第20話 あるメイドの話(1)
あれから数週間が経った。
ガーベラと戦士長からの情報収集は怠らず、出来る限り訓練を終えたあとの動向も探ってもらっていた。
俺はと言うと、王都にある図書館に毎日通っていた。
一度は教会に足を運んだのだが、ラテラに会えることは無かった。と言うのも、俺が想定していたよりもラテラの地位は高く、一般人が容易く会える相手では無かったということだ。
戦士長やガーベラに協力を仰げば問題なかったかもしれないが、それだとどうしても足跡が残ってしまう。彼らが俺に協力しているという事実は隠しておきたかった。
俺が図書館で調べていたことはこの世界の常識に関することがほとんどだ。
魔法やスキル、地理や歴史など、学んでも大して役に立つことはないだろうが、身につけておいた方が良い知識を取り入れていた。
ぶっちゃけ、それはどうでも良いのだ。
この数週間で最も進展したこと──それは、駿河屋光輝を殺す算段を立てられたことだ。
駿河屋光輝なのだが、同じ勇者であるはずの俺よりも数倍強い。しかも仲間が居るらしく、仲間も一流の冒険者だそうだ。
戦士長とガーベラを直接動かすわけにはいかないので俺一人でどうにかする必要があるのだが、奴隷制度がない以上、仲間を作ることは困難だろう。それも、勇者を殺すことに協力的な人を探すのは難しい。
仲間ならば<支配>でどうにかすれば良いのだが、それが難しい理由もある。
尤も、俺がもっと強くなったら…ということも考えられるが、俺の成長スピードよりも彼の成長スピードの方が早いだろう。癪だが、それくらいは理解しているつもりだ。
実戦経験の少ない今が殺し時なのである。
だが、殺すのが難しいこともまた事実。
そこで考えたのが、ガーベラにアイテムを用意してもらうということだ。
この世界にはスクロールと呼ばれるものがあり、見た目は丸められた紙なのだが、そこに宿っている魔法を一度だけ使用することができるという特性を持つ。
ガーベラの魔法をスクロールにいくつか用意して貰い、それを持って戦おうということだ。
出来る限り不意打ちのような形を取ることも忘れない。仲間と思われる人たちは早めに殺しておきたい。
彼らのこれからの行動についてもある程度把握は出来ている。
王都近郊に最近出来たダンジョン──地下洞窟ダンジョン「クレイス」の攻略に向かうようなのだ。
丁度タイミングに合わせた計画は練ってあるため、特に杞憂することはない。
ちなみにだが、ダンジョンのタイミングで殺すことを決めたということ、これが<支配>した仲間ではいけない理由に繋がる。ダンジョン内で正々堂々挑むのではなく、あくまでボスを倒したあとの弱り切ったところを狙いたい。
その為にはしばらく隠密をしている必要があるのだが、人数が増えるとそれが難しくなってしまうのだ。
最悪、支配を使い集団で対抗することも考えるが、実力者にあまり手は出せない以上、対光輝戦での戦力も期待し難いのだった。
そして、固有スキルについても能力を確認していた。
本来であればすぐ確認すべきだったのだろうが、色々と忙しく完全に失念していた。ちなみにあれ以降、スキルレベルは上がっていない。
スキルの効果の変更点は、
<模倣>…<支配>した対象のステータスの一部を得る。
が追加されたことだ。
ステータスの伸びが悪い俺にはご都合スキルのように見えるが、実際は大した量のステータス変化は見られなかった。
騎士たちの多くも追加で<支配>した。ガーベラ打倒の作戦において3人だけ追加で支配したのだが、それとは別にかなりの人数を、だ。
結果、変化した後のステータスは以下のようになった。
名前:枷月葵 Lv52
ステータス:STR…C
INT…S
DEX…D
AGI…D
VIT…C
<支配>前のステータスは以下だ。
名前:枷月葵 Lv52
ステータス:STR…D
INT…S
DEX…D
AGI…D
VIT…D
効果から読み取るに、<支配>した対象のステータスを参照した上で俺のステータスに加算されているだろうから、一般の騎士では大した量にならないのにも頷ける。
俺の<支配>の強い点は従順な集団を作り上げる事が出来るという点だが、それではただの権力者と変わらない。むしろ、強者を<支配>するのは困難な分、それよりも弱いと言える。
一見強い能力だが上手く活用していかないと腐りそうだ。
さて、今なのだが、対光輝戦に使うスクロールをガーベラから受け取る為、魔術師ギルドへと行った帰り道だった。
もちろん例の宿屋に帰るのだが、そろそろラテラに払ってもらうのも申し訳ないと思ってくる頃だ。
彼女がただのお人好しということもあるし、俺に対する勘違いをしていることもある。それを利用することに心は痛むが──現状俺では支払いは出来ないので良いか。
魔術師ギルドの一員として依頼をこなすのも手だろうが、魔法が使えない以上こなせる依頼などないだろう。
───何か金策も考えないとな、と……ん?
