見えていることと、今までと比べてその空洞が下に傾いていたからである。
ご丁寧に一本道になっている。その為、ただ歩くだけで次の層に到達できた。
第2層も同じく、薄暗い洞窟のようだ。
道は先程より広い。そして何より分岐点がある。
ここに来てようやく、本格的なダンジョン化してきている。
「先程よりも薄暗いです。気をつけながら進みましょう」
先頭を行くのはアビーだ。
<暗視>のスキルを持っている彼女ならば迷うことなく進める上、彼女の持つスキル<|洞窟の導き《》>は分岐点の先が行き止まりの場合、それを知ることのできるものらしい。
低位のダンジョンではそれを対策するような仕掛けはない。その為、彼女に先導して貰えればスムーズにすすめるというのだ。
分岐点は右と左の二手に分かれているが、アビーは迷うことなく左の道へと進んでいく。
他の4人もそれに付いていく。
結局、何事もなく次の階層への道を見つけた。
魔獣が一匹も居なかったのは不自然だが、間違った道を進んだら居たのかもしれない。
最も簡単なダンジョンなだけあって、一行は止まることなく進めていた。
・ ・ ・
3層も相変わらず洞窟のような場所だった。
そろそろ変わり映えしないダンジョンに飽きてくる頃だろう。
2層との違いは、目視できる地点に既に魔獣がいるという事。
道を塞ぐのは人型のアンデッドたち。
スケルトンと違い、骨に革が張り付いている。怨死霊と呼ばれる魔獣だ。
弱点は他のアンデッドと同じく火。もしくは聖なるものだ。
数にして6体の怨死霊が道にはいた。
迂回ルートはない。
ダンジョンは一本道で、次の階層への道は見えている。
怨死霊たちを突破するしかないということだ。
「アーニャ、ルーナ。頼めますか?」
パーティーで火属性魔法、聖属性魔法が使える2人に怨死霊の処理を任せる。
スケルトンと違い、怨死霊は物理攻撃に対する高い耐性を持っているからだ。
相手がこちらを認識する前に魔法で殲滅するに限る。
アーニャは魔法の取得範囲が広い故に、火属性で大半いで使える魔法は<火炎>のみだ。<火炎>の魔法は人型であれば3体ほどを巻き込める範囲攻撃である。
ルーナが使うのは<聖光>。<火炎>と範囲は同じくらいだが、アンデッド特効の効果を持っている為、怨死霊へのダメージはかなり大きい。
支援系統を主に収めているルーナは攻撃手段が少ない。
「分かりました、任せてください。アーニャ、やりますよ」
「いっちょ頑張りますかね〜」
2人とも武器を手に持ち、怨死霊に向かって構えた。
一本道を塞ぐように立っている怨死霊は、アーニャとルーナの姿に気付いていないのか、呑気にもあちこちを見回している。
「<火炎>!」
「<聖光>!」
そこで、2人からの魔法が放たれた。
赤い魔法陣から紅の炎が顕現し、3体の怨死霊を焼き払う。威力は凄まじいもので、抵抗する間もなく灰と化した。
もう3体の足元には巨大な1つの魔法陣が描かれた。
それは光を増し──神々しい光が魔法陣から溢れ出したかと思うと、治まった時には怨死霊たちの姿は無かった。
魔法の行使に成功したようで、盾を構えて警戒していたカイルもホッとした様子が見られた。
怨死霊が居なくなった道の先には4層に続くだろう小道が見られた。
怨死霊は本来、物理攻撃が効かず、有効な攻撃手段を持っていない冒険者にとっては厄介な敵なのだが、一流の冒険者と勇者のパーティーだ。
問題なく一掃できている。
流石にこのダンジョンは簡単過ぎではないか、と思うも、どちらかと言えば仲間たちとの交流目的だと思い込むことにする。
一行は第4階層へと向かっていった。