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第178話 賽は投げられた。

「その力の底を見るのも良さそうだが───」


 そんなことを言った後、流れるようにイブルは右手を前に突き出し、スキルの構えを取った。

 「<Veni>」と小さく呟けば、スキルが発動される。


 身体を回復させてからすぐの行動だ。さすがの隙の少なさもあるが、今までの傷が全くなかったかのような態度でもあった。

 大規模な治癒を行ったにも関わらず、魔力の消費を惜しむ気配もない。まるで、最初から用意していたかのようだった。


───というより……


 用意はしていたのだろう。

 治癒という形ではなく、一度リセットする手段として。あくまで彼の身に起きた変化を一度全てリセットした──そんな印象を受けた。


 スキルを使ったイブルの周りに、12本の光の剣が現れる。

 それは宙に浮いていて、イブルを中心にぐるぐるとゆっくり回っていた。


「──いけ」


 合図と共に、12の剣は俺に向かって射出される。

 1つ1つがかなりの魔力を宿していた。創造魔法のような原理で作られているようで、光が剣の形をしているだけではないらしい。物理的な側面も持っており、対魔法用の結界では防ぐことが出来ない。

 それだけでなく、光属性という魔法的な側面も持ち合わせている。物理に特化した結界でも防ぐことができないという、シンプルながらも強力なスキルだ。


 光としての性質に物質性を融合していることもあり、光速で迫りくるわけではない。

 それでもかなりの速度で俺を狙う光の剣を、見てから避けるというのは難しかった。


「……<狂乱魔宴(パンデモニウム)>」


 普段であれば<暴食(ベルゼブブ)>を使った対処を試みただろうが、今はその力を使うことが出来ない。

 無理やり使えたとしても、ベルゼブブへの負担を考えると使いたくなかった。


 ──いや、そもそも普通の結界で防ごうと考えてしまったかもしれない。妙に働く頭のおかげで冷静な判断が出来た。


 <狂乱魔宴(パンデモニウム)>によって作られるのは、”光剣は俺に命中しない”という結果。

 迫る光剣の全てが俺の付近で急に矛先を変え、一気に減速して地面に落ちていく。俺の付近の空間が湾曲しているかのように、真っ直ぐと俺に向かってきた光剣は命中することなく落下した。


 不思議と体が軽い。

 ベルゼブブの時と比べ、悪魔の力に対する代償は少ない気がする。

 瀬戸際の覚醒状態故か、痛みも度が過ぎれば快楽に感じるというように、一種の脳の作用なのかもしれない。──そんな感じ方の問題で代償の程度が変わるとは思えないので、後ほど大きな反動を受けそうで怖いのだが。


 兎にも角にも、今は目の前の敵に集中することを優先だ。

 初撃を防いだとはいえ、イブルは油断ならない相手。次の一手にも警戒は怠れない。


 案の定、イブルの顔には笑みが張り付いていた。この攻撃を俺が避けることまで想定通りだと言わんばかりだ。


「<極光(エウロラ)>」


 再び右手を前に向けるイブルを注視し、警戒の体制は崩さない。

 しかし、なぜか彼の手に魔法陣は展開されなかった。


 <極光(エウロラ)>は所謂、対象標準型の魔法だ。魔法陣自体を狙って描くのではなく、発動した魔法の標準を相手に合わせることで攻撃をする。

 だからこそ、その魔法を使ったということは、イブル付近に魔法陣は描かれる──それが誤解だった。


 魔法陣が確認できていないにも関わらず、視界の端に眩い光が映る。その方向は───下。

 ここに来てようやく、<極光(エウロラ)>が発動された場所に気付いた。


「まさか……ッ!」


 そう、足下だ。

 俺が撃ち落とした12の光剣が円形に並び、魔法陣として作用していたようである。


 器用なことをする、と驚愕している時間はなかった。

 それに気が付き、範囲から逃れようと咄嗟に移動し始めた時には、もう遅い。魔法は発動され、俺を囲うように極太の光線が天井に向かって放出された。


「付け焼き刃の能力に何の意味がある?」


 天井を突き破るかの如く勢いで放たれる<極光(エウロラ)>だが、その効果範囲内にいるにも関わらず、大してダメージを受けている感覚はなかった。

 いや、確かに痛みは感じるのだが、致命傷だとは思わない。


───基礎体力に変化……もないと思うが……?


