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第171話 真祖・ティフォネ

「ティフォネ……? ルリが……?」

「ふむ、なんだ? 今まで隠していたのか?」


 ルリは俯いたまま、何も話さない。

 その無言は、まるで男の言うことが正しいことを示しているようで───


「くっ……くくく……、とんだ詐欺師だなぁ! 始祖の龍! 貴様のせいで世界のバランスが崩れたことを自覚していないのか!? いやいや! まさかなぁ!!?? 同族を食らってまで力を取り戻した災害だ! 己の醜悪さと恐ろしさなど、嫌というほど知っているだろうにッ!!!」

「…………葵……」


 始まりの獣(ラストビースト)。すべての魔獣の始祖。

 始祖の龍ティフォネ。あらゆる”魔”の始まり。


 共通点はある。それは、同一視するには十分なほどに。

 散らばった他の首を取り込まなければ、何もかもが穏やかに収まったのに。ティフォネが生きたいと願ったからこそ、世界のバランスを崩してしまった。

 そして、俺たちに嘘をついてまで”普通”の生を歩んでいた。


 ふと、雫を振り返る。結界の影響か声は聞こえないが、表情は驚愕に染まっていた。

 本当に、誰にも話したことはなかったのだろう。


「……私、は…………」


 なぜ、嘘をついていたのか。

 当然、己の存在に後ろめたい気持ちがあるからだ。


 ルリの肩は小刻みに震えていた。俯いているために表情は見えないが、纏う雰囲気は今までにないほど暗い。

 声もか細く、震えている。その先の言葉を紡ぐことを恐れているように、乱れた呼吸の音は俺の耳にまで届いてくる。


「どうした、詐欺師? 始まりの獣(ラストビースト)などと都合の良い仮面を被り、それでも元来の性質で他者から距離を取られ、その効果の及ばない勇者を騙して利用しているのか?

化け物が一丁前に恋愛ごっこか? くく……、我らの文明を潰してまでするおままごとはさぞ楽しいだろうな!」

「……違う……。私が滅ぼしたわけでは、ない……」

「ほう? では、なぜ生きている? お前が生きていれば世界の均衡が崩れる。己の性質くらい理解していただろう?」

「……葵……、私……」


───うーん……。


 声が震えているルリを見るに、彼女にとってその過去は辛いものなのだろう。

 ティフォネであるという名を捨ててでも、ルリとして過ごしたいほどに。それでもその罪に向き合うべく、始まりの獣(ラストビースト)という名は捨てずに生きてきた。


 そもそも、誰にでも忘れたい過去の1つや2つくらいあるものだ。

 辛い過去を忘れ、幸せな未来を掴む。これはおかしいことなのだろうか。


「よく分からないが、ルリがティフォネであるということを隠していたとして、俺はそれで被害を被ったことはない。ルリの過去がなんであろうと、ぶっちゃけどうとも思わないな」

「それが世界を混沌に陥れた要因だとしても、か?」

「そんなに世界って大事か?」

「は?」

「……え?」


 素っ頓狂な声を出すのは、男だけではない。隣で口を噤んでいたルリでさえ、つい声が出てしまったという調子で疑問を漏らす。


「世界がどうとか、そんなに大事か? ルリが生きるために世界の均衡を崩したとして、それって悪いことなのか? 確かにこの世界に住む人間からすればとんだ迷惑なのかもしれないが、ルリからすれば生きているだけだろ? それに異議申し立てたいなら自分たちの力で復讐すればいい。善悪の問題には思えないな」

「──こいつがいなければ、お前もこの世界に召喚されずに済んだのだぞ?」

「おかげでルリに会うことができた、とも言えるな」

「…………」


 イマイチ、男の言いたいことが分からない。

 いや、真意はルリを傷つけたいだけであることには気が付いているのだが、それにしてもスケールが大き過ぎるというか──世界を盾に取られても、意味が分からない。


 ルリの存在に被害を受けたなら、勝手に復讐でもすれば良い。正義なんてものは、一方の視点から見た利益でしかないのだから。


「……葵」

「どうした、ルリ?」

「私がティフォネだったとして、あなたは何も思わないの?」


 声の震えが収まっていた。

 心なしか、肩も先程と比べれば落ち着いている気がする。相変わらず顔は俯いたままだが、それでも話は聞こえるので問題ない。


「まぁ……別にどうとも思わないな。ルリには散々助けられてるし、世界が〜とか言われてもどうとも思わないぞ」

「…………そう」

「ルリの過去なんてルリが話したい時に話せばいいんじゃないか? 相手を害そうとして隠していたならともかく、そうじゃないんだろ?」

「……うん」


 それに、男が口でルリを負かしたいのなら、わざわざ乗る必要もない。

 それ以前に、ティフォネがどうとかあまり興味がない、という気持ちが強いのだが……。


 そんな俺の言葉にルリは思うところがあったのか、比較的落ち着いてきたように見えた。男が話し始めた時の体の震えも、今はない。


「……ありがとう、葵」


 俯いていた顔も、ゆっくりと上げられる。

 瞳には悲壮感も怒りもなく、冷酷に男を見つめていた。


「勇者にしては、随分と肝が座っているようではないか? まるで異世界人とは思えない器の大きさだ。何か秘密でもあるのか?」

「……あの男の言葉に耳を傾ける必要はない。──けど、一応聞いておく。名前は?」


 ルリが男に疑問をぶつける。

 自身の話を無視される形になった男だが、気にしていないのか、澄まし顔で答えた。


「私か? 私の名、か。久しく名乗ることなどしていなかったな。ティフォネに名を聞かれるとは、光栄なことだ。私の名はイブル。かつては知らぬ者が居ないほどに名の知れた存在であったと自負している」

