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女神にまで「無能」と言われた俺が、異世界で起こす復讐劇  作者: 騙道みりあ
第6章 女神にまで「無能」と言われた俺が
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第181話 日/常

 転移先は更なるダンジョンに続いていた──なんてことはなく、無事にダンジョンの入り口まで帰ってきていた。

 それも、真のインテリタスではなく、見張りの魔族と別れたところまで、だ。


 散々転移トラップに苦しめられておいて迂闊だったが、それもダンジョン攻略の疲れによるものだろう。普段であれば何の注意もせず転移魔法陣を踏む、そんなことはしない。


 結果的には安全に帰ってこれたので良しとしよう。反省は勿論しているが、とにかく疲れを癒やしたい、そんな気持ちのほうが強かった。


 見張りの魔族からの「おかえりなさいませ」という言葉を受け、そのまま俺たちは魔王城へと帰っていく。

 パンドラとベルゼブブは姿を消している。色々と言及されるのが面倒だからである。

 ちなみに本人たちからの提案だった。


 そんなこんなで魔王城の前までスムーズに帰ってきた俺たちは、帰り道のインテリタスとの格差に乾いた笑みを溢す。

 力ない笑顔で顔を合わせる俺たちの内心は通っていた。


「おかえりなさいませ、魔王様方」


 そこでは総帥が俺たちを待っていた。

 いつも通りの服装に、刀を一本携帯している。変わりのない総帥の姿だ。


 俺たちに気付いた彼は駆け足でこちらに寄ってきて、その場で跪く。雫が手で立つように促すと、その場でスッと立ち上がった。


───にしても……


 相変わらず綺麗な立ち姿だと思う。

 背筋がピンと伸びていて、それでいて身長が高いこともあり、優雅だ。見た目は若いが、渋い執事のような上品さが伺える。


「総帥、留守の間、ご苦労だった」

「いえ、当然のことです故」


 形式的な挨拶を堅い表情で交わす二人。

 その一瞬の間に総帥の視線は俺たちを見回し──何も問題はないと判断したのか、再び雫へと視線を戻した。


 その動きを雫も気付いているだろうが、決して無礼だとは思わない。ダンジョン入口で見張りをしている魔族がいるとはいえ、魔王城に帰ってきた主一行が怪我でもしていようものなら、すぐに治療をしなくてはならないからだ。

 今一度自分の目で確かめ、その上で問題がないことを確認してから話を進める。怪我人をいつでも運べるよう、治療できるように何人かは待機させているに違いない。


 帰ってくるタイミングは分からなかったにも関わらず、万全の準備ができている。総帥の手腕、恐るべしと言ったところだ。


「変わりはなかったか?」

「兄上様のご友人──魔夜中紫怨様が数日前より魔王様に話があるとのことで滞在しておられます。魔獣の被害もいつもより少なく、安定した状態です」

「紫怨が来てるのか?」

「はい」


 俺ではなく雫に用事──となると、タクト経由でなにか伝えなければならない事柄がある、とかだろうか。

 一度女神の所へ帰ったということもあり、女神の新たな動きを掴んだために報告をしに来たのかもしれない。


 可能性は数多あれど、どれも会ってしまえば済むものだ。深く考える必要はないと思考は放棄した。


 それは雫も同じようで、まずはどう対応するかを考えていた。

 流石に数日も待たせていると申し訳ない、それも兄の友人となれば罪悪感も湧くというものだ。


「すぐに準備をして面会しよう。総帥、参謀、宰相、赤龍にも参加するように声掛けを。それと───」


 話しながら、雫は宙で手を動かす。

 異空間への入り口──ただしポケットサイズ──に手を突っ込み、スムーズに何かを引き抜いた。

 当然、人工魔力器官だ。


 初めて見たであろう総帥は、鋭い眼光で雫が右手に持つ魔道具を観察する。

 しかしそれも一瞬のことで、敬愛する魔王の意図を汲み取った彼は、雫からの指示を待っていた。


「──これを医療隊長に渡してくれ。メイの治療を任せる」

「はっ、かしこまりました」


 あくまで目上の人から受け取る物だということもあり、自ら近寄り、跪いて受け取る総帥。

 渡した雫が手を離すと、ゆっくりと立ち上がり、受け取ったものに間違いがないかを確認した。


「──銀」

「はっ。ここに」


 少し離れた位置で名前──と思われる呟きを溢すと、それに呼応するように総帥の影から一人の魔族が現れる。

 くノ一のような見た目だ。というか、くノ一を想像して作られた特殊部隊員のようなものに違いない。


 総帥は雫から受け取った人工魔力器官を銀と呼ばれたくノ一に渡す。

 彼女はそれを受け取ると、再び影の中へと消えた。指示はずっと聞いていた──むしろそのために待機していた可能性までありそうだ。


───気付かなかったなぁ……。


 気を抜いていたせいか、影に魔族が隠れていることに気がついていなかった。

 ルリやラルヴィアの反応を見る限り、彼女らは気付いていたのかもしれない。……ラルヴィアはどちらにせよそこまで興味を示さないだろうが。


「それでは、魔王城までお供させて頂きます」


 先導して歩き始める総帥に、俺たちは静かに付いていく。

 進みはゆっくりとしたものだ。なんで偉い人って歩くのが遅いんだろうね。永遠の謎である。


 そんなことはどうでもよく。


 動きが遅いこともあり、魔王城に入るまでにも1分ほど掛かってしまう。急ぎ足で魔王様が転倒なされた……なんかよりは良いのかもしれないが、時間は有効に使いたいものである。


