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第169話 滅亡古代遺跡インテリタス(18)

 滅亡古代遺跡インテリタス。


 巨大な迷路状の遺跡だ。遺跡内のあらゆるところに魔獣が跋扈しており、それだけでなく、膨大な道の選択肢があるせいで簡単に攻略させてはくれない。

 このダンジョンに挑んだ者は過去何人も居たが、最奥に辿り着いた者は居ない。そもそも、真のインテリタスに到達出来ているかも怪しいところだ。


 そんなダンジョンを進む影が4つ。

 葵、雫、ルリ、ラルヴィア──勇者、魔王、始まりの獣(ラストビースト)、神の異常なパーティーである。


 複雑な迷路とは思えないほどスムーズに進んでいく一行。

 先頭の魔獣が案内をし、魔王が敵の位置を伝え、その兄と神が速やかに処理する。

 彼らが通った後には死体さえ残らない。<極光(エウロラ)>によって完全消滅させられるか、<選定雷轟(ラルヴ)>によって灰になるまで焼き尽くされるか、二択である。


 ダンジョンに現れる魔獣のほとんどが死霊系の魔獣だ。

 いわゆるアンデッドと言われるそれらの弱点は、聖魔法と言われている。しかし、聖属性の魔法を使える存在というのは限られていて、使えるだけで教会では上位の立場を用意されるほどなのだ。


 次いで、火属性、光属性が弱点として上げられる。光属性は聖属性と似通った性質を持っているためであり、火属性は”火葬”というように、死者に対する有効な手段として取られることが多いわけだ。

 弱点として上げられるのはこの3属性。

 他にも、物理攻撃への耐性が非常に高いこと等も上げられる。


 ラルヴィアの使う<選定雷轟(ラルヴ)>は、見た目通りに雷属性だ。アンデッドに対して弱点を突けるわけではないが、善悪の判断──カルマ値に対応した相乗効果があり、悪寄りなアンデッドには有効な攻撃手段となる。

 紫雷が広い廊下を駆け巡り、前方に群れる死霊を蹴散らしていく。その数が十であれ二十であれ、ダンジョンに入ってから妙に真面目なラルヴィアの攻撃を避ける術はおろか、生き残る術さえなかった。



 そんなこんなで、迷路も大量の魔獣も気にすることなく進む彼らは、20分もすればボス部屋まで辿り着く。


「結構時間掛かったな……」

「そうですね。ルリが居なかったら膨大な時間を要していました」


 迷路を無視したのにも関わらず、20分もかかったのだ。

 探知を妨害する仕掛けもあった。それでも探知が出来ていたのはルリの無尽蔵な魔力のおかげである。


 並の者であれば、丸1日を使っても辿り着けるかは不明なレベルだ。分かれ道によっては、先にトラップがある場合もある。転移トラップもあっただろうし、マッピングしながら慎重に進んでも、全て無駄になってしまう可能性まであった。


 密室に閉じ込められて毒ガスで満たされるトラップ、落とし穴トラップ、大量の魔獣に囲まれるトラップ……と、転移以外にも凶悪なトラップは大量にある。

 そもそも生きてボスに挑むこと自体、難しい。


「……でも、ここがゴール」

「いかにもな扉だな」

「──なにか、恐ろしい気配を感じます」


 ボス部屋と通路は巨大な扉で区切られていた。

 扉には悪魔や天使、神が彫刻されており、その色合いも相まって禍々しい雰囲気だ。この先がボスであることを示すには十分な役割と言える。


 そんな扉を見つめ、真剣な表情で語るラルヴィア。

 その意味はルリや雫にも不明なようで、二人とも首を傾げていた。


「……魔力探知が遮断されている」

「私もだが……ラルヴィア、何か分かるのか?」


 ボス部屋とこことでは、探知を遮断する仕掛けが働いているらしい。

 ボスがどんな姿をしているのか、部屋の中には何体の魔獣が居るのかさえ、不透明だった。


 にも関わらず、ラルヴィアは神妙な面持ちを崩さない。ただ警戒しているというより、この先に待ち受ける存在が見えているかのようだ。


「──いえ。もしかしたら、と思ったのですが、私の知っているものとは違ったので、あまり気にしないでください」


 ラルヴィアがついてきた理由も、古代遺跡に関する知識があるため、だった。以前彼女が挑戦した──あるいは調査したことのある古代遺跡に似通った点を見つけたのかもしれない。


「とりあえず、入ろう。準備はいいか?」


 俺は3人に確認した後、扉に手を掛ける。


 こんな巨大な扉……と思っていたのも杞憂に終わり、見た目からは想像できないほどすんなりと扉は開く。両開きの扉が半自動で開く様には妙な優越感まで感じた。タクシーが開く時のあの感覚──と思ってくれて構わない。


