第166話 滅亡古代遺跡インテリタス(15)
無駄に広く迷路状の遺跡をルリの案内の元歩いていく。それでもボス部屋まではかなりの時間が掛かるものだから、本来想定されている攻略時間はかなり長めなのだろう。
道中にはやはり、あのゴーレムしか存在しない。魔獣らしい魔獣はおらず、数も少なく……なんの危険もないまま、ボス部屋に到達していた。
これはやはり奇妙だが、段々と慣れてきていた。少ないならば少ないで構わない。
障害が少ないに越したことはないのだ。
「雫、部屋の中には?」
「確認できるのは1人……人型です。魂も人によく似ていますが、どちらかと言えば天使に寄っている、でしょうか」
部屋は虹鋼大蛇の時のように、神殿に似た作りになっていた。
神聖なデザインの柱が天井を支えており、天井も7メートルほどとそこそこ高い。
薄暗い部屋という点も共通していた。奥が見通せない。
俺たちはそんな部屋を進んでいく。
ルリの魔力探知でも、少し進めばボスがいることは分かっていた。
雫が魔法で光源を作り出す。
方舟戦の時に比べれば弱い光ではあるものの、部屋を照らすには十分な光だ。
薄暗かった部屋は明かりに照らされ、大理石の床が光を反射する。
神聖で壮大な雰囲気の神殿部屋の奥には、一人の男が立っていた。
「あれが……」
男は白い布1枚を体に巻いている。場の雰囲気も相まって、男の雰囲気さえも神聖に見えた。
───天使寄り、と言ってたし……
それも間違いではないのかもしれない。
「ようこそ、最後の試練へ」
男が口を開く。
敵意は感じられない。優しく穏やかな男性の声だ。
ただ、瞳は俺たちを見ていない。
どこか遠くを見ているような──不気味だった。
「夢に挑む試練の挑戦者は1人のみ。己の力で立ち向かう勇姿を見せよ。さすらば───」
男が右腕を動かす。
それは、誰かを指差すように俺たちの方へと向けられ───
「……まずいッ!!」
「? どうした───」
「───汝、夢へと落ちよ」
一直線に俺を指差す男。
それに気が付き焦った表情を浮かべるルリと雫に、俺は疑問を抱いていた。
しかし、その意味をすぐに理解することになる。
試練に挑めるのは1人だけ。それをこちらに選ばせてくれる、と男は言っていないのだ。
「あ───」
「……ラルヴィアッ!!」
「試練を与えます」
咄嗟にスキルを発動しようとするラルヴィアだが、それは間に合わない。
俺の意識は闇へと落ちていく。
深き眠りへ、誘われていった。
・ ・ ・
周囲に浮かぶ13の星。
太陽に似たもの、月に似たもの、地球に似たもの──俺の知識にある星と似たものからそうでないものまで、ここには存在していた。
場は宇宙のように暗く、黒い。不可視の床があるのか、立つことは出来ている。
そして───目の前には、男。
白い布1枚を纏った、不思議な男。
今度はその瞳が俺を捉えている。まっすぐと、俺を見つめている。
「いつの時代も、人とは神を憎むものです」
「は?」
「私は貴方を知っています。神に仇なす背信者。愚か者。神に愛された私とは違う、世界の落ちこぼれ」
両手を広げ、説き伏せるように語り始める男。
宗教だかなんだか知らないが、突拍子もない上に俺を苛立たせる話題だった。
とはいえ、俺が神に仇なすという点に間違いはない。それを見抜いている以上、タクトのように記憶を覗き見る能力がある可能性は考慮すべきだ。
「神は私を愛しました。私だけを愛しました。星々は私に平伏し、あらゆる事象は私の思い通りに進むでしょう」
程度は兎も角、神々に愛されたというのも嘘ではないはずだ。
雫が言っていた、”天使に似た魂”。これは神からの寵愛の賜物だとすれば、おかしくない。
「神に仇なす貴方に、私が神に代わり天罰を与えます。しかし、神は機会を与えられる。その御心に崇拝の意を示し、私も貴方に機会を与えます」
「<暴食・海神乱槍>」
