第17話 魔術師ギルドマスターと戦士長と支配者と
ガーベラを倒した後、俺はすぐさま<支配>の行使を実行した。
結果は、成功。
俺の仮説は間違っていなかったと言えるだろう。
そして、その後。
なんとも微妙な時間だった為、その日はお開きとした。
俺は宿に戻り、ガーベラの身柄は戦士長に任せた。
あの戦士長ならば安心して預けられるという判断だ。何か異常が起きたところで臨機応変な対応が期待できる。
俺も騎士の拠点で共に寝泊まりしても良かったのだが、初日から取った宿に行かないのもまずいだろうということで、それは却下した。
なのでその日は何もなく、ただただ宿に寝泊まりしただけである。
宿へと帰る際に大通りを通ったが、俺の話をしている人はいなかった。
足から血を流しながら全力疾走する少年、少しぐらい噂にならないかと思ったが、この国ではそこまで珍しくないのだろうか。
詳しいことは不明だ。暮らしていくうちに慣れるしかないのだろう。
戦士長には翌日会う約束を取り付けた。
ガーベラについて、今はあまり考えたくなかったのだ。
問題を未来の自分に丸投げし、俺はゆっくりと睡眠を取ることにした。
なにせ、精神的疲労が大きい。何度も足を潰される経験など、初めてだったのだ。
ほとんどの人がそんな経験をすることなく生涯を終えるのだろうが。
そんなことを考えながらも、何事もなく夕食を取り、何事もなく布団に入った。
そんなに俺の顔には疲れが出ていたのか、宿の主に「ゆっくり休めよ」とだけ言われたが、適当な返事をして部屋に入った。
久しぶりにベッドで寝たような感覚だ。
俺がこうしている間も、勇者たちはふかふかのベッドで寝ていると考えるとイライラしてくるが、今はそれどころではないので努めて無視をしよう。
俺がベッドに入ってから眠りにつくまで、驚くほど短かったことだろう。
自分でもその意思がないうちに寝ていたのだ。
そんな平和を噛み締め、気づいた頃には翌日を迎えていた。
・ ・ ・
「戦士長、ガーベラ。わざわざ時間を取ってくれて感謝する。ありがとう」
「いえ、当然のことです」
俺の言葉に答えたのは戦士長だ。
ベッドから起き上がり、宿を出た。向かう先はもちろん騎士の拠点であり、魔術師ギルドから走ってきた時に比べれば短く感じられた。
「まず確認をしたいのだが……戦士長とガーベラはこれから、勇者の育成に励む予定だったのは間違いないか?」
「はい、間違いありません。勇者8人を魔法適正者、剣術適正者、その他に分け、ガーベラ、俺、冒険者ギルドマスターの3人で教育をする手筈になっています」
俺が知っていることに関して驚いてくれると思っていたが、戦士長は表情一つ変えずに答える。
さすが女神といったところか、中々豪華な訓練を用意しているようだった。
対魔王の最大戦力として勇者を考えているのだろう。それを雄弁に物語っているのが訓練予定だ。
「期間はどれくらいだ?」
「およそ2週間を想定しています。詳細な日程は俺たちに委ねられていますが、聞きますか?」
「いや、大丈夫だ」
勇者育成までは2週間。
2週間後は旅にでも出させるつもりだろう。
予定的には──早い。
ついこの間まで戦闘経験はおろか、生物の死すら身近にない場所で暮らしてきた少年たちが、2週間やそこらでまともに戦えるようになるはずがない。
のだが、
───まぁ、俺の死を何とも思ってない感じからすると…女神になんかされてるんだろうな。
それくらいは簡単に予想できた。
そして、駿河屋光輝や夏影陽里、桃原愛美のあの時の言動を思い出し、苛立ちを覚える。
「どうされましたか?アオイ殿」
「いや、なんでもないさ」
それが顔にはあからさまに出ていたか、戦士長に心配をかけてしまう。
「そんなことより聞いて欲しい話があるのだが…良いか?」
「えぇ」
「はい、なんなりと」
先に反応したのはガーベラだった。
軽くスルーしていたが、ガーベラもちゃんと<支配>出来ているのだ。感覚的に確信を持てていた為、大した安心感を得られるわけではないが。
「まず、俺は勇者だ」
「やはりか」
戦士長は驚いた顔をしていたが、ガーベラはその逆。全く驚いた様子もなく、むしろ予想通りと言わんばかりであった。
「気づいていたのか?」
バレる要素は無かったはずだ。実際、ラテラにもバレていない。
だとしたらガーベラの能力や魔術師ギルドマスターとしての経験がそれを察知したのだろう。
「あぁ」
「根拠を聞いても?」
「剣だ。あの剣──あれはドワーフの名工であるガルデが作った代物だ。彼の作品のほとんどは女神が買い占めている。あれを持っていた時点で女神の関係者であることを疑ったさ」
───あの剣が女神の所有物?ガーベラの言い草からして女神はガルデの武器を勇者に与えているのか?だとすれば何故あそこに?
