第167話 滅亡古代遺跡インテリタス(16)
「試練を与えます」
一拍間に合わず、倒れ込む葵を受け止めるのはルリだ。
咄嗟に葵を庇うような立ち位置に移動していたが、男の攻撃に位置は関係ないらしい。ルリを無視して、葵が夢に攫われてしまった。
「選定神が定めます──」
ラルヴィアが紡ぐ、スキルの詠唱。
葵の救出には間に合わなかったものの、スキルは発動された。
「──其は試練。表裏を定める刻となるでしょう」
展開される、黄金の花畑。
雫、ルリ、謎の男、そしてラルヴィアの4人を含む結界が構築され、その内部には選定神の権能で造られた世界が広がる。
かつてルリと戦った際に使用した、選定神最大のスキルだ。
「ルリ、兄さんの状態は?」
「……ただ眠っているだけ、に見える。だけど、夢の中では戦っているはず。そこで傷を負えば───」
「ふむ、そうか」
スキルを展開し始める雫。
ラルヴィアの結界内部では、選定の試練以外の攻撃は全て封じられるが───
「選定神様、どうか賜った試練を放棄することをお許しください」
試練を受ける人間が放棄するならば、崩れゆく黄金世界を見計らい、攻撃の隙を狙うことは出来る。
ルリの時と違い神器を手にしていないこともあって、効果自体は弱めだった。それが、制限された世界に簡単に幽閉できない要因でもある。
「<散魂>」
相手が試練を棄却するのであれば、攻撃が無効化されるという特性は消え去る。
黄金の草原と、それを囲う結界。それらがボロボロと崩れていく中、雫は男に向かってスキルを使った。
怒りに任せていたこともあり、最大出力で放たれる<散魂>。
男が強敵であれば雫がとうの昔に気付いている。そうでないという判断は決して間違っておらず、そんな彼に<散魂>を防ぐ手段はない。
パンッ! と爆発音が響き、男は爆散する。
纏っていた布がヒラヒラと地面に落ち、男は完全に死んだ。
元より男が強くないことを理解していた3人にとって、それは驚くべきことではない。
今気に掛かるのは、夢に誘われた葵のこと。
男を殺せば効果も消えてなくなるのか。
葵はすぐに返ってくるのか。
定かではない。葵自身が”試練”とやらをクリアしなければならない可能性もある。
彼女らに出来ることは、ただ待つだけ。
──それから10分後、葵が目覚めることになる。
・ ・ ・
「これが最後のボス、か。正直、方舟の方が厄介だったな……」
「兄さん、それは言わないお約束です」
転移トラップのせいで心労が溜まっているものの、ダンジョン自体は比較的簡単に攻略出来た。
後は人工魔力器官を持ち帰り、メイに適用するだけだ。
軽やかな口調で俺と雫が冗談を言い合っていると、少し離れた位置にいるルリが息を漏らす。
やけに重い雰囲気の彼女が気になって、そちらに注目した時、ふとルリが言葉を発した。
「……ない」
「ん? ルリ、どうした?」
「この部屋にも、続きはない」
「え?」
ルリに言われ、あたりを見回す。
たしかに、この部屋の奥に何かがあるようには見えない。この部屋から繋がっているのは廊下だけ。俺たちが入ってきた場所だけだ。
「隠し部屋とかは?」
「……私でも見つけられない、なんてことはない。ボスを倒したら転移される……と考えていたけど、それが無いとなると、このダンジョンに目当てのものは存在しない」
「えっと……つまり?」
ルリが真剣な面持ちで、俺に向き合う。
これから発せられるだろう言葉に冷や汗が背中を伝うも、なんとかそれを気にしないよう、俺も真剣な表情でルリと目を合わせた。
「このダンジョンに、人工魔力器官は存在しない。無駄足だった」
そして、半ば予想できていた結論をルリは口にした。
それは、メイを助ける希望の一筋を消し去るように、非情で、残酷で。
ルリが悪くないことを分かっていながらも、今すぐルリに文句を言いたくなるような。
雫とラルヴィアの表情も、一気に暗くなる。
彼女らにメイを救う気持ちがあったとしても、なかったとしても、こうして探していた物が泡沫の夢だったと知ればそうなるのも不思議ではない。
ましてや俺が探し求めていたものだ。落ち込む俺の雰囲気に、周りも飲まれているようだった。
──────
────
──
「いや……」
「……どうした、葵?」
「まだ、無いと決まったわけじゃない。ルリ、ダンジョンの入り口に戻る道、分かるか?」
「……ん、アタリは付いてる。不自然なスペース4つのうち、ボスが居ないところがあった。多分、そこ」
3体のボスに見せかけた魔獣。
長年放置されていたのに、存在しない自然発生した魔獣たち。
最初は別の要素に魔力を利用しているのかと思っていたが、それにしても魔獣が居ないのは不自然だ。
問題ないと目を逸らしていたが───
───よく考えたら、”別の場所に魔獣が湧いている”?