「……分かった。死んで」


 ルリが掌をイブルに向ける。


「……<海神乱槍(ポセイドン)>」


 放たれる、水の槍。

 いつも以上に魔力が込められているのか、今まで見てきた<海神乱槍(ポセイドン)>よりも巨大だ。ルリの前に作られた<海神乱槍(ポセイドン)>は、イブルに向かって放たれる。


 ピュンッ! という風切り音と共にイブルに迫る<海神乱槍(ポセイドン)>を、彼は避けようとさえしない。


「どうして───」


 ドパンッ!!


 そんな銃声のような音と共に、男に到達した<海神乱槍(ポセイドン)>は弾けた。

 勢いは凄まじく、数圧はどんな硬いものでも切り裂くだろう。ダイヤを加工するには水の刃を使うというように、水の威力というのは底がしれない。


「───私がこんな話をしたのだと思う? ティフォネを知っているような口ぶりで話したつもりだ。当然、対策はしているとも」


 しかし、イブルには傷一つ付けることができていない。

 <海神乱槍(ポセイドン)>が着弾したにも関わらず、イブルは無傷だ。防御のために魔法を使った気配さえない。


「……<火愚鎚炎(カグツチ)>」


 次いで放たれる、焔の龍。

 これもまた今までに見ない規模で、イブルを飲み込むべく彼に迫るが──


「無意味だ」


 ──やはり、直撃しても何も起こらない。ティフォネの存在を知っていたイブルだ。長い時を掛けて対策していたとしても不思議ではなかった。


「……魔法では無意味?」

「──いや、空間に仕掛けがあるように思えるが……」


 それをどうにかしようとしても、そもそもインテリタス自体がそういう仕掛けになっている可能性もある。

 神とティフォネから自分たちの生きた証を守るため。そう考えれば、何も仕掛けがないと考える方が不自然だ。


「奇跡を見せよう。神でなくとも奇跡は起こせるということを、私がお前たちに教えてやる」


 当然、いつまでもルリの攻撃を許すイブルではない。ルリに無意味だと思わせるために敢えて攻撃を受けただけで、彼にも反撃の手段はある。


 イブルは両腕を大きく広げ、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「<OStore Gud>」


 そして使われる、彼のスキル(讃美歌)


 神聖な後光が彼を照らし、その光は辺りを包み込むほどに強くなっていく。


「ぁ───ぐッ……ぅ……」


 どんな効果が……? と警戒した矢先、隣でルリが呻き声を上げ始めた。

 俺に効果はなかったが、ティフォネに対する攻撃手段なのかもしれない。そう思い隣を見れば、口元を抑えて地に膝を付くルリの姿。

 よく見れば、口からは大量の血が流れ出ていた。


「ルリ! <暴食・完全治療(パーフェクトヒール)>」


 咄嗟に回復魔法を使えば、温かな魔力がルリを包み込む。

 しかし、それだけだ。数秒経った後に回復魔法の効果は終わったものの、ルリの傷が治った気配はない。


───魔法は発動している……。


 それでも効果がないということは、回復魔法では戻せない傷だったということだ。

 ”奇跡”という言葉もあながち間違いではないのかもしれないと思えるほど、一瞬でルリを致命傷まで追い込んでいた。


「ティフォネよ。お前の力はたしかに強力だが、完全体でなければ私たちには及ばない。そこで見ているが良い。お前がたいそう気に入っている人間を殺してやる」

「……や、め……ろ……」


 重体の体を無理やり動かそうとするルリだが、試みは失敗に終わる。動こうとした途端、大量の血に咳き込んでしまったのだ。

 ケホケホと、可愛らしい音とは裏腹に、溢れ出る大量の血は、ルリの力を奪うには十分だった。


「ルリ、動かないで」

「あお、い……」

「大丈夫。後は俺が戦うよ」


 致命傷のルリ。

 意識不明のラルヴィア。

 干渉不可能な雫。


 戦えるのは俺だけだ。


 イブルが入念に準備をしてきたことは知っている。

 だが、彼は俺が対神のスキルによる影響を受けなかったことに驚いていた。つまり、予想外なのだ。


「次はお前だ、勇者よ」

「そうだな、イブル」


 準備は入念であればあるほど、予想外の一手に弱い。


 目の前の男を倒して、皆を助ける。

 俺はルリを庇うように、イブルに向き合い構えた。

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