第162話 滅亡古代遺跡インテリタス(11)
それから数分が経ち、雫が予想した通りルリとラルヴィアと合流を果たした。
「ルリ、ラルヴィア。無事で良かった」
「……葵こそ。魔王様と居るから平気だと思ったけど」
短い間の別行動──それも、お互い不安が残るようなメンバーでも無かったために、再開に際する感動はない。
これが俺1人と他3人で別れていたならば話は違ったのかもしれないが、起こっていない仮定の話をする意味はないだろう。
「よくこちらに向かってきたな」
「合流が最善手というのは私たちの総意でした。探知のスキルも問題なく発動出来ているため、ボス候補の1匹が処理済みであることも理解しています」
「話が早いな、ラルヴィア」
「……帰り次第、大量の焼き菓子を要求するでしょう」
相変わらずブレないラルヴィアを傍目に、意外にもルリとラルヴィアが仲良くやっていることに驚いた。
思考が似通っているのか、それとも能力的な問題か。性格だけ見れば相性が良いとはとても思えないのだが、実際に関わってみたらお互いに良い感じだったのかもしれない。
よくあることだ。食わず嫌いは人間関係でも現れることは多い。
尤も、魔獣と神という異質な種族の2人(?)なわけだが……。
「……それで、とりあえず残り2匹のダンジョンボス候補を倒す。それで良い?」
「そうなるな。分岐路はこっちしかないが……」
「……正しい道は分かるから、大丈夫。案内する」
雫の持つ探知能力とは違い、ルリは完全に遺跡の構造を掌握しているらしい。
雫もラルヴィアも納得しているし、俺たちはルリの案内の元、次のボス部屋を目指すことにした。
「……ところで」
歩き始めようとして、ルリが話し始める。
雫とラルヴィアの雰囲気はどこか楽観的だが、対してルリは深刻なように見えた。
「この遺跡に入ってから、どれくらいの時間が経過しているか分かる?」
「ふむ? 1時間と少し……と言ったところだと思うが?」
雫の答えにラルヴィアも首肯する。
しかし、ルリの伝えたかったことはそうではないらしい。意図を汲み取って貰えなかったことに溜息をつきつつ、説明を始めた。
「……転移の罠に掛かってから発動するまで、一瞬のように感じているだけで、実際にどれほどの時間が経っているかは分からない。もしかしたら転移の時点で1週間が経っているかもしれない。……本当に一瞬の可能性が一番高いけど」
深刻な表情の理由を明かしたルリは、とはいえ雫とラルヴィアを攻める気はない。
普通、転移で起こるタイムラグは実感できるものだし、知覚できなかったことを踏まえれば難易度的に余裕がある。
それでも、雫の魂の知覚を無効化するようなギミックがあったり、強制的に転移させるギミックがあったことを踏まえれば、気づかぬ間に時間が経過している可能性は捨てきれない。その可能性を考慮しろ……というのも酷な話だ。
「確かに、ないとは言えぬが」
「最悪を想定して動くべき。違う?」
「──それはそうだな。すまない、ルリ」
「……ん、責めてるわけじゃない。とにかく、進もう」
時間に余裕がないと仮定して進めていこう、というルリの方針は正しい。
雫とラルヴィアも納得したようで、俺たちは再び進み始めた。
それから少しして。
「ルリ、先に3体のゴーレムが居るぞ」
「……ん、処理する」
索敵能力に関しては雫の方が数段優れているとのことで、ルリと雫は肩を並べて歩いていた。
2人の動きのシンクロ率というか……口数が少なくとも意思をしっかりと疎通している”相棒感”は、魔王になる以前に歩んできた軌跡ゆえのものだろう。
どれほどの旅をしてきたか、知らずとも前の2人を見れば想像できてしまうほどだった。
そうなると、必然的に後ろを歩くのは俺とラルヴィアの2人になるわけで。
ルリと雫は俺たちの安全も常時気にしてくれているみたいだが、2人の世界に入り込んでいる彼女らの間に割って入ることなど出来はしない。
つまり、俺とラルヴィアもまた、2人組として──あるいは1人が2組として、遺跡を歩くことになる。
「……放置されてきたダンジョンにしては、魔獣の数が少ない。かなり歩いているけど、まだこのゴーレム以外に出会ってない……」
「それは少し違和感ではあるな。そもそも、これらは人工的に作られたものではないか? ダンジョンで自然発生する魔獣が存在していないようだぞ」
「……ん? 何かの技術で魔獣の発生を妨げている?」
雫が摘発したゴーレムを、ルリが魔法で速やかに仕留める。
遠距離なこともあって、そして一撃で仕留めていることもあって、ゴーレムによる反撃は見られなかった。
歩き続け、その横を通り過ぎる時、雫とルリが話していた内容だ。
ほんの一瞬ではあったがそのゴーレムを見たルリは、どんな機能が搭載されているのかも理解したらしい。
どれだけ低レベルなダンジョンでも──それこそ、王都近郊地下ダンジョングレイスでさえ、ダンジョンから発生する魔獣は存在する。
核から生み出され続ける魔力を排出する手段として魔獣を生み出すのだから、当然だ。
ともすれば、魔獣が生み出されていないということは、魔力が貯まり続けているということである。
背負い込んではいけないものを溜め続ける──ある意味、破裂寸前の爆弾のような状態と言っても過言ではない、のだが。
それにしては、ダンジョンとして機能している。
考えられる別の可能性は、何か違う方法で魔力を浪費しているということ。推測でしかない上、その違う方法を突き止める手段も持ち合わせてはいない。
「ラルヴィア」
「はい、どうされましたか」
「ダンジョンについて質問なんだが……魔獣を生み出す以外の手段で魔力を浪費しているダンジョンは存在するのか?」
俺の質問に、ラルヴィアは考え込むような素振りを見せる。神として知り得る世界の情報を振り返り終えたのか、冷静に、いつも通りの口調で口を開いた。
「私の知っている限りでは、存在しません。ダンジョンの核はその性質上、魂を持ちません。魂を持たないということは、生物としての実体を持たないということ──つまり、魔法を行使することが不可能です」
「ダンジョンの核は魔獣を生成する機能そのもの、ということか?」
「はい」
魔力が溜まったから放出する──のではなく、定期的に魔獣を生成することだけが核の機能だとするならば。
───別の場所に魔獣が生み出されている?