 体力が増えた、防御力が上がった、そんなこともない。

 ダメージを受けた瞬間に、すぐに回復しているのだ。回復というより、再構築──幻影にて身体を補っているといった方が正しいだろう。


 失った部位をあたかも存在するかのように振る舞うために幻影を使うことはよくあるが、それは実際にその部位が復活するわけではない。

 しかし、<狂乱魔宴(パンデモニウム)>というあらゆる権能の融合がなせる技によって、今の俺はそれを可能としていた。ダメージを受けるならば、すぐに作り直せば良い。治癒魔法を禁じる掟にも決して反していないのだ。


 もちろん、一撃で死に至るような攻撃であれば防げないが、この程度であれば無理やり無効化できる。魔力の消費は多いものの、<暴食(ベルゼブブ)>によるストック量は十分だ。


「弱いな、イブル」

「……耐えるか」


 それよりも、<極光(エウロラ)>を受けて無傷な天井に驚くべきなのかもしれない。

 どんな素材なのか、それともどんな結界が付与されているのか、かすり傷一つついていない。<極光(エウロラ)>が直撃しているのは天井も同じはずなのに、だ。


 何をしても部屋が崩れてこない安心感はある。<狂乱魔宴(パンデモニウム)>で崩せるか? と興味が湧くが、流石に試さないでおこう。


 そして、<極光(エウロラ)>の魔法陣を描いた光の剣たちは消滅していた。魔法陣が魔法終了後に消え去るように、役目を果たして大気の魔力と化したようだ。


「<狂乱魔宴(パンデモニウム)>」

「…………ッ!」


 <狂乱魔宴(パンデモニウム)>の発動に合わせ、イブルは回避するように横に大きく跳んだ。


 だが、その程度で避けられるのであれば”現実改変”ではないだろう。

 地を蹴り、大きく宙に浮くイブルの左腕が(ひしゃ)げた。ゴギッ! という音を上げ、ありもしない方向へと曲がる。


「なんなんだ、それはッ!!!」

「<虚飾(パンドーラ)>」


 <Veni>を真似て、12の光剣の幻影を作り出す。

 <狂乱魔宴(パンデモニウム)>ではなく、<虚飾(パンドーラ)>だ。イブルがそれに気がつけば幻影としての効能しか持たないが、この状況で冷静に幻影だと判断できるだろうか。


 迫る光剣の速度を光に近づけることも出来るが、敢えてそれはしないでおく。不自然であれば幻影だとバレる可能性も高まってしまうためだ。

 幻影ではなく現実的な影響を持ったスキル──一度でもそう思い込んだイブルであれば、よほど大きな異変でも起こさない限り<虚飾(パンドーラ)>を見抜けない。


「……チィッ!」


 その予想通り、イブルは<Veni>を真似た<虚飾(パンドーラ)>を回避する。結界で防がなかったのは、彼が使ったオリジナルの<Veni>に結界を貫通する効果があったからなのかもしれない。


 とはいえ、俺も避けられることを想定していなかったわけではない。

 イブルが正面から受け止めるとは思っていないし、避けられた時の対処も考えてあった。


「<虚飾(パンドーラ)>」


 それが、先程イブルが行ったのと同じ、光剣の再利用だ。

 流石のイブル、自分でやった手法は覚えているらしく、光剣への警戒が怠っていない。……尤も、それに対処できるかどうかは別の話だが。


 12の光剣が1つの魔法陣を作り出すということはなく、12それぞれに紅の魔法陣が現れる。現実に有り得るかは知らないが、幻影なので何でもアリだ。


「なッ!」


 その非現実さに驚愕の声を上げるイブルだが、幻影だと断定することも難しい。<狂乱魔宴(パンデモニウム)>自体が非現実性に溢れた能力な上、その効果を身を持って受けているからだ。