ガーベラの話したことをそっと心にメモしておく。もしかしたら自分の他にも処理された勇者がいるかもしれないということが分かったのだ。
「なるほどな」
「アオイ殿の話は女神様から聞いていません。つまり、勇者召喚では9人が召喚され、そのうちの1人が抹消された──その抹消された勇者がアオイ殿、ということであっていますか?」
「そういうことだ」
一拍置いて、俺は続けた。
「あの女神は──俺の固有スキルが無能という理由で俺を殺した。いや、正確には殺せていないのだがな」
間髪入れず、その時の詳しい状況を話した。
俺の能力についての詳細は語らない。
<支配>の解放条件がある可能性を考慮して、だ。
支配されている対象が<支配>を認識したら解除される、とかなら笑えない。
「女神様は……かなり優しい印象だったのですが…」
「ああ、それは外面だろうな。勝手な印象だが、あれは人を操ることに長けている」
「操る、ですか…」
明らかに怪訝な反応をしたのは戦士長だが、ガーベラも同様に表情は曇っている。
自分たちの信じていた”女神”が、想像していたものと乖離していたのだ。仕方ないことだろう。
「ところで、女神の固有スキルって知ってるのか?」
いつまでもこんな話をしていても仕方がない。
戦士長もガーベラも俺の<支配>の影響を受けている以上、考えの違いで謀反を起こすとは考えにくい。
今すべきことは必要な情報の収集──女神の情報やスキル、魔法のものだ。
「いえ、詳しくは……。ただ、女神に触れることは出来ないという話は知っています」
答えたのは戦士長だ。
「触れることができない?」
「かつて、女神に触れようとした不届き者がいるらしくてな。その者が女神に近付くも、既の所で距離が縮まらなかったそうだ」
その能力は──俺に使ったものだろう。
<支配>が使えないというデモンストレーションの為に女神が俺に見せた力の一端だ。
───あそこで俺に使ったのは既にバレているから、か。女神も中々頭が回るやつと考えておいたほうが良さそうだ。
戦士長やガーベラほどの人物でもそれ以上の情報は知らないらしい。となると、女神が得てしてスキルや能力を誰にも見せていないという可能性が最も高いだろう。
「対処法は知ってるか?」
俺の質問に二人は悩むような様子を見せる。
「考えられることには考えられますが…女神ほどであれば対策している、もしくは意味を成さない可能性が高いかと」
「それでも一応教えてくれるか?」
曖昧な言い方なのは未だ誰も試したことが無いからだ。それくらいは俺にも予想できた。
ただ、情報は少しでも集めておきたい。
「例えば…結界貫通等の効果を持った武器だったり、結界を解除するような魔法、スキルならば対抗できるかもしれません。ですが、これはあくまで女神の使用するスキルを結界だと仮定した場合です。固有スキルは幅が広く、特殊なものも多いので確定はできません」
言い方から考えるに、結界とは少し違うのだろう。感覚的であれ、そう捉えているに違いない。
横にいるガーベラも何も突っ込まないということは概ね同じ意見ということだ。
あの女神のことだ。弱点があったところで必ず補完しているだろう。それでも可能性を捨てるのは惜しい。
尤も、一度試してみる、などという手段を取ることは不可能だ。確実な情報集めが必要となる。
───現状では何とも言えないな…。とりあえずは手駒を潰しておくべきか。となると最初は……駿河屋光輝。
もちろん、個人的な恨みもあるのだが。
というよりむしろ、個人的な恨みが最も大きい理由かもしれない。
正当化するならば、女神が最重要視しているのが駿河屋光輝だから、か。
その駿河屋光輝が倒されたとなれば、女神も何かしら動かなくてはならないだろう。
ただ、女神に俺の存在を勘付かれてはならない。それだけでなく、女神に敵対する人間がいるということも思わせたくない。
───魔族を偽って殺すか?というかそもそも殺せるのか?
