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第165話 滅亡古代遺跡インテリタス(14)

 方舟の全てが灰と化した瞬間、俺たちは強い目眩に襲われた。

 敵の襲撃──と警戒したのも束の間、膨張された空間が元に戻っただけだった。つまり、部屋のサイズが元通りになる反動だったわけだ。


 空間の大きな歪みは、観察する者との間に矛盾を発生させないために、一時的に抵抗不可の精神影響を与える場合がある。

 ”空間の膨張・縮小が起きている瞬間”を俺たちが観察することを防ぐ──そういう効果だ。


 故に、俺たちになにか影響があるということはない。今では方舟が入らないだろうサイズにまで部屋は縮んでいた。


「……皆、大丈夫?」


 目眩は一瞬の現象のようで、後味は悪くない。気持ち悪さに襲われることも、ふらっと足元がおぼつかなくなることもないのだ。

 そういう意味では転移に似ているかもしれない。目隠しのためだけに視界に影響を与えているという点においてだ。

 ただ、転移とは違い酔うような気持ち悪さはない。


「ふむ……」


 そんなことよりも、俺たちには注目するべきものがあった。

 それは、この部屋がただの密室であり、出入り口が1つしかないということだ。


 その出入り口というのは、当然部屋に入ってきた通路に繋がっているものだ。それ以外に変わったところはなく、ただの四角い箱に密閉されている状態に他ならない。


「外れか?」

「そのようです」


 俺の問いに無慈悲な答えを返すラルヴィア。

 つまり、そういうことだ。


「……手応えからして、本体だと思った」

「そういう罠なのかもしれぬな」


 こいつ強い、ボスっぽい……を利用し、本当はボスではありませーん、と。正解を探す俺たちに逃げるという選択肢は用意されていないわけで、必然的に方舟との戦闘を強いられる。


 なんとも酷いダンジョンだ。


「逆に言えば、次が正解ってことだからな」

「……ポジティブだね、葵」


 明日が休みだと思えば頑張れる、不思議な金曜日のようなものだろうか。

 週の最後で最も疲れているはずなのに、すぐ目の前に報酬があるからモチベーションを高く保てる──似たような感覚で、最後の1匹を倒せれば目標の物を入手できると考えれば気は楽だった。


 そう考えれば俄然やる気も湧いてくるものだが───


 それは兎も角、他の面々の表情には疲れが見て取れた。

 雫には覇気がないし、ルリもぐったりしている。ラルヴィアなんか座り込んでいる。


 色々と疲れる方舟戦だったし、仕方がないと言えば仕方がない。雫に関しては魔力を過剰に使い過ぎだ。


「──とりあえず、何か食べないか?」


 魔力の回復、肉体面での疲労回復、精神的な回復……あらゆるものを満たせるのが、ゆっくりとした食事だ。

 幸い、この部屋には何もないし、丁度良い広さがある。時間制限はあるものの、体感そこまで長い時間が経過しているわけではない。

 休憩を惜しみ、失敗することに比べればマシだ。多少時間を使ってでも、万全を期した挑戦を心掛けるべきである。


「良いですね。葵は話の分かる人間です」

「……まぁ、栄養補給は大切」

「兄さんがそう言うのでしたら……そうですね。準備しましょう」


 ラルヴィアはノリノリだ。目を輝かせ、出てくる食事を今か今かと待っている。


 ルリと雫は「葵(兄さん)が言うなら仕方なく……」的な態度をとっているものの、その本心では喜んでいることが見て取れた。

 雫が準備をすると言って取り出したのはバーベキューに使うような金網だし、ルリは換気のために風魔法を展開し始めている。

 ダンジョン内でガッツリ食べる気なのはよく分かった。


───密室でバーベキュー、なぁ……。


 風魔法、便利なものだ。

 ちゃんと空気を入れ替えられるのならば、危険はないだろう。


 空間魔法から肉やら野菜やらを取り出し始める2人。それをキラキラした目で見つめるラルヴィア……。

 肉は妙に高そうなものだし、野菜も新鮮だ。

 予め用意してたの? と疑問に思ってしまうのも仕方がないことである。


「バーベキュー、久しぶりだな」

「そうですね、私も久しぶりです」

「……旅をしていた時は、よくしたもの」

「バーベキュー、と言うのですか。素晴らしい文化です。ぜひ私に作法を教えて下さい」


 入念な準備がされてるんだね? とは決して言わない。

 取り出された炭に火をつけ、加減を調整する雫を手伝いながら、今はただ無邪気にバーベキューを楽しむとしよう。





 それから1時間強の休憩を挟み、俺たちは次のボス部屋に向かった。


 道中、何度も見かけた裸エプロンゴーレムに遭遇するも、変わらず先頭を歩く2人に速やかに処理された。

 数も少なく、それ以外の魔獣と出会うこともなく。

 少し歩けば、ボス部屋には辿り着く。方舟の強さ──厄介さを考えるとあまりにも不自然な道中に戸惑いつつも、簡単ならばそれに越したことはないと、大して考えることはしなかった。


 相変わらず、ダンジョンを構成する石レンガは苔生すこともなく、清潔な状態だ。この規模のダンジョン全体に保存の魔法を掛けているとすれば、それだけでかなりの労力だったに違いない。