 12の紅の魔法陣の正体は<火愚鎚炎(カグツチ)>である。

 同時に展開された魔法陣から、合計で12の炎の龍が現れ、イブルに迫る。それが幻影かどうか見抜くには、一度魔力探知に力を込める必要があった。


 一瞬動きが止まったイブルは、魔力探知に精神を集中させているのだろう。もし<火愚鎚炎(カグツチ)>が幻影でなければ防御が遅れるが、それでも結界を展開できる自信があるのはイブルの魔法の練度を褒める他ない。


「……なんだ、幻影ではないか。くだらないぞ」


 精巧な幻影能力である<虚飾(パンドーラ)>を一瞬で見抜く彼の能力には脱帽だ。

 しかし、見抜くのであればそれはそれで問題ない。一度光の剣を避けているということは、魔法陣──<火愚鎚炎(カグツチ)>が放たれた方向は俺がいる方向とは別になるわけで、そちらに意識を向けていたのであれば、俺から見たイブルは隙だらけになる。


 それだけでなく、例え幻影であろうとも<火愚鎚炎(カグツチ)>の燃え盛る炎は視界を遮る効果を果たせる。

 イブルを照準に捉えている俺と、俺の姿を捉えられていないイブル。どちらが有利かは言うまでもない。


「<狂乱魔宴(パンデモニウム)>」


 <火愚鎚炎(カグツチ)>に結界を貼らずに済んだイブルではあるものの、<狂乱魔宴(パンデモニウム)>を避ける手段はない。

 さっきまでとは違い、一瞬でも動きを止めてくれたおかげで狙いやすさもある。

 狙いは頭部だ。


「ぐゥっ……!?」


 やがて炎が消え去ると、<狂乱魔宴(パンデモニウム)>の影響を受けたイブルの姿も見え始めるのだが───


「──外したか」


 どうやら、首に命中してしまったようだ。

 首を凄まじい勢いで圧迫されていて苦しそうにしているが、死には至っていない。タフである。


「<Kyrie Eleison>……!!」

「無駄だろ?」


 確かに強力な能力なのかもしれない。まともに受ければ一撃で戦闘不能になることは予想できた。

 しかし、正面から放たれれば俺に当たることはないのだ。俺の認識が及ぶ範囲であれば、<狂乱魔宴(パンデモニウム)>によって攻撃が命中することは有り得ない。


「お前ぇッ!!」

「死んでくれ」


 首が締められている割には元気な彼も、周りの空間が歪められている以上無理な移動はできない。移動しようとすれば首がぽっきり折れることは簡単に予測できる。


 酸素をどこからか補給されていても困るので、段々と締める力を強くしてみる。時間が経てば殺せることは間違いなくなった。


 イブルの取れる手段は、術者である俺を殺すこと。

 だが、正面から俺を殺すのは分が悪すぎる戦いだ。


「しぶといな」


 転移でも結果は変わらず、首だけが転移できずに絶命に至るだろう。それに勘付いているイブルに為すすべはない。


 少し焦ったような表情を浮かべ対抗策を探すイブルだったが、やがてその無意味さに気づいたのか、表情から焦りが消え去った。

 敗北を受け入れたのか……? と思ったのも束の間、なぜか彼は笑みを溢す。


「くく、これで勝ったと思っているのか? 愚かで浅はかだ。私がここでどれだけの時、準備をしたと思っている? 本来であれば使いたくはなかったが、致し方ない。まとめて殺してくれる」


 それもそうか……と納得してしまった。長年準備してきたのであれば、”最強の必殺技”的なものを用意していてもおかしくない。

 ここまで追い詰められることは想定外だったにしろ、最後の策があるのも事実に違いない。


 イブルの右腕に魔力が集まっていく。

 おびただしいほどの魔力量だ。イブルの持つ最大のスキルであることは間違いない。


───……というか……


 まずくね? と心の中で不安が隠し切れない。個人が扱える魔力量を凌駕しているどころか、数十人規模の魔力量だ。

 部屋のギミックの一種に違いない。どこかに魔力を貯蓄していて、そこから一気に引っ張ってきている。


 それに、この魔力を扱えるのも部屋あってこそだろう。いくらイブルが達人だとはいえ、この量の魔力は人の身に背負いきれるものではない。人のみならず、生物に扱えるものではないだろう。