「アオイ殿?」
「ん?あぁ、すまない」
少し考え過ぎたようだ、という言い訳はしない。
「それで、勇者についてはどれくらい知っている?」
「一応、我々が担当する勇者については知っていますが……固有スキルは知りません」
「そりゃ…そうか」
固有スキルはトップシークレットな情報らしい。固有スキルを教えるということは、いわば切り札を教えているようなもの。
───そうなると、俺の切り札は女神や勇者にバレてるんだよなぁ……。
「出来れば勇者たちの様子を教えてほしい。どれくらい強いのか、とか」
「ああ、分かった」
その一言で何を察したのか、ガーベラは直ぐに肯定した。
続けて戦士長も首を縦に振る。
「そういえば、ガーベラは帰らなくて良いのか?」
「帰る?魔術師ギルドに、という意味だろうが、まぁ私が帰ることは多くないからな」
そう言われ、初めて魔術師ギルドに入ったときのことを思い出す。
あそこでは確かガーベラを始めて見たという人も多かった。
あまり人前に姿を表すことがないということか、と納得する。であれば数日帰らない程度、大した問題にもならないだろう。
「そうか、それなら良いんだが──」
俺も決して建設的な話がしたくてこの話題を振ったわけではない。故に軽く流すこととした。
「──話は変わるが、スキルについて詳しいことを聞かせてくれないか?」
「そういえばアオイ殿はこの世界についてまだ知らないのでしたね。でしたら俺からスキルについて、ガーベラから魔法について説明しましょう」
「ああ、ありがとう」
「スキルについてですが……これは技能とでも言いましょうか。例をあげると分かりやすいと思うのですが、例えば料理スキルと言うものがあります。スキルにはレベルが1から9まであって、料理スキルのレベルが上昇すると料理に効果が付くようになるんです。リラックス効果だったり、体力を回復したり、と。あと、同じ料理でも味が美味しくなったりもします。確かに料理自体はスキルが無くともできるのですが、スキルがある方がその効果が良くなる、といった感じです。剣術スキルなんかもそうですね。剣を使うこと自体は誰にでもできますが、やはりスキルを持つかどうかは強さに直接関わってきます」
解釈が難しいところだ。
俺がスキルを1つも所有していないからイメージが持ち辛い。
ただ、
───ゲームのように自由にスキルを取っていく、ということでは無さそうだな。
それだけは理解できた。
「スキルの獲得条件は様々ですが、大抵はそれに精通することで得られます。例えば主婦はたいてい、料理スキルを持っています」
経験に基づいてそれがスキルという形で目に見えるということだろうか。
固有スキルとスキルは全くの別物だと思って良さそうだ。
「なるほど。ではやはりスキルを覚えるには修行を積むしかないと?」
「そういうことです」
おおよその理解は図れた。これ以上は図書館にでも行けば良いだろう。
「スキルについては終わったようなので、私から魔法について説明させてもらう」
「ああ、頼む」
戦士長の話は終わったと判断したのだろう。
続いてガーベラが話し始めた。
「魔法については──およそイメージは持てているだろう。そのイメージで間違っていない。実際、私も使っていたしな」
魔法陣を作り出し、そこから炎を生み出すなど。
仕組みもある程度は理解できている。女神も使用していると言っていた。
「魔法の階級について説明したいと思う。魔法にはそのレベルに応じて第1階級から第5階級までの階級区分が与えられる。私が使った<炎闘牛鬼>、あれは第4階級の魔法に当たる。そもそも魔法が使えるかどうか、は才能による。魔法が使えるというだけでも希少な人材なのだ。それに加え、第3階級以上の魔法を使える者は魔術師の中でもほんの10%ほど。第4階級、第5階級などあってないようなものだ。それと……第0階級という特殊な魔法もある。固有スキルと似たような立ち位置だと考えて欲しい」
「ふむ…」
頷くも、少しロマンを潰された気分だ。
第一、この世界で言う才能とは天職のことだ。天職が魔法系統であれば、確実に魔法への適正がある。
もちろん、そうでない人の一握りも魔法は使えるだろう。ただ、それは役立つというレベルの魔法であり、真の意味で魔法を使えるかどうかは天職によってしまう。
つまり、俺は魔法を使えないのだ。
これは軽いショックであるが、同時に勇者全員が魔法を使いこなしてくるわけではないということに安心も覚えた。
「なるほどな、ありがとう」
ガーベラの説明はざっくりとしたものだったが、スキルと同様、図書館にでも行けば良い。
詳しいことは人に聞くより書物を読むほうが確実だ。
「そういえば、勇者たちの訓練はいつからなんだ?」
「明日からです」
サッと答えを用意する戦士長の優秀さより、明日からということに驚きを覚えた。
───早いな。女神の手際の良さもだが…女神は焦っている?時間に余裕がない?
女神に何か計画があるかはさておき、あの女神のことだ。まさかただ勇者を育てて魔王を倒させるだけが目的ではないだろう。
それを通過点とするような計画を考えていると思った方が良い。
「分かった。報告だけは毎日頼む。それと…俺のことは魔術師ギルドの一員として処理してれ。あまり素顔がバレたくないから…深いフードの付いたローブを頼みたい」
「分かった、そこらへんは私に任せてくれ」
───これで一先ず、目前の問題は解決。
ラテラのことは話さない。戦士長やガーベラに言えばなんとかしてくれるだろうが、彼女の善意を無下にするのは気が引ける。
───今度、ラテラの元にも顔を出した方が良いか?そこらへんも考えて行動しないとな…。
戦士長とガーベラの協力も仰ぎながら、情報収集に励む必要がありそうだ。
お読み頂きありがとうございます。