 ───とまあ、そんなことに意識を割けるほどに余裕のあった道中だった。

 これからは気を引き締め、いざボス戦といこう。





◆     ◆     ◆





 妙に広い密室に、1組の男女が座っている。


 深刻な表情で同じデザインの椅子に腰掛ける2人は、小さな机を挟んで対面していた。

 非常に高価だと予想される純白のティーセットが机の上に広がっており、男はティーカップに口を付けていた。


 口の中に広がる紅茶をたしかに味わうように、男は口内で紅茶を遊ばせる。作法としては良くないのかもしれないが、手に入った高級な紅茶を楽しみたい気持ちだった為、文句を言われる筋合いはないと自負していた。


 目一杯に香りと味を楽しんだのか、男の表情が緩まる。やはり、温かい紅茶というのは人の心を解すものだ。


「君も飲んで良いんだよ? 僕に遠慮する必要はないさ」

「……それでは、お言葉に甘えて……」


 男と女の間には、明確な上下関係があるようだ。

 ただ、その関係が男女のそれでないことは明確。それにしては女の着ている服も高価なもので、男に負けず劣らずであるのだ。


 男の言葉通り、女はゆっくりとティーカップを口まで運ぶ。

 紅茶を口に入れれば、口内に一気に広がる芳醇な香り。素人目でも、これは良い紅茶なのだ、と理解できるほどだ。


 引き締まっていた表情も、それで少しは緩む。

 温かい紅茶が胸に沁み、場の雰囲気も氷解しているように思えた。


「……美味しいですね」

「でしょ? ようやく手に入れた代物なんだよ。僕は紅茶に詳しいわけではないけど、やっぱり高いものっていうのはある程度の美味しさが保証されているよね」


 「ま、食べ物にあんま興味ないんだけどね」と苦笑いしながら続ける()()を、()()は無言で見つめる。


 少女にとって、その少年は不思議な人物だ。

 自身を救ってくれた──地獄のような生活から救い出してくれた救世主であり、当然生涯をかけて仕えたい主でもある。


 恋情なんてものは一切ない、穢れなき尊敬。感謝。

 その強大な力への崇拝もあるだろうか。


 なにせ、少女にとって少年は───


「……聞いてる? 大事な話してるんだからさ……」

「申し訳ありません」


 大して大事な話でないことは分かっている少女だが、決してそれを指摘することはしない。

 少年にとってくだらない話をする相手というのは大切なものなのだ。であれば、それを少女が担うのは至極当然のこと。


 ……と言いつつ、考え事をしていて聞いていなかったのだが。


「あぁー、でも、そうだね。こうして数多の調度品に囲まれて、高価なものを口にして生活をしているわけだけど──」


 部屋の隅にある20センチほどの壺を、少年は風魔法で動かす。

 手元に手繰り寄せると、掌を広げ、その上に壺を置いた。


「──果たして、こんなものにどれだけの価値があるんだろうね?」

「価値というのは人々が常に決めるものです。需要や供給、付加価値──あらゆるものが考慮され、自然と変化していくものだと覚えています」

「それはその通りだけどね。それにしても、僕にはこんなものに価値があるとは思えないって話」


 風を操り壺をクルクルと回転させる。

 危ういバランスを保つ壺だが、落ちることはない。風魔法を指先単位の繊細さで操る魔法の練度が見て取れた。


「虚妄の影、欺瞞の産物。価値なんてものはあってないようなものさ。誰かの嘘で作られた、無意味な物の捉え方に過ぎない」

「…………」

「でも、僕はそれを否定する気はない。それが人々の歩みなら、僕は観察者としてそれを見守るだけさ」


 やがて、十回ほど回転させられた壺は、少年の手から離れる。

 風魔法に乗せられ、元の位置に丁寧に戻された。


「──でも、それが誰か絶対者──人でない、神の手で作られたものだとして──」


 少年の表情が再び険しいものになった。

 声色もどこか、張っている。その言葉を口にすることが忌々しいと思っているかのように、一言一言に重みを持たせている。


「それが人々の自立を邪魔する存在だとしたら。──僕は、それを排除しなくちゃいけないよね」

「それは───」

「僕が交わした約束だから。遡行者との契を守る義務が僕にはある」


 遡行者──少女の知らない人物の話だ。

 何度かこの人物は少年の話に出てくるが、少年が遡行者の説明を少女にすることはない。

 それはつまり、少女にとってそれは知る必要がないものであるということ。少なくとも少年がそう判断している以上、少女が口を出すことはない。


 幾度となく話された情報の断片から、遡行者がどんな人物であるか、推測は立っている。それが少年にとってどのような存在なのかも、少女は概ね理解している。


 だからこそ、少女は少年を助ける。

 遡行者との契約を果たす、少年の手伝いを。


「とはいえ、僕は観察者だからね。面倒なことを押し付けるようで悪いけど、君の協力が不可欠だ」


 再びティーカップを持ち、乾いた唇を潤すように少年は紅茶を飲む。


 やはり紅茶とは偉大だ。すこし冷めてしまった紅茶だが、少年の心を解すには十分な美味しさだった。

 表情を緩め、最後の言葉を紡ぐ。


「君には代行者になって貰う。君にはその資格と、力がある。大変なことかもしれないけど──頼んだよ」


「もちろん、分かっています。お任せください──タクト様」

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