ここではなく、別の場所に真のインテリタスが存在する。
ここはインテリタスではなく、インテリタスに見せかけたただの遺跡。ダンジョンですらないのではないか?
そう考えると、タクトの言葉が思い出される。
最初はなんのことか分からず、適当に聞き流していた。今言われてみれば、「こういうことだったのか」と納得できる。
「案内してくれ」
「……ん」
俺たちは雫の案内の元、ダンジョンの入り口を目指す。
状況の分かっていない雫とラルヴィアも無理やり連れて、歩き出した。
「兄さん、どういうことですか?」
「私も説明を求めます」
それにしても、雫やルリの探知でも分からないほど巧妙に隠されているとは思わなかった。
2人の能力を知っているからこそ、それをも凌ぐ隠蔽手段があることに気付けなかったとでも言おうか。
「簡単に言えば、ここはダンジョンじゃない。ダンジョンの入り口は他にあるんだ」
「はい? 何を言っているんですか?」
雫には探知があるからこそ、魂を知覚できないためにダンジョンの存在を感じることが出来ない。
だからこそ、雫の中では”別のインテリタスが存在する”という結論に至れないのだ。
「雫の探知が引っかからないのは──あの森と同じようなものだ」
俺たちがこの遺跡に足を踏み入れる前に通った森、そこでも雫の魂の知覚は無効化されていた。
同じギミックがある可能性を否定していたのはなぜだろうか。
「…………それが本当だとして、兄さんはどこでそれを?」
「──ベルゼブブが教えてくれた」
タクトがわざわざ夢の中で俺に教えてきたのには理由があるのかもしれない──と慮った結果、ベルゼブブの知識だと答える羽目になる。
しかし、タクトというよりもベルゼブブと言ったほうが説得力はあるはず。
そんなこともあってか、雫は妙に納得したようだ。
真偽はともかく、試してみる価値はある、というスタンスかもしれない。
「たしかに、本命を隠すというのは常套手段です。葵の言うことも一理あるでしょう」
「魔力が溜まっているはずのインテリタス……にしては難易度が低いからな。あまりにも不自然だと思わないか?」
「……確かに、その通りです」
入口にある石盤に魔力を通す。そうすれば、真のインテリタスへの道が開ける。
タクトには毎回助けられているな、と実感するところだ。
数分走り続け、俺たちは例の入口に到達。
一辺10メートルほどの一室だった。
周りは石レンガの壁。中央には石盤があり、今までとは違い十分に明るい部屋だ。
俺は中央の石盤に近付いていく。
タクトの言った通りなら、あれに魔力を通せば───
「あの石盤に魔力を通すらしい。一応、全員近くに居てくれ」
このダンジョンといえば転移。はたまた転移トラップで俺だけインテリタスに飛ばされても困る。
全員近くに居る状態で、どうせなら全員で転移したい。
ルリ、雫、ラルヴィアの順番で俺の隣に並び、石盤を囲む。
正面に立つ俺は石盤に手を触れ──魔力を流し込んだ。
突如、眩く光り出す石盤。
部屋中か神々しい光で包まれ────
視界が揺らぐ。
心中には、「やっぱりか……」の気持ち。
俺たち4人は、本当のダンジョン、”滅亡古代遺跡インテリタス”へと転移させられた。