いつも通り人通りの多い大通りを通って宿屋へ向かっている最中、俺の耳は何かを聞きつけた。
大通りはかなりの賑わいを見せているのだが、そういった声とは毛色の違う声──人と人とが喧嘩をするような声、だ。
それだけならば特段気にすることはないのだろうが、聞こえたのが路地裏からだったということ、そして女性の否定的な声が聞こえたということ、それが自体の異常性を示していた。
何度もこの道を通っているが、こんなことは初めてだ。細かい見回りによって街の治安が悪くなることは滅多に無いゆえである。
普段ならば気にせず宿へ戻っただろうが──今日は時間があったということと、何故か興味が惹かれた為に、俺は進行方向を変える。
そして、魔術師ギルドから少し離れた路地裏に入っていった。
・ ・ ・
路地は大通りの賑やかさからは想像も出来ないほど暗く、静かだった。
大通りの煩さが遠くのように感じる。
声は更に奥から聞こえてくるようだった。路地裏は思ったよりも入り組んでいて、真っ直ぐ行って右に曲がれば目的の人を見つけられるだろう。
「少しくらいいいじゃねぇかよ」「いえ、困ります」と言ったやり取りが繰り広げられている。女性が一人で路地に入るとは思えないので、連れ込まれたと考えるのが良さそうだ。
聞いている感じ男は3人いるようで、女を取り囲んでいるのだろう。
俺は曲がり角まで到着し、覗き込むように彼らを観察した。
男は案の定3人、ガタイの良い大男たちだった。うち一人は獣人だろう。獣のような耳がある。
とても普通の社会に生きているような人たちに見えないのは、俺が元日本人だからだろうか。
女は赤髪ショート。凛とした顔立ちをしている。
身長は──男たちに比べれば低いが、その顔立ちに相応しいくらいのものだった。
「こんなところに付いてきた時点で覚悟はできてんじゃねぇのか?」
「そういうつもりで付いてきたわけではありません」
「いいから黙って付いてこい。わりぃようにはしねぇからよ」
男たちの態度は、会話から分かるように横暴なものだ。
暴力的な手段に出ることも厭わないのだろう。
それでも女は余裕の態度だ。実際余裕なのかは兎も角、クールな姿勢を崩すことはない。
───何か自衛手段が?
「言っても分かりませんか?下衆い目を私に向けるのはやめ、回れ右をしてください」
───すごい言い様だな…。
俺が感心している一方、男らはもちろん怒り心頭だ。顔を真っ赤にしながら握り拳を作っていた。
「言わせておけば……ちっ。とりまボコしてから連れてくぞ。いいな?」
「おす」
男たちは容赦なく拳を振り上げる。
顔面を殴りつけるつもりだろう。
思い切り振りかぶる姿に手加減など感じられない。
対して女の態度は変わらない。
自信はどこから来るのか、悠々とした態度を崩すことはなかった。
◆ ◆ ◆
「ベール様、それでは行ってきます」
「はい、楽しんできてくださいね」
女神の専属メイドであるメイには休日が存在する。
それはメイドも仕事であるから当然なのだ。その日に限り別のメイドが専属メイドの仕事をこなすこととなる。
メイとしてはこの休日はありがたい。女神の近くに居たくないとか仕事が辛いとかではなく、街に出掛けるのが好きなのである。
朝から街へ行き、昼は甘い物を食べ、何か買い物をして屋敷に帰る。
行きつけのカフェがあるレベルでメイはこのルーティンを好んでいる。
普段のメイとはギャップのある、なんとも女の子らしい趣味だ。
そして今日がその休日なのであった。
女神に挨拶をして家を出る。転移鏡を使っても良いし、女神に言えば休日だろうと使わせてくれるだろう。ただ、街へ行くところからが楽しみなのだ。
第一、屋敷と王都はそこまで遠くない。出入りに面倒な検問があるだけだ。
女神や勇者はそれを好まない──少しでも時間を短縮したい意図もあるだろうが──ので、転移鏡を使っている。
メイは王都までは歩いて向かう。
