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第180話 目的を果たして。

 結論から言うと、あれから何かが起こることもなく、俺たち一行──俺、パンドラ、ルリ、雫、ベルゼブブ、ラルヴィアは奥の部屋へと辿り着いた。


 その部屋でも敵が待ち構えていることはなく、部屋にあったのはいくつかの財宝。

 人工魔力器官や対竜巨銃を始めとする、古代文明の産物たちだ。俺はこの世界の魔道具に詳しくないが、ルリや雫の反応からここにある代物の貴重さはうかがい知ることができる。

 目的の人工魔力器官は、小さな心臓のような見た目である。これに魔力を通し稼働させ、素早く移植するらしい。


 他にも見慣れないものが色々とあった。

 鑑定に関するスキルを持っていないため、見ても効果はわからないが──俗な評価をするなれば、高そうだ。装飾の細かいナイフなど、祭礼用を疑ってしまう出来である。


「流石、旧文明の産物だな」

「……ん、私でも見たことのないものは多い」


 部屋は中規模な倉庫と呼べる程度のサイズで、天井は高く、並べられた棚に魔道具が置かれている。部屋の中央にはイブルが使っていたであろう机があったが、それには誰も興味を示していなかった。


 2人で楽しそうに見て回っているのはルリと雫だ。疲労を感じているためか足取りは重そうに見えるが、張り詰めたインテリタスの攻略の終わりに気分が舞い上がっているのかもしれない。

 後ろから見ていると、彼女らの仲の良さがよく分かる。


「なんで私が……」

「それも報いだと思うべきですねぇ」


 ラルヴィアを背負っているのはベルゼブブだった。

 流れでそうなったのだが、ずっとラルヴィアの面倒を見てくれている。


 神に対するイブルの攻撃はよほど強力だったのが、未だ目を覚ます気配は───


「…………」

「あれ? やっと起きた?」


 ベルゼブブの背中で、影が動く。


 咄嗟にその方向に視線を向ければ、ベルゼブブの背でゆっくりと腕を伸ばし、今度は半覚醒状態の目をゴシゴシと擦り、呑気に欠伸までしているラルヴィアの姿。

 相変わらずだな……という感想と共に、「嘘だろ、こいつ……?」と言いたげな表情で固まるベルゼブブに笑いそうになってしまう。


 なんとかそれを抑え、至って真剣な顔でベルゼブブを見つめる。困っている彼女と視線が交差するが、頑張ってくれ。俺には助けられないのだ。


 なお、流石のパンドラも視線を下に向けていて、吹き出すのを堪えているようだった。


「おはようございます、葵。それと、悪魔の方々。葵と契約している方々ですか」

「おはよう、ラルヴィア。まあ、そんなところかな」

「なるほど、分かりました。ところでそろそろ降ろして頂けますか?」

「君ねぇ……? 図々し過ぎないかなぁ…………」

「ぷっ……」


───あ〜……


 ラルヴィアに文句を言いながらも、彼女のペースに飲まれて要望通りに背から降ろすベルゼブブ。

 そんな母性とも姉性とも言える姿が面白かったか、とうとうパンドラが堪えきれずに吹き出してしまった。


「……パンドラ、君とは話をする必要がありそうだね」

「拙は悪くないですよぉ! 葵! 葵からも言ってやってください!」

「いやぁ……、2人でゆっくり話すのも良いんじゃないか? 積もる話もあるだろ?」

「そんなぁ……」


 元々はラルヴィアの悠々自適な態度のせいなのだが、真の意味で悠々自適な彼女はそんなことすら気にしない。

 ベルゼブブとパンドラがいがみ合っている様を無視して、真っ直ぐと俺の方向に向かってきた。


 仲が良いのか悪いのか、ベルゼブブとパンドラはその場で諍いを始めてしまう。

 仲裁は──不要だろう。冠者の2人、反応的にも旧知の仲だ。水を差すのは不躾である。


「無事で良かった。体に異常は?」

「問題ありません。それより、足を引っ張ってしまってごめんなさい」

「────」


 なんというか、意外だった。


 ラルヴィアが謝罪をする、という姿も想像しにくい光景なのだが、間違いは間違いと認める彼女ではあるので、不思議ではない。

 故に、一瞬面食らいはしたものの、謝罪自体はすんなりと受け入れることができる。


 しかし、ここまで暗い表情を浮かべるのは意外だった。

 失敗をしてもそこまで落ち込まず、というよりは気にしないタイプに見えていたからだ。気に掛けて落ち込んでいる姿は俺の持つラルヴィアのイメージと乖離していた。


「ラルヴィア」

「……はい」

「別に気にすることはないぞ。あそこまで対策をされていたら当然だろ?」


 実際、入念な準備をしていたイブルに対して、神であるラルヴィアができたことは何もなかった。

 油断していたとか、ミスをしたとか、そういうレベルの話でもないのだ。気にしたってどうしようもないし、反省点が浮かぶわけでもない。


「──それもそうですね。ありがとうございます。ところで…………」

「うん?」

「なにか食べ物はありますか? お腹が空きました」

「ないよ!」


 気にしなくていいとは言ったが、切り替えが早すぎではなかろうか?