しかし、それならば雫が気付くはずだ。
つまり、ダンジョン内部には魔獣が生み出されていない。
───外部に?
それではダンジョンとは呼べない。ただの召喚装置だ。
そもそも、大量の魔獣が生み出されている地点があれば、優秀な魔王軍であれば特定できるはず。
では、人工物ではなさそう魔獣──ここにおける3匹のボス魔獣ならばどうだろうか?
その3匹の生成にかなりの魔力を消費している、とか。
これは否定できないが、何百年も攻略されていないダンジョン。
3匹の魔獣は倒されなければ、再生成されることもない。足を踏み入れる人物のないダンジョンで、ボスを倒す存在は居ないはずだ。
あらゆることの辻褄が合っていない。これならば、ここはダンジョンではないと言われた方が納得できる。
そもそも、ただの古代遺跡なのではないか。
ダンジョンであるという前提が、この推測を複雑にしているのだから。
「──考え込んでいるところに申し訳ないのですが」
「? どうした?」
「私たちの目的は変わりません。意味のないことに思考を割く必要はないです。それは学者たちの役目であり、あなたのすることではない」
「ラルヴィア……」
───それもそうか。
考えたところで解決できない問に挑む余裕はない。
もちろん、モヤモヤを解消せずに放置することに対する拒否感はあるが……それでも、まずはするべきことをしなければならない。
「ありがとう。その通りだな」
「いえ、後ほど焼き菓子を要求します」
「……なんだか良いところで申し訳ないけど、そろそろ次のボス部屋につく」
あれから、戦闘という戦闘は行われなかった。
ルリが魔法を放ったのも1度だったはずだ。高難易度のダンジョンにしては──遺跡だとしても、守備がガバガバである。
俺たちからすればありがたいことなのだが、気味が悪いのも事実だ。
「……ん?」
「どうかしましたか、兄さん?」
そんなことを考えて歩いていると、視界の端に謎の模様が映った。
暗いこともあり気のせいかもしれなかったが、このダンジョンに関するヒントになるかもしれない。
俺が咄嗟に上げた疑問の声に反応した面々が、俺の元に集まってくる。
「これ……気のせいじゃないよな。文字か……? 模様か?」
俺が指を差した壁には、見慣れない文字のようなものが書かれていた。
この文字を見ても、意味は頭に浮かんでこない。翻訳されないということはただの模様である──傷である可能性も浮かんでくるものの、それにしてはハッキリと、規則的な線の並びだった。
「さぁ、なんでしょうか。文字にも見えますが……」
その考えは雫も同じようで、翻訳が無いために文字かどうかを分別できないらしい。
雫でも駄目ならばと、今度はルリとラルヴィアが俺の指す壁を覗き込んだ。
「……これは……」
「神代文字です。かつての神々が意思疎通に使用していた文字ですが、だいぶ前にそれは変えられました。人々との交流──下界への干渉を神々が始めたことから、文字を統一したことが要因です」
今は使われていない文字だから読めない、ということらしい。
未解読の文字を翻訳できる──そんな不思議パワーが働いているわけではないようだ。
「なんと?」
「……キリエ、そう書かれてる」
「キリエ……?」
解読できても意味は分からない。そもそも短い文字だったので、大した意味を持っていないことはわかっていたのだが。
「Kyrie eleison……主よ、憐れみ給え、といった意味の賛美歌です。これがどういった意図でここに書かれたのかは知りませんが、かつて栄えた宗教が関係していることに違いはないでしょう」
神殿を始め、狂気じみた様子の小人や巨人、妙な雰囲気の遺跡まで、言われてみれば宗教に関わると言われてもおかしくはない。
裸エプロンゴーレムだけは場違いだが、機能性を求めることだってあるだろう。
「余計なことで足を止めて悪かったな、行こうか、ボス部屋」
「……ん」
「そうですね」
この遺跡でかつて何が起きたのか、そんなことは歴史学者に調べさせれば良いのだ。
今の俺たちにはメイを救うという使命がある。余計なことに気を取られている暇はない。
「……ラルヴィア? どうかしたか?」
「──いえ、行きましょう」
壁に書かれた文字を見て動きを止めていたラルヴィアは、声を掛ければすぐに動き出す。
目の前にある、第2のボス部屋に、俺たち4人は足を踏み入れた。