道はちゃんと整備されているし、多様な草花も見れて心が和む。魔獣や魔族は一切出ない為、安全に行くこともできる。
メイであれば魔獣や魔族が出たところでどうにか出来るだろうが、休日まで戦闘を行いたいとは思わない。
休日のメイにはあるルールがある。
それは、街では力を振るわないというもの。
これは女神とメイの間で取り決めた約束だ。メイが街で力を振るうとなると、ゆくゆくは女神に迷惑がかかることになるのだ。
それが面倒な自体を引き起こすことは言うまでもないだろう。
それくらいはメイも理解している。
だからこそ、振る舞いには色々と配慮しているつもりだ。
だが、どうしてこうなってしまったのか。
突如として男に手を引かれ、抵抗せず行き着いた先は路地裏。しかも計3人の男に捕まることになった。
自分で言うのも何だが、メイの容姿は比較的良いものだ。胸こそあまり無いものの、美しいスタイルと気品を兼ね備えている。
ただ、態度はキリとしたもので、他人を惹き付けない何かがある。
それにも関わらず、何故か男たちはメイに強引に絡んで来たのだ。
それには理由があるのか。はたまた自分を”女神の専属メイド”だと認識しているゆえなのか。
分からない。
路地裏であれば多少の力の行使も考えたが、監視の目がある可能性もある。
こんな時、敬愛する女神ならば的確に状況を判断しただろうが、メイにはそれは出来そうもなかった。
「少しくらいいいじゃねぇかよ」
男たちはメイへの距離をグイグイと詰めていく。
正直、不愉快だ。
「いえ、困ります」
ただ、極力不快感を出さないように返答をする。
「こんなところに付いてきた時点で覚悟はできてんじゃねぇのか?」
そのせいか、男たちは先程よりも距離を詰めて話をしようとしてくる。
3人、全員から舐めるような視線を感じていた。
見た目はムキムキの男たちだ。冒険者という線も考えられたが、この横暴な行動はもしや”裏組織”の人間を思わせるところがある。
裏組織については女神から聞き齧った程度なので詳しくは知らないが、金・暴力・女で動く下劣な組織だとか。
それを考慮すると尚更実力行使が難しくなるのだが。
「そういうつもりで付いてきたわけではありません」
「いいから黙って付いてこい。わりぃようにはしねぇからよ」
やはり、強引だ。
殺してしまうか、とも考えるがそれは良くないだろう。冒険者にしろ裏組織の一員にしろ、誰かが死ねばその情報は瞬く間に広まってしまう。そうなれば主に迷惑をかけることになるのだ。
「言っても分かりませんか?下衆い目を私に向けるのはやめ、回れ右をしてください」
それでもやはり不快であることに変わりはない。
その上、こちらが遠慮すれば容赦なく来るのだ。ある程度強い言い方もするべきだろう。
「言わせておけば……ちっ。とりまボコしてから連れてくぞ。いいな?」
「おす」
と思ったのだが、想像していたよりも面倒な事態を引き起こした。
男たちの顔はみるみる赤く染まっていき、握り拳まで作っている。
堪忍袋の緒が切れたのだろうか。どこで地雷を踏んだのか、メイには分からない。
流石に反撃しないとまずい。だが、反撃をするのもまずい。
そうこう考えているうちに、男たちの拳が振り下ろされる──
「<火炎>!」
──瞬間、男たちの後ろから巨大な火の球が現れた。
それは男たちが反応をする間もなく、3人を灰に返した。
何が起こったのか。
兎に角、謎の人物が自分を助けてくれたことに変わりはなかった。魔法を使えないメイにとって魔法の強弱は詳細に測りかねるが、男たちを一瞬で跡形も無く消す魔法──あえて火属性魔法を選ぶところに知恵を感じられた。
メイに集中していたところ、後ろから強力な魔法が飛んでくるなど災難なことだ。
状況を直ぐ様判断したメイは、自分を助けた人物──男に近付き、手を引くと、出来る限り遠くへ行こうと走り出す。
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