 本当は気にしてなかったんじゃ? と訝しむ気持ちもあるものの、気負わずに済むならそれで構わない。生憎、食べ物は持っていなかった。


「そうですか、分かりました。では私もこの部屋を見て回ろうと思います。攻略者として、持ち帰る権利はあるでしょう」

「それもそうだな。ルリや雫とも話し合って色々決めてくれ」

「はい」


 それだけ言うとラルヴィアもどこかへ歩いて行く。

 雫とルリのところだろうか。あの二人の空気感に入れるのか──うん、ラルヴィアなら気にせず入っていきそうだ。


「よし」


 ラルヴィアの意識も回復し、俺の体力も回復してきた。

 雫もルリもちょっとずつ回復してきているし、ある程度経ったら帰ろう。


 人工魔力器官も探す必要がある。

 ただその前に、まずはイブルの机を確認したい。真ん中にあるものの、誰も近寄っていない机に俺は歩いていく。


───これは……


 一般的な勉強机のようなサイズで、小さな本棚まで付いている。

 そこには魔法書がずらりと並んでおり、いくつかは付箋が貼ってあったり、机の上に開かれたりしていた。


 魔法に関することを紙にメモしていたり、日々研究は行っていたらしい。

 その成果もあり、ラルヴィア、雫、ルリは手も足も出ない状態にされたのだ。


 机を見ただけでも、彼の勤勉さが伺える。

 更に、机の上には写真も置かれていた。旧文明というので白黒かと思ったが、現代地球にも負けず劣らずのカラー写真だ。


 王都で写真を見た覚えがないので、これも旧文明ならではの発明なのかもしれない。

 細かい部分からも文明の進み具合が知れるのは面白かった。


 だが、そんなことよりも俺の目に留まったもの。それは───


───家族、か?


 写真にはイブルと、他に2人が写っている。

 妻と子供だろう。失ってしまった彼女らのことを片時も忘れないために、日常的に使っている机の上に置いていたのだ。


 写真のイブルは先程まで俺たちが戦っていたその姿と違いがない。

 家族を失った後でも、彼の時間だけは進むことなく、一人で復讐のために戦い続けてきた。


 だからといって、雫やルリ、ラルヴィアにベルゼブブを傷つけたことが正当化されるわけではないが。


───まぁ……、女神くらいは殺してやるから。


 イブルが果たせなかった神への復讐。その気持ちを継ぎたい、なんてことは一切ない。

 俺は俺の理由で女神を殺す。だとしても、多少はイブルも気が晴れるだろう。


「おやおや、何か心を打たれているのですかぁ?」

「パンドラ?」

「こういう時の葵は決意を固めているんだよ。パンドラ、君は知らないだろうけどね」

「ベルゼブブも……喧嘩しないの……」


 離れた位置で言い争っていた彼女らが、気付けば後ろに立っていた。


 パンドラは右から、ベルゼブブは左から顔を出すように近付いてきている。

 男女の距離にしては近いような気もするが、契約しているならば普通なのかもしれない。とりあえずそういうことにしておいた。


「人工魔力器官を見つけたからね。時間の問題もあるし、そろそろ帰ろうか、と言いに来たんだ」

「中々に面白いものが沢山ありましたが、拙たち悪魔からすればそこまで魅力を感じるものでもないですからねぇ。意外と退屈なんですよ、ココ」


 振り返ると、ベルゼブブが右手に小さな心臓のようなものを持っている。思ったよりも機械っぽい見た目だった。

 人工魔力器官は手に入れたし、他のものは持ち帰ってから確認すれば良い。時間制限があるので早く帰るべきなのは正しい。


「そうだね、帰ろうか」

「入口まで転移する装置も見つけてますよぉ」

「ありがとう、パンドラ」


 目的も果たしたし、まずは帰ってメイの治療だ。

 ルリと雫が楽しそうにしているところ悪いが、まずはこっちを優先してほしい。魔道具は空間魔法で持ち帰れば良いのだから。




 そんなこんなで終えたインテリタスの攻略と、人工魔力器官の確保。

 パンドラという心強い仲間も手に入り、色々と危ない場面はありながらも、結果的には成功に終わった。



 それから俺たちは帰路につく。

 転移装置は無事作動し、入口までは一瞬だった。転移には苦い思い出があるものの、最後の最後で便利に使わせて貰えたので良しとしよう。


 長い長いダンジョン攻略の幕は閉じたのだった。

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