「……葵……? これは……」


 魔力に反応してか、意識を失っていたルリが目覚めていた。

 ──ラルヴィアはぐっすりだ。ラルヴィアらしいといえばらしいのかもしれない。


 そんな軽口を叩いている余裕がないほど、状況は切迫していた。<狂乱魔宴(パンデモニウム)>で防ぐにも、桁違いの魔力量を改変できる自信はない。


「兄さん、流石に……」

「魔王様に同意するよ。葵、逃げるべきだと思う」

「逃げる? どこに……?」


 雫とベルゼブブが忠告してくるが、その声にすら諦めが宿っているようだった。

 どうにか出来るとは微塵も思っていなさそうである。あるいは、もしかしたら対処はできたのかもしれないが、そうするには準備も余力も足りていない。


「……葵、逃げて。私が抑える」


 そんな中、立ち上がったのはルリだ。

 力強い口調で、しかし足元はフラフラのまま、俺の方へとゆっくり歩いてくる。


「……雫も、ベルゼブブも、ラルヴィアも……逃げて。私がなんとかするから」

「ルリ……」


 ルリに、ここまでボロボロな彼女に、イブルの攻撃を止める手段があるのだろうか。

 あるのかもしれない、と思ってしまう。ただそれは、彼女の身を犠牲にするような方法、そんな気がしてならない。


 だから、「駄目だ」と言いたい。

 しかし、ここでルリを止めても、皆まとめて死が待っているだけ。合理的な判断をするならば、ルリ一人の犠牲で済ますべき───


「いやぁ……、拙の存在が忘れられるのも悲しいものですよぉ、葵」

「パンドラ……?」

「はい、あなたのパンドラです。それにしても、流石にこれは葵には厳しいでしょうと思いまして。助けに来たというわけですよぉ」

「助けに……?」


 そんな中、突如として虚空からパンドラが現れる。

 彼女は自信ありげな笑みを浮かべながら、イブルの方へと少し歩む。


「えぇ。拙にお任せください。さぁさぁ、皆様は後ろにお下がり頂いて」


 パンドラの登場にイブルは一瞬面食らったようだが、今更引ける彼でもないのだろう。

 集まっていく魔力が規定の量に達したのか、魔力の収束は収まった。


「後悔して死ね。──<Jacta Est Alea>ッ!!」


 そうして放たれる、大量の魔力を使ったスキル。

 能力は不明だが、全身に走る悪寒は”死”を体現しているかのようで。


 妙に切れる頭で解明した限りでは、”死の概念そのもの”を生み出すようなスキルに見えた。

 回避も防御も不可能。疫病の如く、”死”そのものを振りまくような……。


■■■■(パンデモニウム)


 <Jacta Est Alea>──そう呟かれた瞬間、黒く光り輝く粒子が放出された。幾千、幾万にも及ぶそれらは天井から降り注いでいるようで、禍々しくも幻想的な──表現するならば「黒い雪」といったところだろうか。


 それに対抗して、パンドラが使うのは■■■■(パンデモニウム)。<狂乱魔宴(パンデモニウム)>と同じく、現実改変の能力だ。

 小さな腕を目一杯広げ、降り注ぐ黒き雪にスキルを使う。


 結末は一瞬だった。

 ■■■■(パンデモニウム)が発動した瞬間、<Jacta Est Alea>によって作られた粒子の全てが()()した。


「……なぜだッ!?」

「あーあー、お兄さん、頑張って準備したスキルが無駄になっちゃいましたねぇ?」

「お前───なんなんだッ!!」


 怒り狂っている様子のイブルに、油を注ぐような態度を取るパンドラ。

 それがますますイブルの激情に拍車をかけているのか、はたまた首を絞められているせいか、彼の顔は真っ赤になっていく。


「ご存知ないですかぁ? 拙の名はパンドラ……そこそこ有名だと自負していたのですがねぇ……」

「パンドラ……、お前も冠者か!」

「はぁ……、小物臭いセリフをどうも。それじゃ、死んでくださいねぇ!」


 パンドラが、手をパンッと叩く。



 それだけで、イブルの体が弾け飛んだ。

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