長々と語って頂けて誠にありがたいが、つまり俺を殺すと言いたいわけだ。
抵抗できるものならしてみろ、とも付け加えていたか。
夢の試練──などと言っていたものの、ここで起きたことが夢としてなかったことにされるとは思わない。
それに、試練は名ばかりで俺への殺意に溢れている。
とはいえ、おとなしく殺されてやるわけにはいかないのだ。
俺は右手を前に突き出し、水で造られた巨大な槍を男目掛けて発射した。
「幾度となく陥れられ、それでも世界は私の傾きました。魔法さえ私に平伏し、我が身に及ぶに値しません」
一直線に打ち出された<海神乱槍>が、男の前で軌道を曲げる。
男を避けるように軌道修正した<海神乱槍>は明後日の方向に飛んでいき、男に傷をつけることはなかった。
「監獄を管理する者として、貴方を無限の監獄に閉じ込めましょう。<無限監獄>」
「<暴食・火愚鎚炎>」
4つの鉄鎖が男の周囲から現れ、俺に向かって伸びてくる。
”監獄”、つまり俺を捉える気だろう。
抵抗のために選んだ魔法は<火愚鎚炎>だ。3の龍頭は鎖に立ち向かうべく進んでいき、正面から鎖と衝突した。
「全ては意味を為しません。神に捨てられし落ちこぼれ、その力で私に抵抗することは不可能なのです」
今度は<火愚鎚炎>が消えた。
何の前触れもなく、いきなり消えた。
「……<暴食>ッ!!」
致し方なしと、今度は<暴食>を使って鎖の消滅を狙う。
切り札として温存しておきたかったが、長々とした説明の中には魔法を無効化する能力があるであろうことも予測できたからだ。
それに、鎖に捕まるのは良くない気がする。許容してはいけないと警笛を鳴らしていたのだ。
「流石は、無能。神に捨てられ、悪魔に縋る。私には信じがたい愚行です」
「…………」
”落ちこぼれ”、”無能”、と、俺の記憶を読み取っているかのように言葉を紡ぐ男。
怒りは溜まっていくが、我慢だ。迂闊に動いては俺が危険に曝される。
「黄金の星の権能が、悪魔の力を封じます。全ての星は私に従い、星に生きる貴方に抵抗する術はありません」
「なッ!」
周囲に浮かぶ金色の星が強く光り輝き、かと思えば<暴食>さえ消滅した。
男の説明通り、悪魔の力が無効化されたのだ。
すぐそこまで迫っていた鎖は、俺の四肢にそれぞれ絡みつく。
最後の抵抗で跳び退こうとするよりも早く、俺の四肢を絡めとっていた。
───ビクともしない……。
四肢が固定されてしまった。
動かそうと思っても動かない。魔力を吸われるといった副次的な効果はないので、ただ拘束するだけのスキルなのかもしれない。
効果をそれだけに絞っているからか、強度は凄まじい。全力で引っ張っても全く動く気配もなく、むしろ俺の腕が痛く感じる始末だ。
<暴食>も封じられ、魔法も使えない。
スキルである鎖に<支配>は意味を為さない。完全な敗北だった。
「彼の者もそうですが、なぜ神を恨むのでしょうか? 神がこの世に不公平なのは、神が上位の存在であるから。貴方がたが神を信じ、祈り続ければ、いつか機会は巡ってきます。それが運命というものです」
「────」
「なぜ神に抗うのですか? 落ちこぼれたる所以の全てがそこにあるというのに。貴方が無能なのは、神がそう作ったから。それに抗う理由がどこにあるのですか?」
「…………」
熱心な宗教家であるのは自由だが、それを押し付けるのは辞めてもらいたいものだ。
神に作れとお願いした覚えはない以上、勝手に俺を無能にしたのは神の責任。それを俺が背負わなくてはならない理由など、どこにもない。
まるで俺が悪いかのように言ってくるのも、お門違いというもの。
俺は俺の理由で神を恨んでいる。
たしかに、こうも何も出来ない状況にされては”無能”と言われるのも仕方がないことなのかもしれないが───
「──こうして蔑んでくれるおかげで、俺にも打つ手を考える時間が出来た」
「何を仰っているのですか? 聞こえていなかったのでしょうか。これは天罰である、と」