「招集の時間もある。1時間後に玉座の間に皆集める、ということでどうだ?」

「かしこまりました」


 王に会いに来て、帰ってきたばかりにすぐ予定をあけろ、というほど紫怨は非常識ではない。

 勝手に会いに来てる以上、目上の人間の予定を伺うのは当然のこと。紫怨──勇者にとって魔王が目上かはともかく、それくらい出来て当然という判断からの1時間後の招集だ。


 尤も、これでも雫なりに急いではいるに違いない。これ以上待たせるのは申し訳ない、と心の中では思っているのだ。


「それじゃあ、俺は紫怨に会いに行ってくるよ。ルリとラルヴィアはどうする?」

「……私は少し休む予定。招集もパスで。どうしても私が必要なこともないはず」

「私は何か食べるものを探そうと思います。1時間後には向かいますので、ご安心を」


 ラルヴィアは相変わらずだが、ルリは意外だった。

 それほどまでにインテリタスはルリに負荷を与える設計だったらしい。色々と無茶もさせてしまったし、暫くは休んでもらいたいものだ。


 歩いていた俺たちは、ようやく魔王城のエントランスホールを抜ける。無駄にだだっ広いことを除いても、普段かかる以上の時間はかかっていた。


「……それじゃ、私はここで」


 相当限界なのか、いつもより目がとろんと──眠そうにしているルリはドロップアウトだ。一人で寝室に向かっていってしまった。

 静かながらも無口ではないルリがここまで話さないのも新鮮だった。


「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」

「……ん」


「では、私もここで抜けさせて頂きます」


 続いて、ラルヴィアもどこかへ行こうとする。

 俺と雫、総帥が向かうのは上の階だが、ラルヴィアの目的である食堂・厨房は一階だ。わざわざ上の階に行くのが億劫だったのかもしれない。


「分かった。食べ過ぎないようにな」

「安心してください。遠慮という言葉を知っています」


 そんな質の悪い冗談を残し、ラルヴィアも厨房へと向かっていく。

 彼女を突き動かす欲望──食欲の強さは、彼女でも制御できないレベルなのだろう。”暴食”を司るベルゼブブですら節度を持っているというのに……。


 迷惑を掛けなければ何でも良いのだ。

 それに、ラルヴィアは中々良い性格をしている。不思議と人に好かれやすいというか……そういったことも考えると、料理に携わる魔族たちに煙たがられるラルヴィアは想像できなかった。

 なんやかんやちゃんと強いので、魔族の中での評価も高いはずだ。


「そういえば、兄さん」

「ん? どうした、雫?」


 再び歩き出した俺たちの隣で、雫が口を開く。

 ふと思い出した、そんな口調だった。


「心配な気持ちは分かりますが、メイのお見舞いには行かないほうが良いです。医療隊長(かのじょ)は通してくれるでしょうが……」

「一応、理由を聞いても?」

「手術室に入ることで部屋の中の魔力を乱さないためです。手術室自体が医療隊長の持つ魔道具の一つなんです」


 手術──そんな言葉を使うから、てっきり現代地球のような科学技術的な場面を想定していたのだが、どうやらその前提が間違っていたらしい。

 回復魔法と同じように、手術もあくまで魔法の一環。その成功率を上げるために、魔力の緻密な調整をするための特別な部屋を設ける。そこに俺が入ることで調整が無駄になってしまうことを案じているのだ。


 元よりメイの元に行く気はなかったが、改めて言ってもらえるのはありがたかった。


「なるほど、分かった。忠告ありがとう」

「いえいえ、それでは1時間後にまた」

「雫もゆっくり休むんだよ」


 忠告を素直に受け取り、俺と雫は別れる。

 紫怨が滞在している部屋の場所だけ教えてもらい、これからそこに向かう予定だ。


「……休めれば良いのですが……」


 別れ際にチラと映った雫の表情は───とても普段の雫とは思えないほどに疲れ切っているように見えた。

 魔王、トップで座っているだけが仕事ではないのかもしれない。


───どんな仕事があるのか、今度機会があったら聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、俺は紫怨のいる部屋の扉を開けた。