 そんな下らないことを考えているうちに、重厚な扉はギギィ……と音を立てて完全に開き切る。


「────」


 中は神殿のようだ。

 虹鋼大蛇(アダマン・サーペント)がいた場所と似ているが、違うのは全体的に紅が基調であること。

 血に染まったような赤の柱に、鮮明な紅の壁。あまりにも不気味な部屋の様子だ。


「進もう」

「……ん」

「待ってください……」


 扉から部屋に入り、少し歩けば、部屋の全貌が明らかになる。

 柱には神と思われる存在が彫られており、壁にも天使や悪魔が描かれている。天井は高く、部屋も広い。宗教的な儀式に使われる部屋と言われても納得できるほど、形容し難い不気味さを放っていた。


 更に奥へと進もうとすると、ラルヴィアが俺たちを引き止める。

 どうした? と聞き返そうと思い、ラルヴィアの方へと振り返る。


 その瞬間、強烈な目眩に襲われた。


「ぐっ…………!?」

「気を……確かに、持ってください!」


 目眩は段々と強くなる。

 視界に映るもの全てが歪んで見えるほどの目眩は、10秒ほど続いた末、急に止まる。


「ああ……そうか」


 そうして視界を再び前方に合わせようとした瞬間、その方向から声が聞こえた。

 脳に直接響くような男の声。その持ち主が只者でないことは、直感的に理解できる。


「ルリ! 雫!」

「……無事」

「はい、私も問題ありません」


 ラルヴィアの無事は確認できていた。

 咄嗟にルリと雫の名を呼べば、すぐに返答は貰える。振り返れば、二人とも目眩からは立ち直っていたようだ。

 二人が目眩に襲われていたのかは定かではないのだが。


「奇しくもこの場に辿り着いた初めての者が神であると。実に不可思議! 実に不愉快だ!」


 3人の無事を確認し、今度は前方に目を向ける。


 神殿の奥には、1人の男。白と赤で出来た司祭服を纏っており、顔から想像できる痩せ型の体型を上手く隠している。

 重厚な司祭服は床に引きずるほどだが、袖はピッタリだ。はじめから彼向けに作られたデザインであることは想像できた。


 憤慨するような口調でありながらも、動きは少ない。

 冷静なのか、それとも単に服の重さから動きにくいのか──判別しにくかった。


「しかし、奇妙な集まりだ。勇者に魔王、神に──太祖の獣まで居ると! く、くく……なんだ、実に面白いではないか」

「……お前がこのダンジョンのボス、で良いんだな?」

「勇者──神の手駒風情が、私に気軽に話しかけるでない。ただ、その答えは合っている。尤も、我らが財を渡す気もない」


 男が右腕を前方に伸ばす。

 人差し指を尖らせてもいて──それはラルヴィアを指差していた。

 当のラルヴィアは、それに気がついて肩を震わせる。彼女からは想像もつかないほど、男に怯えているように見えた。


「まずは、神。我らが怒りを受けよ」

「ぁ────」


 バタンッ!


 何が起きたのか、ラルヴィアが突如倒れ伏す。

 魔法の気配もスキルの気配もないまま、完全に意識を刈り取られていた。


「ラルヴィアッ!」

「上位神であったか。流石に簡単には殺せないが、お前らを殺した後に処理すれば良いだろう」

「雫! 何をされた!?」

「魂に直接傷を与えることで意識を刈り取ったようです。しばらくすれば戻ります」


 一先ず、殺されてはいないことに安堵する。

 それでも、ラルヴィアという戦力を奪われたことに違いはない。


「さあ、来い。資格を持つ者よ。お前らの力を見せてみろ」


 今度は腕を広げる。

 瞬間、男を中心に結界が広がり始めた。


 何に対する結界なのか、俺を内部に取り込んでも特に変化はない。


「ぐッ……」


 と思っていた矢先、雫とラルヴィアが結界から弾き出された。

 雫は苦しげな声を上げ、結界の外で蹲っている。


「魔王も神の差し金か。いや、違うな。勇者、お前に資格があるのか。となれば、魔王が神のものとなり、勇者が反逆者となった。なかなかに面白いものだ」


 雫まで、簡単に無力化された。

 聞く限り、神との関係を強く持っているだけで攻撃対象になるようだ。ラルヴィアはもちろん、邪神を支配している雫にも絶大な効果を及ぼす。


 栄えていた文明で作られた遺跡だ。神に恨みがあったならば、それくらいの準備はしていてもおかしくない。

 こちらが確認せずに向かった落ち度と言えるだろう。


───どちらにせよ……


 俺とルリで倒す必要がある。

 できなければ全員死ぬだけだ。なんとしてでも、目の前の男は殺さねばならない。


「それでは───」


 男の司祭服がピクリと動く。

 今度はどんな魔法が来るのかと警戒するが───


「まずは語ろう。私たちの文明の辿った軌跡を。罪深い神の歴史を」


 ──何かが起きることはなく、男が放っていた殺意も急に消える。

 何かを語り始めそうな男。俺たちにはまだ時間の余裕がある──と思う。


 どちらかと言えば、雫とラルヴィアの回復を待てる分、話してくれるならば得だ。弱点も見いだせるかもしれない。


 そんな俺の考えはルリと同じだったらしい。

 ルリも臨戦態勢を解除し、俺たちは話を聞くことになった。

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