「<召喚>」
悪魔の力が封印された、と言われた時はどうしようかと思ったが、召喚はできるようだ。
俺が選んだのはベルゼブブ。彼女がこの場で力を使えるかどうかは定かでないが、まず頼るべき相手だろう。
俺のスキルに応じ、目の前にベルゼブブが現れる。
彼女の美しい濃紅の髪が揺れ、瞳には怒りが宿っていた。
「……やあ」
「──ああ、なんと罪深い。この状況で貴方は悪魔を召喚しました。あまりにも業が深く、救いようがありません。流石、神に無能と言われ────あぶッ!?」
意気揚々と語り始めた男が、吹っ飛んだ。
ベルゼブブだ。高速で彼に近付き、腹部を思い切り殴っていた。
「な、なにが──? 黄金の星の権能は、悪魔の力を────」
「権能、ね。美味しかったよ」
舌をぺろりと、艶やかな表情を男に見せつけるベルゼブブ。
何が起きているのか理解できていない男も、その権能が無力化されたことだけは悟ったようだ。
「神より授かった権能を……。やはり悪魔とは禍々しい存在です。しかし、私の運命は神に愛されている。以後、貴方が私に────ぶえっ!?」
またもや、ブッ飛んだ。
今度は先程よりも軽快に飛んでいる。地面に着地した際には、ゴギッ! という音まで聞こえる始末だ。
「は、白銀の星の権能……! 私の傷を癒やし────あぐぅッ!!!」
地に伏しながらも回復を試みる男を、今度はベルゼブブが踏みつける。
白銀の星──月に似た星に伸ばそうとした手を踏み潰し、スキルの使用を断念させた。
「か、神がお作りになった私の手っ────」
「神、神、神、神って、さっきから煩いなぁ……」
「な、何を言うのですか! 所詮は悪魔ッ! やはり神を恨む背信者共の───がぁッ!!」
「あのさぁ……」
コソコソとスキルを使おうとしていた逆の手を踏み潰し、ベルゼブブは不愉快そうな表情で男を見下す。
ここまでされても裸けない布も優秀である。
「君が神に愛されているとかどうとか、そんなことはどうでもいいんだよ。こっちはこれっぽっちも興味がない」
「な、ならばなぜ───」
「私の葵にさ、落ちこぼれとか無能とか、そういうこと言うなよ」
今度は足に触れ──喰らった。
「がぁああぁぁぁぁああああっっっ!!!」
男の両足が消滅し、断面から血が流れ出る。
見てるだけでも伝わる壮絶な痛みに男は叫ぶが、ベルゼブブはそれが気に食わなかったらしい。
<火炎>を使い傷口を焼くことで止血してしまった。
───それでも痛みはなくならなくないか?
などと思ったが、どちらかというと血で足が汚れることを嫌っていたのかもしれない。
「か、神はァ…………」
「煩いよ?」
「私を見捨てることはぁ……しないぃッ!!!」
「あっそ」
脚が消えた男の首を掴み、ベルゼブブは男を持ち上げる。
そのまま俺の方へと歩いて来て、男を俺の近くに投げ捨てた。
「君の糧にしなよ」
「え? あ、あぁ。そうだな……ありがとう……」
少し屈んで<支配>。何よりベルゼブブの雰囲気が怖くて、こんなやつ<支配>したくないよ、とは言い出せなかった。
>固有スキル「星々の樽俎」Lv4を獲得
固有スキルの獲得を「今はいいや……」と思うくらい、怖かった。
「じゃあ、殺すね。コレが死んだら元の世界に戻ると思うから」
「……分かった」
「それじゃあ、また何かあったら呼んでね」
グシャッ!
そんな嫌な音と共に、俺の意識は闇へと落ちて行った。
・ ・ ・
「兄さん!」
「……ん、葵。起きた?」
「葵、無事ですか」
目が覚めると、3人が視界に映る。右、左、上……と、覗き込まれているようだ。
どうやら俺は横になっているらしい。夢の試練とか言っていたし、寝ていても不思議ではないか。
「……あいつは?」
「私たちの方で倒しました。兄さんが無事で良かったです」
「そうか……。雫たちも無事で良かったよ」
どうやら、最後のボスの攻略も無事に(?)終えられたようだった。