・     ・     ・





「……葵か」

「久しぶりだな、紫怨」


 紫怨に手招きされ、彼が座るソファの対面に座る。相変わらずフカフカで上質だ。


「ダンジョンの攻略も無事に終わったようだな。疲れただろう?」

「想像していたよりも厄介だったな……。というか、何度も死にかけた。無事に帰ってこれて安心してるよ」

「ふっ、それは良かった」


 久しぶりというほどでもない。

 ダンジョンの攻略が大変すぎたせいでそう感じているが、実際には大して時間は空いていないのだ。紫怨からすれば「久しぶり」というのもおかしな話である。


 つまり、積もる話があるわけでもない。一応顔を出しておこう、という安直な考えから寄っただけだった。


「……招集の話も聞いた。時間はまだあるんだ。ダンジョンの話でも聞かせてくれ」

「ああ、そうだな───」


 思ったより疲れは溜まっていなかったのか、それから俺と紫怨はしばらく話を続けていた。

 ダンジョンの厄介さ、幾度となく出会った強敵の話───。


 紫怨の表情がいつもより優れていないようにも見えたが、体調でも悪いのかと聞いたところ、どうやらそういうわけではないらしい。


 少し疑問を抱えながらも、俺たちは招集までの時間を潰した。

 紫怨の表情が暗かった理由を、俺は後に知ることになるのだった。





・     ・     ・





 1時間が経って、魔王軍の主要なメンバーが玉座に集められる。

 宣言通りルリは居ない。魔王軍と関係のない人物だと、ラルヴィアと紫怨、陽里が集まっていた。


 玉座に座るのは雫。

 少し離れて、俺も上座に座らされていた。


 緩やかな階段を下った先、跪くのは総帥、参謀、宰相の3人。

 赤龍もその辺りにいるが、跪いていることはない。彼にしては珍しく高級そうな椅子を自前で用意して、ドカンと鎮座している。


 更に後ろには、ラルヴィア、陽里、紫怨。そしてアルトゥラ、ロザリアなどの副官的立ち位置の魔族もそのラインにいた。

 ラルヴィア、陽里、紫怨の3人は頭を下げている。関係がないとはいえ、魔王に対して対等でいられるほど肝は座っていないらしい。ラルヴィアに関しては、単に空気を読んでいるだけだろう。


「皆、よく集まってくれた。急な招集であったこと、まずは謝罪をさせてほしい」

「いえ、お呼びとあらばいつでも駆けつけます」


 始まりはお決まりのセリフである。

 総帥が雫の言葉に返答するところまででセット。これがないと始まらないとでも言わんばかりに、毎度やっていることだ。




「ありがとうございます。魔王様にお伝えしたいこと、そしてお渡ししたいものがあり、参りました」

「ほう? 述べよ」

「はっ。まず、女神の行動についてです。直近で魔族側への攻撃を企む様子はなく、どうやら現在は準備を進めています。大陸の支配が目的で間違いはありません」


 紫怨がはじめに伝えたことは、女神からの侵攻があるにせよ、時間の猶予はあるということだ。

 いや、逆かもしれない。準備をしているから、女神を叩くなら今しかない。今のうちに脅威を排除する必要がある、という警告とも捉えられた。


 それを聞いた雫が、一瞬思案するような表情を見せる。


「勇者はかなり削れているはずだが?」

「他にも切り札があるような素振りでした」

「ふむ……」


 女神を侮ってはいない。

 俺が想像する勇者の戦力では、決して魔王軍に届くことはない。

 総帥やルリを相手取るには不十分だ。


 しかし、女神はそれでも攻めるつもりではいる。となると、確実に勝てる切り札があると考えるのは当然だ。

 それに、<支配(ドミネイト)>の効果で勇者に強化を施せる、そんな可能性も捨てられない。俺と雫でさえ、<支配(ドミネイト)>の効果は多少違うのだから。


「なるほど。情報提供、感謝する。それで、渡したいものとは?」

「それはこの───女神の魔法が付与された魔道具です」


 紫怨が懐から小さな石を取り出す。青く輝くそれは、たしかに魔法が込められている気配があった。


 その様子を総帥は横目で伺っている。怪しいものを取り出さないか──そんなところだろう。


「こちらに」

「いや、良い。直接渡してもらって構わない」


 紫怨から総帥、総帥から雫、とバケツリレーをしたかったらしいが、雫はそれを止める。

 流石に数日も待たせているのにあんまりな対応をしたくない、そんな遠慮の思いなのかもしれない。


 そのやり取りを見て、紫怨は立ち上がり、玉座に向かって階段を登り始めた。

 ここで総帥に渡さないのも意外だったが、特に気に留めることもなくぼーっとその様子を眺める。



 気付けば紫怨は玉座付近まで近づいていた。

 俺の方を一瞥し、意味深な目線を向ける。なんだ……? と疑問に思うも、深い意味はないのかもしれないと無視した。



 そのまま右手に持った魔道具を雫に見せる。渡す前に鑑定させることで安全さを証明しようとしているのだろう。


「蘇生か?」


 跪き、掌の上に石を乗せ、雫の取りやすいような位置に移動する。

 鑑定が終わった雫はそのまま紫怨の持つ石をつまみ上げた。


 興味深そうに石を光に当て観察する雫の様子を見て、紫怨は流れるように腰に刺した剣に手を伸ばす。

 なんだかいつもと持っている剣が違うなぁ……なんて、そんな悠長なことを考えていた次の瞬間、俺の目に映ったものは───



「───は?」



 やけに静かな空間に、ゆっくりと流れる時間。

 映画のワンシーンのように舞う鮮やかな血に、俺の脳は理解を停止する。



 魔夜中紫怨の持つ剣が、雫の胸を穿いた。

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